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タイトル未定2024/10/12 08:34

 神奈川県川崎市、読日新聞川崎支社にて冴島は研修中であった。

 元々、冴島は日日の記者であったが、吸収合併を機に日日から読日の記者になっている。

 日日から移ってきた者は皆、研修と称して3週間ほど読日の施設で研修業務をこなすことになっている。

 但し、冴島の場合、研修前の段階で1ヶ月以内に特大スクープを3度モノにするという快挙を成し遂げていたこともあり、「必要無いのでは…」との意見もあったが、逆に将来の幹部候補ということで、やはり読日の施設等を知ってもらう必要があるとのことで、通常通り研修を行うことが決まった次第である。

 冴島自身、いつもは東京支社での仕事だが

   他の支社での記者の仕事ぶりを見てみたい

と思っていたこともあり研修に意欲的である。

 冴島の研修中の仕事は、東京支社での仕事とほぼ変わりないが、ベテラン記者の二宮について回り二宮の補助をする。

 二宮は40代後半で、若干太り気味であるが愛想が良く、人当たりも良い。

 7月、研修が始まって3日目、川崎支社の雰囲気にも慣れてきたところ、川崎支社のデスクの電話が鳴った。

 冴島が

 「読日川崎支社、二宮デスク、扱い冴島です!」

と言って電話に出ると、電話の相手は早口で

 「本社の田代だ。川崎市幸区古川町3-3-3、公園内で殺人事件が発生したようだ。警察発表だ。現場に行って確認してくれ」

と捲し立ててきた。

 冴島は

 「二宮さん!古川町で殺陣事件だそうです。現場に向かえとの指示です。」

と簡潔に電話の内容を二宮に伝える。

 二宮は

 「うーん、古川町か、俺の古巣だ。閑静な住宅街なんだけどねえ」

と呟く。

二宮は以前古川町に住んでいたことがあるとのことだ。

冴島と二宮は社用車で、すぐさま現場に向かった。

 現場では、既に現着していた警察官により規制線が張られ、公園の周囲には青色ビニールシートにより目隠しされている状況であったが公園の周囲は、やじ馬で人だかりができている。

 冴島と二宮は社用車を公園近くのコインパーキングにとめると聞き込みを開始する。

 冴島と二宮は、、やじ馬と思しき女性に声をかけた。

 「すいません。読日新聞の冴島と申します。ここで何があったか分かりますか?」

 するとやじ馬と思しき40代の女性は

 「何か若い女の人が刺されて血だらけだったって聞いたわ。20代の若い人だって。犬の散歩をしていた佐々木さんが見つけたんですって。腹にナイフが刺さってたみたい。」

 また

 「佐々木さんっていうのは1丁目に住んでいる犬好きの奥さんで、いつも午前中犬を連れてこの辺を散歩しているの」

とのことだ。

 そして

 「さっきまで、この辺にいたんだけど、警察の人に呼ばれて公園の中に入っていったわ」

と申し立てた。

 最初に声をかけた女性はどうやら発見者の知人らしい。

 しばらくすると、小型犬を連れた30代と思しき女性が公園内から出てきた。

 最初に声をかけた女性はそれを見て、手を挙げて、大きく振り

 「佐々木さーん、こっち、こっち!」

と叫んで、その女性を呼び寄せた。

 そして

 「新聞記者さんが話聞きたいみたい」

としてわざわざ仲介してくれた。

 佐々木と呼ばれた女性は、小型の柴犬を連れて冴島と二宮にお辞儀して挨拶すると

 「佐々木と言います。ジュンの…いえ、犬の散歩をしていてこの公園に入ったら、若い女の人が公園の中のベンチに横になっていたんですけど、お腹にナイフが刺さっていて、血だらけで亡くなっていました。亡くなっているとは思いましたが、救急車を呼んだんです。でも、やっぱり駄目でした。」

とのことを説明してきた。

 また

 「亡くなっていたのは中村さんっていう女の人で古川町の2丁目の方みたい。警察の人に知っている人かと聞かれたけど、知らない人だったんで『分かりません』って答えました。警察は持ち物の財布を調べて名前と住所を知ったようです。」

と続けてきた。

 冴島が

 「財布が残っていたってことはモノトリじゃないんですね。女の人はどういう風に倒れていたんですか?」

と尋ねると

 「いやあ、どんな風にって言っても、普通にベンチに仰向けに倒れていたわ。あっ、そうそう、枕ってわけじゃないけど頭の下に白色の紙が敷いてあって、紙には何か文字が書いてあったわ」

とのことだ。

 一緒に話を聞いていた二宮も口を出す。

 「読日の二宮です。なんて書いてあったかは分かりませんか?」

と穏やかな口調で尋ねると、佐々木さんは

「どう見ても事件現場って感じだったから、あまり触らない方がいいかなと思って、見ませんでした。でも、後で刑事さんが見せてくれて……、縦書きで『散りぬるを』って書いてありました。

 冴島と二宮は

 「散りぬるを?」

と同時に叫ぶ。

 佐々木は

 「散るの部分だけ漢字で後は平仮名です。A4くらいの大きさで、きれいな文字でした。習字の文字じゃなく、パソコンの文字をプリンターで印字したような感じでした。」

 二宮と冴島は意味不明な展開だったため、二人とも黙り込む。

 と、そこへ

 「あれっ?冴島さん?」

と大きな声で呼びかけられる。

 冴島が声のした公園内の方向へ顔を向けると、20代の灰色スーツ姿に、半透明のエプロンと白手、下足カバーをした女性が手を振っている。

 女性は冴島の警察官時代の知人であった。

 「奥山さん?」

と冴島も応じる。

 奥山は

 「そうです。奥山です。その節はお世話になりました。」

と頭を下げる。

 通常、神奈川県警の女性警察官と千葉県警の警察官に接点は無いが、唯一、昇任試験を合格し、階級が上がると、関東の県警の警察官は警察大学で幹部研修を行うことになっている。

 奥山と冴島は警察大学で知り合ったものだ。

 当時、冴島は捜査一課、奥山は所轄署の交通課員であったが奥山は冴島より2歳年下で、冴島が奥山の面倒を見たという経緯がある。

 どうも様子からすると奥山は交通課から刑事課に異動となったらしい。

 「冴島さん、捜査でこっちの方にいらしたんですか?」

と尋ねてきたが

 「奥山さんは知らないか、私警察官は辞めたの。今は新聞記者なの」

と答えると

 「ええ〜、もったいないなあ。警察官辞めたのかあ」

とこぼす。

 そして

 「あ、そうか、それでここには新聞記者として現場に来た感じなんですね」

と理解した様子だ。

 冴島が頷くと、奥山は公園の中を見て

 「ひどい現場ですよ。腹部滅多刺しです。交通事故現場の遺体もひどいと思ったけど、これほどじゃあないですよ。」

と呟いた。

 冴島は

 「被疑者関係は一切分からないの?手掛かりとかは?」

と尋ねるが

 「今のところ、一切不明です。被害者もさっきようやく分かった感じです。」

とのことだった。

 すると奥山は

 「そうだ、現場、チラッと見ていきますか?撮影はちょっと無理ですけど…」

と言い出した。

 冴島は、バレたら奥山は上司にこっぴどく怒られるだろうなとは思いつつも奥山の申し出に乗った。

 警察官時代の時の様に、エプロン、白手にマスク、下足カバーを装着すると公園内に入る。

 遠目ではあるが、遺体が見える位置にまで来ることができた。

 遺体は公園のベンチに仰向けに寝ている状態だ。

 鑑識作業はいまだ続いている状態だ。

 冴島が先ず気になったのは、遺体の両足だ。

 靴を履いていない。

 また、足裏も見える限り汚れていない。

 普通に考えれば、どこか別の場所で殺して、遺体をここに放置したということだ。

 公園内ではまだ鑑識作業が行われている。

 特に被害者の横たわっているベンチ周辺の下足痕を綿密に採取している様子だ。

 隣にいた奥山は冴島に向け

 「私、殺陣事件の現場は初めてなんです。冴島さんが見た感じではどんな感じですか?どんな捜査をすればいいんですか?」

と尋ねる。

 冴島が経験者だとはいえ、現職の刑事が新聞記者に尋ねることではない。

 が、冴島は

 「うーん、見た感じだと別の場所で殺されて、遺体をここに放置したってところかな?被害者の交友関係はもちろんだけど、公園の周りのコンビニの防犯ビデオを押さえて、周辺の聞き込みでは、遺体を運んだ不審な車両等の目撃情報とかあればいいけど……なければ少し長引くかもしれないね。腹部を滅多刺しだと普通に考えれば怨恨の線で捜査する感じかなあ」

と進言する。

 奥山は

 「流石冴島さん!頼りになります。」

と笑顔になったが冴島は

 あなたは、もっと刑事の仕事にプライド持ちなよ

とツッコミを入れたくなったが、何とかグッとこらえた。

 そして

 「さっき第一発見者から少し話を聞いたんだけど、『散りぬるを』って書いてある紙が頭に敷いてあったんだって?」

と尋ねる。

 すると奥山は

 「そうなんですよ。被疑者が敢えて残したんでしょうけど、意味が分かりません。」

と答えたのだった。

 冴島は更に

 「殺人事件に限らず、被疑者が何らかのメッセージを残すのが流行ってるの?」

と更に尋ねる。

 奥山は

 「私が知っている限りでは、無いですけどねえ」

と答えた。

 一通り、公園内の状況を確認すると冴島は、二宮が待つ公園外に出た。

 二宮は冴島が戻って来るなり

 「公園内はどうだった?」

と問いただす。

 「争った様子はないですね。被害者は裸足でしたんで、ここで殺されたというよりは、別の場所で殺されて、この公園で遺棄されたということだと思います。あと、内緒で知り合いの警察官の隙を見て、写真撮っておきました」

としてポケット内からデジタルカメラを取り出し二宮に渡す。

 「じっくりピント合わせる余裕は無かったんで、ぶれてるかもしれませんけど……」

と付け加えるが、二宮は写真を確認しつつ

 「流石だな、結構良く撮れてるよ」

と褒めてくれた。

 そして

 「そう言えば、冴島が特集を組んだ、あの天才捜査官なら今回の事件、どういう風に言うのかな?」

と質問を投げかけてきた。

 冴島が

 「どうでしょうかねえ、聞いてみたい気はしますけどねえ」

と呟くと二宮は突然、両手をパンと合わせて

 「そうだ、俺はこれから、今回の事件の記事をまとめるから、お前は千葉に戻って、天才から話聞いてこいよ。場合によっちゃあ、その内容も記事に載せる!」

とのことになった。

 冴島は自分の携帯電話から藤堂妻宛にラインで

   旦那さんに事件の関係で話を伺いたいことがありま  す。

   今日、そちらに行っていいですか?

とのことで確認を取る。

 ラインメールを送った直後、冴島は

   ああっと、たか子、今、産休に入っているから旦那  さんと一緒にいないのか

と思い出し、返信が来るのがいつもより時間がかかるなと思っていたところ、即座に

   是非!!!お待ちしています

と回答があった。

 むしろいつもより早いくらいだ

 冴島は若干、不審に思いながらも、地元千葉県へ向かったのだった。


 時間は少し遡る。

 場所は千葉県成田市の藤堂宅である。

 藤堂たか子は産休に入っていた。

 規定によれば、出産予定日の3ヶ月前から産休の取得が出来るが、たか子はギリギリまで仕事をしていたいと思い、出産予定日の2週間前になってようやく産休の申し出をした。

 娘の舞は母と一緒の時間が増え、ご満悦である。

 今日も小学校を終えると舞は、すぐさま自宅に戻り、母親、たか子と一緒にテレビを見ながら、まったりとしている。

 そこへブブーっと、玄関ブザーが鳴った。

 娘の舞が

 「私が見てくる」

と言って席を立つと少しして玄関ドアを開ける音が聞こえる。

 そして

 「あっ、お祖母ちゃん!」

と言う舞の声が響いた。

 すかさず、たか子は

 「な、なんですと」

と呟き、玄関へ向かう。

 玄関口では、夫藤堂一の母親英子と父親一郎が笑顔で話し込んでいる。

 夫の母親が

 「しばらく見ないうちに、だいぶ大きくなったんじゃない?」

と舞に話しかけると舞は

 「お母さんの料理が美味しいから、食べ過ぎた!」

と答える。

 それを聞くと英子は、舞に向け、笑顔で

 「食べ過ぎってことはないと思うけど……」

と呟いた後、母親たか子を向いて

 「スーパーでかした!」

と両手でたか子の両肩をガシッと掴んで揺さぶった。

 そして

 「本当言ったら、今年の正月会った時、舞が小さかったから心配してたんだ。よくやった。誰が褒めずとも、この私が褒めたたえる。ありがとう。」

と言って頭を下げる。

 そして、たか子を見るや、少し首を傾げて

 「間違ってたらごめんなさいね!ひょっとしてあなた、妊娠してるかい?」

と尋ねてきた。

 たか子は、妊娠については既に知っているものと思っていたので、若干驚いたが

 「そうです。来週が予定日で、今、産休を取って仕事を休んでいるんです。」

と告げた。

 藤堂の母親は、途端

 「なにぃー!予定日、来週かい!」

と大声で確認してきた。

 これには、脇で聞いていた舞が

 「そうだよ!男の子、弟ができるんだあ!」

と答える。

 すると再び

 「なにぃー!男の子って分かっているのかい?」

と興奮して声が大きくなる。

 また

 「舞が知ってるってことは、当然、私のドラ息子も知ってるね?」

と尋ねてきたのでたか子は

 「もちろん、ドラ息子も知ってます」

と答える。

 もちろん、ドラ息子とは、藤堂一、たか子の夫である。

 英子は、それを聞くと、顔色が変わる。

 バッグの中に入れていた携帯電話を取り出して、電話をかけ始めた。

 「おう、私だ。藤堂だ。息子とその嫁さんと孫の顔を見たら、すぐ、岩手に帰るつもりだったが、千葉に1週間滞在することにした。そっちのことはお前に任せるから、しっかりやれ!納得いかないんだったら、お前が私の代わりに組合長をやればいい」

等と捲し立てている。

 ドラ息子が以前言っていたが、ドラ息子の母親、英子は岩手県の田舎で、漁協の組合長をしているとのことだ。

 その立場からすると、本来、岩手県外へは滅多に出ないとのことだった。

 「それがなあ、一の嫁さん妊娠してて来週が予定日だってんだよ。しかも産まれてくるのは男の子って分かってる。そう、藤堂家の次期当主ってことだ。次期当主の顔を見ないで、おめおめ帰れるかってことだ。」

 また

 「お前にとっちゃあ、チャンスじゃないか。仕事をしないで千葉まで自分の息子のところに来て遊び呆けている組合長を潰そうって皆に話を振れば、お前が組合長になれるかもよ」

とのことを話しているが、ここで英子は持っている携帯電話の変な箇所を触ったらしく、電話の声がスピーカーに切り替わった。

 「いや、いや、いーや、そんなんで、組合長交代できないでしょ!自分の人気を知らないのか!逆に俺が村八分にされるよ」

という相手の声が聞こえる。

そして

 「でも、事情は分かった。藤堂家の次期当主ってことは、30年後の組合長候補ってことだろう?何かおみあげにカゼとか、いっぱい持って行ったと聞いてるけど、それじゃあ、追加で、小林になんか持たせて、そっちに向かわせるよ」

と申し立てた。

すると義母は

「おお、悪いな!頼むよ」

と答えて電話は切れたのだった。

話に出た「カゼ」と言うのは、ウニのことで岩手の方言だ。

 明日にはまた援軍が来るらしい。

 とりあえず、たか子は

 「玄関で立ち話もなんですから、上がってください。」

と言って義母、義父を家の中に招き入れる。

 若干、舞のオモチャで、散らかっていると言えば散らかっているがしょうがない。

 それ以外はほぼ完璧だ。

 義母と義父は居間に腰を下ろすとすぐ

 「うちのドラ息子は何時頃帰ってくるんだい?」

と尋ねてきたので

 「あと2時間位だと思います。」

と答える。

 と、このタイミングでたか子の携帯電話がピロリーンと鳴った。

 ラインのメールが着信したのだ。

 冴島からだ。

 ドラ息子に相談したいことがあるらしい。

 たか子は

   ナイスタイミング!

