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第8話 問答無用の”押し入り勇者”ですわ!

 翌日の朝。


 疲れが溜まってなかなか起きれず、目が覚めた時にはフィルツェーンの姿はなかった。


 寝室を出てリビングに向かうと、ソファの上で目を閉じる彼女の姿が。


 いきなりその姿を見てビクッと震える。「ど、どうしましたの?」と恐る恐る尋ねると。


「ね、眠い......」


「だからってそんな二度寝は許されません! ほら、起きたならとっとと着替えなさ〜い!」


「......うぅ」


 朝は弱いらしい彼女に鞭を打って、何かと準備を進ませる。全く、これじゃお姉さんと言うより、お母さんと言ったほうが正しいな。と内心で思いつつ、せっせと身支度を済ませるのだった。




「今日のオーダーの後、時間はありますか?」


「ああ。今日は非番だからずっと暇だ」


「なら冷蔵庫の買い出しに付き合ってください。料理の真髄を叩き込んでやりますわ」


「......『聖女』より『料理人』になった方がいいんじゃないか?」


「分かっていませんわね。商売で料理を作るくらいなら、大切な人に料理を振る舞う方が気持ち的にも全然違うのですわ」


「大切な人......」


「......はっ! いえ違います、その、確かにフィルツェーンは大切な相棒ですけど、別に変な意味じゃ!」


「へぇ、リン。ボクのことを大切に想っててくれたんだ。嬉しいなぁ」


「くっ......付け入る隙を与えてしまった!」


 揶揄うフィルツェーンのイタズラな笑みを、歯軋りしながら睨みつける。きっと今の私の顔は、鏡で見ると真っ赤に染まっているに違いない。


 フィルツェーンも面白がっている。付け入る隙を与えたのが悪かった。ぐぬぬ......と声にならない唸りで喉を鳴らしながら、そんな他愛のない会話を続けて、中央政権の支部に到達する。


 中に入ると私たちの来訪を予期していたのか、未来予知能力者のごとくレイターがロビーにいた。彼のところに向かうと「今日はすぐに終わるかもね」と。どう言うことだろうか?


「さて、じゃあ『勇者』のとっても重要な仕事を試してみよう」


「具体的には? 昨日のよりヤバい相手ですの?」


「君なら問題ないかもしれないけど、猪突猛進に突っ込む君なら早死にしかねないからね。それに仕事といっても、君の適性次第なんだ。とりあえずすでに運んであるから、ついてきて」


 運んである?何を? 眠らせ捕獲した魔物にトドメを刺すとか?


 色々と考えるように腕を組んで首を傾げると、レイターが「こっちだよ」と言って案内を始める。



 ——彼の案内に従って進んでいくと、徐々に人の気配がなくなっていき、周囲の雰囲気も変わっていった。



 堅牢な要塞といった雰囲気の外観にふさわしい、地下に通じる道を通ってたどり着いたのは、硬く重そうな扉に閉ざされた部屋。レイターが手をかざすと「ピピッ」と音を立てて、扉の拘束が勝手に動き出した。


 それを「おぉ」と感心しながら眺めていると、開いた扉の中には、台座に安置された黒い棺のような箱があった。


 レイターがその箱に近づいて蓋を開けると、中には一本の剣が収められていた。しかし赤い包帯のようなモノでグルグル巻きにされていて、不思議とピッタリ張り付いている。


 それを見て私は「”特級”の呪物?」と、心の中で口にした。だって見た目や雰囲気は()()()()()()()に似ていて......なんだか禍々しいのだ。


 これは触っても大丈夫なヤツなのか? そう疑問を抱いていると。


「これは初期封印状態の聖剣『トワイライト・カリバーン』だ」


「聖剣?」


「勇者が握るべき聖剣。なんだけど......アイザックを含め、いまだに誰もこれを解放できていない。でも英雄ノアールの血を引く貴族であり『勇者』に覚醒した例外の君なら、どうだ?」


 ポワポワと頭の中で浮かんでいた”(呪物)”のイメージが崩れる。前世(マンガ)の知識からくる妄想を振り払い、レイターに言われた通り剣に触れてみる。


 ちょうど、持ち手の部分が握りやすそうなので、ギュッと。すると剣は赤い包帯の下から真っ赤に輝き出した。


「うわっ、光った!」


「まさかこの反応は......初期封印が!」


「って、あれ? 光っただけ?」


 数秒ほど輝いて、何も起こらず、思わず急いで手を離して剣をジッと観察する。


 しかし何も変わらない。いや、布が少し......ほつれた? 見間違いかもしれないな。


「やはり君でもダメか......これはアイザックも、なんなら他の勇者でも解放できなかったんだ」


「私でもダメ......じゃあ誰が使えるんですかこれ。それにごっそり魔力を持っていかれましたし、ちょっと頭痛もします」


「ああ。聖剣は適性のない人間が無理に扱おうとすると、持ち主の魔力を吸い尽くし殺すんだ。だから勇者が扱うのが普通なんだけど......」


(本当に聖剣? 魔剣の間違いじゃ......)


