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アラサー(366歳)処女の婚活その3 高度な政治的判断

「耳が…」

 キーンとする。ザハブも顔を顰めている。

 女の吠え声だった。ややエルフ訛りのある人間語だ。風魔法により空気の振動を増幅したのだろう。大地が震える程の大音声がフォボス街中に響き渡ったからな。


「…旦那様?」

(主従関係でも旦那様と呼ぶが…まさか夫婦か?)

 私が少し違う所に引っかかっていると、続々とフォボス街の者達が集まって来る。


 自警団レベルだが、有事の際に率先して危険な場所に飛び込む青年団の様なものだ。素人に毛の生えた程度だが、間違い無くこの街の精鋭達だ。


 彼等は生存者を助け起こし、安全な場所まで運んで行く。回復魔法を行える者も同行しており、危険な状態の者にすぐに魔法をかけている。


(教会…)

 教会の中枢には亜人種を毛嫌いする原理主義者達も居るが、こう言う時は危険を顧みずに力を奮ってくれる。

 

 顔見知りの冒険者達も混じっているな。クエスト依頼が無くとも、街の為に尽力してくれるのは有り難い。五賢人の管理する予算…いや、私のポケットマネーででも手当を出してやらねば。


「木魔法?やはり先程の声の主はエルフか」

 遠くに見える戦闘区域に突如として、超スピードで大木が生み出されているのが見えた。根本に赤黒い土の塊も見える。なんだアレは?


 疑念を抱く間に、視界内にもう一本大木が生える。

「もう二本目も…相当な精霊魔法の使い手だぞ」

 ケイオス地方のこの痩せた土地で、あんなに青々と葉が生い茂った大木を瞬時に生み出す精霊魔法。間違い無く格上だ。私では太刀打ち出来まい。


「なんだあのバケモノは」

 ザハブも歯軋りしている。

 先程の炎の剣を振り回していた者と戦っていたのは間違い無くあの精霊魔法の使い手だろう。どちらもバケモノだ。我々では到底敵うまい。


 その時だった。

『病院、教会、診療所に収容出来る限界を超えました。ハンドラー商会が協力を申し出てくれています。負傷者はハンドラー商会の店舗に運んでください』

 ヴェルスタンディッヒから魔力通信が入った。


 特定の魔力の周波数を合わせる事で通信が出来る魔道具だろう。ただ発信のみの一方通行であり、周波数を合わせれば誰でも傍受可能なのであまり重要な話題は乗せられない。


(ハンドラー商会…メルカトルか)

 ハンドラー商会のメルカトル。ロックドラゴンを仕入れた行商人だ。そしてロックドラゴンを仕留めたのは冒険者ベアナックル。確か四肢の無いエルフを連れて―――


「エルフ?」

 まさか、な。

 フォボス街で暴れてる陣営の一つは勇者ランスロットで間違いあるまい。

 しかし、勇者相手に戦える者等そうそう居ないのだ。居るとすれば、それこそドラゴンを単騎で仕留められるくらいの実力者―――


…バゴッ…


「むっ!?」

 乾いた音を立てて、一本目の大木が爆砕する。

 戦況に動きがあったらしい。再び粉塵が舞い視界が悪くなる。魔力感知により状況を把握しようにも、戦闘の中心に居る連中の魔力が強過ぎて上手く感知出来ん。


…ドゴッ…


「!?」

 爆炎が上がる。

(エルフ種は基本的に単一属性の精霊魔法しか操れない…はずだが―――)

「なんだあの魔力量は?」


…ボガァァァァァァン…


 爆発音と共に粉塵が舞い上がる。

「おい、ザハブ」

「なんだ?」

「刺激するなよ?」

「解って、いる…」

 我等の街を滅茶苦茶にしたのだ。心情的には犯人達には報いを受けさせたい。だが………


「交渉だ。やるべきは戦闘ではない。報復しようとするな。なるべく穏便に出て行って貰う」

「解っているっ!」


 今の炎の主だろう。凄まじい魔力が立ち昇っている。あんなのに暴れられたら、比喩でなくフォボス街が地上から消え去る。


「……………静かだな?」

 魔力感知に長けている者程戦況が解らないだろう。例えるなら山だ。混沌山脈。遠くから見た方がまだ全景が解る。これだけ近くに居ると大きさがサッパリ解らない。それと同じだ。それを言うとザハブも頷いた。

