第5話 世界を守る中央政権/終末思想を振り撒く敵対組織
中央政権の支部。翌日の朝、迎えにきてくれたフィルツェーンと、父からの派遣で同行させられたセバス・サイトーと一緒に中央政権にやってきていた。
「お嬢様。今日は朝から、とても濃密な視線をお送りになりますね」
「お前と一緒に歩くのが嫌だからに決まってるでしょ。なぜついてきた」
「お父様の命令です。......あぁ、ぉぉ! その冷たい視線、この骨の底にまで染みて......ぁぁん!」
「あ、相変わらずですね。セバス・サイトーさん......」
他人にはどちらかというとドライな態度を貫くフィルツェーンですら、サイトーのマゾっぷりには引き気味だ。言葉の節々から「関わりたくない」という意思が滲み出ている。
これだから嫌だった。我が家で一番、仕事ができるが故に重宝されているが、昔は隠していた性癖も今やこの通り。私にいじめられることが特に好きで、心底気持ち悪い。
これには封印していた「悪役令嬢」の皮も表に出てきそうになるというもの。いや、無自覚だけど胸ぐらを掴みそうになるくらいには手が出かけていた。
そこをなんとかフィルツェーンに止められて、冷静さを取り戻し、私たちは中央政権の支部に入っていく。
——中央政権の支部は、下手したらこの街の建造物で二番目に立派と言えるくらいだった。
まず外観から、まるで居城が聳え立つような黒い城を思わせる見た目で、堅牢な雰囲気を感じる。中は統一された制服に身を包む職員が闊歩していて、外観ほど拒んでいるようには見えない。
それでも黒い制服に身を包む集団の中では、私とフィルツェーンは浮いていた。サイトーは目を離すと勝手にいなくなるくらい色合いが似てるけど。
「ふむ? お嬢様、こちらを手招きする方がおられますが。フィル殿のお知り合いですか?」
「ああ。あの人がここの支部長だ。運よく会えたな。ついでに『聖女』と『勇者』の活動について聞いてこよう」
支部長とやらは長髪を後ろに一束でまとめた男性で、小さなメガネをかけている。サイトーくらい背が高く、白と黒の特別な制服を身につけていて、一目で特別な人だと分かる格好だ。
そんな人が私たちに向けて手招きしているので、近寄ってみる。
「おはようございます、フィルツェーン。そして新たな聖女、兼、勇者のリンユース」
「おはようございます。あなたが支部長さん?」
「ああ、私が支部長の『レイター』だよ。こっちの細い目の彼は『リューゲン』」
「支部長補佐で、副代表のようなモノだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
中央政権の支部長という重要な人であるにも関わらず、かなり気さくで優しいお兄さんという感じだ。髪は一房にまとめていて、紺色の髪と瞳を持ち、眼鏡をかけているエリート商社マンみたいな風貌である。
隣にいるもう一人の男はリューゲンというらしい。俗にいう糸目のキャラで、眉が細く黒い制服を着ていて、すごく胡散臭そうに見える。髪も長くてフワフワだし。見るからに怪しい......と思うのは、私の目が汚れているからだろう。
「レイター支部長。リンに色々と説明をお願いできますか」
「うん、分かってるよ。元々、そのつもりで迎えを派遣するところだった。ちょうどよく来てくれて助かった」
「それじゃレイター、後でな」
「うん、忙しいのにありがとうリューゲン」
リューゲンは用事があるのか去っていく。去り際に手を小さく振っていて、細かいところまで紳士的な方だ。今のところ好印象である。
そうして別れた後、レイターは「ついてきて」と言って、広い支部の中をスイスイと進んでいく。
その道中、私は色々な人から視線を感じた。ここの職員や、同じ「聖女」と思われる誰か。気づかないフリをするのが億劫になるくらいだ。
(これはエレベーター? 私の知っているモノと違うけど、この世界にもあるのか)
「ごめんねぇ。君の噂はかなり広まってて......」
「いえ、構いませんよ」
少し狭いエレベーターは、スチームパンクな世界にありがちな「乗ってて大丈夫なのか?」と不安にさせる開放的な作りだ。
キキキと音を立てて、ガシャんと大きく揺れて止まる。柵が開くと、どこかの階の廊下にたどり着いた。
そこを歩いて行くと、少し大きな扉が現れる。「ここが支部長の部屋だね」と言って、レイターが扉を開けて、部屋の中の大きなソファに案内してくれた。
「出せるお茶も菓子もなくて申し訳ない。その人をダメにするソファに免じて許しておくれ」
「お、おぉ......リンすごいぞ! レイ支部長、これどこで買ったんですか?」
「それは——」
「話が逸れる前にとっとと聞かせてください。(......本当にふっかふかだ。腰が抜けそうになるな)」
支部長自慢のソファは間違いなくこの世界で一級品だ。肌触りも質感も、下手な貴族の家のモノより凄く、フィルツェーンが興奮するのも理解できる。
私としても気になるが、支部長のウキウキな顔を見て話を遮らせてもらった。このままだとお買い物情報が増えてしまうと思ったからだ。
「『聖女』と『勇者』についてだね」
支部長は腕を組んで「まずは聖女から」と、私の存在理由その一について話を始めてくれた。
「聖女の活動は主に二つ。一つは勇者に同行して、危険な依頼をこなすこと。勇者はこの街にあなたを含めて二人だ。我々にとっても貴重な戦力だよ」