と思い、即座に

   是非来て欲しい

旨返信する。

 ドラ息子に確認を取るまでもない。

 義母と義父の来襲は、交番勤務で言えば、監察官の来襲である。

 高い確率で「指摘事項」と言う名の因縁をつけられることが目に見えている。

 たか子としては援軍が欲しいところだったのだ。

 しかも冴島からの連絡で

   ドラ息子が帰宅するまでの間、どうやって、二人を  やり過ごすか

と言う喫緊の課題の答えが閃いたのだ。

 たか子は携帯電話をしまうと押入れの襖を開け、隅にひとまとめにしてあった新聞の束を取り出して来る。

 読日のスポーツ誌だ。

 ドラ息子が天才捜査官として紹介してある記事を義母、義父に見せようと思ったのだ。

 義母、義父とも半端ない反応だった。

 「一さんの活躍が載っています」

として義母と義父に渡すが、義母は

 「なんだい、一さんて!さっきみたいにドラ息子でいいよ!」

と笑いながら新聞を受け取る。

 ただ、たか子は一つだけ忘れていた。

 その新聞の束には、敢えて、義母、義父に内緒にしてあった事項があったのだ。

義母も義父も

 「凄いな、こんなに新聞に載ってたのか!」

 「天才捜査官?これを書いた記者頭悪いんじゃないか?」

等々のコメントだったが基本的にはご満悦である。

が、不意に

 「なんだ、これは」

と言って義母が固まった。

 見ると顔が真っ青になっている。

 たか子は何事かと新聞を覗き込むと

   夫が拳銃で撃たれた記事

だった。

 たか子は一瞬で

   しまったあ

と後悔したが遅かった。

 「私のドラ息子が拳銃で撃たれたのかい?」

と尋ねられてしまった。

 当初、夫に

   変に心配するから親には連絡しないでくれ

と頼まれ、従っていたが、ここは、もう正直に言うしかない。

 たか子は

 「そ、そうなんです。ごめんなさい。連絡しないでくれって頼まれて連絡しませんでした。」

と素直に謝った。

 ここで舞が助け舟のつもりか口を挟む。

 「父ちゃんのこと、お母さん助けてくれたの!悪いヤツ、これで殴って、やっつけてくれたの!」

と言って、たか子のバッグからハリセンを取り出して義母に見せる。

 「本当かい、あなたが、私のドラ息子を助けてくれたのかい!」

と言ったかと思うと、その場で英子は土下座しだした。

 たか子はこれを見て慌てて説明する。

 「お義母さん、頭上げてください。お義母さんにとってはドラ息子ですが、私にとってもドラ亭主ですから、助けるのは当たり前です。」

 しかし、ドラ息子の母親は

 「ドラ息子って言ってるけど、実際、亡くなったらショックで立ち直れないと思う。ありがとう」

と再び頭を下げる。

 すると玄関ドアが開く音がした。

 このタイミングでドラ息子の登場である。

 「ただいまあ、誰か来てるのか?」

と呑気な声をだして入って来ると、すぐさま

 「うおっ!母ちゃん来てたのかい」

と気付いた。

 たか子は

 「後で冴島さんも相談したいことがあるから来るってよ」

と付け足す。

 ドラ息子の母親英子は

 「お前、ちょっと、そこへ座りな」

と言い出し、不穏な空気が周囲を包む。

 ドラ息子が、なんだよと言って居間に座ると

 「たか子さん、妊娠してるって言うじゃないか、私聞いてないんだけど……しかも出産予定日来週だって、今、聞いたよ」

と告げると

 「あれっ?言ってなかったっけ?」

とこれまた呑気な返事を返す。

 すると、英子は舞の持っていたハリセンを手に取り

 「たか子さん、これ借りるよ」

と言いながら、ドラ息子の頭をスパーンと殴りつけた。

 ドラ息子は

 「いきなり何すんだよ、痛えじゃねえか」

と不満を言うが

 「しかも、生まれてくるの男の子って分かってるって話じゃないか、そりゃあ藤堂家の次期当主ってことだろうが…」

と言うとドラ息子は押し黙った。

 母親の迫力に完全敗北だ。

 更に英子は

 「あんたの顔だけ見て、今日一日で帰る予定だったけど、次期当主の顔を見ないで帰れないから、生まれるまで、ここに通うよ」

と告げたのだった。

 ドラ息子は渋々納得したが、英子の口撃は終わりではなかった。

 「それと、お前、拳銃で撃たれたんだってな、それも聞いてないんだけど…」

と言うと、ドラ息子は真っ青になって

 「いやあ、変に心配すると思ったから……命に別状なかったし……」

と言い訳しようとしたが、再びスパーンという音が轟いた。

 そして

 「しかも、たか子さんに助けてもらったんだってな…、本来、藤堂家次期当主が生まれるって話になれば、あたしゃ、藤堂家現当主として生まれてくる子供の命名権を主張したいところだったけど、主張できねえよ。名前はたか子さんにつけてもらうから……」

とのことを捲し立ててきた。

 ドラ息子は

 「ええ〜、俺、名前考えてたんだけど…」

と言い出すが、英子はドラ息子のたわごとを聞く様子はない。

 「どうせ、ラオウとかケンシロウだろう、当然却下だ。」

と切って捨てた。

 たか子は

   流石、ドラ息子の考えそうな名前はお見通しって感  じだ

と頷く。

 直後、義母、義父、ドラ息子、舞の視線が自分に集まっているのが分かった。

 どうやら、生まれてくる子供の名前を決めているなら話して欲しいという視線だ。

 たか子は

 「ええと、私もずっと名前考えてたんだけど、(しゅん)でどうでしょうか。瞬間の「瞬」です。一瞬一瞬を男の子らしく逞しく生き抜いて欲しいという意味です。」

と皆に宣言した。

 舞は

 「ふおお〜、瞬」

と言ってご満悦だ。

 義母、義父も納得の顔をしている。

 ドラ息子は

 「ラオウでもいいと思うんだけどなあ」

と呟いていたが、言った本人を除く誰もが、その発言を無視した。

 ドラ息子に決めさせないでよかったと思うたか子であった。

 その後、義母とたか子は夕飯の準備を始め、舞とドラ息子は習字の時間となった。

 義父は、まだ新聞に見入っている。

 舞は小学校へ入学してから、習字を習い始めた。

 塾へ行くといつも手を真っ黒にして帰宅する。

 初日は確か半紙を大きく使い「いろはにほへと」と書いてきた。

 今日は「瞬」の漢字を教えてほしいということで、ドラ息子が教えることになった。

 また、舞は自分の名前も漢字で書けないことが分かり、 「舞」の字もドラ息子が教えることになった。

 しかしながら舞が覚えた最初の漢字はドラ息子の名前「一」だった。

 たか子は

   舞にとって黒歴史になるのでは…

と心配せずにはいられなかった。

 義父は、一心不乱に新聞を読み耽っていたが、新聞だけじゃあつまらないかと思いたか子が自分のパソコンに取り込んでいた舞の動画を見せてあげた。

 相撲大会と入学式と授業参観の動画である。

 義父の食いつきは半端なかった。

 義母も途中参加し、動画の入ったパソコンを言い値で買うから売って欲しいと言い出し、これを聞いた小物のドラ息子が

   何、言い値で?

と食いついてきたが、たか子がハリセンで一発殴った後、メモリースティックに動画を入れて差し出し

 「お金とかいりません。また、いい動画が撮れたら、お送りします。」

として渡すと義母と義父は満面の笑みで喜んでくれた。

 義母は

 「特に、この相撲大会の画像は、うちの宝物になるな」

と太鼓判を押してくれた。

 たか子としても嬉しい。

 そこへ、玄関のブザーがブー、ブーと鳴った。

 たか子が玄関口に行くと冴島だった。

 冴島は玄関に沢山の靴が並んでるのを見て

 「あれっ?お客さんだった?ごめんなさい、また今度にするよ!」

と遠慮して帰ろうとしたが、たか子は

 「違うよ!旦那の生家から義母と義父が出てきていて、今、皆で夕飯を食べようとしていたところ、冴島さんも一緒に食べよう」

と言い

   簡単に帰してなるものか

との意気込みを隠しつつ冴島を押し留めた。

 すると義母も玄関口に現れ、笑顔で

 「たか子さんの友達かい?丁度いいから、皆で夕食にしよう。まだ食べてないんだろう?」と冴島に確認する。

 冴島は、しどろもどろしながら

 「ええっ、いいんでしょうか?」

と言ったものの、義母の迫力に勝てず

 「それじゃあ、すみません。」

と言って、藤堂家に入る。

 会話を聞いていた義父も玄関口に現れた。

 義父は

 「冴島さんって、ひょっとして一の新聞記事を書いた冴島さんかい?」

と食いついてきた。

 義父の言葉を聞きつけ義母は

 「そうかい、あんたがうちのドラ息子の記事を書いた記者さんかい!」

と言って驚いている。

 そして財布の中から

   岩手県下閉伊郡山田町漁業協同組合長

の名刺を冴島に渡し

 「うちのドラ息子を天才とか書いてる記事読んだよ。遅かれ早かれ、上司に怒られてクビになるか、左遷されると思うけど、気をしっかり持ちなよ!クビになったら私が面倒を見る。岩手の漁協でいつでも働けるように手は打っておくから、その時は私のところへ連絡をよこして!」

と申し出た。

 冴島は、どうリアクションしていいか分からず、苦笑して名刺を受けたった。

 この日の夕食は、超豪華なものとなっていた。

 義父が大きいクーラーボックスを肩から下げていたのは知っていたが、その中にはウニとアワビが大量に入っていたのだ。

 たか子は義母に

 「あんたんとこの実家にもアワビとカゼを送っておいたんだけど、料理の仕方は分かるよね」

と尋ねられ

 「ありがとうございます。大丈夫だと思います。」

と答えたが、確か生ウニは妊娠中にあまり食べてはいけないもののリストに入っていたような気がしたので一応義母にも尋ねたが、義母は

 「なーに、毒じゃねえんだから大丈夫だよ。私がドラ息子を妊娠してた時には、毎日生モノ食ってたよ。」

と言って切って捨てた。

 たか子も、それほど気にしてなかったので、夕食はウニ丼とアワビのステーキとなった。

 アワビは煮たアワビを酒と味醂と醤油で味付けしたものだ。

 冴島は、あまりに豪華な夕食に恐縮している。

 今年は、例年に無い程の暑さで、アワビもウニも不漁と聞いている。

 冴島は

   これ、外で食べたら1食1万円を超えるかもしれな  い。

と思い、箸がなかなか進まなかったが

 「あんな記事書いてるようじゃ、あんたの未来は明るいとは言えないから、今のうち美味いもん食っておかないとだめだよ。」

と英子に言われて、意を決して、気にせず食べることにした。

 一方、ドラ息子は、最初から全くの遠慮無しである。

 たか子がアワビのステーキをお代わりしようと席を立って、皿によそって、席に戻ろうと振り返った時には、茶碗にてんこ盛り状態だったドラ息子のウニ丼が空になっていた。

 物体消失の手品かと思う程の速さで、ウニ丼を平らげ

 「母ちゃん、お代わりあるか?」

と言って英子に茶碗を渡していた。

 英子は

 「ねえわけねえだろ、それよりちゃんと噛んで食えよ!いっぱいあんだから…」

と、さも当然という風にウニ丼をよそっている。

 舞も、黙々とウニ丼を食べている。

 舞は、たか子が作るシチューをおいしい、おいしいと言って食べるが、舞がウニ丼を黙々と食べる様子は岩手県風に言ったら、ずばり「めんこい」だろう。

 たか子は舞の場合、とびっきり美味しいと感じた時には、何も言わず、ひたすら、黙々と食べるということが分かり、新しい一面を知ってちょっと嬉しくなっていた。

 アワビの方も気に入った様子だ。

 冴島は、最初、遠慮している様子がうかがえたが、「ごちそうさま」と言おうとした瞬間に義母がすぐさま「最近、耳が遠くてねえ、何か言ったかい?」と言いながら茶碗にてんこ盛りでウニ丼をよそって、結局2度お代わりすることになった。

 冴島の座った席、一角だけ、昔懐かし、ドリフ(昭和のコメディアン)のわんこそばコント状態である。

 夕食後、女性陣で後片付けする流れになったが、(冴島は完全なるお客さんにも関わらず、あんな豪華な食事を食べたんだから、手伝わせてくれと言ってきた)義母が

 「あんたはうちのドラ息子に何か聞くことがあるんだろ」

としてこれを断り、冴島とドラ息子はいつもの将棋大会となっていた。

 冴島は、将棋をしながら、神奈川県で起きた事件についての概要を説明し、ドラ息子に意見を求めている。

 ドラ息子はいつもの調子で

 「うーん、嫌な感じだねえ。『散りぬるを』かあ、その歩も嫌な感じだから待ってくれる?」

 「普通に考えれば、これが最初ではなくて、最後でもなさそうだね。って言うか、その銀待ってくれる?」

ドラ息子の『待った』も最後ではなさそうだ。

 そして

 「古川町には、昔からある手毬唄とかあるかい?」

と質問してきたが

 「えっ?手毬唄ですか?」

と食いついてきたのを見て、たか子が諭す。

 「冴島さん、気にしないでください!昨日、このジジイ『悪魔の手毬唄』っていう推理もののDVD見てたから、その影響です。」

 結局、たか子には

   ドラ亭主は何の役にも立ってなかったのでは

と思えてならなかった。

 ドラ亭主は、対冴島戦19連敗となった。

 一方、義母と義父は夕飯の洗い物を終えると「明日も来るから」として帰ろうとした。

 舞とたか子で、玄関先まで見送る際、たか子は

 「明日はもう近くの成田日赤病院に入院するんですよ」

と伝えたところ

 「色々手続きとかあるんだろ、手伝うよ」

とのことだった。

 また義母は舞に向かって

 「そういやあ、巷では七夕って言って騒いでたけど、舞は将来の夢とかあるのかい?」

と質問してきた。

 たか子は

   舞が『天下統一』と答えるもの

と思っていたが、今年は一味違っていた。

 義母は

 「私の後を継いで漁協の組合長になれば、今日みたいに美味しいものたくさん食べられるよ!」

と促したが、舞は首を横に振り

 「ドラ娘に舞はなる」

と宣言した。

 「ド、ドラ娘ええ!!!」

その場にいた義母、義父、たか子がハモってしまう展開になった。

 奥で冴島と将棋を指していたドラ亭主も玄関先に出てきた。

 「なんだ、ドラ娘って?」

とたか子に尋ねる。

 「多分、単なる息子より『ドラ息子』は愛されてるって思ってるんだよ」

と小声でドラ亭主に答える。

 義母と義父は、ああ、そうかい、そうかいドラ娘かと言って笑いながら帰っていった。

 冴島も玄関先に駆け付けたがそこでもまた舞は宣言する。

 「ドラ娘に舞はなる!」

 ドラ亭主は

 「海賊王になるって言ったルフィーみたいだな」

と呟くのみであった。

 

 翌日は、午後1時ころ入院だから、その前までに来てくれとの連絡があった。

 ドラ亭主が上司の米山に連絡を入れたところ、急遽休みとなった。

 冴島も、神奈川に研修へ行ってからまだ休みをもらっていないとのことで、急遽休みとなって、たか子の入院の手伝いにやってきている。

 舞は小学校だったが

 「舞も、一緒に病院へ行く」

と言ってきかず、ドラ亭主も折れた形である。

 そして義母と義父、それから岩手からやってきた小林なる男性も現れ、車2台に7人が分乗して成田日赤病院へ訪れる形となった。

 3階が産婦人科の入院病棟で、個室での入院と決まっていた。

 3階のナースステーションの前に来ると、舞が両手でナースステーションの扉を開け、大きな声で叫んだ。

 「たのーもー!!」

ナースステーションの看護婦全員が舞へ振り向く。

 その中の1人が、振り向きざま

 「何奴だ!道場破りか?」

と声を発する。

 冴島は、いつか見た光景だと思いつつ、様子を見守る。

 声を発した看護婦は金親京子であった。

 本来金親は、外科の看護婦だが、「賂の舞」の母親が妊娠のため入院するとの情報が入っていたことから、入院日

から出産終了までの間、産婦人科からの要請で助っ人として金親が応援に来ていたのだ。

 野球で言えば、舞シフトと言えるだろう。

 実力が拮抗した相手同士の戦いでは、得てして、技術以外の気合、気迫等が勝負に影響することがあるが、この時もそうだった。

 金親は、舞シフトにあたり

   今回は、自分に近しい人間が怪我をしたとか病気に  なったとかではなく、出産のための母親の入院

と言うことで

   前回とは違う。今回は前よりは御しやすいだろう

とたかを括っていたのだ。

 しかし金親は振り向いた瞬間、自分の過ちに気付いた。

 舞の気迫はただ事ではなかった。

 その姿は以前同様愛らしいものであったが、その額にはハチマキがしてあった。

 白色ハチマキには黒色で

   弟・瞬・命

と書かれていた。

 それは昭和のアイドルオタクを彷彿とさせる出立ちだった。

 金親が、たじろいでいると舞は大声で

 「我こそは、父藤堂一と母藤堂たか子のドラ娘舞である。母君の入院のため馳せ参じた!」

と宣言した。

 金親は出鼻をくじかれて後手に回る。

 「ド、ドラ娘ええつ?」

予想の斜め上を行く宣言にたじろぐ金親である。

 しかし、すぐさま立ち直る。

 流石は舞シフトの要である。

舞のハチマキを指差し

 「ほう、して、その瞬と言うのは?」

と問う。

 すると舞は

 「ほう、これは、流石は看護婦様、お目が高い!」

相変わらず、似合っていないが、時代劇の悪役風に

 「今度生まれてくるのは、我の弟、藤堂家次期当主『藤堂瞬』にあらせられるぞ」

と声だかに叫んだ。

 若干、水戸黄門のテイストが混じっている。義母、義父、ドラ息子、冴島、付き添いの小林、皆、舞に見入っている。

 冴島にしたら、この舞を見るために休みをもらった様なものだ。

 冴島のみが、ちゃっかり自分の携帯電話で動画撮影していた。

 例によって、ノリノリの金親が「ははー」っと言って頭を下げると、若干流れが変わる。

 舞は金親に向かって

 「お主は、もしや、金親どんではないか?」

と質問する。

 以前は、ピンク色の看護服だったが、今日は白色だったため、舞は気付いていなかったのだ。

 ドラ息子が拳銃で撃たれて入院した際、金親と舞は仲良くなっており、舞は金親のことを「金親お姉ちゃん」若しくは「金親どん」と‥‥、金親は舞のことを「舞どん」と呼び合う様になっていた。

 舞が

 「ピンク色の服はどうしたの?何かあったの?」

と尋ねると、金親は胸を張って答えた。

 「ほう、流石は舞どん、お目が高い!この白色の看護服は、研修を終えた印、今の我は正看護師ぞよ!」

今度は舞が「ははー」と言って頭を下げた。

 冴島を筆頭に、舞と金親のやりとりは、皆を笑顔にしたのだった。

 義母と義父は、いきなり最高の舞台を鑑賞したかの様な笑顔だ。

 完全な付き添いの小林は

 「凄い堂々としてるな、次期当主を待つまでもなく、あの娘組合長になれるよ!」

と呟くが義母は

 「当たり前だよ!私の初孫だからね!」

と答えたのだった。

 その後、病室に向かう途中、皆、冴島が撮影した動画を欲しがり、自身の携帯電話に送ってもらうという作業が行われた。

 やはり舞は人気者である。


 それから案内された病室は個室で、VIPルームではないかと思えるほど設備が整っていた。

 ベッドはもちろん、シンクまで付いている。

 話によると病院食が嫌いであれば、病室で料理しても良いとのことだ。

 たか子は自分で料理する方を選んだ。

 そして援軍としてやってきた小林が腕を振るう。

 前日のウニとアワビに続き、入院初日は鯛のお刺身だった。

 翌日は予定日当日で、マグロの大トロ丼である。

 予定日当日はたか子の実家からも両親が駆け付け皆で食事した。

 そして出産予定日当日、義母、義父、たか子の両親、冴島(無理を言って休みをもらった)、ドラ息子(太っ腹の米山補佐により休みにしてもらった)、舞(病院にいると言って駄々をこねた)、付き添いの小林の面々が集まっていた。

 そして昼食を食べた後、その時はやってきた。

 たか子がうずくまり

 「うわっ、破水した」

と呟く。

 すぐさま、舞がナースステーションへ駆け出す。

 呼び出しのボタンはベッド脇の壁にあるが、舞にはよく分かっていなかった。

 舞はナースステーションに駆け込むと大きな声で

 「金親どん!!」

と叫ぶ。

 道場破り風に入室する余裕はなかった。

 金親を見つけると舞は

 「お母さんが破水したって‥‥」

と説明した。

 舞は破水の意味は分からなかったが、母親の言葉通りに伝えた。

 金親は

 「分かった。後は、この私『正看護師』の金親に任せて!」

と言うとウインクして胸を叩く。

 ノリノリ金親は、やはりお調子者だった。

 それから、すぐさま、たか子は分娩室へ移動し、扉が閉められた。

 たか子が分娩室室に入り40〜50分程経った頃だろうか‥‥

 義母、義父らは腕組みし、その時を待っている。

 ドラ息子は、長椅子を立ったり座ったりしてウロウロしている。

 義母が

 「あんた、落ち着きがないねえ、男ならドッシリと構えてろよ!」

と小物ぶりを咎める。

 すると分娩室の方から、ホギャ、オギャとの声がする。

 皆顔を見合わせる。

 冴島が

 「赤ちゃんの声かな」

と言うと、一呼吸遅れて、舞の雄叫びが響いた。

   ニヤアアアアアアアアアー!!!

