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アラサー(366歳)処女の婚活その2 アラフォーじゃないもん

「無事だったか、母よ」

 私は母の無事な姿を見てホッと胸を撫で下ろす。

「無事なもんかい」

 母ヘラは疲れた様に顎をしゃくる。

「ははは、酷いな」

 私は変わり果てた姿になった母の店を見て笑ってしまう。よくもこの様な災禍を生き抜いたものよ。我が母ながら悪運の強い女性だ。


「笑い事なもんかい。死ぬかと思ったわ」

 ヘラはどっこいしょと声を出して立ち上がる。

 手を貸そうとすると振り払われる。見た目は年寄りだが、年寄り扱いされるのは嫌うのだ。

「よく解るぞ、母よ」

 私は改めてヘラの魔法屋を見上げる。


 元々年季の入った建物ではあったが、今は完全な廃虚の様になっている。

 壁は凹み建材はひしゃげ建物の骨組みが飛び出している。まるで巨大な手に握り潰された様である。


 私がぐちゃぐちゃになった建物を眺めていると、母がわざとらしく溜め息を吐き出してくる。いったいなんだ?

「はぁ…アタシもいつ死ぬか解らんなぁ。早く孫の顔が見たいのぉ。可愛い赤子を抱き上げたいものよ…」

「無茶を言うな」

 私が渋面を作る。

 

