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7-2 ”排除”する聖職者たち

 ——風呂を上がって夕飯の時間。


 フィルツェーンの家には、食材がほとんど残っていなかった。


(冷蔵庫のような物はあって、その中に粉類と飲み物。......あとは冷凍焼けした野菜と肉。これだけか)


「リン。さっきは......悪かった」


「いいですわよ別に。......急に胸を揉まれて、その.......激しい一面もあるんですのね」


「わわ、忘れろ! ボクがどうかしてたんだ! 確かにコンプレックスはあるし、羨ましいけど、君のような美人に言われてついカチンときてそれで——」


「貴方も可愛いじゃないですの。そこまで卑屈にならなくとも、魅力はありますわ」


「リン......」


「......(なんか変な空気になってしまった。目を合わせづらい)」


 とても微妙な雰囲気になってしまい、互いに目を逸らして俯く。今、とても恥ずかしいことを言ってしまった気がするが......いや、気持ちを切り替えろ。過ぎたことをほじくり返すんじゃないぞ私!


 頭をブンブンと横に振って、鍋のお湯の具合を確かめて。


「申し訳ないと思うなら、そのパスタを茹でてください。それくらいできますわよね?」


「ああ、もちろんだ! 水の中に入れて火をつけて放置すればいいんだろ?」


 まだ少し顔が赤いフィルツェーンに、私は逃げ道を用意してやる。少し上擦った声で彼女はグッと拳を握り締め、自信ありげに意気込んでいる様子だ。


 うん、その意気はたいへん素晴らしいが間違っている。さっきまでの羞恥心はどこへやら、額に手を添えてやれやれと首を横にふり、料理はからっきしの相棒を手招きしてやる。


「沸騰したお湯に塩を入れて、芯がある程度無くなるまで茹でる。ちゃんと手順がありますわ」


「なるほど。だからいつも硬くて不味かったんだな」


(この世界の人々はどうして料理に対して、ここまで無知なんだ? ......いや、こだわりがないと言うべきか。私のような例外は数人いるくらいで、料理に趣を見出すことが異質なのかな)


 色々と手順を教えてやり、うぅんと腕を組んで考える。思うところはあるが、とりあえずやることをやってからだ。


 全く使った形跡のないまな板と包丁を取り出し、野菜の悪い部分を切り落として避けておく。まだギリギリ食べられるので、これは私のパスタに加えておく。


 フィルツェーンには大丈夫な部分を。私が手際よく野菜を切っていくと、隣からヒョコッとフィルが顔を覗かせて、ジーっと観察してくる。


 ボソっと「すごいな」なんて言われて、少し口の端がニヤけるのを堪えながら。パスタを監視するフィルツェーンをさらに監視しつつ、料理を進めていき——。



「すごい。パスタをこんな風味豊かにできるとは......」


「付け合わせで香り付けと具をつけただけの、”名前のないパスタ”ですわ。ニンニクや野菜があってよかった。香りの演出は問題なしと」


 味は薄め、香りは濃い。野菜メインのジェノベーゼっぽいナニカの完成だ。


 正直、美味しいとは言い切れない。しかし使える物がこれしかないから仕方ない。


 異世界産の食材だって初めて触れた。やはり前世ほど食材の質は良くないが、我が家の料理長が作るモノに比べて自分好みの味付けにできるのはプラスだ。


 我ながらうまくいったと思い、心の中で誇らしげに鼻の先を伸ばしてやる。


「ニンニクってこうやって使うのか。以前、一個丸々食べて死ぬ思いをした」


「えぇ、下手したら入院ですわよ」


「そうなのか?!」


「全く、呆れが止まりませんわ。はい、いただきますわよ」


「ああ、いただきます。......おぉ、これが本物のパスタかぁ。うまいな!」


(そう思うなら自分で作る努力をしなさいっての)


 少しだけ親の気持ちが分かった気がする。手のかかる子供とは、こういうことなのだろう。

 前世の私が発揮できなかった母性が、こんなところで少しだけ出てくる。それを自覚しつつ、美味しそうに食べるフィルツェーンの姿を見て思わず小さな笑いが込み上げてきた。


「......ふふ。なんでもできる印象の貴方が、ここまで料理に無知で、私が教えるなんて。なんだか変な感じですわね」


「そういえば昔から、ボクの方が物知りだったな。こちらがお姉さんとして子守をするのは大変だった」


「ちょっと、聞き捨てなりません。私の方が上です」


「聖女としてはボクの方が先輩だ。年齢もボクの方が早生まれで——」


「料理もできないお姉さんとかごめんですわ。私の姉を名乗るなら、料理くらいできるようになりなさい」


「飯は食えればいいんだ。君の方がこだわり強いんだよ」


「いつか旦那様ができた時に呆れられますわよ」


「うっ、それは......いや、旦那に料理させる!」


「うわっ......(こりゃダメだ。私がなんとかしないと)」


 フィルツェーンは一人暮らしを経験して、少しばかり堕落の味を覚えてしまったらしい。まあ、初めての一人暮らしは大体が面倒になって、何かをサボりがちになる。例えばゴミ捨てや部屋の掃除など。


 フィルツェーンはそのあたりで言うと、ほとんどまともだ。唯一、料理だけを面倒に思っている。貴族の家出身で、飯は他人に作らせるのが当たり前だったから、嫌がるのも理解できる。むしろ私が異常なのだろう。