分娩室の声は、その雄叫びに呼応する様に大きくなっていく。ホギャ、ホギャ、ギャー、明らかに赤ちゃんの鳴き声だ。

 たか子は分娩室内で汗だくになりながら声を聞いた。

   ホギャ、ホギャ、オギャ

小さいながらも赤ちゃんの泣き声だ。

 また、その後、分娩室の外から

   ニヤアアアアアアアアアー!!!

という声が聞こえる。

 たか子は思わず笑ってしまう。

 あれは、舞の声だ。ここ一番ではニヤアーって泣くんだなと納得してしまう。

 金親がたか子に対して

 「3200グラムの男の子です。」

と言って抱いた赤ん坊を見せてくれた。

 また、金親は

 「待っている旦那さん達にも見せてきますね!」

と言って分娩室を出て行くと、暫くして、再び舞の

   ニヤアアアアアアアアアー!!!

との大きな叫び声がして再び笑ってしまう。

 分娩室の外では、皆でかわるがわる動画撮影が始まった。

 分娩室の外はたちまち騒々しくなった。


 結局、たか子は出産後2週間入院する。

 空き時間には、冴島から送ってもらった分娩室外の状況を鑑賞した。

 やはり、分娩室の外では舞が圧倒的に面白かった。

 たか子の破水でナースステーションへ駆け込んだ時の状況(密かに冴島が撮影していた)、赤ちゃんの泣き声が聞こえて舞がニャアー絶叫する状況、赤ちゃんを抱っこさせてもらって再び舞がニャアー絶叫する状況などである。

 最後、分娩室から担当医医師が出て来ると、久しぶりに舞がドラ父ちゃんに対して両手を上げてバンザイする抱っこおねだりポーズをする。

 ドラ父ちゃんに抱っこしてもらうと舞は担当医医師に向かって

 「スーパーでかした!誰が褒めずとも、この舞が褒めたたえる。ありがとう」

と頭を下げ、医師の両肩を掴んで揺さぶる画像は秀逸だった。

 この超上から目線のお礼の言いっぷりは後で注意しないといけないとは思ったが、今回は面白かったのでスルーすることにするたか子であった。

 

 それは藤堂瞬の生誕から1カ月が経過したころ、吾妻小学校1年1組の教室で起こった。

 1時限目と2時限目の間、10分間の休憩時間、舞がトイレから戻ってきて自席の椅子を引き、座ろうとすると、同じクラスの一宮早苗が突然、話しかけてきた。

 「舞ちゃん、ちょっといい?」

と言って、舞の服の袖を掴むと引っ張って舞を教室の後ろまで連れて来た。

 舞がきょとんとしていると早苗は

 「チホちゃん、生意気だと思わない?」

などと言ってきた。

 チホは舞の保育園の時からの友達だ。

 舞は

 「全然!」

と言って否定すると、早苗の表情が変わる。

 「あいつ、生意気なんだよ!これからチホのこといじめることになったから、お前も手伝うんだよ!」

などと言い出した。

 舞が

 「嫌じゃ!嫌に決まってんじゃん!」

と返すと、早苗の表情は更に厳しいものになる。

 「いい子ぶってんじゃねえよ!なんだったら、いじめるの、お前でもいいんだぞ!」

などと言い出した。

 「仲間はずれにするぞ、されたくなかったら、お前も手伝うんだよ」

と付け足し、舞の両肩を掴んで揺り出した。

 舞は掴まれた肩から手をどけると、早苗の左頬を平手で思いっきり殴りつけた。

 バシッという音が教室内に響き渡った。

 早苗は驚いて左頬を押さえ、泣き出した。

 周囲は、なんだ、なんだと舞と早苗を注目しだす。

 この日の2時限目は、国語で担任の三山里香が丁度、教室内に入ってきた。

 教室内で早苗が泣き、その周囲はザワザワしている。

 すぐ三山も教室内の異変に気付く。

 そのタイミングで教室の一番後ろの席の三枝美紀が挙手し

 「先生、今、舞ちゃんが早苗ちゃんの顔を殴ったんです。」

と報告する。

 教室内の騒めきは最大となった。

 三山は

 「舞ちゃん、本当なの?説明しなさい!」

と言い出した。

 怒気を含んだ厳しい声だ。

 まあ、当然の進行だろう。

 ここで、舞の幼馴染で同じクラスの健太が口を出す。

 「先生、大丈夫?これ、単純に舞を叱ったら、先生、信用無くすよ!」

と釘を刺した。

 大場健太は父親が刑事で、しかも頭が良く、リーダーシップもあってクラスの学級委員長を務めている。

 三山は健太の話を無視できない。

 当初、三山は、舞を怒る気満々でいたが、状況を把握することにする。

 三山が

 「舞ちゃんどうなの?何があったの?」

と今度は落ち着いた口調で尋ねるが舞は

 「ムカついたから殴った」

と胸を張って答えたのだった。

 これを聞いた健太は

 「舞!なんでお前は息をする様に自然に自分を窮地に立たせるんだ!その説明じゃ先生状況分かんないだろう!」

とこぼす。

 そこへ先程の三枝が

 「何もしてないのに、舞ちゃんが、早苗の顔を一方的に殴ったの!私見てたわ!」

と大きな声で説明した。

 仕方なく健太が自分で状況を説明することにする。

 「一宮と三枝、お前ら保育園違うから舞のこと知らないんだろう!」

として話し出した。

 「先生!俺が見る限り、一宮が舞に『チホをいじめるから協力しろ』って言ったんだ。舞がそれを拒否ったら、一宮が舞の両肩掴んでゆすってきたから、舞がムカついて一宮にビンタしたんだ!」

実に簡潔明瞭にあらましを説明すると三山も納得した様に頷く。

 健太の説明はまだ続く。

 健太は

 「舞は超絶バカ女だ。」

とまず宣言した。

 あまりの発言に三山も慌てる。

 「健太君、言葉が強いよ。落ち着いて!」

とコメントするが、健太は更に続ける。

 「しかも、最近までスーパー泣き虫女だった。俺が母ちゃんと手を繋いで保育園に行っただけで泣いていた。しかし、舞は超絶バカ女なのに、自分が受けた恩は指折り数えて忘れない。チホをいじめると舞に言ったら、舞が黙っているはずない。舞は最近お母さんができたが、それまでは、お母さんがいないことで、毎日の様に保育園で泣いてたけど、チホの母ちゃんに慰められてなんとかやってきた。一度や二度じゃない。何度も!」

とここで健太が一息つくと、舞が宣言した。

 「舞はチホちゃんのお母さんを7回、、竜宮城へ連れて行く!」

 健太が

 「7回かあ」

と言って笑った後

 「一宮、三枝分かったか?チホをいじめるのに舞に協力を求めるって2人ともバカなの?2人はグルなんだろ!この舞は半端なバカじゃない!超絶バカなんだ!2人でなんとかできる様な女じゃないんだ!竜宮城だぞ!」

と説明したところで再び舞が

 「頑張る。亀にできて舞にできないなんてことはない。駆けっこでも舞はウサギさんに勝てる」

と変なことを言い出した。

 尚、母親ができる前、チホの母親は

 「舞ちゃん!私のことをお母さんだと思っていいんだよ」

と言って舞を慰めており、舞の中でチホの母親は仮の家族となっていた。そして、その娘のチホも仮の家族の一員であったのだ。

 

 そして、ここから話が若干それていく。

 三枝は

 「大場は何で舞の肩ばっか持つのさ!舞のことが好きなの?」

と質問すると、教室中、エエーそうなのという声で騒々しくなる。

 大場は

 「ああ、そうだな!お前らの様なクズより、何倍も舞のことが好きだな!」

と切って捨てた。

 が、舞は

 「うーん、健太は瞬と比べて150可愛さが足りないから結婚はできない。」

とクールな回答をするのだった。

 健太は

「150?可愛さ?何だよそれ、単位は何だよ、メートルか?」

と食い下がってしまう。

 舞は堂々と言ってのけた

 「単位は『めんこい』だ!健太は瞬と比べて150めんこい足りない」

 舞の得意の謎理論だ。

 教室内は『いじめ』という超深刻な問題を扱っていたはずなのに、いつしか担任教師三山を筆頭に皆笑顔になっていた。


 この後、国語の授業が始まったが、2時限目終了後、チホの席にはクラスメートが数人集まっていた。

 いつものメンバー、舞とアキのほか、これまで、三枝と一宮にいじめられていた国分千絵と村田梨花がチホの席にやってきていた。

 国分は村田と手を繋いで俯きながら

 「チホちゃん、私と梨花、いじめられているんだけど私と梨花の友達になってくれないかなあ……、あと舞ちゃんとも友達になりたい」

と言い出す。

 それを傍で聞いていた三枝が口を挟んできた。

 「調子に乗ってんじゃねえぞ、チホ!千絵に梨花、お前らの友達になってくれる奴なんていねえよ」

と宣言するがチホは

 「普通に友達になるし……」

と言って2人を笑顔で歓迎した。

 舞は何故か

 「な、何ですと!そんなバカな……」

と独り言を言っている。

 その独り言を聞いた国分と村田は、舞が拒絶しようとしているのかと勘違いし、顔が青くなる。

 しかし、理由が分かるアキが舞をフォローする。

 「違うよ、舞ちゃんは友達になりたくないんじゃなくて……、同じクラスになった時点で、舞ちゃんにとって2人とも既に友達だと思っていたのに、「友達になりたい」ってあらためて言われたから動揺しただけ!」

と説明した。

 チホもアキの説明に同意して頷く。

 次いでチホの隣の席の男子、佐藤誠も口を出してきた。

 「調子に乗ってんのはお前だ、三枝!!」

と言うと

 「何だよ文句あんのか」

と三枝が応じる。

 「お前バカなのか?さっき、何かうやむやにになったけど健太は三枝と一宮を敵認定したんだぜ!クラスの男子は全員、健太に付く。お前、自分がピンチになってるのが分からないの?」

と痛烈に批判する。

 すると三枝は余裕を見せてアッハッハーと笑い出し

 「健太もバカだよなあ、あいつも調子に乗って勝手にうちらグループの話に入り込んできて、勝手にみんなの前でコクって振られてやがるんだから、壮絶なバカだよなあ」

と言った瞬間だった。

 どこからか消しゴムが飛んできて三枝の右頬に当たった。

 三枝がイタッと言って右頬に手を当てがうが佐藤はクールに

 「笑っていられるうちが花だよなあ、2〜3日もすればお前、笑っていられなくなるぜ!」

と言い放った。

 佐藤が言い終わった後、2方向から再度消しゴムが飛んできて三枝の顔を直撃した。

 明らかに複数で三枝を攻撃している。

 三枝は顔を覆ってうずくまる。

 「何?誰?許さねえぞ!」

と怒鳴るが当然返事はない。

 そんな三枝の前に舞が仁王立ちした。

 皆が見ている前で舞は

 「今、健太の悪口言った?」

と尋ねる。

 三枝が

 「うるせえ、だから何だよ」

と言った瞬間、舞のビンタが三枝の左頬に決まった。

 バチィという音が教室中に響くと、三枝は左頬を押さえて泣き出した。

 尚も舞は右手を振り上げる。

 見ていたチホとアキは舞を制止する。

 チホが舞に胴タックルし、アキが舞の右腕を両手で押さえる。

 見事な連携だった。

 国分と村田は様子を見て呆然としている。

 舞がチホとアキの制止に従うと、舞も落ち着いた。

 チホが舞の気を逸らそうとして

 「舞ちゃん、千絵ちゃんと梨花ちゃんが友達になりたいって言ってきたんだよ」

として話し出す。

 そして

 「梨花ちゃん、交通事故でケガして片足義足だけど関係ないよね」

と付け足す。

 梨花が三枝らにいじめられていた理由でもある義足について話を振る。

 舞は一旦きょとんとして梨花の足を見る。

 右足の膝下が義足となっていた。

 舞が梨花の義足をさすって

 「これ、痛くない?」

と尋ねると梨花は

 「大丈夫!交通事故でお母さん死んじゃったんだけど、一緒に車に乗っていた私のこと守ろうとしてくれて……、私、片足になっちゃったけど、何とか命助かったんだあ!義足のせいで、ちょっといじめられたけどねえ……」

と言った直後だった。

 「ぐっ、ぐおっ!」

舞の口から変な声が漏れる。

 見れば、舞の両目から涙が溢れていた。

 チホが

   しまったあ、梨花ちゃんの話は舞ちゃんには危険だ  ったかも……

   それにしても、女の子らしからぬ号泣だな

と思った瞬間、舞は再び三枝に殴りかかっていた。

 今度はチホとアキも間に合わず、再びバチィという音が教室内に響いた。

 そして歓声が上がる。

 このタイミングで担任の三山が3時限目の社会の授業のため教室に入ってきた。

 そして一言

 「なに?この修羅場?」

と言って青ざめた。

 チホとアキが舞を制止しきったところで、先程の続きが行われる流れになった。

 進行役は、その場にいなかったが、大場が再びやることになった。

 健太は先ず

   あまり意味は無いかもしれない

と思いつつも、舞に

 「舞!何があったんだ?俺は今回のやつは見てないから、説明できない」

として尋ねる。

 舞は

 「ムカついたから三枝を殴った。」

と臆面もなく言い放った。

 クラス中

   さっきと同じ展開だぜ

と小声で囁きだす。

 やはりと健太は一瞬、項垂れたが、すぐ気を取り直して

 「チホ、お前、説明できるか?」

と話を振る。

 チホは

 「さっき、授業が終わった後、国分千絵ちゃんと村田梨花ちゃんが私の席のところへ来て『私と舞ちゃんの友達になりたい』って言ってきたら三枝が『調子に乗るな』って訳のわからないことを言い始めたの。そしたら今度は誠君が『調子に乗ってんのはお前だ』って三枝を注意したんだけど、さっき、健太が舞の肩を持つ様な感じだったから、三枝が今度は健太のことを悪く言ったの。そしたら、舞ちゃんが『健太の悪口言った?』って三枝に確認してから、いつもな感じで三枝にビンタしたの!」

と説明した。

 健太は、それを聞くと

 「舞も男らしい感じで泣いてるってことは、三枝から反撃を受けたの?」

と再び質問する。

 チホは首を横に振り

 「健太の関係で、私とアキちゃんで舞ちゃんのこと止めたんだけど、話を逸らそうとして、私が梨花ちゃんの義足の話をしたの。梨花ちゃんが交通事故にあって、お母さんに助けられたんだけど、そのためお母さんが死んでしまって右足が義足になってしまったって……、義足のせいでいじめられていたって……、そしたら舞ちゃん、再びキレちゃって三枝に泣きながら殴り掛かっちゃったの」

 チホは話を分かりやすくするため、梨花が言ったことを自分が言ったとして簡潔に説明する。

 チホの話を聞き終えると健太は頷き

 「なるほど、舞が義足の話を聞いて、義足のせいでいじめられていたと知れば、スーパーサイヤ人になるな!」

と納得した。

 更に健太は

 「三枝、このまま続けても、お前が性格最悪な、いじめ女だとみんなに知らしめるだけだよ!」

と言った後

 「まあ、俺は父ちゃんが刑事だから暴力は肯定できないけど、三枝は自業自得だろう。寝ている虎をわざわざ起こして、敢えて尻尾を踏んだ様なもんだ。」

と結論づけたが、ここで健太は思い出す。

 「って言うか舞、お前の父ちゃんも刑事じゃねえか!暴力沙汰で呼び出し受けたら、父ちゃんが恥かくぞ!」

 と釘をさす。

 しかし舞は

 「父ちゃんはドラ息子だから恥かいても大丈夫!」

と意味不明な謎理論で応じる。

 健太は

 「いやっ、お前ん家は母ちゃんも刑事だろ!本当に大丈夫か?」

と更に続けると

 「うっ!健太、悪い!母ちゃんには言わないで!」

と頭を下げた。

 皆が見ている前で堂々と口止めするあたりが舞らしい。

 健太は

   相変わらず舞にとっては母ちゃんは絶対の存在だな

と納得したのだった。

 担任の三山も安堵した様子だ。

 ここで一旦、一区切りはついたが、健太は不思議に思っていたことをチホに尋ねる。

 「チホ!俺が知ってる超絶バカ女の舞は、自分とか友達の悪口には気付かないけど、家族の悪口は絶対に許さないスーパーサイヤ人だったはずなんだけど、何で今回は友達関係で、スーパーサイヤ人状態になってるんだ?」

 チホは一言

 「謎!」

と答え、そして

 「舞ちゃんが少し成長したってことかも……」

と付け足す。

 健太は

 「そ、そうかあ、チホにも分かんないのか!」

と呟くのみだった。


 この日、チホは舞と手を繋いで家に帰った。

 そして舞と別れると母親に

   いじめの標的になりそうだったこと

   舞が相手を殴ってやっつけたこと

   舞が母親に恩を感じていて、7回竜宮城に連れて行  くと言っていたこと

等を告げた。

 そして

 「今日は舞ちゃんに助けられた。でも竜宮城は流石に無茶だと思うの!舞ちゃん、変に頑固なところあるから、いつか海に行って『竜宮城を探す』とか言い出しそう、お母さん、竜宮城はやんわり断ってくれる?舞ちゃんが海で溺れたら嫌だ!」

と言うとチホの母親は笑顔で頷き、

 「明日、舞ちゃんを家に連れておいで」

として次の日、舞を説得したのだった。


 チホの母親は舞の良き理解者である。

 舞に向かい

 「舞ちゃんありがとうね!昨日、チホのこと助けてくれたんでしょ。」

とお礼を言うと舞は例によって

 「後で、舞は竜宮城に連れて行くからね、7回!」

と宣言した。チホの母親は

   来た

と思いつつも顔には出さず

 「チホからもそれ聞いたよ!でも私は竜宮城よりも舞ちゃんがずっとチホの友達でいてくれる方が嬉しいな!だって竜宮城から戻ってくると急に年をとっちゃうでしょう?

