第11話 魔ノ結晶(マナズ・ギア)
「リン!! なんだこれ、どうなってる!?」
「聞いてた話と違いますわよ!! くっ、体に巻き付いて......」
【警告! スーツの上から消化液を流されています! 耐久値が急減少!】
(マズイ、スーツの維持が......!)
大きな食虫植物のような見た目の魔物。形的にはウツボカズラとハエトリグサが混ざったような不気味な形をしていて、根っこの部分が赤い触手になっている。
ドラゴンより一回り小さいが、植物型の魔物としては異常な大きさで、根の数もいくつか切られているが数えるのがアホらしいくらい多い。しかも細かいモノが絡みついてきて、関節もうまく動いてくれない。
私は自身の油断を咎める間も無く、装甲が溶かされていく。このままだと胃酸の中に突っ込まれるように溶けて——。
「『ライト・ライオット』、ルナセーバー起動! フォトンエッジ!」
「フィル、ナイス!」
【損傷60%......体制を立て直すことをオススメします】
フィルツェーンが光のビームソードを駆使して救出してくれた。消化液で皮膚の一部が焼け、イーリスにも忠告されるが、気にせず剣を構える。
「それでどうする? やれそうか?」
「とりあえず分析! イーリス!」
【あの魔物は......マナゾーン状態に入っているね】
「なんですのそれ!?」
【神ノ結晶と似て非なる力......魔ノ結晶を取り込んだ魔物のことだよ!】
(魔ノ結晶......さっき言ってたダンジョンの恩恵というやつですわね。でもなんでそれを魔物が?)
魔物から一度、距離をとって状況を分析する。時々、飛んでくる触手を避けつつ、イーリスの説明を聞く。
【魔ノ結晶はダンジョンの魔物の素材から、ごく稀に生成される未知の結晶を加工したモノです。恐らくここで敗れた冒険者の装備を取り込み、異常進化したのかも?】
「なるほど......。レイター支部長はこれを見越して、私たちの派遣を?」
「魔ノ結晶絡みか。マナゾーン状態の魔物......厄介どころじゃないな」
「ってか『マナゾーン』って?」
「ボクたちがアニムスを発動した状態と同じだ。魔ノ結晶を発動して、強大な未知の力を宿した人や魔物の状態を言う」
「じゃあ私たちの敵じゃありませんわね」
「......問題はあの魔物が、幾つの魔ノ結晶を取り込んでいるかということだ。あの巨体や様子から見て、三つは持ってるんじゃないか?」
「関係ありませんわ! 一気に仕留めて、この部屋のどこかにいる冒険者の痕跡を探しますわよ!」
魔物がどれだけ強力になろうと関係ない。さっきは油断して捕まったが、姿を見ながら戦えるなら話は別だ。
「フィル、奴の注意を引いてください」と言って、私は剣を地面に突き刺す。
「分かった。ルナセーバー、ツインブレード!」
(おぉ、光のセーバーが両刃に......。アレってほぼダー○モール様の武器と同じじゃん。ジェネリックダース○ール......)
ルナセーバーが形を変えて、持ち手を中心に二つの光の刃を出現させる。見た目はほぼ、伝説的SF映画のあの悪役の武器だ。色は黄色で違うけど。
思わず戦いぶりに見惚れてしまう。純粋な剣技なら圧倒的に彼女の方が私より上だ。流石の経験値の差と言うべきだが......。
「イーリス、属性選択。風!」
でも無敵というわけじゃない。私のために時間を稼ぐたびに、フィルツェーンが傷を負っていく。
刃で切り裂いた敵の触手から、血液のように体液が飛び出ていく。植物だから血が通っていないが、その代わりに私の体を溶かそうとしたモノが襲いかかってくるのだ。
聖女に支給される特殊な制服だが、その装甲は意味をなしていない。
呑気に見ている場合じゃない! 一気にケリをつけてやる!