 母ヘラはダークエルフだった。

 しかし、魔族の精を注がれた事で半魔族化してしまう。一見すると半魔族の老婆だし、魔力感知でも魔族の力が強く出る。

 世に言う半魔族と呼ばれる人種の成り立ちがほとんどこれだ。


 魔族や、濃い魔性と強く交わる…性交だけでなく心を通わせる等…をすると、普通の生命体が魔性の気を帯びる。それが半魔族の正体だ。故に―――


「私は正真正銘の半魔族なのだ。無茶を、言うな」

 私の声が自然と小さく弱くなる。


「なーに、きっと良い出会いがあるさ」

 ヘラは楽観的に笑い飛ばす。

「だと良いのだがな」


 私の体内を巡る魔力には魔族の性質がある。

 手を握ったり肌を合わせるだけなら特に害は無いが、キスやセックスなど粘膜接触や唾液交換は、通常の相手には毒なのだ。


 初恋相手の人間の男の子と初めてキスをして殺しかけてから、私はまともな結婚出産は諦めている。


「魔族の子である私を、娶ってくれる男等居るだろうか」

 そう、私はダークエルフの母と魔族の父を持つ、世にも珍しい半魔のダークエルフなのだ。



☆☆☆☆☆



 魔族とは超越者である。

 通常の生命体の様な生殖行為をほとんどしない。

 個として完成し、子孫を残す意義も意味も存在しないからだ。

 たまに他種族と子を成す魔族も居るが、出産と言う形で己の複製を作ったり、文字通り悪魔の実験として行なわれる事が多い。


 父とは一度も会った事が無いので、ヘラやマハからの又聞きでしか知らないのだが、母と父は愛し合っていたらしい。


 これは父の成り立ちが大きく影響している。

 父はただの魔族ではなく、堕天使だったらしい。

 現世に降臨して受肉し属性反転した際に、母に一目惚れして口説き落として番となった。


「父に残る神性のお陰で魔性の気が相殺され、母は私を無事に産み落とした」

「ああ、あの人が天使じゃなければ私もお前も瘴気に蝕まれ魔族化…いや、ただの化け物、モンスターに変質してたろうね」

「まともな自我と肉体が得られたのは僥倖だし感謝もしている。しかしだな…」


 私と母は私の家に向かって歩きながら久しぶりの話題に花を咲かせる。いや、咲かせても仕方無い不毛な話題なのだけど。


「母の外見は老化し寿命も大きく削られた。父はそんな母を元に戻す為に大魔境に赴き帰って来ない。娘はどんな男とも交われずにアラサー処女だ」

「アラサー?四捨五入したらアラフォーじゃろがい」

「四捨五入で四十年も加算されて堪るか」

「おん?加えるとしても三十四年じゃろ?」

「いちいちうっさいわね」

「おお、怖や怖や。年老いた母を虐めないでおくれ…」

「はぁ…」

 見た目通り老獪で口達者な母に勝てる訳もなく、私は頭を抱える。


 新店舗への引っ越しは配下のハーフエルフ達に頼んだ。母はハーフエルフ達や、売られていた奴隷エルフ達の面倒を良く見ているので、かなり慕われている。


 私より年嵩で知識があるエルフ種も多いのに、私が五賢人に抜擢されたのは母ヘラの影響が大きいだろう。


「どうせ選り好みしとるからじゃろ?そこら辺の適当な半魔族を襲って犯せ」

 確かに半魔族同士なら魔族の毒は効き難いとは思う。だが…

「母親が年頃の娘に言う台詞じゃないだろうそれ」

 このフォボス街で、最も強い半魔族は私だ。私がその気になれば、街中の半魔族の男達を手籠めに出来るだろう。しかしいったい、それどんな痴女?

「なーにが年頃じゃ。アラウンドフォーハンドレッドのくせに」

「もう泊めてやらんぞ?あの廃屋でしばらく暮らせ」

「うっうっうっ娘が虐めるよ〜〜〜」


(確かに母の言う通りではあるが…私は誰でも良いから子供が欲しい訳じゃない)

 元々そこまで結婚願望もある訳ではなかった。

 どう考えても母の影響だ。

 父は居ないのに、毎日毎日三百六十六年間、ずーーーっと両親の惚気話を聞かされて育ってみろ。

 両親よりも情熱的な大恋愛がしたいとまでは言わないが、せめて異性として好感の持てる男と結婚したいと考えても不思議ではなかろう。


(可能性のある相手は、いる)

 魔族なら私に子種を仕込めるだろうが、魔族等論外だ。魔族の子を孕めば恐らく私は死ぬ。

 だからと言って、父やマハの様な堕天使等そうそう出会えまい。神性と魔性を併せ持つ堕天使達は完璧な中庸であり、この世のあらゆる種族と子を成せる。


 それ故に、堕天使となら子は成せるかも知れんが…産み落とす時に力の大半を持っていかれ、母の様に枯れ枝の様な肉体になるだろう。

 

(母がそうだったからな)

 母ヘラは、私を産む前は今の私に瓜二つの美女だったらしい。

 しかし、私が魔力の大半を奪って産まれたため、母は徐々に老いていき、今では人間の老婆の様な姿になってしまった。


 ダークエルフ、エルフ種は年老いてもせいぜい人間の見た目で言えば四十から六十くらい…中高年くらいの姿で止まる。魔力が高ければ若い姿のまま歳を重ねられる。

 しかし母は私を産んだ為に、今はもう老婆の様な見た目だ。人間で言えば九十くらいに見えるだろう。なのに…


(何故そんなに、幸せそうなんだ…)

 私を恨んでるか訊ねた事はあるが、愚問だった。

 母は私と父、つまり魔族の夫を愛していた。

 私が元気に育ち、父は母の為に旅をしている。それで幸せだと言い切った。


 だが私は解らない。

 堕天使となんとか子を成した時に、老いて醜くなる事に耐えられるか、解らない。

(子供が産まれたら変わるのかな?)


 一番身近な堕天使はマハだが、アレは無しだ。

 私の中の魔性を打ち消して子作りは出来るだろう。

 だがアレはやはり地上の生物とは一線を画す。根本的な価値観が違う。


 本人も上手く説明出来ていないが、彼の目的は地上に散らばった神性の回収らしい。

 回収方法は定まっていないらしいが、その一つが、無垢な魂のままの死だ。


 なので彼と子を成したとて、良い魂ならば産まれてすぐに天に召されるだろう。

 そんな非生産的な行為をする気は無い。


 だが身近で一番可能性がある相手なので、少し邪険にしてしまっている。まぁおしめを変えられていた様な相手を、流石に恋愛対象としては見れないが。


「この街等でなく、ダークエルフの隠れ里とかに居れば、こんな変な焦燥感等抱かなかったはずなのにな」


 この街では、私の十分の一以下の年齢の者達が結婚して子供を作ってる。


 エルフ種としての発情期は未だ体験していない。他人を愛するとか、子を成す事への想像がまるで湧かない。こんな私にいつか春が来るのだろうか?


