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2-3

 バイクが空を飛ぶ、地を這う。もはやコレは、二輪の形をした別の何かだ。


【到着予想時刻は残り三分です】


(急にグルグルマップくんみたいになるじゃん)


 バイクは私が動かしているわけじゃないからなのか、とても安定性抜群だ。見た目はスポーツバイクなのに、荒れた路面や木の根をスイスイと移動する。もはや超高速で走る馬だ。


 全て神の授けた能力の恩恵なのだろう。感謝......いや、感謝すべきなのか? そもそも神の都合に合わせて動いているだけな気もするが......。


【残り一分】


「えと、着いたらどうすればいいの?」


【バイクで敵を轢き殺します!】


「えぇ!?」


 そんなアクション俳優みたいなことを、何も分からぬままやれって!? フルスロットルで駆け抜けるにしても限度が——あっ、だめだ。ハンドル動かしてもびくともしない。


(しかも前にでっかい怪物が見える! 何あれ、”魔物”ってやつ!? 生まれて初めて見た!)


【突っ込みます!】


 私の意思など関係なく、目の前にいる大きな二足歩行の魔物に突っ込んでいく。


 そのすぐそばには魔物に怯える二人の若者がいた。剣に盾を構えているけど、恐怖で体がぶるぶると震えている。


 生前は”ライダー”をやっていたから、僅かな時間に情報を整理するのには慣れている。バイクに乗るということは、迫り来る危険から備える慧眼が必要なのだ。


(っ、死ぬかと思った!)


 ......などと考えているうちに、魔物を轢き殺す。三メートルはある一つ目の魔物で、名前は分からないけれど、すでに体に穴を開けて地面に倒れている。


 私は横から飛んでくる槍、そのものだ。魔物は私のことを認識する間も無く死んだ。


(こんな理不尽がまかり通ってもいいのだろうか)


 自分がやったことに疑念を抱きつつ、腕を組んで首を傾げる。ヘルメットの中でイーリスが【邪魔者は全て轢き殺せばいいんですよ!】と、生前の私並みにぶっ飛んだことを口走る。



「な、なんだ今の!?」「......赤い? なんだよその姿!?」



(あっ。男子達と目が合った)


 恐らく私の姿は、この世界の人にとっては魔物と同じくらい奇抜だろう。二人の男子はビクッと震えて、私に対して剣を構えて後退りする。


 私は冷静に両手を横に振って、ヘルメットを取りそうになって手を止める。流石に正体は隠さないとマズい。しかしなんと名乗ろうか......いや、ここはシンプルにいこう。


「......私は通りすがりの”ライダー”ですわ」


「「ライダー?」」


「無事でよかったです。ヤエー(ピースサイン)」


「「や、やえー?(訳もわからず真似をする)」」


 互いの道中に安全のあらんことを。二本指をヘルメットの上部に添えて、願いが込められたライダーの挨拶を済ませる。


 二人の男子も私の真似をする。その姿を見届けて、無言で頷き返し、イーリスに話しかける。


「イーリス。ここから離れましょう」


【かしこまっ!】


 ハンドルを握った途端、勝手にバイクが動き出した。ありえない挙動で方向転換をして、その場から嵐のように去っていく。


「......」


 イーリスは次のターゲットに向けて狙いを定める。まだ私は自分の車体を自由に操る権利を得ていないらしい。


「なんかよく分からんことに変わりない。けれど......」


【けど?】


 分からないことばかりだ。私に与えられた力は、私の死に様を嘲笑うような能力だった。


 これ自体に不満はない。欲を言えば、もう少しファンタジーっぽい力が欲しかったけれど、きっと私は飢えてしまうだろう。


 なんせ私が死んだ理由は嘲笑されて当然のもの。でもそれを捨てられるほどじゃない。だからこの力は私にとって、考えるよりも簡単に受け入れられた。


 ハンドルを握ったまま少し状態を起こす。森の木々を抜けて、崖の上に停車する。眼前に広がるのは見たこともない世界の景色だ。


「......こうやってもう一度、風を切って走れるのはサイコーですわ! ゾクゾクする! それに魔法まで付いてきてるなんて一石二鳥かよって感じ!」


【さっすが、創造主が認めたお方です! その息ですよ!】


「だいたいわかった、破壊すればいいんでしょう? 目の前に塞がる邪魔な存在を、この力で!」


【はい!】


「だったら私はアクセルを振り切って、フルスロットルに駆け抜ける! もう誰も、私を止めさせない! 行きますわよ!」


 アクセルを捻る。未知の車体が咆哮を上げて、力強く後輪で大地を蹴って崖の先に向かってギュンと進んでいく。


 私は胸に詰まった息を吐き出して、目を大きくかっ開く。バイクは崖を飛び出して僅かに空を渡り、そのまま落ちていく。見て感じる風を堪能しながら、私は第二の道を歩く決意を固めた。


「ねっ、次は剣とか触れる?」


【いい案です。試してみましょう!】


「よし決まり! じゃあ次の目標は、スクラップブレードで輪切りにしてやりましょう!」


 これが私の初陣。この世界で初めて成し遂げたことと言っていいだろう。


 こうして私は授かった能力「神ノ力『フルスロットル』」の扱いを覚えながら、近所を縦横無尽に駆け回った。


 ヘルメットのAIに任せて移動し、身の危険が迫る冒険者や通行人、その他諸々と人々のために、通りすがりのライダーとして全ての障害物を破壊していく。


 いつしか私は、私の知らないところで噂になっていた。

 ここ最近、街の周辺で現れる「死神」「執行者」という物騒な言葉を、城にいるときに耳にして「そんなのいるんだ。こわっ」と。他人事のように感じていた。



 ——能力の扱いに慣れてしばらくした後。多分、二週間くらい後?