相棒の限界が来る前に、私は風の属性を起動し、新たな武器を肩に担ぐ。
「『サイクロン・フルスロットル』!」
肩に巨大なバズーカを担ぎ、狙いをつけるように片膝をついて照準を定める。
私がイメージする近代兵器の最大火力。固定砲台「サイクロン」をロケットランチャーのように放つ。......頭が悪いと言われればそれまでだが、これが一番強いと思ったんだから仕方ない。
「発射!」
【ファイヤー!】
「うわっ、なんだそれ!? 危なっ!」
魔力を圧縮した破壊兵器の弾は狙い通り、植物型の魔物に着弾。魔物の体を触れたところから消しとばし、肉片を弾き飛ばす。
後からやってきた風圧に私たちは耐えて、ピクピクと動く死骸になった魔物の様子を確認し、私は拳を天に突き上げて。
「死がお前のゴールですわ〜!」と、勝利の余韻に浸るのだった。
戦闘が終わると、フィルツェーンは私以上に装備を損傷していた。
「全く酷い目に遭ったな。ああ、裸同然でどうやって帰れと......」
制服のほとんどは、魔物を切った時の体液を浴びて溶けてしまったようだ。
衣服として残っているのは腰や脚くらいで、股に刻まれた「聖印」もチラリと見えている。それをジッと見ていると「どこ見てる」と頭をチョップされて「あいたっ!」と、お叱りを受けて反省する。
「困りましたわね。サイトーもいないし。私は変身すれば、魔力で作った鎧である程度は隠せますけど」
「君はボク一人に恥ずかしい思いをさせる気か?」
フィルツェーンのことは後で考えるとして、私たちは魔物の死骸の奥深くに囚われていた冒険者たちを見つけ出す。
「ふむ......フィルの予想通り三人いたっぽいですわね。でもこの骨は......」
「ボクたちは服を溶かされただけでラッキーだったな」
「でもこの子、腹が大きく膨れていますわ」
一部の骨が残った遺体が一つ。右手と両足を失ってかろうじて生きている男の子が一人。そして腹が異様に膨れ上がった女の子が一人。合計で三人を形だけでも探し出せた。
どちらも酷い有様だ。これ、どうにかなるのか?
(このまま放っておくと、死ぬな。これ。フィルはどうするつもりなんだろう?)
「苗床にされて生命力を吸われ続けているのか。ボクが治す。......泥臭い治療をするけど、気に入らない光景を見ることになる。休憩がてらあっちに——」
「なるほど、ならば私も手伝います。何かできることは?」
「......なら、この子が衰弱しないように魔力を与え続けてくれ。それくらいはできるだろ」
腹が膨れて苦しそうな冒険者の女の子と、死の狭間にいる男の子に対して、フィルツェーンがアニムスを発動する。
私ができることなど高が知れているだろう。治療は専門外だ。でもまあ、できないことがあるわけじゃない。
私は命じられたまま、横に並べられた両者の心臓に近い胸に両手を重ね合わせて、魔力を流し込む。
こうして泥臭い治療が始まった。今の私たちは多分、文字通り「聖女」のように、懸命に命を救おうとしているのだろう。
少女は苦しそうに喘ぎ、口から何かを吐き出し、ビクビクと震えて暴れ回る。男の子も、この空間に響き渡る絶叫で叫び、のたうち回る。見ていてかなり痛々しいが「男の子なら我慢しなさい!」と無茶な喝を入れつつ、私も集中する。
(フィルはこんな現場をいくつも見てきて、その度に何を思って......気が狂いそうなモノをいくつ見てきたんだろうか)
こんなことを延々と繰り返す。それが「聖女」の仕事の一つ。終わりのない戦いを強いられる「勇者」も大概だが、どちらも繰り返し続けると心身ともに削れていく気がするのも理解できる。
(やっぱり私は『聖女』も『勇者』も好きにはなれない。立派で変えの効かない名誉ある仕事だとしても、これは......)
”名誉ある仕事”をすることのやりがいは、素晴らしい。ああ、間違いない。誰になんと言われても、隣の相棒に口を酸っぱく言われても理解できる。
その上で私はやはり、この仕事を——歪みそうになる表情を堪えて、今は治療に専念することにした。
苗床にされても、手足失っても生きてるのは「異世界人の生命力」だからという前提があるからです。
この世界の人たちは基礎スペックが馬鹿高いことを踏まえて、雑に流して読んでくださると助かります。