4-2
「せっかくですから、賭け事をしませんか?」
「賭けか.....無茶でなければ」
「ちょっと待て、ボク抜きで何を勝手に......」
「ごめんフィルツェーン。俺は責務を果たすべき勇者として、この人を推し量りたいんだ」
「......分かった」
責務を果たすとか、勇者として私を試したいとか。ああ、口に出しては言わないが、私はこの男にかなり......向けてはいけない激情を向けているらしい。
悪い癖だ。ワガママだ。フィルツェーンは私のことをよく知っているから、私の内心を表面だけでも感じているだろう。だから止めようとした。
勇者アイザックは私の笑顔や言葉の裏側に、何か意図をはらんでいると見抜いている。
無論、何度も言うが決して言葉にして言わない。これはワガママな思いだから。
しかし私は......我慢できなかった。
「勇者アイザック先輩」
「呼称が渋滞しているから好きに呼んでくれ」
「じゃあアイザック。私が勝ったら、フィルツェーンをください」
「「!?」」
二人が驚いて目を見開く。
そう。私はどうやら、汚されることが嫌いらしい。生前から変わらないクソッタレの矜持だ。私だけの大切なモノに、私以外の色で染まるのは我慢ならないらしい。
私の定めた理屈に、他者の理論を押し入れるのがどうしても嫌いだ。
これは「志流 凛」も「リンユース」も変わらないようだ。どうしようもない性根を自覚して呆れつつも、堂々と胸を張って腹の中に秘めた意図を曝け出す。
「幼馴染と”パートナー”を組みたいの。当然ではなくて?」
「ちょっ、リン! どういうつもりだ!」
「信頼できない人に背中を預けるくらいなら、昔から馴染みある方と組むのは当たり前です」
「それは君がぼっちで人見知りだから——あっ、いや、なんでも(なんだあの眼力! 怖っ! それにワガママも健在か......)」
自分がなぜ「悪役令嬢」に堕ちたのか、このやり取りに煮詰まっている気がする。こんなんだから、私は嫌われるのだろう。
だが今はその皮をありがたく被らせてもらう。私は腰に手を当てて「そちらは?」と尋ねる。あくまで条件は対等だ。
「じゃあ俺が勝ったら......そうだな。フィルツェーンと一緒に仲間になれ」
「......ふん。いいでしょう。その自慢げな鼻、へし折ってさしあげますわ!」
無論、アイザックと一緒に世界を救う活動などごめんだ。私は絶対にそんな未来をゴールにしたくない。
決意と共に私は懐から鍵を取り出し、「フルスロットル」を起動する。
そのまま変身しスクラップブレードを取り出して、切先を勇者に向ける。
【承認!】
「中央教会で見たときも思ったが、異質な格好だ」
「御託はいい、構えなさい!」
「......覚悟を力に、意志は折れぬ剣に。アニムスソウル『エクストリームリヒト』」 【接続(コネクト!)】
(アニムス……ソウル? 私の知らない技か。注意しないと……)
向こうも私の姿の変わりようを見て、本物であると確信したのか表情が変わった。神ノ力発動と共に大剣を背中の鞘から取り出して……しかし、見た目に変化はない。
剣が神ノ結晶という訳でも無さそうだ。油断はせず、私は相手の動きを伺う。
互いに準備ができ、試合の合図はならなかった。わずかな空気の乱れを感じて、向こうがこちらに迫ってきた。
「イーリス!」
【はいは〜い! 魔力出力、サポート! 勇者アイザックは......あれれ、妙ですね】
「?」
【個体としての性能・出力は完全にマスターの下です!】
「っ! (ならこの剣の重たさと、圧倒的な迫力はなんだ!?)」
私はAIイーリスのサポートを受けて攻撃を避ける。流石に向こうは名前の通り、動きも素人の私に比べて本物だった。
しかしイーリスの分析によれば、向こうはあくまで私よりもスペックが低いらしい。その割には先ほどから、剣の力強さも素早さも数値を軽く超えている。
疾走する紺色の軌跡に惑わされる。しかし私もここ最近で、神ノ力の使い方を覚えてきた。
「そこだ!」
「見切ったか」
死角から飛んでくる剣を受け止める。戦いは初心者だけど、常に危険と隣り合わせだったライダーの危機感知能力を舐めるなよ!