「俺もだ。魔力の圧が高過ぎて五感も狂う」

 ザハブもフォボス街の獣人らしく混血だ。本来の獣人族の身体能力に加え、魔力により五感等もブーストしている。今は逆にそれが足枷になっているのだろう。耳も鼻も濃い魔力に当てられて正しく機能していないはずだ。


「戦闘は…終わったの…か?」

 勝敗は?そもそも誰と誰が戦っている?

 

 先程まで連発されていた高火力のものではないが、小規模の攻撃魔法が時折放たれている。

 特に空中に画かれた炎の木には戦慄を覚えた。

 舞い落ちるあの花弁一つ一つが、私が放つ最大威力の火魔法に匹敵するだろう。

 依然戦闘は継続中の様だ。


「埒が明かん」

 私は精霊魔法と人間魔法を混合させて、なんとか五感を拡張する。

 戦闘の中心部の音と映像をなんとか拾おうとする。


「おい、無茶はするなよ?」

「解っている………」

 そうして私が耳と目の感覚を拡張して得たものは―――


「ぎゃあああああああああああああああっ!」


 男が女を盾にし、それを別の男が炎の剣で貫いてる姿だった。


「な、何をしている、んだ?」

 意味が解らない。まるで嬲り殺しだ。

 炎の剣で心臓を突き刺されている女が発狂した様な悲鳴を上げている。


「おええっ!」

 私はその場に思わず嘔吐してしまう。最悪のタイミングで魔力感知してしまった。女が味わう苦しみが魔力に乗って拡散され、それをまともに拾ってしまったからだ。痛覚までは刺激されなかったが…女が味わう死の恐怖、肉体が内側から焼かれる衝撃等、漏れ出した苦鳴をモロに食らってしまった。


「オプスキュリテっ!」

 ザハブが駆け寄ろうとするが掌を出して制止する。

 今のヤツで私の体内魔力も乱れた。魔族特有の毒素…瘴気が溢れてしまいそうになる。


「大丈夫、だ…」

 脂汗を垂らしながらも立ち上がる。

(………黒髪の方が金髪の女を盾にして…金髪の男が女ごと黒髪を攻撃した?のか?)


「勇者ランスロットと、冒険者ベアナックル…」


 新聞の情報だと勇者ランスロットは金髪青眼。

 メルカトルの情報だとベアナックルは黒髪黒眼。


(戦っていたのはやはり、勇者とベアナックル)

 ベアナックルの前に立ち塞がり、勇者の炎剣を受けていたのは誰だ?


「もしや、ベアナックルを守っていた…のか?」

 解らない。

「その場で動かないあのエルフはなんなのだ?」

 木魔法は勿論、あの炎の木もあのエルフの技ならば…


「複数属性…ハイ…エルフ?」

 有り得ない。

 エルフの隠れ里を守るか、妖精郷にまとまって暮らすエルフ達の王族。


「も、もう一度………」

 私は再び視覚聴覚を拡張し…

「―――うぐっ!?」

 勇者ランスロットが、ベアナックルを守る様に前に居る女の顔を殴っている。顔が変形し、鼻血が飛び、歯も落ちる。女とて容赦しないと言う話は本当らしい。

「うぐっ…」

 私は思わず目を逸らしてしまう。


(だが、見極めねば…)

 誰と誰が対立し、誰がこの厄災を引き起こしたのか見極めねば。


「―――ひっ」 

 三度戦況を確認した私が短い悲鳴を上げる。

 ベアナックルの前に居る女の顔は、目をえぐられ、鼻を削ぎ落とされていた。

 臆せずにそのまま視続けていると、女の体が修復されていくのが解った。


「勇者ランスロットが、あの女を攻撃?いや、ベアナックルを攻撃したのを、あの女が守った?それをベアナックルが治している…」


 陣営的に、勇者ランスロット対ベアナックルは間違い無い。

 あの女はベアナックルの仲間だろう。


「すると、あのエルフはなんなのだ?」

 確かベアナックルが四肢の無いエルフを連れていたと言っていた。何故ランスロットの攻撃を防いでいないのか?


