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第4話 神の道具・幼馴染の聖女

 中央教会を出ていくと、私は待ち伏せされるように、色々な人から話しかけられた。


 最初はそれなりに愛想を振りまいていたが、どんどんと億劫になっていく。私の中の「愛想ゲージ」が底を尽きてしまう寸前で、フード付きの緑色のパーカーに身を包んだ何者かに手を引かれた。


「こっち、ついて来い」


「え? あっ、おぉぉ?」


 思ったより強い力で引っ張られて、転ぶ前に踏ん張りつつ誘導される。


 やがて連れてこられたのは、人通りの少ない一本道。そこで手を解放されて、立ち止まる。


 声色的に女性なのは違いないが、私より頭一個分も背が小さい。しかし力は強かった。何者だろうか......。


「あなたは?」


「......私の声を忘れたのか。リン」


「? あっ、ちょっと待って。えっと......」


「思いだせ。じゃないとぶっ殺す」


(うっ、怖っ! 思いだせ、私!!)


 突如として頭にビビッと電流が流れるような感覚。目頭を抑えて記憶を辿っていくと、二年前のリンユースが記憶していた。


 ハッとなって思い出し、手をポンと叩く。「思い出した!」と思わず口走ると、目の前の少女は呆れたように肩をすくめて、フードをとって素顔を露わにした。


「フィル! 久しぶり!」


「そういう君は......なんか明るくなったな」


「色々とあってねぇ、オホホ(そっか、前の私の本性を知る数少ない人だったっけ。適当に誤魔化そ)」


 フィルツェーン・ツヴェルブ・ネイゲンヴェーク。私の家の親戚であり、子供の頃は親友と呼べるくらいに仲が良かった貴族の娘だ。


 今の格好は質素で、そこらを歩く人と変わらない見た目である。「それ私服?」と聞くと「変装だ、目立つから」と言われ、なるほどと頷く。


 露わになった緑色のボブヘアは、長髪だった頃に比べると寂しい感じはするけど似合っている。瞳は金色と緑色の間。少し日焼けしているが、素肌は貴族らしく真っ白だ。


 この子と会うのは二年ぶりである。前回は......ああ、思い出してしまった。だから出会った時に、この子は少し機嫌が悪かったのか。


「......どうして『聖女』になった。なぜ、お前が『神ノ結晶(アニムス・ギア)』を持っている?」


「別に。さっき見た通りよ。お告げがあったの」


「ボクが『聖女』になった頃のお前なら、絶対に断っていたはずだ。......本当に、何があったんだ?」


「......」


 怒っているのか、心配しているのか。そのどちらもあるのだろう。


 フィルツェーンとリンユースは二年前、喧嘩別れをした。当時の私はもっぱら「悪役令嬢」の全盛期で、周りの全てに腹を立てていた。その火の粉はフィルツェーンにも降り注ぐことになったのだ。



 二年前。ネイゲンヴェーク家が家宝にしていた「右側の杖(ライト・メソッド)」が突如として変化した。


 別名「ライト・ライオット」は世界を救った貴族の末裔である証拠。

 ノアールが持っていた二股の杖の片割れとされる右側が、父から娘に受け継がれたその日のこと。フィルツェーンの手に渡った時に杖が光り出した。


 私もその場にいたからよく覚えている。フィルツェーンの杖は形を変えて、一つの筒状の武器になった。

 スイッチを押すと起動し、ビームサーベルになったり、光の杖になったり、光の鞭になったり。形状を自由に変えられる「ルナセーバー」という「神ノ結晶(アニムス・ギア)」になったのである。


 神ノ結晶(アニムス・ギア)は貴族の家に突如として現れる。常識外の変化がその身に起こり、それが力の証明だ。神ノ結晶(アニムス・ギア)を貴族の娘が持つことで「聖女」として認定される。そして体には赤い「聖印」が刻まれ、私なら右目の下にあるように、彼女の体にも証明である刻印が現れた。


「聖女」に選ばれるということは、当人の意思に関係なく貴族の家からすれば「最高級の舞い降りた幸福」だ。覚醒してしまえば自由はなくなり、「聖女」としての活動に勤しむことになる。......だから私の父は、難しい顔をしたのだ。そしてフィルツェーンの時も、私は同じような顔をしてしまった。


