第10話 フルスロットルでカチコミます!
婚約破棄から翌日。つまり「勇者」のお仕事がある日。
昨日の一件のことは一旦忘れて、私とフィルツェーンは中央政権の支部にきていた。
目的はもちろん、支部長レイターに会うため。まだ私のチュートリアルは終わっていない。
「今日はちょっと嗜好を変えたことをやるよ。本当はリンユース一人の仕事だけど......初めてだしね」
「「?」」
「第三者機関の我々にしかできないことだ」
一体、何をやらされるのか。私とフィルツェーンは首を傾げつつ、レイターに呼び出されたリューゲンと顔を合わせる。
「それじゃあここからは私が引き継ごう。ついてきたまえ、二人とも」
支部の中での仕事かと思えば違うらしい。
リューゲンに言われて後をついていくと、支部を出る頃には彼を守るように数名の護衛までいて、なんだか物騒な感じだ。これはまるで、武装した警察組織のカチコミみたいで——。
——事実。私の予感は間違っていなかった。
「おんドラァ何しとんじゃぁ!」
「君たち『グレーボンバー』には苦情が届いていてね。冒険者ギルドからの命令だ。明日までにここを出ていき、組織を解散せよ」
「んだとぉ!!」
(やっぱりカチコミじゃないですかぁ! ヒィ、あのおっさんの怒鳴り声が魂の古傷に響くッ!!)
「勇者」という強大な力を持つ者が行うのは、治安維持の仕事も含まれている。それはかなり力技で、中央政権にとっても最終手段の一つらしい。
詰まるところそれは......荒くれ者が集い収集がつかなくなった組織の壊滅。言い換えれば”冒険者組織”の殲滅だ。......それってもうただのヤクザじゃんね。
しかしおっさんの怒声は前世のトラウマを刺激するらしい。僅かにビクッと震える私を、隣のフィルツェーンが「大丈夫か?」と心配してくれるのが、なんだか余計に情けない。
「へ、平気ですわ。あのお方の声が少しうるさ——ヒッ!」
「......君は意外なモノを怖がるよな。ドラゴンには恐れ知らずだってのに、虫や幽霊とか小さいものを怖がるし」
「あのオッサンの声が心臓に悪すぎるだけですわ!!」
「だぁれがオッサンじゃクラァ!!」
「う、うるさい!! ぶっ殺しますわよ!」
もう耐えられない。古傷が刺激して私の神経が苛立っていく。ほぼ無意識に懐から神ノ結晶を取り出して、右手でギュッと握りしめる。
今にも檻から飛び出しそうな私の姿を見て、リューゲンはフッと小さく笑い。
「交渉決裂だ」と言って、指でクイっと曲げて合図を送ってきた。
「初めから俺たちは話し合うつもりなんてねぇ。野郎ども、ここは一気に叩き潰すぜ!」
「だったらこちらも承認せざるを得ないな。......『勇者』、オーダーを下します」
「は? 『勇者』?」
「殺さない程度にこの逆賊をボコボコにしなさい」
オーダーの内容を聞き入れた。私は嬉々として鍵を取り出して、天に向けて叫ぶ。
「承りましたわ!!アニムス『フルスロットル』!!」
そして変身を手短に済ませる。ヘルメット姿の聖騎士の姿を見て、この荒くれ者どもは、一気に青ざめた表情に。なんだ、私のことを知っているような顔だな......と思っていると、一人が私を指さして。
「リーダー! コイツの姿、ギルドで噂になってたあの!!」
「なっ、まさか『通りすがりの執行者』か!? 変な馬に跨って魔物を蹴散らしていく、血濡れた仮面の!!」
ものすごく身に覚えのあることを口走って......いや待て。ギルドで噂になっていた? それは初耳だ。しかも......。
「な、なんですのその物騒な言い回し! 私は『聖女』で『勇者』のリンユース・ストレイラインですわ!」
「あの悪名高い引きこもりお嬢様が!?」「街で堂々と執事をいじめて喜んでいるとかいう、あの変態令嬢......」
「あら、人のことを悪く言うお口がゴミ溜めのカスにあるとでも? 全く、聞こえませんわねェ!! フハハハッ!!」
身も蓋もない噂が尾ひれを長引かせすぎた。流石の私も堪忍袋の尾が抑えられず、ヘルメットを片手で押さえて怒りを吐き出すように高笑いする。
その姿を見て先ほどの威勢はどこへやら。ヤーさんたちは震え上がっていて、私が近づくたびに一歩ずつ後退していく。無論、逃しはしない。一気に距離を詰めて、私は奴らを死なない程度に斬りつけて——。
「......もうどっちが逆賊か分かりませんよ」
「ははは。いいんだ。むしろあれくらいブレーキが壊れていた方がいい」
「止まれない猛獣の手綱を握るボクの気持ちにもなってください」
「そこは君の努力だよフィル。この調子で彼女とのバディ活動も頼んだよ」
「......」