(駄目だ。サッパリ解らん)

「疲れた…」

 私は拡張した魔力感知を引っ込める。得られた情報により、ランスロットとベアナックルは確認出来た。しかし、勇者に執拗に痛めつけられていたあの女と、側に居たエルフの正体、全員の関係性がサッパリ解らない。


「まさか…」

「何か解ったのか?」

 ザハブの問いかけに私はその先の言葉を噤む。


(痴情のもつれ…痴話喧嘩が原因…?)

 私は今回の事件の真相に触れてしまったのだった。



☆☆☆☆☆


 

 痴情のもつれ、色恋沙汰は案外馬鹿に出来ん。

 王族とかの継承問題だって、そう言うくだらない原因が多かったりする。政略結婚で得た正室とその子供よりも、情のある側室の子供を後継者にしようとして国が割れたり等よくある話だ。


(先代魔王と先代勇者も、恋仲説あるしな)

 勇者と魔王含め、関係者全員生死不明…まぁ恐らく全員死亡だろう…なのだが、勇者と魔王は深い仲だったと聞く。愛し合った故に、激しく憎み合ったのか。それとも愛故に殺し合ったのか定かではないが。


(勇者ランスロット、ベアナックル、エルフ、あの女…四角関係か)

 そうだとすると本当に頭が痛い。

 恋愛脳の連中には碌な奴が居ない事がまた証明されてしまう。身近に居る男をチラチラと良くない目で見ている自分もその仲間になる。嫌だな。


「…真相究明はともかく、事態の収拾は急務だな」

 教会による異端審問や亜人種弾圧でない事は恐らく間違い無いので、教会との関係性や、他国との関わり方に頭を悩ませる必要は無くなった。

 

 しかし別の問題も出て来る。

 色恋沙汰…とは限らなくとも、凡そ個人的感情で始まった戦いだと、落とし所が見つけ難い。

 どちらか、あるいは両方の想いが成就するまで、つまりは相手を殺すまで止まらなかったりするからだ。


 私が戦いの後始末の事まで考え始めた時だった。

「な―――なんだ、この魔力はっ!」

 私が驚愕に震える。

「ド、ドラゴンっ!?今度はドラゴンだとぉっ!?」

 ザハブも取り乱し叫んでいる…いや、地声の声量だったな。いや、そんな事はどうでもいいっ!


 遠くに浮かび上がる火の魔力の形は正しくドラゴンだ。しかし…

「一見するとドラゴンの魔力に似てる。だが…これは―――」

 魔力で五感を拡張しなくとも解る。あのエルフだ。あのエルフから濃密で膨大な魔力が膨れ上がるのを感じ取れる。

(勘弁してくれ。まだ戦いは続くのか?本当にフォボス街が滅ぶぞ―――)


「あれ程のレベルの木魔法に、火魔法…ハイエルフ…ハイエルフで合ってるか?」

 ハイエルフには間違い無いが、あんな好戦的なハイエルフ等存在するのか?


 ハイエルフ達は基本的に平和主義と言うか、それこそ樹齢千年を超す大木の様な物で、俗世に関してほとんど無関心だ。精神が植物みたいな感じだ。

 なので、人里に降りて来て大火力の攻撃魔法を放つハイエルフ等聞いた事も見た事も無い。樹齢千年の大木が自分で歩いて暴れ回ってる様なものだ。


ドゴッ!


 呆然と見守る私達の前で、ハイエルフの放つドラゴンブレスが火を吹いた。吹き飛ばされたのは…人間の男の様だ。恐らくはアレは勇者ランスロット。…死んだか?