「喜ぶものですか。フィル、貴方もくだらないことに熱中するのね」


「......なんでそんなこと言う。ボクは」


「あぁ、聞きたくないわ。”わたし”はそんなことどうでもいいの。国も世界も好きじゃないのに、よくやれるわって感じよね」


「っ、侮辱しているのか! 『聖女』になれることは素晴らしいことなんだぞ! 我々には、我々にしかできないことが」


「そういうのがウザイのよ! 大義とか使命とかに押しつぶされることの何が嬉しいワケ!? なんでフィルまで......どうでもいい、勝手にやってなさい!」


「リンっ......。大人になる時が来た。それがボクの場合、早かった——」


「黙ってよ!! 知らないっ、そんな責任とか!! ——()()()()()!!」


「ッ!!」


 それが二年前の最後の記憶。あの時の私の声色は震えていて、視界が少し、滲んでいた。フィルツェーンと別れる手前の瞬間まで、鮮明に覚えている。彼女は私に手を伸ばしかけて、それを私は拒絶した。


 互いに気持ちを理解しあって、すれ違うしかなかった。「聖女」になることで、私は傲慢にも耐えられなかったんだろう。大切な親友が、国や神の奴隷になって命を狙われる理不尽に。



「まっ、色々とあったけれど、私も『聖女』になったわ。それと『勇者』にも」


「見ていたから分かっている。......なんというか、理解が追いつかないな」


 これでお互いに普通の立場から遠のき、使命を背負わされてしまった。


 喧嘩別れの過去もあってか、フィルツェーンは曖昧な表情だ。私に声をかけてきた理由は分からないけど、私は彼女に構うことなく淡々と語る。


「今も私は私。世界も国も嫌いよ。『気持ち悪い』って感じたままね」


「なっ......」


「でもそんな枠に囚われるつもりはない。『聖女』も『勇者』も私にとっては通り道に過ぎない。私は神の道具になんてならないわ」


「根底は変わっていないのか......。相変わらず()()()なヤツだな、リン」


「......(強がりで何が悪いのよ。それになんか、昔に比べておとなしくなって......?)」


 同じく「聖女」であるフィルツェーンは納得した様子だ。二年前なら私の言葉に楯突いてくるくらいが、妙に大人しい気もする。


 牙を抜かれた猛獣のような。少し違和感はあるが、私は些細なことは考えたくない。ここで声をかけられたのは逆に好都合で手間が省けた。


 私はフィルツェーンの目を真っ直ぐと見つめて、ある話を提案する。

「聖女」のことはよく知らないが、果たすべき責務の一つとして「勇者」とパーティーを組んで悪の脅威に立ち向かう。というのがこの世界でも具体例の一つだ。


「それでフィル? 私、『勇者』でもあるみたいだけど......一緒に”パーティー”でも組まない?」


「あっ、それは......」


 私に声をかけてきたのはもしかして、「聖女」であり「勇者」でもあることを聞きつけたからなのか。だとしたら嬉——じゃなくて、仕方がないというもの。


 彼女がそのつもりなら堂々と受けてやる手筈だったが、イマイチ歯切れが悪い。これはどういうことかと首を傾げていると、もう一人、誰かの気配を感じて背後を振り返ると。


「フィルツェーン、探したよ。俺から離れ......その人は?」


「ボクの()()()()。そして新たな『聖女』のリンユースだ」


「ああ、さっき名前を聞いたよ。俺は勇者『アイザック』。一年前にフィルツェーンと出会って——」


 金髪で碧眼の勇者アイザック。まるで絵に描いたような見た目で、貴族よりも貴族らしい気品ある雰囲気だ。鎧は着ておらず私服のような格好だが、背中には大きな大剣を携えている。


 年齢は同じくらいか、年上だろう。リンユースの記憶に彼の姿はなく、過去にあった覚えはない。噂を聞く程度の存在が、目の前に現れた。


 しかし、言葉が耳に入ってこない。彼は私の幼馴染に慣れ親しむように近寄って来る。フィルツェーンも、彼女も彼女で妙に受け入れている気が......。


(......『知り合い』? 『勇者』?)


「おい、リン。固まってどうした?」


 情報を整理し、瞬間。私の奥で何かがボッと発火した。


 勇者アイザックの方にくるっと振り向いて、私より少し上にある顔を見上げてニコリと微笑む。


「私はリンユース・ストレイライン。フィルツェーンとは幼馴染で親友でした。そして『勇者』でもあります」


「......ああ、聞いてる。俺もビックリしたけど、噂は本当らしい」


「気になりますよね。じゃあここは一つ......手合わせをお願いできますか? 先輩?」


 上目遣いで彼の顔を、下から覗き込むように見上げる。勇者アイザックは私の視線を、何かを探るように冷静に受け止めて、一瞬たりとも目を外そうとしない。


 微妙な緊張が私たちの間に走る。勇者アイザックは「いいだろう」と、私の提案をすんなり受け止めたのだった。

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