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第6話 この世界の”主人公”は、私だ

 ——主人公。意味は「その物語にいないと成り立たない存在」。つまり前世の私じゃないし、この世界にありふれた普通の存在ではないということ。


 普通じゃない存在である「聖女」の初のオーダーは、中央教会の報告を受けた支部の者たちによって、厳正に決められる内容らしい。


 フィルツェーンは魔物との交戦で前線拠点になっている場所に赴き、治療と戦いに飛び込むという、側から聞いてもいきなりハードな内容だったとか。


「同行する先輩もいたし、最悪死ぬことはなかったから安心だった」と当時を振り返っているが、いくらなんでも命を軽視しすぎじゃないか? レイターの「皆を全力でサポートする」という、聖女を大切にする発言は嘘だったのか?


(いや、飴と鞭の関係ということも......)


「そういえばリン。さっき職員から貰った執行書になんて?」


「えと、初のオーダーは......ブラッドドラゴンの討伐?」


 ブラッドドラゴン。山の中腹に巣を張り、現れると周囲の生物を皆殺しにする生態系の破壊者。個体数は少ないが、コイツが国や街に近い場所に現れるのが厄介だ。


 討伐対象もこの街から少し行ったところの山に根差したらしく、被害が出る前に駆除することに。

 向こうの生態についてフィルに尋ねたところ「教えると君のためにならない」と、急に鬼教官のようなセリフを言い出した。


「教えてくれてもいいじゃない」


「万が一があっても私がいる。それともリン、無理だと思っているのか?」


「何をおっしゃいますの。やってもいないのに諦めてたまるかってもんですわ!」




 ——と思っていたが、これは予想外だ。


 血の臭いがとても濃い場所に、そのドラゴンはいた。


 全身が赤く黒ずんだ鱗を持ち、四足で大地を踏み締めている。大きさは......豪華客船くらいはあるぞ!


「デッカ.......」


「無理なら——」


「無理じゃない!」


「ですがお嬢様。これは......」


 父の(めい)で戦場までついてきたサイトーだが、流石の彼も本気で私を心配しているらしい。


 ブラッドドラゴンの巣までは、中央政権が手配した乗り物で移動した。馬車じゃない機械式のナニカで、車に似ているけど似ていない。おかげ移動はスムーズだったけど、私の知る車に比べてサスペンションが役立たずすぎて、酔ってしまった。


 その後は徒歩で山を登り、ようやく対面したと思えば、赤い瘴気が立ち込めるただならぬ雰囲気の場所に、例のドラゴンは堂々と寝ていたのだ。


(道中のアレといい、中央政権が関わる事態は、リンユースの常識を超えているケースばかり。でもこれが最初の壁なら......)


「リン。サイトーさんはボクが守る。ピンチになっても君を助けに行くくらい造作もない」


「......おちょくるんじゃぁないんですこと。貴方の助けなど必要ないくらい、パパッと片付けます」


「生意気吐ける度胸はあるんだな。その調子で頑張れ」


(この娘っ、なんで昔から平然と煽る真似を.......いや、口が悪いのはお互い様か)


「あと、絶対に無理はするな。命の危険を感じたら戻ってこい」


「ふん、バカにしないで。見てなさい」


 ツンとした顔でペラペラと悪態吐く仲間の言葉は気にしない。

 私は瘴気を吸い込む手前まで迫り、懐から鍵を取り出す。それを天に向けて「アニムス・フルスロットル!」と叫ぶ。


【承認!】


「変っ身! ......ふぅ。お前に恨みはないけど、ここに会ったが百年目! お前を——」


【ビービー、危険です危険です! イーリスが警告します! この瘴気は——】


「っ、だぁもううるさいわね! ちょっと静かにしてて!」


【強制キャストオフ実行、サポート停止します。......マスター、ちょっと待っ——】


 ヘルメットを被った途端、イーリスが今まで以上にしつこく警告してきた。

 耳が割れそうなサイレン音で、思わずキャストオフを実行し、ヘルメットを分解して素顔を露わにする。


(......サポートがなくても私ならいける!)