それってちょっと怖い。私怖がりだから……」

と言った後、続けて

 「舞ちゃんがずっとチホの友達でいてくれることは私にとって竜宮城5回分の価値があるわ。それと私、舞ちゃんの結婚披露宴見たい!それで1回分!それと舞ちゃん、チホの結婚披露宴に来てくれない?それで1回分だから、それで7回だよ。竜宮城7回はそれに変えてくれないかなあ」

と提案する。

 舞はしばし、考え込むが

 「分かった」

として頷いた。

 流石チホの母親、舞の謎理論を否定せずに、謎理論の舞台に立った上で、舞を説得してしまった。

 この話は、この日のうちに、チホの母親のママ友であるたか子にも当然伝わったのだった。

 話は一区切りついたがチホの母親は隙を見せない。

 チホの言う通り

   舞は変なところで頑固なところがある

   話を蒸し返してやっぱり竜宮城へ連れて行くと言い  出さないうちに話を変えることにした。

 チホの母親は

 「舞ちゃん!そう言えば舞ちゃん、弟が出来たんだって?」

と話を振ると、すぐさま食いついた。

 「瞬は小ちゃくて可愛いいの!寝てるだけで150めんこいあるの!手なんかこれくらい小ちゃいの!」

 ここまでは、チホの母親の予想通りの展開である。

   上手くいった

と思った瞬間、舞は言った。

 「舞の野望にあと一歩に迫った。」

と意味不明なことを言い出した。

 今度はチホの母親が食いついた。

 「えっ?舞ちゃんの野望って?」

と問うと

 「舞に父ちゃんとお母さんと瞬で4人でしょ、それに父ちゃんの方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんにお母さんの方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんで8人だから、あと1人!あと1人で野球チーム作れる」

などと言い出した。

 チホの母はプッと吹き出しつつも、考えた。

 弟が産まれたばっかりなのに、もう次を望むのか?

 舞ちゃんらしいと言えばらしい。

 でもお母さんは大変かもしれない。

 そこで策士であるチホの母親は一計を案じる。

 「えええぇ、それ楽しそう!!チホと私も仲間に入れて欲しい!」

と舞に伝えると舞は腕組みをして少し考えた後

 「分かった、一緒に野球しよう」

舞がチホの母親の要望を断れるはずがなかった。

 舞は続けて

 「でも、今度は1人多くなっちゃうから、舞は1番でDHやる。瞬がもう少し大きくなったら舞が野球教える。」

と言いだす。

 おそらく、舞はメジャーリーグの大谷翔平の影響を多分に受けている。

 チホの母親は、舞の野望についても、ママ友のたか子に連絡したのだった。


 警視庁の間島警部は、先輩である木下警部補の元へ来て、教えを乞うていた。

 千葉であった坂本事件での失態の連続(被疑者を協力者と設定したほか任意同行時被疑者に拳銃を奪われた)で一時期は

   警察官を辞めるのでは

と噂されるほど落ち込んでいたが、事件後、連続で殺人事件を早期解決し、噂を吹き飛ばすほどの活躍を果たしていた。

 自分の捜査員としての基本に立ち返り、自分を取り戻すことに成功した。

 中でも大きかったのは

   自分は天才ではなく凡人である

と認めることだった。

 そして、昔、操作の基本的なことを教えてくれた先輩の元を訪れて、頭を下げ、

   もう一度やり直したい

   もう一度基本から教えて欲しい

と頼み込んで自分を取り戻したのだった。

 先輩は、階級は追い越したが、刑事としての格が違うと思わせる程にベテランの捜査員だった。

 当初は

   千葉県の天才捜査官藤堂に勝てるようになる

と意気込んで始めたが先輩の

   勝つ必要があるのか

   相手は同じ捜査員だろ

   勝負で考えるなら、勝たなくてはいけないのは被疑  者にだろう

   天才か何か知らないが、藤堂さんていう人は凡人を  相手に勝負という気持ちすらないんじゃないのか

   確かに、出世を望むんなら勝ちたいところだろうけ  ど

   負けたと思って、階級が下の俺に教えを乞おうとし  てるのだから、出世のためじゃないんだろう

との言葉で気持ちが楽になった。

 それからは、警視庁の捜査一課員になってから、おざなりになっていた鑑識作業、検視業務も勉強し直した。

 特に検視業務は、死斑の転移の見落としで大失態をしたことを思い出し、真剣に取り組んだ。

 そのため、最近は

   千葉県の天才捜査官には勝てずとも、被疑者には負  けない

として捜査に邁進している。

 今日も又、先輩刑事の元へ足を運んでいる。

 今日は先輩刑事が当直日で事件番であった。

 間島警部は自分の当直日以外も、先輩刑事について回った。

 根性のある努力の人である。

 そんな8月中旬の暑い時期、事件は発生した。

 日付が変わった午前2時ころ

   東京都台東区千束3丁目2-20

   公園内にて女性が刃物で体を刺されて、倒れてい   る。

との110番通報が入る。

 すぐさま、間島は先輩刑事と共に現場へ赴いた。


 現場はいわゆる『吉原』と呼ばれる歓楽街、ソープランドが立ち並んでいる一角の公園内で、管轄の浅草警察署の捜査員により規制線が張られている。

 機動捜査隊も既に現着しており、聞き込み捜査が開始されていた。

 公園は風俗店街の外れにあり、マンション脇に設けられた公園のトイレである。

 遺体は黒色の寝袋の中に入れられていた。

 寝袋のファスナーを下ろすと裸の20代女性が腹部にナイフが刺さった状態で絶命していた。

 既に鑑識作業は始まっている。

 鑑識班の班長が木下と間島の元へやってきた。

 「浅草署の宮田です。今のところ被疑者関係は一切不明ですがゲソは運動靴、ナイキ製のバスケットシューズですね。大きさは26センチです。」

と説明した後、

 「それと寝袋の中には遺体の他に、これが入っていました。」

と言ってビニール袋に入った紙を差し出した。

 紙には『我が世誰ぞ常ならん』と書かれていた。

 木下は

 「なんだこりゃあ?」

と呟いたが間島は

 「こ、これは……、神奈川の殺人事件と同じ被疑者か?」

と驚く。

 間島は、坂本事件の後、読日のスポーツ誌を読むようになった。

 それは、読日が千葉県の天才捜査官に焦点をあて、特集を組んだりしたためである。

 確か1カ月ほど前、天才の特集記事を書いた冴島という記者が、単独ではなかったが、神奈川で起こった殺人事件の記事に関連して、天才捜査官のコメントとして

 「これが最初ではなく、最後でもない」

として連続殺人を示唆していた旨書いてあったはずだ。

 鑑識の班長もその記事を読んだのか、頷いて

 「何か、神奈川と関係ありそうな気配ですね!」

と申し立てた。

 事件は当然、捜査本部事件となるが、この日の帰り、先輩刑事の木下は

 「何か、変な現場だな」

とこぼした。

 間島が

 「何のことですか?」

と尋ねると

 「公園の斜向かいにローソンがあったろう。防犯ビデオに映っていない自信があるにしても、自分が乗っていた車が映る可能性はあっただろう。まるで、防犯ビデオに車ごときが映っていたとしても捕まえられないよって言ってるみたいな現場だ。不自然な感じがするぜ」

と話したのだった。

 間島も、少し考え「確かに」と首を捻ったのだった。


 しかし、流石は警視庁の捜査本部である。

 コンビニだけでなく、付近にあるコインパーキング、ガソリンスタンド等の全ての防犯ビデオを確認し、車のナンバーまでを確認できた訳ではなかったが、被疑者が使用している車両は黒色セレナであることが判明したのだった。

 また、これは間島の手柄であるが、神奈川県の被害者、また今回の被害者とも、この台東区千束で働いていたことが判明したのだった。

 

 埼玉県刑事部捜査第一課警部補上田次郎は自席で頭を悩ませていた。

 この年、埼玉県警捜査第一課では、ある意味、最強カードを手にしたと言っていい状況であった。

 上田とペアを組む婦警、金親涼子が最強カードの正体である。

 普通に見れば、どこにでもいる婦警である。

 上田に言わせれば

   単にお調子者で食い意地の張ったバカ女

と言うイメージであるが、捜査第一課に来てわずか5ヶ月で殺人事件を2件解決に導いていた。

 捜査第一課に来る前も、所轄署で2件、殺人事件を解決している。

 捜査感覚が優れているとか、センスがあるとか言う話では無い。

 金親は恐ろしいまでの強運を持っていた。

 金親が何気なく関係者の写真を指差し「うぬ!こいつが怪しいですな」と言った人物が実際、被疑者だったと言うケースが2件続いた。

 単なる、まぐれ当たりと言っていいのか上田には疑問だった。上田が尋ねると金親は、ちゃんとした根拠がある訳ではなく、いわゆる『勘』で被疑者を言い当ててしまったようだ。

 警察官採用試験では、通常の男子警察官よりも婦警の方が倍率が高く、優秀な者が多いが、金親は、そんな優秀な婦警とは一線を画す存在だった。

 埼玉県警の採用試験、一次試験が普通の記述式の試験であれば、金親が婦警になることはなかっただろう。

 一次試験がマークシート方式であったが故に警察官になれた稀有な存在だ。

 そして警察官の巡査部長試験に至っては、試験そのものというより、手柄の数で昇任したようなものだ。

 殺人事件を合計4件も解決に導けば、それは当然だろう。

 双子の姉は千葉県で看護師をしているとのことだ。

 今、上田が頭を悩ませているのは、このペアのお調子者をどう教育していくかである。

 普通の婦警であれば、何度も扱って、教育しているが、埼玉県警最強カードに対して同じように指導していいものか悩んでいたのだ。

 結果、上田は、悩んでもしょうがないと思い、通常通り指導することにした。

 そんな9月上旬、緊急を告げる警告音と共に110番の指令が流れた。

 至急、至急!本部から浦和!

 浦和警察署が受ける。

 「浦和です。どうぞ」

   市内浦和区天沼町所在天沼テニス公園内において人  倒れ

   20代女性が寝袋に入った状態で死亡している模   様!

   腹部にナイフが刺さっており、マルエムの可能性あ  り。至急、捜査員を臨場させ事案認定を願う

 まだ午前8時20分で、当直の捜査員が対応する時間帯ではあったが、上田と金親も現場へ向かう。

 現場では、既に規制線が張られて鑑識作業が始まっている。

 公園の周囲は制服を着た警察官が右往左往している状況であった。

 金親は規制線の外側にいた制服の女性警察官に挨拶した。

 「本部捜査第一課の金親です!」

 いつもは省くのに敢えて『第』を付けて所属をアピールした。

 制服の女性警察官は一旦

 「はあ?」

と聞き返したが金親が再び、上から目線で

 「本部捜査第一課の金親です」

と挨拶すると

 「馬鹿野郎、聞こえてるよ、佐原だよ」

と答える。

 どうやら顔見知りらしい。

 金親は尚も

 「それでマルガイの身元は割れてるのかい?」

といかにも偉そうな感じで質問すると

 「てめえ、さっきから、何気取ってんだ?同期がせっかく来てくれたってんなら飯でも奢ってやろうかって気になるもんだけど、お前とはもう口聞かねえ!」

と突き放した。

 それを聞いた金親は慌てて

 「なっ!世の顔を見忘れたか?」

と暴れん坊将軍のテイストを入れて食い下がる。

 「馬鹿野郎!はっきり覚えてるから叱りつけてんだろうが!」

と言ったところで

 「佐原しゃん、ごめん!謝るから、ご飯奢って!」

等と言い出した。

 制服警察官の佐原は

 「チッ」

と舌打ちしつつ

 「お前、この場で3回、回ってワンと言え!出来なかったら‥‥」

 金親は佐原が言い終わらないうちにジャンプしながら3回転?しながらワンと言った。

 佐原はそれを見て

 「いやお前、1秒くらい考えろよ、プライドねえのか?」

とたしなめたが

 「鰻牛特盛はお腹を満たすけど、プライドじゃあお腹は満たせない!それに今の浅田真央のトリプルアクセルみたいだったでしょ!せっかくだから佐原しゃんに見てもらおうと思って‥‥」

とコメントしたのだった。

 佐原は

 「誰が浅田真央だ!あたしゃファンだったんだよ、殺されてえのか!お前のこと敵認定したから、明日からキム・ヨナって名乗れ!」

と激怒して叫ぶ。

 また

 「何気に私がすき家の鰻牛特盛を奢る流れになってるけど、私も今月は苦しくなりそうなんだよなあ」

と言うが、金親は

 「佐原しゃん、大丈夫、私は今でも毎日3キロ、ジョギングしてる」

と言いだす。

 佐原が

 「その心は?」

と促すと金親は

 「今でも健脚!足に自信あるよ」

等と言い出した。

 佐原が

 「お前、無銭飲食して走って逃げようと言ってるのか?警察なめてるだろう!!」

やりとりはしばらく続きそうだったので上田が間に入り、説明を求めた。

 「話の途中、申し訳ない。発見者と状況を教えてくれないか?」

と尋ねてきた。

 佐原は

 「失礼しました。

  発見者は

  さいたま市浦和区東町2丁目3番4号102号室

  大学2年生   川口 学   20歳

 で、大学でテニス同好会に所属していて、よくこの公園 にテニスしに来るとのことです。今日も、ここで友人と 待ち合わせをして午前6時半ころから来ていてテニスコ ートの隅に置かれていた寝袋には、すぐ気付いていたん ですが、誰かの忘れ物かと思い、そのままにして、サー ブの練習をしていたそうです。が8時になって、待ち合 わせの友達が到着したことで、寝袋をどかしてテニスを しようとしたら、重かったので寝袋のファスナーを開け て遺体を発見したということらしいです。」

と説明した。

 上田は、その簡潔明瞭な説明を聞き

   むしろ金親より優秀な捜査員に思えるな

と思ったのだった。

 また上田は

 「うちの、なんちゃって浅田真央風の暴れん坊将軍とは知り合いかい?」

と尋ねると

 「あのキム・ヨナ風の暴れん坊将軍は、私と同期で同部屋でした。」

とのことだ。

 「それと、関係あるかどうか分からないんで、後で暴れん坊将軍だけに伝えようと思ってたんですが、発見者は昨日もここへ来ていたようなんですが、その時に不審な車両を見たと言ってます。黒色セレナで、ナンバーは陸運局不明で連番・・・1だそうです。40代くらいのメガネをかけた男が運転席から公園内を見ていたんですが、テニスに興味がある様子は無く、同じ同好会の女子を見ている風でも無く、2時間くらいコート脇に車を停めていましたが、その後何をするでもなく、帰っていったそうです。」

と付け加えた。

 その報告後である。

 鑑識作業員が1人、上田に駆け寄り

 「班長、寝袋の中にこれが」

と言って、1枚の紙を差し出してきた。

 紙には『うゐの奥山けふ越えて』等と記載されていた。

 上田が顔をしかめる。

 神奈川県内の『散りぬるを』、警視庁管内の『我が世誰ぞ常ならぬ』の話はマスコミには伏せられていたが、関東管区の警察には情報が来ていた。

 つまり、連続殺人事件の可能性が高く、また、神奈川及び警視庁と合同捜査となる公算が高いということだ。

 尚、遺体を確認するに、腹部と背部に3箇所づつ刺創が認められる状況で、明らかに殺人事件と認められた。

 上田は瞬く間に憂鬱になったが、暴れん坊将軍は同期の佐原をマンマークし離れない。

 鰻牛特盛をたかる気満々でご満悦である。

 上田は自身の携帯電話から、上司の米田に状況を説明すると

 「うひゃあ、埼玉にも来ちゃったのか、間違いなく合同捜査になるな。順番で行くと丁度、上田の班だな、頼むぞ!」

とのことで早々に電話は切れた。

 上田は暴れん坊将軍を呼び

 「浦和署に捜査本部が立つから、そのつもりでな、明日からだ」

と伝えるが、暴れん坊将軍は

 「了解しました。今日のうちに、しっかりと鰻牛特盛で鋭気を養っておきます。」

と宣言した後、佐原を向き

 「トン汁も付けてもらっていいかな、佐原しゃん!」

と告げたのだった。

 佐原は

 「お前のそのチャンスと見れば、骨までしゃぶろうとする姿勢、お前らしくて嫌いじゃないんだけど、少しは遠慮しろよ!」

と叫んだが、結果、この日、佐原と一緒に昼食に出かけた金親は店を出ると一言

   勝った

と呟いたのだった。

 そう、佐原は鰻牛特盛とトン汁だけでなく、何故か温玉までもたかられてしまったのだった。

 この後、埼玉県の捜査第一課では

   肉を切らせて骨を断つ

ではなく

   プライドを折らせて骨までしゃぶる

が流行することになる。


 9月29日日曜日の朝、藤堂は娘の舞に起こされた。

 ペチッ、ペチッという音が藤堂宅に響く。

 藤堂のお腹を舞が叩いていた。

 今日は家族で近くの仲台公園に行き、公園内で昼食を食べるというピクニックを計画していた。

 舞にとっては、家族ピクニックという名の瞬との初デートである。

 瞬が生まれてから3カ月が経ち、瞬は離乳食の時期も終えていた。

 「父ちゃん、今日は大事な日、起きて!」

舞は藤堂のお腹を叩きつつ笑顔で揺さぶる。

 たか子は既に起きて朝食の準備をしている。

 ドラ父ちゃんも目を覚ます。

 皆で朝食を食べ終わるとドラ父ちゃんが変なことを言い出した。

 「今日は久しぶりに父ちゃんが料理を作ろう。舞も久しぶりに父ちゃんの料理食べたいだろう?」

と尋ねるが賢明なる舞は沈黙を守ることにする。

 ドラ父ちゃんは自分が料理上手だと誤解している。

 しかし、それをそのまま指摘するとドラ父ちゃんは落ち込んでしまうかもしれない。

 瞬との初ピクニック、できれば美味しい料理をみんなで食べて楽しみたいと思っていた舞の目論見がいきなり大ピンチだ。

 しかし、神はそんな舞を見捨てない。

 藤堂の携帯電話が鳴った。

 藤堂は

 「うわっ!このタイミングで電話鳴っちゃうか」

とがっくりしつつも電話に出る。

 電話の主は案の定、上司の米山だった。

 「米山です。休みのとこ悪いけど、我孫子言ってくれ。20代女性が胸を刺されて死亡状態だって!現場は我孫子市布佐1223番地の宮の森公園内、ほぼ間違いなく、マルエムと思われるけど一応、確認してくれ!お前も知ってるだろう?神奈川と東京と埼玉であった『いろはにほへとの連続殺人』、今回のやつはこれに加わりそうだ。順番で言ったら2班だけど、刑事部長命で、もう1班投入しろってことになった」