「ともかく今日の仕事はこれで終わり」


「え、もう!?」


「魔力をそこそこ失った状態で戦うのは無謀だからね。明後日に新たなオーダーを手配するよ。それと......はい、これ」


 あっけなく今日の仕事が終わる。こんなので良いのかと戸惑っていると、レイターが何かを渡してきて。


「君たち『聖女』や『勇者』に支給されるピンバッジだ。こいつを身につけると、緊急事態に赤く点滅して呼び出す合図にもなるし、街を歩くと一目で中央政権の人間だとわかる」


「ありがとうございます」


「それじゃ。また明後日ね」


 受け取ったピンバッジは、レイターと同じように左胸につけておく。


 こうして今日は早番となってしまったのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どうだった?」


「ダメですわ。魔力も持ってかれて、すっごいダルい」


「やはりか。本当に聖剣なのか不思議なところだな」


「ええ、本当に」


 聖剣と勇者はセットのイメージが大きいだけに、今日判明した事実は衝撃もあった。ただまあ、そんなこともあるかと勝手に納得する。思えばアイザックも、自分の剣を一言も聖剣とは言っていなかった。


 謎は謎のまま放置。どうせ私が考えても仕方ない問題だ。現状の手詰まりにむやみに突っ込んでも意味はないので、気分を変えることに。


「それで暇になったが、どうする? ボクは今日、やることがないらしいし」


「じゃあ......二人で仲良くデートしましょうか」


「デート?」


 待っていたフィルツェーンと合流し、暇な彼女の手を引っ張って支部から連れ出す。


 そして街に出ていき、私たちは仲良くショッピングやランチなど。年頃の少女なら好んでいそうな遊びに興じる。



 ——夕方。


 思ったよりも巡るところが多く、私たちはなんやかんや時間を潰すことに成功した。


「服か。ボクは買い物に興味なんてないんだがな」


「私も普段は家の衣服を着ますけど、今後はそういうわけにはいかないんですもの」


「どういうことだ? 家に帰るといっぱいあるんだろ?」


「まあ、そうですけど」


「?」


 歯切れ悪く答えて、フィルツェーンに疑問の視線を向けられる。私はあえて目を合わせず、パンと両手を合わせて。


「さて、買い物も済ませたことですし。食材を家に運びますわよ」


「こんなにいるのか? ボク一人じゃ食べきれないぞ。まるで()()()の量だし......」


「......」


「なんで黙った?」


「さあ、どうしてかしら。ふふっ」


「?(なんで上機嫌なんだ?)」


 料理で彼女を喜ばせたいから? 違う、これは私の勝手な期待だ。それが顔に出てしまう。


「それじゃ私は一度、家に戻ります。あっ、鍵は開けておいてくださいね」


「ああ。夜に料理しにくるんだろ。開けておくさ」


「ええ、夜に用事で伺いますわ。楽しみに待っていてくださいな」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして夜。私は執事のサイトーを連れて、再びフィルツェーンの家に舞い戻ってきたのだが。


「......おい待て。なんだその荷物は!」


「今日からあなたと一緒に暮らします」


「はぁ!? 聞いてないぞ!」


「私が勝手に決めたんですから当たり前ですわ」


「なんだと!? このっ......ワガママ令嬢が! 帰れ!」


「昨日、おばあさまが言っていましたわ......天の道を征き、全てを司る令嬢。『リンユース・ストレイライン』の歩く道に、超えられぬ障害などなし! ってわけでお家に入りま〜す」


「おばあさんとっくに死んでるだろ!! お墓と会話したのか!? 待て、ボクの家の垣根を越えようとするな! あっ、ちょぉ!」


「失礼しますフィルツェーン様」


 ”用事”とはすなわち押しかけ女房の真似事だ。私は先日の宣言通り、彼女に勝手に雇われることにした。


 無論、了承は得ていない。全て我が勝手な判断だ。まごうことなきワガママ令嬢の姿を目の当たりにし、相棒となったフィルツェーンは忙しなく感情を迷子にする。


「というわけで、これからよろしく。相棒?」


「......料理、家事、全般。ちゃんとやるんだぞ」


「ええ。分かってますわ」


 しかし私の強引な姿勢を見て、全て諦めたのか。それとも二人で過ごすことは「都合が良い」と無理やり納得してくれたのか。フィルツェーンは眉間にシワを寄せつつも、条件を突きつけて了承してくれた。


 なぜフィルツェーンの家に居候することに決めたのか。それはまあ、深い理由はない。


 ただなんとなく、許せなかったのだろう。私は衝動的に動く節がある。それが死につながった。


 だと言うのに反省することなく、彼女の家に転がり込んだ。私は私の大切な物を、他の色で染めたくない。......一瞬だけ、勇者アイザックの顔がチラリと浮かび、首を横に振る。


 そんな浅ましく口にして吐くにはあまりに傲慢なセリフは、これからの行動でゆっくり、じわじわと示していくのみだ。


 これまで世話になった執事に一応の礼を言って帰らせて、運び込んだ大荷物を持って家に入る。


 そして物置部屋となっている空室に荷物を放り込み、この日は居候として最初の準備に勤しむのだった。

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