「そう言えば…」

 喉元過ぎればなんとやら。

 あの一件の事をすっかり忘れていた。

(いや―――無意識に忘れようとしていた?)

 それ程までに恐ろしい体験だった。


「母よ…魔法屋ヘラ。あの時、何があった?何故魔族が魔法屋を襲った?」

 私が問い質すと、ヘラが少しだけ迷う素振りを見せる。しかしやがて口を開き―――

「…アレはベアナッ―――」

「オプスキュリテっ!」


 突然の闖入者により阻まれる。

「どうした?」

 それは部下のハーフエルフだった。

「大変っス!早く来てくれっス!」

 切羽詰まったその様子に私達母娘は顔を見合わせる。

「何があった?」

 私は嫌な予感を振り払う様に髪をかき上げ、背中へと流した。



☆☆☆☆☆



「広場でっ!向こうの広場でっスよっ!早く早くっ!炎がバーンっ!で、人がいっぱい倒れてるっス!ヤバイっス!」

 一緒に走りながら説明を受けるがイマイチ要領を得ない。彼は訓練された兵隊ではなく、フォボス街に暮らす一般人に過ぎない。ハーフエルフ故に人間よりも魔力も高く寿命も長いが、ただそれだけだ。戦闘訓練を受けた人間の騎士とは比べるべくもない。


(危険だったら母の元に送り返そう。母を守る為と言えば納得するかな?)

 母ヘラは私の家へと向かわせた。

 半魔族化したダークエルフ故に魔力量は普通のエルフ種よりは高いが、身体能力は見た目通りの老人だ。戦闘に巻き込まれればあっさりと死ぬだろう。


「広場?大通り沿い…メインストリートの方か?」

 なんとか大通りに近づこうとするが、逃げ惑う群衆が邪魔で上手く進めなくなる。

「なんだ?いったいどうした?」


 先程の魔族の襲来が頭を過ぎる。

(まさか…魔族がこの街を消しに来た?)


 魔族化を止めて人間種やエルフ種、亜人種達を守る堕天使。


 混沌山脈から出土する古代のアーティファクト。


 神からも悪魔からも離反したダブル裏切り者の堕天使の娘。


「狙われる原因は山程あるな…」

 ほとんど自分周りなのが嫌になるけども。


「!?なんだっ!?」


ゴオオオオオオオッ!


 逃げ惑う住民の壁の向こう側で、青空に赤い線が走る。炎が真っ直ぐに伸びて行く。

「アレはまさか…魔法剣?なのか?」

 だとしたら恐ろしいまでの出力だ。人間魔法と精霊魔法をミックスして使う私でも、あれ程の炎は生み出せない。能力の差と言うより―――


「何と言う怒りと憎しみ…そして殺意―――」

 魔法は心で操るもの。その為本人の資質に左右される。攻撃性の高い者程、攻撃魔法が得意となる。


 炎の魔法剣は最もポピュラーだ。

 土や水や風よりも殺傷力が高いからだ。そして炎の魔法剣の使い手として今最も有名なのは…


「勇者―――ランスロット?」

 キャナビスタ王国クーデター鎮圧の英雄が何故ここに居る?そして何故、このフォボス街を―――


ズバァァァァァァァァァァァァンッ!


「何故だっ!?」

 私の叫びは炎の剣の破壊音と群衆の悲鳴にかき消される。

 光の線が走り抜け、近くにあった時計台が真っ二つにされる。


ゴバァッ!


(ああっ!高い予算で漸く完成させた時計台っ!)