とのことで、電話を終えると藤堂は肩を落とし、無理だとは分かっていたが、念のため舞に向かって話してみた。

 「父ちゃん、仕事が入っちゃったんだけど、ピクニック延期ってことにはできないかな?」

すると

 「世の中、どうしようもないことってあるよね!父ちゃん頑張れ!ピクニックは舞と瞬とお母さんの3人で行く」

と即答されてしまった。

 藤堂は落胆しつつ、我孫子市へ向かったのだった。

 現場の宮の森公園は農村地帯と閑静な住宅街とに挟まれた公園となっている。

 我孫子市は基本的に、農村地帯と住宅街が混然としている地域であるため、駅前を除けば、コインパーキング等は少ない。

 旭市や匝瑳市の時と同様、道路に多数車両が駐車する状況でも、通行に余程邪魔にならない限りスルーされているのが現状である。

 公園の周囲は既に規制線が張られていた。

 捜査車両とパトカーが公園の脇の路上に駐車してある。

 藤堂も公園脇に車両を路上駐車させて、公園へ向かう。

 公園の出入り口には制服の警察官が立っているが藤堂はこの制服警察官の前まで来ると、警察バッジを警察官に示し

 「捜査一課の藤堂です。現場を確認に来ました。刑事課の方はいますか?」

と尋ねる。

 即座に制服の警察官は無線機を使い

 「ただいま、捜査一課の方が来ています。規制線の中に入れてよろしいか?」

として確認を取っている。

 すぐ、許可はおり、制服の警察官は、黄色の「立入禁止」の文字が記載されたテープを持ち上げる。

 藤堂は規制線テープをくぐり、公園内を見ると、かなり広いと分かる。

 今頃、たか子と舞と瞬は中台公園でピクニックだ、なんで俺はこんなことに‥‥

 すぐに気持ちを切り替えられない小物なドラ父ちゃんの藤堂は項垂れていた。

 公園の周囲は高さ1・5メートルの金網フェンスで囲まれており、公園内には各所に木製のベンチが設けてある。

 公園内の北側ベンチ周辺に人だかりができていた。

 あそこに遺体があるのだろう。

 ベンチへ向かう途中は、すでに足跡採取を終えた場所にビニールシートが敷かれており、その上を通る。

 ビニールシートの上を歩いていると、顔見知りの機動捜査隊員永田警部補に声をかけられた。

 「ご苦労様です。今回、藤堂班長ですか?」

藤堂が

 「本当は違うけど、刑事部長の命令の様だ」

と答えると永田警部補は笑いながら

 「ああ、そうですか、しょうがないですね、『いろはにほへとの連続殺人事件』の一つになるようですからね、千葉にも来ちゃったですね」

と応じる。

 藤堂が

 「最近は変なDVD見てないんだけどねえ」

とのことを呟くと永田は更に

 「何も見てないんですか?」

と突っ込んできた。

 藤堂は

 「最近はアニメばっかりだな、『風の谷のナウシカ』と『一休さん』だよ」

と告げる。

 永田が

 「一休さんって、昭和のアニメの『とんち』のやつですか?」

と尋ねてきた。

 藤堂が

 「そう、それ」

と答えると永田は

 「何か、懐かしいな」

と言いながら笑った。

 しかし、この『風の谷のナウシカ』と『一休さん』が後に、事件の流れを微妙に変えることになるから分からないものである。

 もちろん、この段階で気づく者などいなかった。

 人だかりのできたベンチの前まで来ると案の定、ベンチの上に遺体が横たわっていた。

 藤堂は、ベンチの前でいつものエプロン、白手等、また下足カバー等を身に付けると、鑑識作業の邪魔にならないように注意しながら検視作業に取り掛かろうとした。

 が、ここで藤堂は気付く。

 人だかりの中に米山補佐を見つけたのだ。

 「あれ、米山補佐来てたんですか?じゃあ、米山補佐が検視やるんですか?」

と聞くが

 「俺も現場に行けって刑事部長に尻叩かれたんだよ。それと、お前がいるんならお前が検視やれ。あと、検事さんも来てるから、しっかりやれよ」

と命令される。

 前回の殺人事件現場にも来ていた中西検事も人だかりの中から現れ、藤堂に一礼する。

 人だかりの中には捜査2班の大場の顔もあったが、沈黙を守り続けているということは

 「検視はお前が言われたんだからお前がやれ」

ということだろう。

 藤堂は遺体に向かって手を合わせると検視業務に取り掛かった。

 遺体は、上衣白色シャツ、下衣スカートを着した女性遺体で20代前半に見える。

 一言で言うなら酷い有様だった。

 木製のベンチとベンチの周囲の草木に血が飛び散っている。

 仰向けの遺体の胸部には、白色シャツの上から大き目の出刃包丁が突き刺さっている状態で見るからに痛々しい。

 胸部に3箇所の刺創、腹部にも2箇所の刺創があるほか、左腕の前腕には大きな切創があり、これは防御創と認められた。

 出刃包丁が突き刺さった胸部は、強い衝撃があったのだろう。

 左側の第6肋骨と第7肋骨が骨折している。

 また、右胸部にある刺創箇所の直近にある肋骨も骨折している。

 藤堂が突き刺さった状態の出刃包丁に触れると、微動だにしない。

 肋骨にあたって、ようやく止まったという体だろう。

 背部の死斑は暗紫色を呈し、転移等の所見は認められない。

 硬直は上肢、下肢共に僅かに認められた。

 外気温は20度で直腸温は29度、計測時午前10時00分であるから、犯行時は単純計算で午前2時ころとなる。

 一通り、遺体の所見を確認すると藤堂は、我孫子警察署刑事課員から発見時の状況を尋ねる。

 刑事課の飛田警部補は

 「今日午前7時30分ころ、犬を連れて公園に来た近所の主婦が発見して、そのまま持っていた携帯電話で110番通報したという流れです。

 被害者は

   住所  千葉県我孫子市布佐100番地

   職業  主婦

   氏名  宮田 未来   23歳

です。

 発見者は

   住所  千葉県我孫子市布佐50番地

   職業  主婦

   氏名  田中 道子   50歳

になります。

 それと、これが例の紙です。遺体の右手に握らされていました。」

として藤堂に1枚の紙を差し出した。

 紙はA4の大きさに『浅き夢見じ』と黒色で記載されていた。

 すると藤堂は、米山に

 「この現場、私が仕切ります。」

と断ってから

 「現場の実況見分の見分官は誰がするんですか?」

として尋ね、我孫子警察署の鑑識係員が

 「私がします。」

と挙手したのを確認すると

 「徹底的にやります。特に血痕は全部個別で写真撮影した後、採取して下さい。滴下血痕、飛沫血痕全部です。」

として鑑識作業に注文をつけ始めた。

 様子を見ていた中西検事が

 「どういうことでしょうか?何か気になることでも……」

と尋ねてきたが、藤堂は

 「多分、これが勝負の分かれ目になります。」

とだけ答え、作業を進める。

 米山と大場も最初、驚いていたが、途中で大場は

 「ああ、なるほど……上手くいけば確かにでかいな……しかも可能性は高い」

と呟いたのだった。

 現場の実況見分が終了したのは午後4時を過ぎた頃になる。

 血痕一つ一つの場所を特定するため、メジャーを持って藤堂も手伝っていた。

 実況見分がひと段落した段階で米山が藤堂に向かって話した。

 「藤堂はもういいだろう、ご苦労さん、明日9時に我孫子警察署だぞ、寝坊すんなよ!」

とのことだ。

 米山本人はこれから報道発表で記者会見とのことらしい。


 同じ日、午前8時30分、千葉県成田市の成田日赤病院で金親京子は当直明けとなり午前中で仕事は終わるが、午前中いっぱいは外科外来の手伝いとなっていた。

 3ヶ月前は、舞シフトの要となっていたが、現在は産婦人科から外科へ戻っていた。

 そこへ40代の眼鏡をかけた男性が右手に包帯を巻いて受診に訪れた。

 どこかで見た顔だが、どこで見かけたか思い出せない。

 カルテを見ると

 住所  東京都渋谷区渋谷2-1-1 102号室

 職業  公務員

 氏名  田中 貢

     45歳

とのことだ。

 住所、氏名に職業まで知っても思い出せない。

 いくら大きな病院だと言っても、東京に住んでいる者が千葉県成田市まで診察に訪れることは滅多に無い。

 逆に成田市に住んでいる私が東京の役所へ行く用事もない。

 双子の妹も住んでいるのは埼玉県だ。

 が、ここでハッと思い至る。

 公務員と言っても色々ある。

 消防士も警察官も公務員だ。

 そう言えば、舞どんの父親も刑事で公務員だ。

 そして思い出した。

 舞どんの父親が入院していた時にお見舞いに来ていた人物だと……

 確か東京の検事さんだ。

 が、なんでわざわざ、東京の検事さんが千葉県の成田市へ受診に訪れたのかという新たな疑問が生まれたが、とりあえずはある程度思い出せたことで納得することにした。

 田中は

 「いやあ、千葉県の友達の家に来て、料理をしていたら包丁で手を切っちゃいまして……」

とのことで医師に説明した。

 巻いていた包帯をとると、格闘技で言うところの『手刀』の刃にあたる部分に創があった。

 傷の大きさは2センチメートル程で、小さいが、結構深い刺し傷だった。

 結局、3針ほど縫い、化膿止めと痛み止めを処方されることになった。

 金親は、ある程度、男の素性を思い出せたことで嬉しくなり話しかけた。

 「確か、東京の検事さんですよね。入院されていた刑事の藤堂さんのお見舞いで来ていましたよね」

と言うと田中は少し驚いた様子を見せ

 「凄いですね、覚えていたんですか?」

と言って頭を掻いた。

 田中に対する措置が終わると、婦長が金親へ

 「金親さん、あなた今日、当番明けよね、外来はもういいわ、帰りなさい。確か明日は完全オフの休みだったと思ったわ、ゆっくり休んで」

と労われてしまった。

 金親は

 「婦長、それでは正看護師金親、帰ります」

と宣言してナースステーションを後にした。

 婦長は、敢えて『正看護師』をアピールした金親に若干イラアッとしたものの、堪えて見送った。

 時間は既に午後3時30分を過ぎている。

 金親は、病院まで軽自動車タントで通っている。

 自宅は成田市玉造に所在するアパートで藤堂の住む官舎とは車で3分くらいの距離だ。

 もうすぐ帰宅というところで、小さな女の子が目に止まった。

 舞どんだ。

 以前、父親藤堂のカルテで、舞が成田市吾妻に住んでいることを知っていた金親は

   自宅近いのかな?この近辺なら、あたしん家と本当  に近いな!

と思っていると舞が隣地区にある神社の階段を上がっていくのが見えた。

 仕事を終えていたため

   舞どんと遊んでから帰ろうか

と思い、神社の階段下に車を停め、金親も階段を上る。

 この日、舞は大忙しだった。

 瞬と母と一緒に仲台公園でピクニックし、たまたま公園で友達のチホと会ったことから一緒に遊んだ。

 その後、ピクニックを終えてからもチホに

 「一緒に遊ぼう」

と誘われ、既にチホと遊ぶ約束をしていた健太とも合流して神社でかくれんぼをしていたのだ。

 舞は神社の階段脇の草むらに身を潜めていると、後ろから金親どんが現れた。

 舞は声をかけるか一瞬迷い、かくれんぼの鬼が周辺を探し回っていると思い、声をかけず、やり過ごすことにした。

 金親は舞の脇を通り過ぎて、上へ上がっていった。すると金親どんの後、神社の階段を上ってくる2人の男に気付く。

 20代半ばの眼鏡をかけた男と40代のスーツ姿の男でやはり眼鏡をかけている。

 どうも、男2人は金親どんを追っているような感じだ。

 そして金親どんが階段を登り切ったところにある広場に到着した時点で、20代半ばの眼鏡をかけた男が金親どんの後ろから抱きついた。

 40代のスーツ姿の眼鏡の男も金親どんと男の後ろから近付いてきていたが、階段頂上から10段下くらいで立ち止まる。

 金親どんが広場に倒されたところを見た舞は、驚いて持っていた笛を思いっきり吹いた。

 ピ、ピ、ピィーと響き渡る。

 舞はいつも笛を持ち歩いている。

 父親の藤堂が持っていた警笛がお気に入りで、よく使って遊んでいたが、警笛は給貸与品であるため、母親に「舞、こっち使って」と言われて警笛と形状が似た笛を買ってもらったのだ。

 そして仲間内で

   単なる集合の場合はピィー

   緊急事態で応援を呼ぶ場合はピ、ピ、ピィー

ということになっていた。

 舞の父親、藤堂は自宅の駐車場にいた。

 殺人事件現場の現場活動を終え、大場と共に官舎に戻ってきていたのだ。

 丁度、自家用車を降りたところで、笛の音を聞く。

 自家用車で駐車場に到着したのは大場と同じタイミングだったので、大場も笛の音を耳にする。

 大場が

 「藤堂、あれって、舞ちゃんの笛の音か、健太が吹く時とは違う気がする。」

と言ってきた。

 藤堂は

 「多分、舞の笛だ」

と言って笛の音がした方向へ走り出す。

 健太の父親と舞の父親藤堂も緊急事態の時の笛の吹き方を子供から教わっていた。

 神社の直近にいた健太が、いち早く到着する。

 健太が到着すると、神社前の広場で20代の眼鏡をかけた男が20代女性(金親)に抱きついており、また、広場前の階段で40代のスーツ姿の眼鏡をかけた男が立ち尽くしている状況だった。

 健太は20代の女性が抱きつかれたのを見て、舞が笛を吹いたものとは思ったが、40代のスーツ姿の男もよく分からないと思い

 「舞、どっちだ、どっちの男をやっつければいいんだ?」

と尋ねたが舞は

 「どっちも変!2人とも薙ぎ払え!」

と指示した。

 舞は最近、ドラ父ちゃんと「風の谷のナウシカ」を見ているが、舞お気に入りクシャナのセリフを言ってみたかった。

 「薙ぎ払え」はその影響だ。

 そして健太は遊ぶ時に、ハリセンを持ち歩いている。

 舞が自分で作ったハリセンを持ち歩いているのを真似ていた。

 舞の「薙ぎ払え」という指示で健太は近くにいた40代のスーツ姿の眼鏡をかけた男の顔にハリセンをお見舞いした。

 眼鏡が飛ぶ。

 男はハリセンで顔を殴られて激怒する。

 「このガキ!」

と言って反撃、包帯をしている右手ではなく左手で平手打ちし、健太を殴った。

 近くの広場では、20代の眼鏡の男と金親が揉み合っている状態だ。

 そこへ刑事の藤堂と大場が到着する。

 20代の眼鏡の男は、どんどん人が増えていく状況に焦り金親を振り切って逃げ出した。

 藤堂と大場は事情が全く分からず、子供に聞こうとしたところで40代のスーツ姿の眼鏡の男に気付く。

 藤堂が

 「あれっ?検事さんですよね?」

と言って近付くと田中検事は嫌な場所で嫌な奴に会ったとばかりに顔をしかめる。

 スーツ姿の割に履いているのは運動靴だ。

 田中検事は

 「成田の病院に行った帰りに神社に寄ったら、そのハリセンで殴られたんです。」

とだけ説明した。

 健太は平手打ちを喰らって顔が赤くなっているが歯を食いしばって泣くのは堪えている。

 大場は息子に対して

 「健太、検事さんに謝りなさい」

と言ったが言うことを聞かない。

 すると傍で見ていた舞が

 「健太君は悪くない。舞が殴れって言った」

と説明した。

 藤堂が

 「えぇえええー」

と驚くが、舞は胸を張った状態で

 「このおじさんもおかしかった。金親どんをストーカーしているみたいだった。」

と食い下がる。

 すると田中検事は

 「おじさんはストーカーなんてしてないよ。神社にお参りに来たんだ。」

と説明するが舞は納得していない様子だ。

 藤堂は、金親にも事情を聞くが

 「病院終わって帰宅途中、車を運転してたら舞ちゃんの姿が見えたんで、声をかけようとしたんです。それで下に車を停めてここまで来たんですが、さっき逃げていった男にいきなり後ろから抱き付かれたんです。後ろから検事さんが来てるのは知りませんでした。」

とのことだ。

 また、逃げて行った男に心当たりはないか聴取するに

 「多分、この間まで病院に入院していた岡田康さんだと思います。足の骨折で入院してたんですが、1週間ほど前に退院したんです。礼儀正しいいい人だと思ってたんですけど‥‥‥」

と申し立てた。

 藤堂と大場は、少し相談した後

 「金親さん、これは暴行ということで被害届を出した方がいい。また何かされるかもしれない。」

ということで現場に警察官を呼んだ。

 被疑者が判明していることから現場には刑事課員も来ている。

 神社の階段から階段上の広場まで実況見分を実施し、ひと段落したのは午後7時00分を過ぎた頃だった。

 看護士の金親京子は供述調書を作成するとのことで翌日成田警察署に呼び出しを受けていた。

 東京の検事さんなので忙しいだろうに田中検事も実況見分が終わるまで付き合ってくれたのだった。

 藤堂は舞を連れ、帰宅するとすぐさま

 「緊急家族会議を開催する」

と叫んだ。

 舞は、叱られるかもしれないと緊張した様子だ。

 たか子も

 「なになに?」

と言って寄ってきた。

 藤堂が徐に

 「今回のは、非常に重い内容だから、夕食前に実施する」

と言うと、たか子も

 「本当にどうしたの?何かあったの?」

と興味津々の様子だ。

 藤堂は

 「明日からしばらくの間、舞に携帯電話を持たせる。」

と言い出す。

 それを聞いたたか子は

 「舞は小学1年生だよ。うすうす気付いてはいたけどバカなの?」

と辛辣なコメントをこぼす。

 藤堂はそれには答えず

 「今日、米山補佐は記者会見やったか?」

と尋ねる。

 たか子が

 「ええ、テレビでやった、やったけど、それが関係してるの?」

と問うと藤堂は頷き

 「舞が被疑者に目を付けられた可能性がある」

ととんでもない豪速球を投げ込んでしまった。

 「はあああー?なんだそれ?」

とたか子が大声で質問する。

 当の本人、舞はただきょとんとするばかりである。

 藤堂は

   神社での案件

を話した後

 「お前も覚えているだろう。坂本事件の時の東京の田中検事、あいつが被疑者なんだ」

と言うと、今度は隣の部屋から

 「ええぇええええー」

との大絶叫が響いた。

 藤堂が驚くと隣の部屋から冴島が顔を出した。

 冴島は

 「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけど‥‥‥」

と言って謝ってきた。

 たか子も

 「ああ、ごめん、冴島さんもさっき来て一緒に夕食を食べることになったんだ」

とは言ったが、たか子にとってはそれは些細なことにすぎず、ドラ亭主を取り調べることにする。

 「どう言うことか、ちゃんと話しなさい。」

とテーブルを叩くと藤堂は

 「あいつが被疑者に間違いないんだけど、今日、舞の指示で大場の息子があいつの顔をハリセンで殴ったんだ」

とことの顛末を話す。

 そして

 「通常、こういう揉め事を起こして舞がさらわれでもしたら、疑われるから、普通はしないが、基本的に今回の被疑者は3人も殺している。相手は捕まれば死刑のバカだ。そんなバカが相手だから始末に負えない。あいつをパクるまでの間、舞にGPS付きの携帯電話を持たせたいんだ。」