などと思っていると、向こうの様子がどこかおかしい。剣の威力は変わらないが、鍔迫り合いのままこちらをジッと見つめている。
なんのつもりか。舐めているのか? ならば——。
「......後輩。君はその力を、世界の救済のために使い切る覚悟はあるか」
「いきなりっ、なんの話ですか!」
「『勇者』や『聖女』とはそういうことなんだ。俺たちは求められるがまま、危機に対して立ち向かわなければならない。......俺は『勇者』だから、途中で折れる子を何人も見てきた」
「......」
「君の噂は知っているし、さっきのやり取りで理解した。君は独占欲も強い、評判通りの『ストレイライン家の令嬢』だ。......答えるんだ。君は腹の底に、何を抱えている? 何を企んでいる?」
どうやらこの人も、私のことが気になるらしい。それに口ぶりからして、私を危険視しているようだ。
自分の過去が撒いた要因とはいえ、いちいち説明するのもめんどくさい。
鍔迫り合いの状態のまま、ヘルメットのシステムを起動して「キャストオフ」を実行する。これは頭を包むヘルメットをあえて展開し、バラバラのパーツに分かれた装甲を首の周りに移動させるコマンドだ。
これにて一時的に「イーリス」のサポートを受け付けなくなるが、AIに回していた分の魔力を私の強化に回せる。素顔を晒しサポートを失うのと引き換えに、もう一段階、私は力を引き上げられる!
「素顔が......」
「あのね、何度も言いますけど、私はそういうのどうでもいい! 『聖女』も『勇者』もただの通り道です! それだけだ!」
「なら君は、何に対してそこまで怒って......」
「私の親友だったあの子を、単純に見知らぬ馬の骨に渡したくないのよッ!! 分かりましたか!!」
私の心臓の鼓動が早くなっていき、ボルテージが上がっていく。スクラップブレードの馬鹿力と過剰とも言える魔力出力で勇者アイザックの剣を弾き、吹き飛ばす。
彼は地面の上を転がり、即座に起き上がって剣を構える。隙を作ったつもりなのに、この勇者は——。
「チッ、手強い方で.......ん?」
「......ハハ、なんだ。そうだったのか」
「?」
「負けだ! あぁ、死ぬかと思った。ふぅ......」
「え? お、終わり?」
「ああ、そうだ。あのまま続けていたら、街に被害も出るし、俺も無事じゃ済まなかった。恐れ多いな......君の爆発力は凄まじい。後輩、君も立派な勇者の一人だ」
「っ、納得いきません! 続きです、私はあなたを——」
しかし突如として彼は負けを認めた。その瞬間、勇者アイザックから圧が消えていく。
骨抜きにされた気分で、完全に消化不良だ。私は納得いかないが、彼はすでに剣を納めてしまっている。
しかも向こうの方が人としては一枚上手で。戦いの後に「飯でもどうかな」と誘いを受けた。
まだ決着がついた気はしないが、フィルツェーンに「リンの勝ちなら、これ以上こだわる必要もないだろ」と諭されて、ようやく矛を収める。
「それじゃ、行こうか。貴族のお嬢様のお口に合うか分からないけど、冒険者たちが嗜む料理でも楽しんでいこう」
「......ええ。ありがたくご馳走になります」
——こうして私はアイザックに導かれ、人生で初めての街の酒場に入場する。
リンユースの時は酒場など入ろうとも思わなかったが、今の私に抵抗感はない。その点でもフィルツェーンに「本当に変わったな」と驚かれた。
そして「聖女リンユース」の噂はあっという間に広がっていたらしく、私は噂に乗ったひと時の人気者だった。頼んでもいない酒が勝手に出てきたり、荒くれ者の冒険者は「飲めよ!」と図々しく言ってくる。
(コイツら......私を舐めてるのか?)
「おい、リン。落ち着け。ここで暴れるのはマズイぞ」
「分かってます。飲めばいいんでしょ!」
「いや、そういうんじゃ......(相変わらず負けず嫌いだ)」
席に座って、リンユースの頃は嗜むこともなかった酒を、水の代わりのようにグビグビ飲んでいく。
勢いが上がっていった私は、フィルツェーンとの過去話を飲みの場で聞かせると、勇者はほろりと涙の雫を落として同情。
「俺よりも、君といたほうが幸せになれそうだ。......フィルツェーンを頼んだ」と、まるで父親のように背中を押されて、フィルを託された。
「......実のところ『勇者』や『聖女』に必要なのは、身の潔白さとか、個人の性格じゃない」
「んぁ、せんぱい、なに言って......」
「君のように折れずに投げ出せる、ほんの一握りの才能を持つ人にこそ向いている。......だから俺は、君を『勇者』と認めた。悪名や性格に関係なく」
「んぅ、うっさい! せんぱい、むずかひィこと言うなぁ!」
「悪かったね。暗い話はこの場にふさわしくないか。また今度、都合の良い時に二人で話し合おう」
ーーアイザックが語ることは難しい。それになんか、二人に分身している。おかしいぞ?