 スクラップブレードを携えて、意識を集中する。少し空気と一緒に瘴気を吸い込み、両足に力を込める。


 意を決して私は大地を蹴り出す。すると地面が沈み込み、わずかな振動が走る。私自身がまるで風を切るバイクのように駆け抜けて、音と気配に気づいたドラゴンが目を覚ます。


「アクセルスラッシュ!」


 一気に駆け抜けて対象を切り裂く技。「アクセルスラッシュ」を繰り出し、速度と剣の重たさが累乗計算された暴力がドラゴンに襲いかかった。


 ドラゴンが起き上がり、狙いが大きくずれる。巨体の首を切るつもりが、尻尾に向かって刃が振り下ろされる。私は思いっきり、その尻尾を切り上げて——。


「グギャアア!!」


「はっ! 尻尾を切るのはドラゴン退治の醍醐味よね! ......アレ、そうだっけ?」


「ウ、ウゥ、オォォォ!」


「瘴気が!! っ、急になんですの!?」


 尻尾を切るのは私の役目じゃないけど、結果オーライ。ドラゴンに攻撃は通るし、次の一撃を外さなければ殺せる。そう思っていた矢先、ドラゴンが傷口から大量の、赤く濃い瘴気を噴出した。


 まるで毒ガスの煙のように赤い煙幕が私の周囲を包み、視界も最悪になる。不思議と臭いは無く、鼻と口を押さえていた手を離して、煙を振り払おうと剣を構えた。


「!?」


 しかし体が動かない。そのままプルプルと震えて、膝から崩れ落ちる。瘴気は徐々に薄くなって、視界が綺麗になる。


(何がどうなっている!? なんで体が動かなくて......っ! 変な違和感、なにこれ——)


 地面に両膝をついて、剣を突き刺しなんとか倒れないように踏ん張るけど、喉の奥から何かが込み上げてくる感覚があった。


 それに目と鼻もなんだか生暖かい。だんだんと視界も真っ赤に染まっていき、言い表せない不快感がマックスに達したところで——。


「うっ、ごぼベっ、オボボボッ!!? (吐血!?)」


 口から滝のように血が流れてくる。痛みは......なんだろうか。あるにはあるが、通り越してもはや感じるほどじゃない。


 しかしこの一瞬で状況を察した。先ほどのイーリスのしつこい警告は、この瘴気のことだ。


(これを吸い込むと体の穴という穴から血が出てくるのか......? 耳も遠くて聞こえない。身体中の感覚が薄くなっていくっ!)


「リン!」「お嬢様!」と、呼ばれている気がした。でも聴覚も弱くなっているのでよく分からない。


 視界は真っ赤だけど、怒りに支配されたドラゴンが私に向かって口を大きく開けている。その図体と能力を持っていて、ブレスまで吐けるとかズルすぎるだろ。


 ーーズルい。それはお前だけじゃない。


(私も同じだ。ズルして力を貰った。自分の意思を女神に捧げて、『聖女』になった。こんなとこで死んだら、あの女神に合わせる顔もない! それに——)


 スクラップブレードを握る力を強くする。全身を奮い立たせて、魔力も一気に流し込む。その勢いに比例するように、口や鼻から血が一気に吹き出すが気にしない。


「うぅ、ぁあああ!」


「グルル!」


「あぁぁぁ! ......アハハハ! こんな程度の痛みで止まると思ったら大間違いですわ! ごぼっ、うろぉぉ!!」


 吐血しながら剣の切先を向ける。私の咆哮に対抗するように、ブラッドドラゴンも口を大きく開けて、ブレスの準備をする。


 負けてたまるか私は両手で剣を握り、もう一度、先ほどと同じ構えをする。AIイーリスをオフにしていたおかげで、魔力の貯蓄は十分に残っている。それを一気に爆発させて、ありったけをぶつけるんだ!