と言うと、たか子の行動は早かった。

 「分かった。今から私は土屋のイオンに行って携帯電話買ってくる。そんで夜のうちに使い方を舞に教える。」

と言ってバッグを持つと買物に出掛けた。

 自宅官舎の玄関ドアがバンと勢いよく閉まると、藤堂は

 「あれっ?俺の夕食はどうなっちゃう感じ?」

と力なく項垂れた。

 また舞は、自分の話なのに、話してる内容がよく分からずドラ父ちゃんに尋ねる。

 「よく分からなかった。どういうこと?」

と尋ねてきたので

 「舞の言ってた通り、さっきのおじさんは超悪い奴だから、舞が仕返しに何かされないように明日から携帯電話を持ち歩くって言う話だよ。」

と答える。

 舞は意味が分かっているのか、腕組みをし始め

 「そうか、世の睨んだ通りだな!」

と暴れん坊将軍のテイストをにじませつつ呟いたのだった。

 たか子は40分ほどですぐに帰宅した。

 帰宅し、ドラ亭主を見るなり

 「そう言えば、重要なことを確認してなかった。被疑者パクるまでって言ってたけど、いつごろパクれそうなの?」

と尋ねる。

 側にいた冴島も

 「あっ、私もそれ聞きたかった!」

と言って頷く。

 藤堂が

 「運が味方して最短で4日後くらいかなあ、うちだけの話じゃなくて、神奈川、東京、埼玉の三つも合同だからなあ、仁義切らないといけないし、それと、あいつの職業が検事って言うのがネックだよなあ」

とぼやくとたか子は

 「4日後?何、眠たいこと言ってんの!せめて明後日にはパクれよ!ひょっとしてまだ令状請求できるだけの証拠がないのか?」

と核心をついた質問をする。

 これに対してドラ亭主は

 「殺人じゃ、まだ令状請求出来ないから、俺の好みじゃないんだけど、別件逮捕で時間短縮を考えてるんだ。ただ、それも運次第だしなあ‥‥」

とまたしても豪速球を投げ込む。

 また、たか子も

 「それで時間短縮できるんなら、それでやれ!産休中だけど、明日・明後日は私も捜査本部に行って手伝うよ、誰にも文句は言わせねえ」

として意気込みを見せる。

 すると冴島も

 「神奈川の方は、知り合いが捜査本部、入っているから話しとくよ、それと警視庁の方は、坂本事件の時の間島さんが担当者だよ、確か」

との情報をくれる。

 それを聞いたたか子は

 「それは不幸中の幸い!間島警部に坂本事件の時の借りを返してもらおう」

と言い出した。

 丁度その時、藤堂の携帯電話が鳴る。

 藤堂は早口で

 「はい、藤堂です。丁度、私も電話しようと思ってました。明日、捜査会議の前にちょっと話があります。」

と捲し立てた。

 電話は米山補佐からだった。

 米山は

 「おい、おい、どうしたんだ、落ち着けよ、まあ、分かった。会議前に話ね!」

と言ったものの、今度は米山補佐の方が

 「それより、やったよ、今日の現場から被疑者のDNAが検出されたって科捜研から連絡が入った。後はそれらしい奴引っ張ってきてDNAとって鑑定すれば被疑者逮捕は思ったより早いぞ、これは‥‥」

と早口で捲し立ててきた。

 藤堂は、それを聞くと「よし、運はこっちに味方した」と呟いた後

 「本当は明日言おうと思ってたんですけど、今回の被疑者分かりました。坂本事件の時に東京から来ていた検事、田中検事が被疑者です。」

と豪速球を投げ込んだ。

 米山は電話口で

 「な、なにー」

と叫び、たか子や冴島にもその声は聞こえたのだった。

 

 翌日朝、我孫子警察署の3階道場は招集を受けた捜査員でごった返している。

 我孫子警察署の3階道場にパーテーションで区切られた簡易の捜査本部が設けられた。

 我孫子警察署から地域課員20名、刑事課員7名、他課11名の38名、我孫子警察署の周辺署から24名、機動捜査隊から14名、刑事総務課から12名、捜査一課から12名の総勢100名の体制だ。捜査一課の12名は「捜査2班」6名と「捜査1班」6名、藤堂妻は本来、産休中であるため体制には入っていない。

 藤堂妻の分は1名補充されている。

 千葉県の捜査員だけでなく神奈川県と警視庁からも間島警部を筆頭に合計30名の捜査員が来ていた。

 埼玉県警からは、まだ捜査員は来ていない。

 そんな中、藤堂夫婦が現れる。

 捜査会議開始30分前である。

 藤堂は米山補佐を見つけると

 「話は10分程度で終わりますから、いいですか?」

として道場の隅の席に移動する。

 また捜査1班の梶山補佐と大場、赤川の姿もあったので呼び、更に警視庁の間島警部と間島警部の先輩という木下刑事、神奈川県警の代表者、そして会議出席予定で既に我孫子警察署に来ていた中西検事も呼んだ。

 そして藤堂が徐に話し始めた。

 「捜査会議が始まる前に、皆さんに話しておきたことがありまして‥‥」

として話し始めると中西検事が

 「今はまだ来てないですけど、東京から田中検事も来る予定なんです。東京の事件の担当検事です。来てからの方がよくないですか?」

と言い出すが、今度は藤堂妻が話し出す。

 「それじゃあ意味がないんです。始めましょう」

と言い出したため、皆、驚いた表情を見せる。

 そして、いきなり

 「と言うのも、この連続殺人事件の被疑者は田中検事だと思われます。」

と豪速球を投げ込んだ。

 米山補佐と藤堂夫婦を除いた全員が

 「ええぇえええー、なんだそりゃあ」

と大絶叫である。

 中でも、検事の中西は

 「もちろん、冗談とかじゃないですよね?」

と信じられないという表情だ。

 ここで捜査2班の大場が尋ねる。

 「一応聞くけど、根拠は?」

すると藤堂は

 「俺の娘を怒らせたからだよ!っていうか、他の人がそれを聞くならまだしも、なんでお前がそれを聞くんだ。昨日、俺とずっと一緒だったじゃねえか」

と言った後

 「昨日の現場、流石に俺も鳥肌立ったよ」

と藤堂がコメントすると大場は

 「あんな現場、ザラじゃねえか?ちょっと血が飛び散ってたくらいで‥‥‥」

と嗜める。

 すると藤堂は

 「そっちの現場かーい」

と言い出した。

 大場が

 「なんだよ、『そっちの話かーい』って」

と食い下がると

 「成田の現場のほうだよ」

と告げる。

 大場が

 「はあ?成田って、暴行事件の現場か?」

と尋ねると

 「そうだよ、あの検事、右手に包帯巻いてたじゃねえか、暴行事件の被害者の金親聞いたら、田中検事は包丁で切って病院に来たってことだ。」

と答えると、大場は

 「あっ!!!」

と叫んだ。

 更に藤堂は続ける。

 「しかも昨日の検事、ズバリな感じの靴履いてたじゃねえか、間違いねえよ」

そして今回もとどめの一言

 「じっちゃんの名にかけてあいつが犯人に間違いない!」

を言ったのだった。

 大場は

 「そうか、スーツ姿ではあったけど、履いてたのは、あれはバスケットシューズか」

と納得して頷く。

 集まった捜査員は口々に

   まじか、こりゃあマスコミ大騒ぎだぜ!

等と話し出す。

 ただ1人、中西検事だけ顔面蒼白で沈黙している。

 それはそうだろう。

 実質、捜査指揮をする検事、しかも東京の検事であれば、本来、全体の取りまとめ役だ。

 藤堂はここで、咳払いを一つしてから

 「まあ、ここまでは別にいいんです。遅かれ早かれ皆分かる話でしょうから‥‥」

と前置きしてから

 「本題はここからです。本来、私は公私混同しないタイプですが、ある事情から、田中検事と私の娘がトラブルになっているため、私としては一刻も早く奴をパクりたい、そう思っています。端的に言います。協力してください。」

と告げた。

 すると警視庁の間島警部が頷き

 「分かりました。具体的に何をすればいいですか?」

と尋ねてきた。

 また捜査2班の梶山補佐も

 「普通に令状請求出来ないのか?」

ともっともな質問をしてくる。

 藤堂が

 「正直、殺人事件の令状請求としては足りません。が、昨日の殺人事件現場から被疑者のDNAが検出されました。

検事さんの前で堂々と言うのもなんなんですが、やり方として、別件逮捕して、勾留中に奴のDNAを取って、殺人事件の令状請求をする。これが最短だと思います。」

と告げると各捜査本部の責任者等の間で沈黙が流れた。

 すると、やはり警視庁の間島警部が口を開く。

 「それで行きましょう。私は全面的に支持します。」

また神奈川県警も

 「いいんじゃないですか」と続く。

 そこで藤堂は

 「ただ一つ問題があります。言い方は悪いですが、千葉県としては検察庁とケンカしたい訳ではありません。ので、中西検事、今回の会議後、田中検事には内緒で東京の検察庁に行って事情を説明しようと思います。仲介をお願いします。」

とすると中西検事は黙って頷いた。

 ここで再び捜査2班の大場が口を挟む。

 「ところで、別件逮捕って何の事件だ?」

と質問すると、藤堂は

 「そう、そこでお前の力を借りたい」

と即答した。

 大場が

 「はっ?俺の力?」

と首を傾げると藤堂は

 「昨日、健太が田中に平手打ちを喰らってるじゃないか?それで令状請求したい。健太の被害届を出してもらいたい。」

と説明し大場は

 「ああ、なるほど!でも、裁判官によったら令状出すかどうか怪しいぞ!」

と言うが、ここで藤堂妻が

 「身辺捜査報告書の書き方によると思います。上手く書けば、出さないわけにはいかないはずです。私が身辺の報告書作ります。」

として挙手した。

 そして、最後、藤堂が

 「もちろん、それぞれの県警で色々と言いたいことはあるのでしょうが千葉県が最初に手をつけます。」

としたところで、

 「今日、埼玉は来ていないな」

と米山補佐が呟いたが間島警部が

 「埼玉の事件捜査の責任者、上田はよく知ってます。嫌とは言わせません。今日もこっちに向かってるはずですが、事故渋滞で遅れるってさっき私に電話が来ました」

とのことだ。

 そして、話がまとまったところで、我孫子警察署の3階道場に田中検事が現れたのだった。

 前代未聞、被疑者の面前で行われる捜査会議が今、始まろうとしていた。

 会議が始まる前、藤堂は赤川に声をかけた。

 不思議に思ったのだ。

 いつもなら、何やかやと藤堂をツッコミ、笑いを取っていた赤川が今日は静かだ。

 「どうした、赤川、何か心配事でもあるのか?今日はやけに静かだな」

 すると

 「そのセリフ、そのまんま、お返しします。今日はどうしましたんや、いつものキレもコクもないじゃないですか。娘さんが心配なのは分かりますけど‥‥‥おとなしすぎると思いますで」

と返してきた。

 まるで藤堂がコーヒーであるかのような言い回しだ。

 藤堂は一瞬考えたが、白状することにした。

 「実はな、今日は脅されてるんだ。産休を返上して、たか子が来てるだろう。いつものように『たわごと祭り』したらトウドウタカコグーパンチをお見舞いするからな。と言われてるんだ」

としょうもないことを告白した。

 それを聞いた赤川は

 「トウドウタカコグーパンチ?なんやその頭悪そうな技名!めっさ攻撃力なさそうやんけ」

とのコメントだ。

 すると藤堂は更に

 「しかも、今日は舞も我孫子警察署に来てるんだけど、トウドウタカコグーパンチの回数分、ドラ娘グーパンチをされることに決まったんだ。」

とこれまた、しょうもない告白をしたのだった。

 また藤堂が

 「いつも言ってる『じっちゃんの名にかけて‥』ってやつも、多分カウントされるとは思ったんだけど、あれを言わなかったら俺じゃないなと思って覚悟を決めて言ったんだよ」

と言うと、赤川は呆れたような顔をして

 「あの漫画からパクったセリフ、そんなにこだわりがあったんかい?逆にびっくりやわ」

と切り捨て、更に

 「前から思ってましたけど藤堂家は家族皆バカやろ?」

と言い捨てると笑顔になったのだった。

 また2人の周りの席に座っていた捜査員は、2人の頭悪そうな会話を聞いて笑顔になっていたのだった。

 捜査会議が始まった。

 先ず、我孫子警察署長が挨拶すると、梶山補佐と米山補佐事件の概要を説明しつつ挨拶する。

 また、その際、米山補佐から

 「事件に関係して、被疑者のDNAの採取に成功しております。」

と明言され、一時、捜査本部はざわめきに包まれた。

 また、いつもの流れであれば、ここで、藤堂に被疑者像について確認がなされるが、今回はそのまま、捜査の割り振りと指示がなされる流れになった。

 すると、なんと田中検事が口を挟んできた。

 「すいません、私が前回、千葉県の捜査本部に来た時には『天才捜査官』から被疑者氏名の名指しとかがあったんですが、今回はないんでしょうか?」

と指摘してきたのだ。先程集まっていた捜査幹部らは

   自分で言うか、それを

   凄い自信だな

   まだ、バレてないとでも思ってるんだろうな

と思わずにはいられなかった。

 藤堂は

 「まあ、今回はいいでしょう、巷では連続殺人だということで大騒ぎしてますけど、現場にDNAを残すスーパーど素人が相手ですから、その気になればあっという間に捕まりますよ」

とコメントしたのだった。

 米山補佐、梶山補佐、大場らは、気が気ではなかった。

 明らかに被疑者をあおったというかバカにした発言だ。

 これを聞いて田中検事が食いついてきた。

 「そうですか、すぐ、その気になって欲しいですね!『天才捜査官』ということなんですけど、私に言わせれば被害者の友人とか、被害者の家族とか、第一発見者とか捕まえただけ『天才』って言うのはどうかなと思います。今言った奴らは、天才じゃなくてもちょっと頭の切れる奴なら遅かれ早かれ捕まえられるでしょう。今回のような事件の被疑者を捕まえてはじめて『天才捜査官』ですよ」

と持論を展開する。

 藤堂に煽られて、黙っていられなかったのだろう。

 一旦、捜査の割り振りは中断したが、その後は滞りなく捜査会議は進行し、会議は終了した。

 捜査会議が終了すると、中西検事が田中検事に話しかけた。

 「田中検事、中西と申します。今回はよろしくお願いします。」

と頭を下げた後、

 「右手どうかされたんですか、包帯巻いてますけど」

と尋ねる。

 事情を知っている皆はギョッとしたが田中検事は

 「いやあ、休みに料理していて包丁で切っちゃったんだよ」

と答える。

 すると中西検事は

 「今日は、まだ捜査初日で、すぐ被疑者が割れるという展開はないでしょうから、今のうちに病院でも行ってきてくださいよ。右手が利き腕なら、今日は名前を書くことも難しいでしょう」

と提案すると、田中検事はしばし考え込んだ後

 「病院は昨日行ってきたんで、大丈夫ですが、昨日から予定が完全に狂っちゃってて‥‥それじゃあ、捜査に従事する皆さんには悪いんですが、今日はこれでお暇してよろしいですか?」

と話に乗ってきた。

 梶山補佐、米山補佐とも

 「こっちはこっちで頑張ります。遠慮せずに休んでください。」

と応じたのだった。

 田中検事は、持ってきたバッグを持つと、そのまま捜査本部から出て行った。

 すぐさま梶山補佐から指示が飛ぶ。

 「赤川、確認してこい」

赤川も

 「ですよねえ」

と言って、検事の後を追う。

 3分ほどして、赤川は戻ってくると

 「車に乗って警察署の敷地の外へ出たところまで確認しました」

と報告すると、梶山補佐、米山補佐の2人とも

 「流石です、中西検事!助かりました。ファインプレーです」

と大喜びだ。

 間島警部は

 「ちなみに乗って行った車は何でしたか?」

と尋ねると赤川は、不思議そうな面持ちで

 「黒色のセレナですね、ナンバーまではちょっと‥‥、うん?いや、連番は・・・1かな」

と答えると警視庁の捜査員は納得した顔になったのだった。

 赤川が戻ってきてから5分ほどして、道場の扉が開き、いかにもという風体の捜査員が4名、道場に入ってきた。

 そのうちの年配の捜査員が

 「遅れてすみません。埼玉県警の上田です。」

として頭を下げる。

 梶山補佐と米山補佐は

 「ああ、待ってましたよ。警視庁さんと神奈川県警さんとは、これからの段取りについて話し合ったところです。」

と話すと、埼玉県警の上田が訝しげな顔で尋ねた。

 「これからの段取りって、どういうことですか?千葉県さんは、これから捜査がスタートするところですよね」

 上田にしてみれば、これからようやくスタートなんだから段取りもへったくれもないだろうと言いたいのだろう。

 米山補佐はそれを察して

 「実は、被疑者の目星がついているので、パクる段取りです。」

とのことを告げると

 「ええぇえええー、もう目星ついてるんですか?何か被疑者に直結するような遺留品でも見つかったんですか?」

と捲し立ててきた。

 それはそうだろう。

 米山補佐は首を横に振ると

 「そういう遺留品とかの証拠ではないんですが、うちの『天才捜査官』が被疑者を名指ししている状況で、信ぴょう性もあるようです。」

とのことを切り出した。

 上田は少し考えた後

 「何ていう奴ですか?実は、うちでも容疑者として注目している奴がいるんです。」

と告げてきた。

 もちろん梶山補佐、米山補佐だけでなく神奈川県の捜査員、警視庁の捜査員も驚きを隠せない。

 米山補佐が

 「東京の検事の『田中貢』です。その田中検事が間違って今回のうちの事件の担当検事になってまして捜査会議もままならない状況になっています。」

と頭を掻く。

 すると上田は

 「ええぇえええー」

と大絶叫で驚き

 「そうですか、田中貢ですか、うちと同じです。うちは新任の捜査一課員『金親』の勘というだけなので、偉そうなことは言えないんですが‥‥‥」

と言うと、脇に立っていた女性刑事が

 「いやあ、班長、そんなに褒められると照れちゃいますなあ」

と頭を掻きだした。

 上田はそれを聞き

 「いや、全然、褒めてねえし…」

とコメントする。

 上田は

 「じゃあ、今まで田中の面前で捜査会議をやってたんですか?」

と質問してきた。

 米山補佐がそうだと返事すると上田は

 「じゃあ、タイミング的にはこれで良かったんですかね?」

と前置きした後

 「実は昨日から、田中に尾行をつけてるんですが、昨日は千葉県の柏の交差点で失尾してしまったんですよね、そしたら千葉県の我孫子で事件があったということになってます。」