(やっぱり『勇者』の数は少ないのか。先輩の疲れたような顔も頷けるな)
「そして二つ目は、我々の下す”オーダー”の対処。普通の冒険者が依頼を受けて目的地に行くのと似ていて、全く違います。中央政権のオーダーは報酬などありません。賃金などの報酬は、月の終わりに支給されるんだ」
(なるほど、月給制なのか。確かにそこは意外だな)
「”オーダー”は、一般では対処できないことが多い。それに対処できる特殊能力『神ノ力』を持つあなた達を派遣し、解決することが私たちの仕事となります。人々の治療、異常の解決、冒険者に対処できない事案の解決......など多岐にわたるものです」
(言い方を変えると『便利屋』ってことか)
イメージとしては便利屋の公務員といったところか。なるほど、これは貴族の間や世間的にもやりがいある仕事と評価される訳だ。
働くことが世の中の貢献につながるのなら、家としても名声が上がるチャンスになる。本人も世の中に貢献できるというやりがいを持つ。上手くできたシステムだな、と私は隣のフィルツェーンにチラリと視線を一瞬だけ向ける。
「そして『勇者』は......この世界を裏で支配しようと企む神の反逆者。『エンデボーテ』の連中を根絶やしにし、世界を平和に導くことが目的です」
「初めて聞きますね。その組織の目的は?」
「終わりのない戦いは、有史以来、ずっと繰り返されています。『エンデボーテ』は遥か昔から存在する悪の組織。奴らは唯一神を否定し、今の人類に絶望を抱いた者の集まりで、共通の終末思想をばら撒いている危険分子です」
(それは迷惑だ。しかも思想を持って世界を混乱に陥れることなんて、誰もが考えても悪いことだな。......中央政権が、本当に善の組織だったらだけど)
「悪の根絶。それが君たち『勇者』や『聖女』の羽織をかぶる者たちの役目だ」
無言でレイターの最後の言葉を聞き入れて、私たちに与えられた「役という皮」の意味を大体理解する。
リンユースの頃は知らない組織の存在に、中央政権の目的。そして聖女や勇者の関係と職務。どれらも因果関係がハッキリしているが、ここで一つ不可解な点がある。
「わからないことが一つ。神の神託がなぜ、中央政権に?」
「......それは私にも分からない。我らの組織のトップにいるとされる方々が、神の声を受け取って、それを頼りに新たな『聖女』や『勇者』を探してサポートする。それが末端の仕事です。ですから私たちは、神に対する信仰心は本物ですが、同時にあなた達を道具のように使うことはしません。全力で支えて、サポートします」
これは本心だろう。レイターは申し訳なさそうに肩をすくめていて、演技とは思えない。
人を見る目に自信はないが、フィルツェーンやサイトーが疑う素振りを見せず、すんなりと話を受け入れているから、私の考えも間違っていないらしい。
しかしそうなら、この組織は思ったより温かい。関わる前から「なんか胡散臭いけどクリーンな組織だよな」くらいに思っていたが、ここまで世界や人を想うとは。
協力しても気持ちが良いのは違いないだろう。
私は「分かりました」と言ってニコリと微笑む。
「聖女として、勇者として、やれるだけやってみます」
「ありがとうございます。それでは早速、『聖女リンユース』に初の仕事を。あなたは戦闘タイプだと先日、報告を受けました。......今回はフィルツェーンを同行させます。大型の魔物を討伐してきてください」
「『聖女フィルツェーン』、拝命しました。......ボクは君の監視と能力を見定める役だ。危険だったら助けるから安心して」
「ええ、頼りにしてます。『聖女リンユース』、拝命しました」
見様見真似でフィルツェーンの真似をして、左手を胸に添えて支部長さんに宣言する。
私の役の入り様にレイターは少し驚いた様子で口を開けて、数秒後に「ふふっ」と吹き出す。
何がおかしいのか。首を傾げていると。
「ごめんね。なんだか想像以上に、君の聞き分けが良くて。噂だとかなりの......」
「お嬢様の悪口はこのセバス・サイトーが見逃しません。その噂はもっぱらの嘘でございます。お嬢様は私に愛のムチを、小指にやっと嵌められるくらいの指輪ほどの器で注いでくださる、とても寛大で——」
「......サイトォ?」
「はぅッ! お、お嬢様......人前でそんなっ、好悦の眼差しを!」
また収集がつかなくなってきた。フィルツェーンも「またやってるよ」と言わんばかりの目で見てくる。
違う、このマゾ執事が暴走しているだけだ。私は変態をイジメる変態じゃないんだ。そんな目で見るなと首をブンブンと横に振り、サイトーを睨み牽制しつつ。
「フィルにもアイザック先輩にも言いましたが、私は私の道を歩くために『聖女』兼『勇者』の役を演じます」
「うん。君がそれでやる気を保てるなら構わない」
「......なら結構です。それでは行ってきます」
「いってらっしゃい。無事に帰ってくるんだよ」
男の人なのに聖母のような微笑みと全てを包み込む温かみを滲み出している。サイトーと大違いで、少し気を許すと心の隙間に潜り込んできそうな感じがした。
これが俗にいう「魔性の男」なのだろうか。現に私はフィルツェーンに「口の端が緩んでるぞ」と指摘されて、慌てて手で隠す。
気の緩みは良くない。私は自分に言い聞かせながら、猫のようにレイターに威嚇するいい歳したオッサン執事の手を引っ張り出して、三人で支部長室から出て行くのだった。