 私は密かに決意を固めた。この娘に我が一人暮らしの術を叩き込むと。


 こうして私は、フィルツェーンが目を輝かせてパスタを美味しく食べる姿を。先ほどまで考えていたことを一旦、忘れてしまいそうになるくらい、些細な幸福感に身を包まれながら、見守るのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんだかんだで泊まり込むことに成功。まあもとよりそのつもりだったし、セバス・サイトーも私の意思を読み取って、今頃家に伝えているに違いない。


 だから報告する必要はないと、あのドM執事の仕事ぶりに期待しつつ、ベッドメイキングを済ませる。


「悪い。寝室が片方、荷物置き場になってて。本当に床でいいのか?」


「流石の私も家主にそこまでできませんわ。......こうして二人で寝るのも久しぶりですわね」


「子供の頃は一緒によく寝たな。最後に別れた二年前はまだ互いに、子供っぽさが残っていた。今じゃ......不思議だな。人の姿も内面も、たった二年でここまで変わるんだ」


「ええ、本当にね。あっ、その枕、ちょうだい」


「イヤだ」


「ちぇっ」


 フィルツェーンが枕を隠すようにギュッと抱きしめて離さない。いいなぁ、あのフカフカで大きな枕。高そうだ......。


 それに対して、硬くて寝心地悪そうな枕とお布団だ。まあ仕方ない。膝からゆっくりと倒れてボフッとうずくまる。


 そうしてどういう仕組みか知らないが、魔力で動く電気のような明かりを消して、部屋が真っ暗になる。月の明かりがわずかに差し込んできて、目を閉じて眠ればいいものを。


「......なあ。君は『聖女』や『勇者』が、陰でなんと言われているか知っているか」


 この不思議な後味が名残惜しいのか。雰囲気に流されて口が滑ったのか。フィルツェーンが何やら、含みのある言い方で話しかけてきた。


「いいえ。そもそも人々の希望の象徴であるというのに、陰口を叩く奴がいるの?」


「陰口とかじゃない。ボクたちのもう一つの名前だ。......支部長が言っているのを、偶然、耳にしたことがある」


「......」


「ボクたちの隠されたもう一つの名前。いや、どちらかというとそっちが本当の名前だ。......アイザックと二人で資料をかき集めて、たどり着いた真実の呼び名。勇者と聖女の本当の名前......『エリミネーター』」


「エリミネーター?」


「意味は分からない。ただ、その名前が大昔、突如として沸いたことと、それが今のボクたちの原型だってことを知った。......つまりその事実が指差すのは『勇者』と『聖女』なんてのは、ただの役の名前でしかないってことだ。ボクたちは作られた英雄でしかないんだよ」


 そう言ってフィルツェーンはガサッと音を立てて寝返りを打つ。こっそり体を起こしてベッドの上の様子を見ると、私に背中を向けて壁の向こうを見て。でもすぐにこちらに向き直り、慌てて顔を引っ込める。


 わずかに沈黙を貫いて、私は答える。いや、答えるというか、そんなんじゃない。ただ思っていることを口にした。


「作られた英雄か。そりゃ、そうでしょうね。私の目は歪んでますから、最初から裏があるとは思ってましたし」


「......覚醒したら逃げられない。君の判断は正解云々の話じゃないしな」


「まあ、そういうことです。相変わらず『聖女』とかの仕組みは嫌いですけど、私はこの仕事をやり通すつもりですわ。誰の意思だろうと関係ない。ただ突っ走り続けて、その果てでどうなるのかが肝心ですから」


「その”果て”を目指すのが、君の夢か。考えているようで、何も考えていないんだな」


「神の意志とか、私たちの存在理由とか考えてもキリがないじゃないですの。今を全力で生きて、縛れれていても楽しめたら勝ち組ですわ。だからこれからも一緒に、突っ走り続けましょう。相棒?」


「......だな」


 疲れたようフィルはポツリと呟いて、「おやすみ」と。それっきり口を開かず、静寂に包まれていく。


 夜は思考に霧がかかっていくように、だんだんと暗く澱んでいく。私も前世では何度も自分の心を傷つけたものだ。


 その予兆を相棒からは感じた気がした。これが思い過ごしでも、今の私は黙って見過ごせなかっただけ。


(女神と直接対面したから、私は迷いなくまっすぐ進もうと思える。あの神が世界の救済を望んでいるのは、確証はないけど本当だし。懐疑的な目になる気持ちもわからなくもないけど......)


 自分たちの存在意義を疑う。だからアイザックもフィルツェーンも、少しやつれた印象を感じたのだろうか。


 終わりのない活動に身を費やすことの不安感は、まだ今の私は理解できない。それを尋ねても、苦しみを先に知るだけかもしれない......。なんて、それこそ果てのない思考を放りやる。


「おやすみなさい」


 心の混濁も行き過ぎた思考も、全てはその日の締めくくりに発生する搾りカス。悩むのはいいが、囚われるのは良くない。伝えたいが、今のフィルツェーンの心には響かないだろう。それは私の経験が知っている。


 時間はかかるかもしれないが、私は生き様で証明するだけだ。その隣を彼女がついてくるだけでいい。安心できるように、また頑張るだけなのだから。

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