また

 「今日は今日で、事故渋滞に巻き込まれちゃうし、運がないなあと思っていたところでした。事故した車はチバラギナンバーでした。」

 『チバラギナンバー』とは千葉県と茨城県を一緒くたにした言い方で、千葉県民が聞いたならば、いい顔はしない言い方である。

 人にもよるが千葉県民は茨城県を格下だと思っている人が多いということだ。

 だから、一緒くたにされるといい顔しないということである。

 何を隠そう上田は生粋の埼玉県民で、埼玉県を愛している。

 東京、神奈川に続く3番手は埼玉県だと自負している。

 更に言うなら、千葉県をライバル視している。

 話を聞いていた先程の女性刑事が

 「何ですか、チバラギナンバーって、どっちも千葉ナンバーでしたよ。」

と補足する。

 すると上田は

 「ああ、ごめん、でも千葉と茨城って似たようなもんだろう」

と言い出す。

 ここで、藤堂たか子が口を挟む。

 「事故があったんだー、埼玉から来たんだっけ?」

と女性刑事に話しかける。

 すると何故か話しかけられた女性刑事ではなく上田が片眉を上げて、ビクッと反応する。

 女性刑事は素直に

 「そうです」

と答えた。

 そう、藤堂たか子は生粋の千葉県民、千葉県を愛している。

 自然な風を装って

   ダサイタマ

と言い返したのだ。

 説明するまでもないが『ダサイタマ』は『ダサイ』と『埼玉』を掛け合わせた言葉で、埼玉県民が聞けばイラアっとする言葉だ。

 次いでたか子は

 「来るの遅いから、海でも見に行ったのかなあなんて思ってたんだ!」

とコメントする。

 すると、明らかに上田の表情が変わる。

 埼玉県を愛する埼玉県民にとっては『ダサイタマ』同様、『海が無い都道府県』と言う言い方も逆鱗に触れる行為なのだ。

 たか子は更に

 「いやあ、私ん家、旭市で、海の近くにあるから、分からないんだよなあ。歩いても行ける距離だから『海を見たい』という感情がよく分からなくってえ」

とコメントすると、上田は笑顔を作れないほど、たか子を凝視した。

 ここで、不穏な空気を感じた警視庁の間島が間に入る。

 「まあ、まあ、いずれにしても、千葉県さんは令状を取れるネタがあるらしいんで、それでパクって、その後、千葉、埼玉、うち、神奈川の順番でいいんじゃないかねえ」

 間島警部は大人な対応を見せるが、上田は引かない。

 「いやあ、私としたら、千葉県に遅れをとったみたいに勘違いされるのがちょっと……」

と言い出す。

 間島と警視庁捜査員、神奈川県警捜査員も

   どっちでもいいじゃねえか

とは思うが話をこじらせたくないのでコメントできない。

 藤堂たか子と上田次郎、千葉県対埼玉県の代理戦争が始まるかに見えたその瞬間、道場に舞が現れた。

 そして

 「お母さん、早く学校に行こうよ」

と瞬を抱きながら訴える。

 舞にっては瞬と一緒に過ごすのも好きだが、友達と遊ぶのも好きだ。

 すると全体の空気を読んで赤川が話をまとめに入る。

 まさかの展開に顔は引きつっている。

 まさか藤堂の妻の方が、埼玉県警と揉めるとは思っていなかった。

 「うちの班長、『じっちゃんの名にかけてあいつが犯人に間違いない』とまで言ってるんで今回は花持たせて下さい」

と頭を下げるが上田は女性刑事金親に目配せするとその金親が

 「うちも鰻牛特盛とトン汁にかけて間違いありません。」

と言い出した。

 赤川は

   えぇえええー、何や鰻牛特盛とトン汁にかけてって

   藤堂はん(ドラ亭主の方)クラスのアホの匂いがプン  プンするで

   それにしても、こっちが頭下げてんのに退かねえの  か

   よっぽど、藤堂班長の奥さんのセリフが心をえぐっ  たんやろな

また

   藤堂班長の奥さんも、東京、神奈川に次ぐ、3番手  争いなんてどうでもいいやないか

   いや、待てよ、藤堂はんは知っている人誰もが認め  るキング・オブ・小物や!

   ひょっとして奥さんのたか子はんはクイーン・オ   ブ・小物を目指してるのかもしれん

と大変失礼なことを思ったが、流石は捜査一課員、すぐに心を立て直す。

 「分かりました。埼玉さんもうちも言いたいことはいっぱいあるようやけど、お互いいがみ合う様な感じは避けたいので、私が休みの日、考案したゲーム『お笑い捜査マウント合戦』で勝った方が捜査の主導権を握るっていうのはどうでしょう」

と意味不明な提案をする。

 当然

   どういう勝負だ

   意味が分からん

となるが

   お互い代表者を出して、自分らの捜査の有効性を示  す

  あるいは

   相手捜査官をディスる

  がその内容が面白い方の勝とする

等の説明をする。

 また時間に余裕がないことから

   3ポイント先取制

とした。

 ここまで来て上田は後悔していた。

   埼玉県がバカにされて動転してしまった

   この勝負、勝つ訳にはいかない

   もし勝って、埼玉県が主導権を握っても、すぐ令状  請求してどうこうできる段階じゃない。

   被疑者が次のヤマを踏むまで尾行する?

   とても現実的じゃない。

   逆に、被疑者に尾行を気付かれて犯行をやめられて  しまう可能性まである。

   防犯的に考えれば、それもありだろうが、俺らは被  疑者をパクるために集められているんだ。

   あの女(藤堂たか子)の言うことなどスルーしてれば  良かったんだ。

   うちらが主導権を握ってモタモタするような展開に  なったら、合同捜査本部で足並みを揃えるどころか、  埼玉県警が足を引っ張る形になってしまう。

そして思い付いた。

   そうだ金親がいる。

   金親に前面へ出てもらおう。

   俺が一番、金親を買っているところは、奴が驚異的  とも言っていいほどの強運を持っているところだ。

   あいつは期待に応える奴だ。きっと負けてくれる。

   金親に任せれば、その強運で丸くおさまる可能性が  ある。

そして上田は皆に聞こえるように言った。

 「俺が出るまでもない、金親、お前行ってこい」

一方、藤堂たか子も後悔していた。

   しまったあ、私は何をやってるんだ。

   今日は、スピード勝負と決めてたのに……

   しかも『お笑い捜査マウント合戦』って何だよ

   ゲームを考案?

   ハリセンの時も思ったけど、あいつは、休みの日何  をやってるんだ

   それにしてもしくった!千葉県がディスられて気が  動転してしまった。

   痛恨のミスだ。

   主導権を取られて埼玉県警の尾行に付き合わされる  展開になったら、いつパクれることになるか見当もつ  かない。

   勝てればいいけど……

   負けたら、しょうがない、スライディング土下座で  もして主導権を譲ってもらおう。

   舞の安全には代えられない。

そして思い付いた。

   そうだ、この意味の分からないバトルに私が出るよ  りも、舞に出てもらえば、後で負けてスライディング  土下座した時に情に訴えることができるかもしれな  い。

   それに私はいつもツッコミ役でボケ役ではない。

   今回のお笑い勝負であれば、ツッコミ役よりボケ役  の方が有利だ。

 そして藤堂妻は舞に向かって言った。

 「私が出るまでもない。舞、奴らを薙ぎ払え」

若干、『風の谷のナウシカ』のクシャナのテイストを入れつつ……

 舞は、あまり意味が分からない様子だったが、舞にたか子の頼みを断ると言う選択肢は無い。

 こうして金親涼子VS藤堂舞の『お笑い捜査マウント合戦』が始まることになった。

 先ず、金親涼子が声高らかに宣言した。

 「埼玉県警捜査第一課の金親です。新米ですので捜査に関してまだまだ未熟者です。しかし、私は千葉県の天才捜査官と呼ばれている人物より優れているところが3つあります。」

 道場がどよめく。

 藤堂妻は

   いや、逆に3つしかねえのかよ

と思ったが、発言をグッと堪える。

 「その1、私の方が捜査員としてめっちゃ可愛い」

 再び、道場がどよめく。笑い声と共に……

 「捜査員に可愛いさが必要なのか?」

 「いや、20代の女の子がそれ言っちゃ反則じゃねえ  か?」

と小声で囁く声が聞こえる。 

 上田は思った。

   睨んだ通り金親の評判悪し

   いいぞ、そのまま負けてくれ

 赤川は思った。

   この卑怯すぎる発言、逆に面白い

 藤堂たか子は思った

   このずるい発言、情に訴える作戦をやりやすくな   る、意外といい展開だ。

 藤堂舞は思った

   瞬だったら、可愛いさ無敵なのに……

   父ちゃんじゃ反論できない。

 そのまま金親は続ける。

 「その2、藤堂捜査官より私の方が頭がいい」

 再び道場がどよめく。

  「天才捜査官より頭がいい?ある意味真っ向勝負では  あるけどどうなの?」

  「すげえ豪速球投げてきたな!これは流石に反論する  だろう。」

と小声で囁く声が聞こえる。

 上田は思うより前に既に吹き出していた。

   ある意味恐ろしいな、あいつ自分がどんだけバカか  分かってないんだな。

   睨んだ通り金親の発言は評判悪し、だけど、笑いは  取れちゃったのか

   まさか勝ったりしないよな

 赤川は思った

   まさか、ど真ん中に豪速球投げるとは思わなかった  な

   意外すぎて皆笑ってるし…

 藤堂たか子は思った

   侮れんなあ、バレてたか

   千葉県の捜査員にならバレてても不思議じゃないけ  ど、他県の捜査員にもバレてるとはなあ

   やっぱり勝負は負けそうだな

 藤堂舞は思った

   確かに父ちゃん、冴島さんに、将棋20連敗してる  しなあ

   反論できない

これで、千葉県は埼玉県に2ポイント先取された。

 この意味不明なバトルも大詰めを迎えていた。

 そして金親涼子は、声高々にトドメをさそうとする。

 金親が

 「その3」

と言ったところで、舞が大きな声で返す。

 「せっぱ(説破)」

意表を突かれた金親は

 「なにいぃー」

と驚きの絶叫である。

 舞には『その3』が『そもさん』に聞こえたのだ。

 舞はドラ父ちゃんと『一休さん』のアニメDVDを見ていたため禅問答の『そもさん』『せっぱ』のやりとりをこの場でやってしまったのだ。

 捜査員の中には、昭和生まれの者が多く、また、昭和生まれではない者でも『一休さん』のアニメを知っている者は多かった。

 まさかの展開となったが『一休さん』を知ってる者は皆、吹き出して笑っている。

 金親はすぐさま体勢を立て直し切り返した。

 「我を愚弄するか、娘」

すると舞は

 「娘だと…?世の顔を見忘れたか?」

と返したのだった。

 昭和の時代、新日本プロレスという団体に長州力というプロレスラーがいた。

 長州力は「サソリ固め」という得意技を持っていて、対戦相手が逆にそのサソリ固めという技を使う場面があった。その時、実況の古舘伊知郎は「掟破りの逆サソリだあー」等と絶叫していたが、今回の場合、「掟破りの逆『暴れん坊将軍』だー」ということになる。

 金親涼子は得意技を奪われてしまっていた。

 「よ、世だと……?上様、ははあ」

 金親涼子が頭を下げたところで、赤川が割って入る。

 「この勝負、両者2ポイント同士で引き分けとする。これは、どちらも勝者と言いたい。敗者無しとします。」

金親涼子も舞も時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』が大好きだった。

 こうして意味不明なバトルは終わりを告げた。

 同僚が被疑者と分かり、浮かない顔をしていた中西検事も最後笑顔になっていたのだった。

 しかし引き分けだとすると、結局どちらが主導権を握るのかという話になる。

 赤川は

   もうジャンケンでいいやろ

と思っていた矢先、上田と藤堂妻が共に席から立ち上がった。

 藤堂妻がスライディング土下座のため、一旦走り出そうとしたその時上田は言った。

 「いや、すみません!今回の勝負、明らかにうちの負けでしょう!!!」

と負けを認めてきたのだ。

 藤堂妻も

   えぇえええー

   スライディング土下座のため、走り出そうとしたこ  のポーズどうしてくれるの?

とは思ったが、敢えて、言葉にするのは控えた。

 そして

 「じゃあ、こうしましょう。うちが、令状請求しますので、埼玉県警で逮捕という形をとりましょう。そうすれば、埼玉県警が遅れをとったということにはならないんじゃないかしら」

と提案する。

 上田も、この思ってもみなかった提案に逆に恐縮してしまう。

 「そうして頂けると、助かります。ありがとうございます。」

 こうして埼玉県と千葉県の主導権争いは幕を閉じたのだった。

 

 ふと見ると、埼玉県警の捜査員『金親涼子』と握手をして話をしている。

 「舞ちゃん、お父さんより頭がいいなんて言ってごめんね!」

と言うと舞は首を傾げて

 「やっぱり、金親どんじゃない?」

と言い出した。

 「えっ?私は金親だよ!」

と答えるが

 「やっぱり、金親どんじゃない!金親どんなら名前言う前に『正看護師』ってつける」

と断言されてしまう。

 事情を察した藤堂妻が間に入る。

 そして、舞に向け

 「舞、この人は『金親どん』の双子の妹の金親涼子さんだよ、双子だから、よく似てるんだよ!」

すると舞より先に金親涼子の方が反応した。

 「えっ?姉のこと、ご存知なんですか?」

藤堂妻は

 「ええ、成田日赤病院で一番仲がいい看護婦さんです。」

 そして抱き抱えていた瞬を示し

 「この子の出産の時お世話になりました」

また

 「うちのドラ亭主が拳銃で撃たれた時にもお世話になったんです。」

更に

 「今回の事件、うちのドラ亭主によれば、舞だけでなく金親さんのお姉さんが被疑者に狙われる可能性もあるから、私も焦ってたんです。」

と説明すると金親涼子の顔色が変わり

「どういうことですか?」

と食いついてきた。

 そのため

   昨日、田中検事とトラブルになったこと

   ドラ亭主の推理によれば

      田中検事は、何らかの理由(おそらく手の怪     我の関係)で金親京子を尾行していた。

      履いていた靴がバスケットシューズだったの

     で隙があれば襲っていた可能性があること

等を告げた。

 すると金親涼子は、凄い剣幕で

 「班長!すぐさま、千葉県に主導権譲ってください!この私が頭下げます。」

と捲し立てた。

 上田は

 「たった今、お前の目の前で千葉が主導権握ることに決まったじゃねえか!しかも『この私が頭下げます。』って鰻牛特盛のためなら、簡単に頭下げるんだから、お前の頭に価値ねえだろ!いや、1790円の価値しかねえよ!」

と苦言を呈す。

 金親は藤堂妻に向い

 「事情を知らなかったとはいえ、ごめんなさい。世に免じて、上田を許してやってください」

と頭を下げてきた。

 上司を呼び捨てで、しかも上から目線の発言だ。

 金親の発言で上田は明らかにイラアっとしているが、藤堂妻は

 「許すどころか、上田さんの方から主導権譲るって言ってくれたし感謝しています。いい上司だと思いますよ。」

とフォローした。

 

 ひと段落して、藤堂妻が舞と小学校へ向かおうとした矢先、大場が藤堂妻に声をかける。

 「藤堂さん、小学校へ行くんでしょ、一緒に行きましょう。健太を一旦、病院で診てもらってから被害届を取ります。暴行よりも傷害の方が令状出易いと思いますので」

との提案だ。

 藤堂妻はすぐさま頷いた。

 「そうしていただけると助かります。」

 こうして大場、舞、藤堂妻の3人で成田市の吾妻小学校へ向かうことになった。

 一方、藤堂夫は中西検事に対し

 「検察庁に事情を説明する場合、千葉の検察庁に行けばいいんでしょうか、それとも東京の方に行けばいいんですかね?」

と尋ねる。

 すると中西検事は

 「すいません、ちょっと待って下さい。確認してみます。」

として携帯電話から、電話をしだした。

 そして5分ほどした後

 「最初、東京にいる志村検事に相談してみましょう。どちらにしても、その方がスムーズにいくと思います。」

とのことで、東京の検察庁へ向かうことになったのだった。


 東京高等検察庁に到着すると、すぐ志村検事の席に通された。

 志村検事は、明るい感じで

 「お久しぶりです、藤堂刑事!中西検事もお久しぶりです。」

と挨拶すると、紅茶をテーブルに出しつつ、

 「何か今日は私に相談事があるってことでしたけど、昨日千葉県の我孫子市で例の連続殺人事件の一つと思われる事件が発生しているから、その関係かしら?」

と話を促してきた。

 流石に話が早い。

 志村検事が自分で入れた紅茶を口に含むと藤堂が話を切り出した。

 「実は、その通りで、事件の関係です。被疑者は分かったんですが、それが志村検事もご存じの田中検事なんです。」

と言うとブフォーと紅茶を吹き出し

 「えぇえええー!!!」

と大絶叫である。

 昭和の時代、『ザ・グレート・カブキ』というプロレスラーがいたが、そのレスラーの得意技、『毒霧殺法』を彷彿とさせる吹き出しだった。

 志村検事の正面に座っていた藤堂に紅茶が吹きかけられる形になり

 「ご、ごめ、…ん…なさい」

と志村検事は謝罪しだした。

 また藤堂がいつもの様に

 「じっちゃんの名にかけてあいつが犯人に間違いありません」

と言うと、志村検事は顔面蒼白になった。

 志村検事は

 「今日は、奥さんは一緒にいらしてないんですか?」

等と言ってきた。

 おそらく被疑者であると言う根拠を聞きたいのだろう。

 すると中西検事も察したのか

 「私は細かくは分かりませんが、昨日一緒に捜査した大場さんという刑事も納得している様子です」

と伝えると

 「そうですか、あの大場さんも…」

とこぼすと、自席に戻って、どこかへ電話しだした。

 「志村です。検事総長は今、自席にいますでしょうか?」

と確認すると、電話を本人に代わったらしく

 「志村です。緊急事態です。すぐにでも時間を作ってもらえますか、相談したいことがあります」

とすると

 「ええ、はい、分かりました」

との応対の後、テーブルへ戻ってきた。

 「検事総長が来ます。藤堂刑事の主義に反するのかもしれないですが、田中が被疑者だという根拠を分かりやすく説明してもらっていいですか」

と頼んできた。

 藤堂は頷く。

 すると1分もしないうちに志村検事の部屋がノックされた。

 志村検事がドアを開けると50代の恰幅の良い男性が部屋に入り

 「大原巌です」

と挨拶した。

 志村検事は

 「検事総長です」

と説明し、大原はテーブル脇のソファーに腰かけたが中西検事は恐縮して脇に立ったままだ。

すると大原総長は

 「そちらも座ってください。話が始まりません」

として着席を促す。

 中西検事がソファーに座り、話が始まった。

 先ず、中西検事が

 「すみません、総長!端的に申し上げます。例の『いろはにほへと』の連続殺人事件の被疑者が判明しました。」

と告げると

 「おお、そうなのかい!やったじゃないか!あっ、そうか君は新聞に出てた天才捜査官だね?志村君からも話聞いてるよ」

と大喜び藤堂を向いたが、次いで中西検事が話を続け

 「ですが、被疑者は東京の田中貢検事さんだったんです。」

と告げると

 「な、なにいー!!!」

との大絶叫である。

 「間違いないのか?どういった根拠で田中を被疑者だと?」

と問うと、藤堂は話し始めた。

 「千葉県我孫子市の現場は公園のあちこちに血が飛び散っている現場でした。今日、私の上司が再び記者会見をする予定ですが、その血の中に被疑者のものと思われる血が混じっていました。つまり、被疑者の血液が採取できています。更に言うと被疑者のDNAが手に入っている状態です。遺体には出刃包丁が刺さっている状態でしたので、おそらく刺した反動で自らの手を包丁の柄に近い部分の刃で