私は朧げな記憶を頼りに、ここまでの会話を記憶していた。しかしこの後のことは不思議ながら、よく覚えていなくて——。
——数時間後。気づけば私は、フィルツェーンの背中におぶられていた。
「起きたか。全く、リン......酒は飲んでも飲まれるな、だぞ」
「......ズズッ(よだれを吸って手で拭う)」
「うわっ、背中が冷たいと思ったらそういうことか!」
「さ、さあ。なんのことかしら。オホホ......」
歩いている方角的に家に送ってくれているらしい。アイザックはとっくにお別れした後のようだ。
また二人きりに戻ってきた。私は「もう歩ける」と言ってしまおうか悩んで、なんだか気分が乗らず、ボーッと彼女の背中を眺める。
(気づけばたくましい背中に......。私が記憶している頃のフィルとは、色々と違う。たった二年でここまで......)
「......不思議な感覚だ。喧嘩別れしたボクと君が、こんな日を迎えるなんて」
「別に、私たちの仲じゃ不思議じゃありませんわ」
「ふっ、そうだな。......ボクは君に託された、これからよろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそ。......物のように扱ったことは謝ります」
「そんなの慣れっこだ。気にしないでくれ」
「......(嘘つき)」
私は変わった。そしてフィルツェーンも変わった。昔より強情な部分は鳴りを潜め、角が取れたように丸くなった。
私のワガママにもすんなりと頷くほど、彼女の何かが変わった。それは言わずもがな、察している。......私はあえてそれを口にせず、よだれの痕がついた部分を避けるように、彼女の肩に顎を乗せる。
「それで、これからどうすればいいのかしら。『聖女』って何をやるの?」
「君が『聖女』と『勇者』であっても、やることは変わらない。というか二倍に増えただけだろう」
「うへぇ、めんどくさ〜」
「こればっかりは慣れるしかない。......『聖女』の活動は多岐に渡るけど、ボクは戦闘と治療ができる。君は?」
「私は戦うしかできないけど」
「まあ、だと思った(直感的で意外とバカだし)」
「それ、別の意味を感じるのですけれど?」
「別に他意はない。明日は中央政権の支部に行って、初の依頼を達成するとしよう」
フィルツェーンがフッと小さく笑うのを見過ごさなかった。このヤロー、今、私を笑ったな!
少しばかりの仕返しにと、肩に乗せた顎をグリグリと押し込んでやる。
「くっ、やめてこしょばゆい! いいのか、後で倍返しするぞ!」
「ふふ、やってみれるものなら——」
たった二年。これは人の内面を変えるには十分すぎるほどの期間だった。
それでも変わらないものはある。私たちの思い出は色褪せないまま、不思議な縁となって今に繋がった。
まるで昔を思い出すように私はちょっかいをかけて、互いに笑い合う。この僅かな幸せは、心に虚無を抱いたリンユースの些細な楽しみの一つで、同時に誰にも奪われたくなかった。......これを無くしたから、”わたし”は徐々に捻くれたのだろうか。
いいや、過去は過去。今の私に全力を注げばいい。明日は二人で初めてのお仕事だ!
私は内心、明日への期待に胸を膨らませて——家について別れる間際、フィルツェーンに些細な仕返しをくらったのだった。
勇者のアニムスが発動すると、当人にしか聞こえない「神の声」が宣言の後に発動します。
リンユースは「承認」です。そしてサポートAIイーリスの機嫌によって「オーサライズ」の声音が変わります。ご主人のやる気に比例して言葉切って宣言したり、やる気がなくて気だるそうに言ったりします。
フィルツェーンとリンユースは互いに姉妹のような間柄。血は繋がっていない、遠縁の親戚なので一応は共通の祖先というくらい。まあ貴族は全員、この世界では共通の祖先を持っているし、それを遡るとキリがないのですが。
勇者アイザックは、少し疲れた人間です。彼が今後、どう動くか楽しみですね。