 我々五賢人は、四苦八苦しながらフォボス街を真っ当な街にしようとしている。その一つに健全な観光地化がある。

 

 周囲からは犯罪都市とかとも呼ばれるし、遠い土地の人間には犯罪国家スカムバーグと混同する者まで居る。そんな悪いイメージを払拭してクリーンなフォボス街を目指している。


 恋人達や家族連れの待ち合わせ場所や憩いの場として、ドワーフや人間の技師達が力を合わせて作った時計台が―――


「くっ!今は後回しだっ!」

 泣きそうになるが涙を振り払う。

 あれ程の威力、側に居た者達も無事では済まないだろう。



☆☆☆☆☆



 私は側で青褪めていた部下に怒鳴る。

「お前は私の家へ行ってヘラを守れっ!」

「わ、わかったっス―――」

 腰が引けていたハーフエルフは、ホッと安堵した様に踵を返して走って行く。その姿は逃げる群衆にすぐに埋もれて見えなくなる。

 

 一刻を争うと判断した私は風魔法で群衆を飛び越える。スカート姿だったので下着が丸見えになるが気にしていられないし、誰もそんな物を見る余裕等無いだろう。

 そうして一足飛びで現場に辿り着いた私は…

「―――――――なんだ、コレは?」

 …私は、言葉を失った。

 体も自然と震えてくる。


 先程の炎の剣で創られたのだろう。地割れの様に、地面が真っ二つに裂けている。


「酷過ぎる…」

 そして周囲には逃げ遅れた者達の焼死体が散乱している。


 フォボス街はその成り立ちや性質故に敵が多い。エルフ達に攻められた事もある。モンスターの大群が押し寄せた事も。一番多いのは教会の原理主義者達による異教徒、邪教徒、亜人種狩りだけど。


 しかし、私が産まれて三百六十六年間で、これ程の被害は見た事が無かった。


「オプスキュリテ」

 普段の喧しい声を最小限に抑えながらザハブが近寄り話しかけて来た。

「なんなんだ?アイツラは?」

「解らん。とても近寄れん」

 悔しそうにするザハブだが、致し方無い。

 魔力量が違う。


(マハが居れば…いや、後数十年は起きない)

 なんとか対抗出来そうなのはあの堕天使だけだろう。だが戦力には数えられない。万が一起きても、先程の魔族の襲撃時に力を使い過ぎている。

 私も詳しくは知らないが、力を使い過ぎると堕天が進み、完全な魔族と化してしまうらしい。

(私の父が戻らないのもその所為である可能性が高いそうだが…)


 マハからは嘘や気休めでなく、父が生きていると聞かされている。だが魔族化が進んだ状態だと、瘴気を辺りに撒き散らす歩く災害となるのだ。故にこちらに帰って来れないとの話だが…いや、今はその話はいい。


「先ずは生存者の回収だ。無念だが遺体回収は全て終わった後だ」

 生きている者を優先する。

「いったいなんだ奴等は?教会の異端審問官か?…」

 ザハブが鼻をひくつかせている。

「いや、どうだろうか?」


 フォボス街への虐殺…にしては様子がおかしい。逃げ惑う住民や倒れてまだ息のある者達を無視している。

「仲間割れ?いや…」

 違う。

 強大な殺意と魔力。

 それがぶつかり合っている。

 これは?…


「戦闘か?これは、単なる巻き添えなのか?」

 直感だが、多分正解だろう。これはフォボス街への攻撃ではない。

 強者同士の戦闘。その場がたまたま此処だっただけだ。だとしたらなんとも遣り切れぬ。


「誰と誰が争っている?」

 粉塵が酷くて良く見えないが、高い魔力同士がぶつかっている。

(勇者が戦う者?まさか魔族?いやそもそもアレは本当に勇者ランスロットか?)

 私達が様子を窺っていたその時…


「うちの旦那様を、いじめるなぁぁぁぁぁっ!」


 空気を震わせ、女の叫び声が辺りに響き渡った。

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