背後で何やら話し合う二人の方を向いて、敵の親玉の胸ぐらを掴み持ち上げて「取ったどー!」と。返り血を少し浴びた鎧越しに、初の仕事達成に無邪気に喜んで見せるのだった。
そんな私の姿を、リューゲンは胡散臭い笑顔でパチパチと拍手して祝ってくれて、フィルツェーンは腕を組んで引き攣った苦笑いを浮かべて見るのだった。
——そうしてこの日は支部長の指示に従って、三つの治安維持活動を済ませた。
ヤーさん組織の壊滅が二つ。近所の見回りと異常がないかの偵察が一つ。......思ったより暇だったのは、この国が平和を保てている証拠だ。
さすが中央政権の支部が置かれている王国だ。その分、成長する危険組織の具合も大きくて、手が焼けるらしいが私の敵じゃなかった。
「君は『勇者』じゃなくて、伝承にある『魔王』の間違いなんじゃないか?」
「あら、別に呼び方が変わろうとかまいませんわ。私は私ですもの」
ちなみにこの世界に「魔王」にあたる存在はいないが、中央政権が敵対している組織が「自称:魔を統べる王」を崇めており、仮称「魔王」は存在する。
しかし公式には認められていない。なんかややこしいが、まあそんなところだ。
「明日は遠征らしい。冒険者が行方不明になったダンジョンへ赴き、救助か死体の回収だそうだ」
「捜索ならお手の物ですわ! 私のサポートをしてくれる『イーリス』が場所を教えてくれますし」
「本当に便利な能力だよな......」
「そっちの『ライト・ライオット』だって、全部で二十個の変形があるのでしょう? 隣の芝生が青く見えるって奴ですわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして翌日。
私たちは中央政権のオーダーに従い、「勇者」としてダンジョンに赴いた。
「気をつけろ。ここはアイザックと一緒に来たことがある。トラップが山ほど——」
「あっ。そこ踏むと矢が飛んできますわ」
「え? あっ。うわっ!?」
「だから言いましたのに」
「待て待て、なんで分かる......ああ、そのサポートの......」
ヘルメットをトントンと突くとフィルツェーンも察した様子だ。サポートAIが道行くトラップの全てをネタバレしてくれるので、なんの問題もない。
飛んできた矢もキャッチできるくらいだ。うっかり罠を踏んだ相棒の窮地を救って、「世話が焼けますわね」と肩をすくめて首を横に振る。
それが少し癪に障ったのか、フィルツェーンは無言で前を進んでいく。目の前には引っかかると発動するタイプのトラップがあり、彼女は堂々と糸に引っかかってズッコケる。
「......フィル?」
「お前なんかいなくてもボク一人でなんとかなる」
「こんな時にくだらない意地を張るんじゃありません。全く......ヨイショっと」
「ちょ、おい! くそッ、動けない!」
「私が目的地までやさ〜しく運んであげますわ」
変なところで意地をはる相棒を丸太のように抱え上げて、私は変身能力に任せてフルスロットルで駆け抜ける。
——そしてものの数秒で全てのトラップや、道にたむろするモンスターを無視し、冒険者のいる最深部までたどり着いた。
「うっ、吐きそう......うぅ、ぶっ!」
「......ここが最深部。大きな扉の向こうに反応がありますわね。でも多分......ってフィル? あっ、吐いちゃった」
私が無理やり運んだせいで体調を悪くしたらしいフィルツェーンの背中を優しくさすってあげる。直後にキッと何かを訴えるような眼で睨まれたけど、まあ対して気にしなくていいだろう。
「このイノシシ女め......」と何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、反応せず無視する。口元を拭って立ち上がり、苦しそうに喉や食道あたりを触りながら、フィルツェーンは大扉を見上げて。
「ダンジョンのボスは一定の周期を得て復活する。ボスを倒すとボクたちの持つ神ノ結晶に匹敵する恩恵が——」
「ボスって?」
「おい、いっつもいつも話を遮るな。......ここのボスというのは、アイザックが苦戦した植物型のモンスターの巣穴だ」
「具体的には?」
「捉えた人間を苗床にして、逆に利用する恐ろしい生態を持つ」
「じゃあ中の人はギリギリ生きてそうですわね」
「いやどうかな......」
「雑草駆除なんて数秒で終わらせてやりますわ! たのも〜!!」
私は扉をガンっと蹴破る。変身しているせいで脚力も化け物級で、大扉は軽く開かれた。
そして中から飛び出してきた、ドラゴンの舌くらいはある大きな触手がいきなり体に巻き付いてきて。「え?」と驚く間も無く、私は中に引き摺り込まれたのだった。