「グォォォ!」


「死がお前のゴールだ!! 決めてやるっ、『アクセルスラッシュ・フルスロットル』!!」


 血の瘴気が混じった炎のブレスが飛んできた。私は精一杯に息を吸って、口をキュッと結ぶ。


 スクラップブレードに流れている赤い魔力を頼りに、ブレスを下から一刀両断する。一瞬だけ炎の流れが止まり、私はその隙を狙って地面を蹴り上げて急接近。


 ドラゴンの懐に潜り込み、今度こそ狙いを外さず、巨体の首に刃をブッ刺して、剣を使って引き裂いていき、綺麗に切断してやるのだった。




 ——戦いが終わり、ドラゴンが死んだことで瘴気も消えた。


「お、お嬢様......その、平気なのですか?」


「ごぼべっ、びきに......(上手く喋れない。あっ、やばいかも。どんどん体に力が......)」


「バカ、喋るな! ブラッドドラゴンは自身の血を媒介に、相手の体から出血させる。ここの瘴気を吸い続けるだけで、普通なら即死なんだぞ」


(なるほど、通りで違和感がすごいわけだ。舐めプじゃないけど『イーリス』無しで行った結果、危うく命を落とす寸前に......いや、ヘルメットをつけてても瘴気を防げないか)


 心配するように駆け寄ってきたフィルツェーンとサイトーに、強がって平気なふりをするけど、魔力より先に体力の限界が来て変身が解けてしまう。


 その瞬間、身体中からブシャっと血が流れて、殺人現場の死体のように地面にぶっ倒れる。


 貧血とダメージで虹の端が見え.....。


「アニムス『ライト・ライオット』! ルナセーバー、ヒールモード! 回復を......」


「ん......あっ、フィル。アレ、貴方も死んだの? ぶっ! なんで叩いた!?」


「......自分で考えろ」


 しかし突如として視界が晴れて、体も軽くなる。起き上がってフィルツェーンの顔を見て、夢かあの世かと勘違いして、頬を叩かれてびっくりする。


 フィルツェーンは少しムスッとした顔だ。何か怒らせることをしたか?


「お嬢様。お召し物が......」


「血だらけね。下着までぐっしょり。う〜ん......あっ。今、ここで全部脱ぐから、何かちょうど良い服とかない?」


「であればこちらに。サイトー、このケースにご用意しておりました」


「君たちは何を呑気に......死にかけた人のセリフと、心配するヤツの言葉か?」


「このセバス・サイトー。お嬢様を信じていますので。心配はすれど、今のお嬢様の顔を見て無事を確信しました」


 変態だが流石の忠誠心だ。私は衣服を脱ぎ捨てながら「さすがね」と一言、褒めてやり、代わりの衣服を受け取る。


「堂々と着替えるのか......恥ずかしくないか?」


「だって執事には子供の頃から見られてますし」


「......しかし君は、思った以上に怪物だな。痛くないのか?」


「痛みとかそういうの、山場を越えると途端に恐ろしくなくなるのですわ。むしろ私は、指を針で貫かれたり、糸で縫い合わせるような小さくてエグいのが......」


「想像させるなっ、それは多分、誰も耐えれないし怖い!」


「マゾのサイトーならいけるんじゃなくて?」


「お嬢様は私をほつれたぬいぐるみだとお思いですか? 痛すぎるのはちょっと......」


「意気地なしですわね」


「うっ、そういう言葉責めが刺激的で......サディスティック!!」


(うわ、キモ)


 脱ぎ捨てた衣服を丸めてサイトーにぶん投げる。血で固まってそれなりに重たくなった衣服を、彼は見事にキャッチ。私は「チッ」と舌打ちしてやり喜ぶ様子のサイトーを睨みつつ。


「ほら、とっとと帰りましょ」と、誰よりも疲れているのに、誰よりも早く帰路に着くのだった。


 帰りもまた、尻が痛くなるあの車(?)に乗って、私たちは中央政権の支部に戻っていくのだった。

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