切ったものと思われます。出刃包丁を使った事件では、必ずではありませんが、そう言ったケースが起こりえます。現在までの状況でDNAが一致したという訳ではありませんが、昨日の段階で田中検事が右手に怪我をしている状況です。本人の言によると料理をしていて包丁で手を切ったそうです。それと殺人事件とは別に千葉県成田市で暴行事件がありました。その現場にいたのが田中検事なのですが、右手に包帯を巻いてるのはもちろんなんですが、履いていたのが殺人事件現場に残っていた下足痕と同じ運動靴、バスケットシューズでした。下足痕も完全一致とはなっていません。が、疑うのには充分な状況です。更に言うと、検事を疑っているのは千葉県警だけでなく、埼玉県警もです。一昨日から尾行がついている様ですが、一昨日は千葉県の柏市内で田中検事を見失ってしまった様です。柏市は我孫子市の隣の市で現場から車で10分程度の距離と思われます。つまり、今現在、絶対に被疑者ですとは言い切れないとは思いますが私どもに言わせると、黒に限りなく近い灰色の状態です。」

 藤堂がここまで説明すると大原は

   うーん

と唸った。

 また藤堂が

 「私の心証からすると間違いなく被疑者は田中検事です。それと今少し話した暴行事件なんですが、仕事を終え、帰宅途中の看護婦が後ろから抱き着かれたというもので、これは別の者が被疑者なんですが田中検事が現場に現れたのが解せません。田中検事の右手を治療した病院の看護婦です。しかも私とも知り合いの看護婦でした。おそらくですが、田中検事は口封じをしようとした可能性が高いと思います。犯行時に履くバスケットシューズを履いていたことから隙があったら殺そうと思っていたのだと思います。」

大原検事総長は

  「分かった」

と言いながら俯いた。

 そして

  「状況は分かったが、今日、あなたがここに来たのは?」

と尋ねてきた。

 藤堂は

 「今日、私どもがここへ来たのは警察としては検察庁とケンカをしたい訳ではないのです。しかし、殺人事件を放っておくこともできません。一刻も早く逮捕したいという話ですが、殺人事件としてはまだ令状請求はできません。そこで近日中別件で逮捕します。そして勾留中にDNAを取って、一致した段階で、令状請求の上、殺人事件で逮捕する方針です。それを伝えに来ました。」

と答え、大原は腕組みをして考えていたが

 「なるほど、分かりました。うちはもちろん、捜査に協力します。それと田中検事とは別に検察官を派遣します。志村君、行ってくれるか?」

として田中検事の後任を志村検事に要請した。

 志村検事が「はい」と言って頷く。

 大原検事総長は、がっくりと肩を落とし

 「とんでもないことになりましたな。仮にも検察官が……」

と項垂れたが

 「ところで、話は変わりますが、正直なところ、田中検事はあと10年もすれば検事総長になるのではと目されていた程の人物です。ある意味、惜しい人材と言える程の検察官でした。藤堂さんは検察官に興味はないですか?もちろん司法試験は受けてもらわないといけないが、検察官をやってみる気はないかい?」

ととんでもない話を振ってきた。

 藤堂は軽く笑って

 「私が刑事以外で目指してみたいのはMー1グランプリの王者だけです。」

と真顔で答えたのだった。

 検事総長はそれを聞いて笑っていたが、暫くすると志村検事の部屋を出て行ったのだった。

 検事総長が退出すると志村検事は

 「藤堂班長!まともに根拠の説明できるじゃないですか!どういうことですか?」

と苦情を申し立ててきた。

 藤堂は

 「いや、今日は、少しでも『たわごと祭り』したら、妻にトウドウタカコグーパンチをお見舞いするって脅されているんです。いないとことでやっても裏取るからなって……、ついでに娘の舞にもトウドウタカコグーパンチの回数分ドラ娘グーパンチをお見舞いするって言われているんです。」

とのしょうもない話をすると、志村検事は笑い出したが

 「じゃあ、もし、脅しがなかったら、検事総長になんて言ったんですか?」

と質問してきた。

 藤堂は真顔で

 「娘の舞を怒らせたからあいつが犯人に間違いないって言ったと思います。」

と答え、志村検事は

 「検事総長の立場でそれを聞いたらイラアってするでしょうね」

と笑ったのだった。

 そして中西検事の方を向き

 「もし、藤堂さんの奥さんに会ったら『助かりました』って伝えてください」

と告げたのだった。


 時間は午後4時を回っていた。

 藤堂妻は千葉地方裁判所に駆け込むと関係書類を事務官に手渡した。

 令状請求である。

 この日、藤堂たか子が、健太からの被害届と供述調書、金親京子からの参考人調書、被疑者の身辺捜査報告書を作成し、大場は健太を病院に連れて行って診断書を入手し、関係書類を作成、また、成田警察署の刑事課強行犯係も手伝ってくれて午後3時には令状請求の書類はまとまった。

 すぐ令状請求するか、翌朝に書類を持ち込むかで意見が分かれたが、たか子が強引に押し切って千葉地裁に持ち込んだのだ。

 成田警察署管内の事件であれば佐倉簡易裁判所への持ち込みもあり得たが、時間的に持ち込みできないとの判断で千葉地方裁判所への持ち込みになった。

 関係記録を持ち込んで1時間程すると、藤堂妻の携帯電話に着信がある。

 「千葉地裁です。令状が出た訳ではありませんが、判事が話を聞きたいところがあるそうです。」

とのことだ。

 藤堂妻として

   まあ、そうなるだろう

とは読んでいた。

 令状請求窓口へ来ると既に判事らしい50代後半のスーツ姿の男性がソファーに座っていた。

 案の定男は

 「判事の鈴木銀次です。記録は読ませてもらったんですが、確認したい」

として挨拶すると話し出し

 「これは別件逮捕じゃないですか?」

とズバリ核心を突いてきた。

 藤堂妻は

 「別件逮捕ととられてもしょうがないとは思っています。」

として、別件逮捕を認めた上で状況を説明しようとしたところ判事の方から

 「なるほど、本件はなんだね」

と尋ねてきた。

 やはりベテラン判事になると記録を見ただけで別件逮捕であることは分かってしまうのだなと納得してしまう。

 また、この判事にごまかしは通用しないだろうと考え本当の話をすることにした。

 「本件は、今、マスコミで大騒ぎしている『いろはにほへと』の連続殺人事件です。」

と告げると判事は

 「な、なにぃー!!」

とこちらが驚くほどの大絶叫をした。

 そして

 「ああ、なるほど、だから本部の捜査一課が報告書を作っているのか。しかし、それじゃあ余計に、このやり方はどうなんだろうね?」

と言い出した。

 藤堂妻は

   これは叱られるパターンか

とは思ったが

   舞の安全がかかっている。そう簡単には引かない。

と決意し

 「もちろん、別件逮捕がいいやり方ではないのは百も承知です。田中貢が被疑者である心証は持っていますが、現在まで殺人事件で令状請求できるだけの材料がありません。が、令状請求できるだけの証拠が揃うまで指をくわえて見ているってこともできません。かかっているのは『人命』です。警察官として精一杯のことはしたいと思っているのです。別件逮捕が人権をないがしろにする行為であるという意見も分かります。が殺された被害者にとっては「人権」どころか命がなくなっているのです。それに、この別件で逮捕状が出れば、本当に連続殺人事件の被疑者かどうかすぐに分かります。今日、私の上司が記者会見を開いていて、そこで告げたと思いますが、被疑者のDNAが取れています。DNAの異同識別ではっきりします。」

と捲し立てた。

 判事は

   うーん

と一度、唸ると

 「それじゃあ、別件逮捕して、取り調べで落とそうというのではなく、DNAの鑑定結果を待つということなのかい?」

と質問してきた。

 藤堂妻は

 「そうです。被疑者は検察官です。自供したら死刑だと思っていると思います。取り調べで落ちるとは思えません。今、警察では逮捕被疑者の指紋だけでなくDNAも取ります。それでDNAが取れればはっきりします。警察の持ち時間48時間と検察庁の24時間の合計72時間での鑑定ではっきりします。」

としたところで、判事が

 「今、捜査用罫紙は持ってるかい?」

と突然言い出した。

 藤堂妻は首を傾げたが

 「手元に少しあります」

と言うと判事は

 「あらかじめ、身体検査令状も取りなさい。当然被疑者は拒否するだろう。必要性の報告書の書き方は、私がこれから言う通りの内容で作りなさい。」

と言ってきたのだ。

 藤堂妻は大きく

 「はい!!」

と返事して、判事の指示に従ったのだった。

 それから40分ほどして無事、逮捕状、身体検査令状を取得できたのだった。


 事件翌日9月30日午後3時に千葉県警察本部において記者会見が行われた。

 『いろはにほへと』の連続殺人事件の一つと思料される事件のため、記者会見場は騒然としている。

 当然、マスコミは皆

   警察は何をしてるんだ

   4人も殺されて、まだ捕まえられないのか

と思っている。

 警察本部側からは米山補佐と捜査2班の梶山補佐が会見席に座っている。

 梶山補佐から

   本日(9月30日)、我孫子警察署に100人体制の  捜査本部が設置されたこと

が告げられた後

   前日(9月29日)の現場鑑識活動によって、被疑者  DNAが検出されたこと

が発表されるとマスコミの間から

 「おおー、そりゃあ凄い、流石、天才捜査官のお膝元だ」

との声が上がる。

 すると米山補佐が

 「今回の現場活動は天才捜査官の指揮で行われました。」

として天才捜査官を敢えて持ち上げる。

 すると

   オオー

との歓声が上がる。

 千葉県警は敢えて『天才捜査官』を持ち上げる方針のようだ。

 その後は、すぐ記者側の質問タイムとなった。

 ベテラン記者、朝日の緑川がまず手を挙げ質問する。

 「朝日の緑川です。情報提供者から聞いたんですが、『天才捜査官』の奥さんが千葉地裁にいたとのことですが、実は被疑者判明していて令状請求までやっているってことはないですよね?」

と豪速球が投げられた。

 米山もドキッとしたが

 「天才捜査官の妻は今日は別件の捜査にあたっています。令状請求はその別件でしょう。殺人事件被疑者の令状請求はまだです。」

と答えた。

 すると緑川は続けて

 「天才捜査官は、今回の被疑者について、どのように言ってるんですか?」

と尋ねる。

 米山補佐は

 「現場にDNA残すようなど素人は、すぐパクれるだろうとは言ってます。」

と言うと会見場は騒めく。

   流石、言うことがかっこいいねえ

と感心しきりだ。

 そんな中、会見場にいた読日ペアに視線が集まる。

 読日は『天才捜査官』の生みの親と言ってもいい新聞社だ。

 意を決して冴島が挙手する。

 米山は

 「それじゃあ、読日の冴島さん」

と冴島を指差した。

 冴島は

 「読日の冴島です。捜査は順調に進んでいますか?」

と質問する。

 他社の面々は

   なんだ、そのどうでもいいような質問は

とがっかりするが、米山は

 「ああ、順調に進んでいるよ」

と丁寧に回答する。

 すると冴島は続いて

 「先程、ちょっと言ってました奥さんの令状請求の方はうまくいったんですか?」

と尋ねると一瞬、米山補佐が固まる。

 「ああ、そう聞いてるよ」

とは答えたが、明らかに顔色が変わった。

他社の記者も気付き

   なんだ、なんだ、何かあるのか

と小声で話し出したが冴島の質問はそれで終わり、程なくして記者会見は終了した。

 記者会見が終わった後、米山補佐は冴島の元へ来た。

 そして

 「冴島、お前、ひょっとして何か掴んでるのか?」

と小声で尋ねる。

 他社の記者は周りにいないが朝霧は驚く。

 冴島は頷いて

 「最初の『いろはにほへと』が分からないくらいで、ほかの必要なことは、ほぼ全部分かってます。」

と正直に答えた。

 隣にいた朝霧は

   えぇええええー!!!

と驚いたが、何とか絶叫になるのは堪えた。

 米山が

 「今日は特に何も書いてなかったけど、昨日の段階で、ほぼ全部知ってたのか?」

と続けると冴島は

 「ええ、知ってました」

と平気な顔で答える。

 米山が

 「スクープにしなかったのは何でだ?」

と単刀直入に質問すると冴島は真顔で

 「スクープにするのは舞ちゃんの安全が確保されてからです。会社を裏切る行為だったとしてもそこは譲れません。」

と答えたのだった。

 米山が

 「なるほど、分かった。お前には感謝する。お礼に舞ちゃんの安全が確保された段階でお前に電話する。でも何も話はしない。それでいいか?」

と尋ねると冴島は

 「そうしていただけると助かります。」

と答えたが、次いで冴島は

 「明日ですか?」

とだけ質問する。

 米山は黙って頷いたのだった。

 朝霧は、冴島と会社に戻る途中、社用車の中、耐え切れなくなって質問する。

 「さっきの米山補佐との会話は何だったの?」

冴島は少し考えた後答えた。

 「実は、とてつもないスクープネタを持ってるんだけど、書いていい段階になったら米山補佐が私の携帯電話に電話をくれるって話だよ、ワン切りだけど‥‥‥、多分明日になるっぽい!」

とすると、朝霧は続けて

 「今回の事件の関係?」

と聞いてきた。

 そして冴島が

 「そう、そう、会社に戻ったら被疑者の名前も教えるよ!」

と言うと

   えぇえええええー!!!

と大絶叫である。

 冴島が

 「もちろん、天才捜査官から聞いたんだけどね」

と言うと朝霧は更に

 「それと、舞ちゃんって天才捜査官の娘さんですよね、安全が確保されてからってどういうことですか?」

と尋ねる。

 それには

 「そこは詳しくは分からないけど、どうも被疑者本人とトラブルがあったらしい」

とだけ告げる。

 尚も朝霧は

 「天才捜査官の奥さんが令状請求したって話、あれは?、どういう‥‥‥?」

と首絵傾げる。

 冴島が

 「殺人事件の令状請求はまだできないから別件で令状請求したのよ」

と話すと再び

   えぇええええええー!!!

の大絶叫である。


 都内読日デスクに戻ると朝霧は冴島に尋ねた。

 「とりあえず、今日は大丈夫なんですよね?」

 冴島は

 「大丈夫よ!明日はどうなるか見当もつかないから、今日はもう、すぐ帰って休んだほうがいいよ!」

とアドバイスした。

 また朝霧が

 「じゃあ、最後、被疑者の名前は?」

と尋ねるので

 「田中貢、東京の検察官よ!」

とサラッと言うと

   えええぇええええー!!!

との大絶叫が読日デスクに響き渡った。

 この大絶叫のため、朝霧は帰れなくなるが自業自得だろう。

 朝霧の周囲は、当然、朝霧を注視する。

 朝霧は帰宅を諦めることにする。

 それほどのネタだ。

 そして深山キャップに向い超特大の声で

 「キャップ!超特大のネタを冴島さんが持ってます。書くのは明日になるみたいですが、場合によっちゃあ号外もありかもです。」

と報告した。

 深山キャップは

 「冴島!またお前か!凄えな、今度は何だ!触りだけでも教えろよ!」

とのことだったため冴島は正直に話す。

 冴島が

 「例の『いろはにほへと』の連続殺人事件の被疑者が検察官なんですが、明日、別件で逮捕されます。」

と言うと、キャップどころではない、部屋全体に

   な、なにいー!!!マジかよ!!!

との驚きの声が響き渡る。

 読日のデスクは特大の嵐に見舞われた。

 次いで冴島は

 「名前は田中貢、言った通り東京の検察官です。」

と付け加えた。

 すると深山キャップは興奮した様子で

 「今の聞いた奴、明日まで、このビルから一歩も出るな!緊急事態だ!外出禁止だ!その代わり、俺が全員分の飯を奢る。佐藤、出前取れ!」

そして例によって、深山キャップは部屋を出て、系列のテレビ局スタッフとプロデューサーにネタを提供する。

 すぐさま、翌日に『報道特別番組』が組まれることになった。


 翌日10月1日、午前8時20分、捜査本部員は皆、緊張で沈黙している。

 もうすぐ、ネギをしょって被疑者が現れる。

 埼玉県警捜査員の金親は逮捕状を手にして心なしか震えている。

 上田がそれを見て言った。

 「金親、お前でも緊張することがあるんだな」

すると

 「班長、緊張を止めるには、鰻牛特盛しかないです。」

と返してきた。

 「お前は鰻牛特盛ばっかりだな!」

と指摘すると

 「バカにしないでください。ワサビ山かけ牛丼も好きです!」

等と頭の悪い応酬をしている。

 そこへ道場の扉が開き、被疑者田中貢が入ってきた。

 田中が自席へ座ると、徐に金親が田中の前に出る。

 田中が

 「何だ、何か俺に用か?」

と尋ねると金親は声高々に言い放った。

 「田中貢だな!お前を傷害事件の被疑者として逮捕する!」

そして

 「お前のやったことは全てマルッとお見通しだ!!」

と付け加えたのだった。

 昨日、金親涼子は姉の京子の家に泊まり、一緒に劇場版『トリック』とテレビドラマ版の『トリック』DVDを見ていて、決めゼリフがカッコいいと思っていたのだ。

 田中は唖然としていたが、金親が被疑事実の要旨を読み上げ終えると

 「なんだと、傷害?」

と呟き逮捕状を確認した。

 そして、すぐ藤堂と大場を見つめ

 「なるほど、天才捜査官殿、お見事だ」

として逮捕に応じたのだった。

 そして逮捕後、身柄は藤堂に引致され、藤堂が弁解録取書を作成した。

 当初、大場が取調官の予定だったが、

   被害者(大場健太)の身内が取調官じゃまずいだろうという指摘があったため藤堂に変更された。

 弁解録取を終えると、今度は

 「次、指紋の採取とDNAの採取をします」

と告げると、一言

 「断る」

等と言ってきたが、身体検査令状を見せると諦めた様子で

 「そうか、別件逮捕でDNAを取ってから殺人の令状請求か?」

と殺人事件の関与を仄めかしつつ、今後の展開についても見通したのだった。

 ちなみに藤堂夫は、金親の決めゼリフを教えてもらうためノート持参で金親に駆け寄ったのだった。

 相変わらずの小物ぶりである。


 午前8時45分、米山から冴島にワン切りの電話がなされた。

 冴島は大きな声で深山キャップへ

 「被疑者逮捕です。」

と告げると記事の取りまとめにかかる。

 それから15分後、今度は

 「東京の検事逮捕で報道発表がなされました。が、連続殺人事件には全く触れていません!」

との内容であったことから深山キャップが吠える。

 「よし!明日の1面だ!!!」

 そして例によって、系列のテレビ局スタッフとプロデューサーにも連絡し、報道特別番組が放映されることになった。

 翌日の読日スポーツ誌の売れ行きは言わずもがなである。






   

   




 









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