 ある日の朝、私はいつものように目覚める。記憶を取り戻してからは違和感が大きかったが、すぐに自分が「悪役令嬢リンユース」であることに慣れて、その名前に恥じぬ生活をしてきた。


 ......え? 普通なら汚名を返すところじゃないかって? 否、世間は勘違いしているが私は悪人じゃないが善人でもない。この評価は的を得ているのだ。


 事実、日中は「リンユース」として、家の名前に相応しい行動を強いられることにストレスを感じる。以前ほど露骨に他者をいじめる真似はしないが、この世界の人々に冷たい口当たりなのは変わらない。


 十数年、記憶を失って「リンユース」として生きてきた。その癖は抜けきれなくて、どうしても他人の前では冷静さを繕ってしまう。特に家に長くいる人に対しては。


「お嬢様」


「サイトー。今、何もしたくないわ」


「無礼を承知で。......朝食の準備ができました」


「ハァ、ありがと。あとでいくわね(家のご飯、お世辞にも美味しくないんだよな)」


 ため息が出るのも納得してほしい。なんせ前世の日本の飯のレベルが美味すぎて、こっちの世界で食べる飯は全て不味く感じてしまう。......記憶を取り戻す前のリンユースが「マズい!」と飯を放り投げたのも、私の魂が日本食の味を知っていたせいだろうか。


 流石に今は食器を投げる真似はしないし、料理人に詰め寄って胸ぐらを掴んだりはしない。いや、てか記憶を失う前の私、ヤンキーすぎないか? ......自分にそんな無自覚の才能があったとは恐ろしい。




「......今日もまあ、美味しかったわ」


 無論、本音じゃない。料理長も分かってるし、改善しようとしない。分かってんならもう少し工夫しろ、お前の仕事だろ。むしろ私が調理したい気持ちだ。


(いや、意外と悪くないか? ......隙を見て今度、調理してみるか)


「お嬢様。本日は——」


「ああ、父上の図ったお見合いでしょ? 全く面倒な......」


 貴族は十六歳を過ぎると、本格的に結婚する年齢になる。いや、早過ぎるだろと思う反面、逆に現代日本が晩婚化すぎただけだ。


 しかしまだ結婚はしたくない。結婚すれば女は自由が無くなる。私は一人娘なのでそのあたりはマシだが、嫁ぎ先が悪いと......。考えるだけで頭痛がしてきた。


(そもそも何で結婚相手ガチャをしないとならないんだ! 私はそんなしがらみとか必要ないんだけど! 冒険者みたいに自由に暴れていた方がマシだったろ、なんで貴族の令嬢に......。......冒険者か)


 ふと考えが過ぎる。貴族が冒険者になる例はあるけど、一人娘の私に許されるだろうか。


 ならばその考えを補強すればいい。もとより私は、神に授かった能力を扱う練習をしていたのは、貴族の令嬢にしか許されない特権を手に入れるため。


 その特権さえ手に入れて、名声を強くすれば、私は自由になれる。少なくとも結婚させられるよりマシなはずだ!


「サイトー」


「はい、お嬢様」


「今日、父に伝えたいことがあるの。......私、夢があります」


「?」


「さっ、父上のところに行きましょう」



 ——というわけで、父の執務室に一人で入室する。小皺が目立つけど優しい表情を浮かべる父に対し、私はデスク越しに言い放つ。


「父上。私は......聖女になります」


「どうした。お腹痛いのか?」


「ち、違います! ......数日前、神の天啓を受けて力を授かりました。教会に行き、証明させてください」


 父は最初、私の言うことに耳を貸そうとしなかった。

 グロス・ストレイライン。我が父であり、現・ストレイライン家の当主だ。


 まだ若々しい見た目で年齢は四十にさしかかるところ。娘がどれだけグレていても、溺愛するくらいには甘やかす。そんなんだから「悪役令嬢」と揶揄されるまで落ちぶれたんだが。


「天啓......。ここ最近、リンの様子が変だったのはそれが理由か」


「......」


「リンユース、自分が何を言っているのかわかるか?」


 父が珍しく真面目な顔で諭してくる。私がどれだけ騒ぎを起こしても、家の中で収まる範囲であれば見過ごしてくれるが、矢印が外に向くなら話は変わる。険しい顔になるのも納得だ。


「父上が何を考えているのかは存じ上げません。しかし私は力を持っている。このまま秘匿すると、国家に罰を与えられます。家のことを考えての申し出なのです」


「うぅむ、お前の言いたいことも分かるが......あの、お前が......? にわかに信じ——」


 父が訝しむ目で見てくる。ああ、やっぱりこの人の目にも私は悪く見えているらしい。溺愛してくれるとはいえ、思うところはあるようだ。


 今更、欠点を隠すつもりはない。記憶がなかったにせよ、今まで私がやってきたことは事実だ。それ以上でも以下でもない。その程度の情報は、私の街道を阻む障害になどなりはしない。


 ーー政治結婚? 悪役令嬢? それがなんだ! 関係ない、全て振り切ってやる!


(フルスロットルで駆け抜ける! 今度こそ、私は夢の先まで突っ走ってやるんだ!)


 前世はスピードのその先に。今世は授かった力を使い、その先へと進む。まだ見ぬ未来に無数の可能性を繋げるため、右手のアクセルをひねる手は止まらない。私の追い風はどんどんと加速していくんだから。

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