☆☆☆☆☆



「重ねて言う。アレと敵対するな…」 

 誰が悪いとか、誰に責任を問うとか、そんな話ではない。ご機嫌を取ってなるべく穏便に出て行って貰う。それが上策だろう。

「これだけの事をしでかして―――」

「止せ。街が滅ぶ」

「…………くそっ」

 私がくどく言い聞かせるとザハブが悔しそうにする。私だって悔しい。しかし下手に刺激して被害を拡大する事も無い。


「私も幼かったし詳しくは知らんが…魔王全盛の頃はこんな事は日常茶飯事だったぞ?」

 フォボス街に辿り着くまで、母と二人で旅をしていた。その時に実際に見た。堅牢な人間の都市や規模の大きいエルフの隠れ里が、勇者と魔王軍の戦いの余波で一夜で滅ぶ様を―――


「アレ等はもう歩く災害だ。関わるべきではない」

 我々に唯一のチャンスがあるとすれば、勝敗が決した時だろう。その時に勝者の尻馬に乗り、敗者側に全て押し付け責任を取らせる。

 情け無いがそうやって帳尻を合わせるしかない。

(住民の感情と言うよりかは…対外的な意味が大きいが)


 これだけの被害を出されて泣き寝入りをするのは危険だ。下手人にはそれ相応の報いを受けさせた。それを対外的にアピールせねば、火事場泥棒にさらに街を荒らされる事になる。


「ベアナックルは何故動かん?」

 ランスロットの技の概要は知っている。有名だからな。何度か見た炎の剣はランスロットの得意技だ。情報通りと言う事であろう。


 エルフの技も今見た。これ以上の隠し玉があったらお手上げだが、取り敢えずは確認出来た。木と炎の精霊魔法。出力は恐ろしいが、どんなものかは確認出来た。


「…ベアナックルは?」

 資料を読み込めなかったのが痛いが…そもそも第三者である冒険者ギルドの資料にそこまでの正確性は求められない。勿論実力の全てを晒した方がギルドでの評価も上がり、ランクも上がり易い。

 しかし、手の内を晒す事を嫌がり、ランクが低くても気にしない猛者も多い。ベアナックルもその類だろう。全く情報が無いのだ。


「ベアナックルだけ何も解らん」

 不気味過ぎる。これだけの騒ぎで今の所何もしていないのは奴だけだ。実際に戦闘はしてるだろうが、周囲に手の内を見せていない。相当に用心深い性格なのだろう。


「あれだけの規模の精霊魔法だ。あっちに気が行くに決まってるか」

 だが私自身が知っている。

 フォボス街の五賢人として、武力で頼られるのはザハブだ。魔法関係のトラブルは私。職人同士のいざこざはネザーランド。

 この三人が主に頼られる為、存在感としては頭一つ抜け出ている。しかし実際は残りの二人の方が重要だ。


 生粋の人間であるヴェルスタンディッヒは外交専門だ。他国と揉めた時に単身乗り込み話をつけてくるその手腕で、フォボス街の窮地を何度も救って来た。荒事にも慣れており、暗殺者も普通に返り討ちにする。


 堕天使マハは先程の魔族襲来の時の様な、非常事態に対応してくれる切り札、秘密兵器だ。だがそれ故に普段はただ寝ているだけと侮られがちになる。


 それ故に二人共影は薄い。勿論本人達がそれを望んでいると言うのもあるが。

「実力者程、爪を隠す」

 彼等二人と同様、ベアナックルも警戒するべきだろう。


「オプスキュリテ」

「ああ。静か、だな…」

 戦闘音が止んで、しばらく経つ。

 流石に決着は着いたと見て良いだろう。


「…そろそろ出るか」

「応っ!」

 ザハブが気合いを入れて吠えている。

 ヴェルスタンディッヒは無論、ネザーランドも流石に駆け付けているだろう。

「フォボス街の五賢人として、この街を守るぞ」

 戦闘中には手が出せず、終わった後に顔を出す形なのがなんとも情け無いが致し方あるまい。弱者には弱者の戦い方がある。それだけだ。

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