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アラサー(366歳)処女の婚活その1 半魔のダークエルフ

 私の名はオプスキュリテ。三百六十六歳。独身。未婚。処女。

 フォボス街の顔役…通称五賢人の一角を務める者だ。


 フォボス街の中心部に、私が仕事をする事務所の様な物がある。特に立派でもなく、普通の建物だ。

 ある日私が執務室で書類を片付けている時だった。

「オプスキュリテ。ヘラ婆がまた余所者相手に偽物掴ませたらしいっス」

「またか」

 やって来た部下のハーフエルフの報告に頭を抱える。


 母は…私の母であるダークエルフのヘラは、アビス横丁にて魔法屋を営んでいる。そちらは本命の店であり、恐ろしく値が張るか、そもそも金銭で取り引き出来ない程の価値のある品々ばかりだ。


 アビス横丁のヘラの魔法屋には選ばれた者しか辿り着けず、年に一度も来客が無い事すらある。そしてそれとは別に、大通り沿いに一般人向けの店も構え、安価なスクロールも販売している。

 こちらは人を雇っているが、並んでいる商品は母の作だ。


「元から古い白紙の魔法紙に、魔法陣を描き足して古代のスクロールとして高値で販売する。そんなアホみたいな品を買う奴も買う奴だ。黙らせろ」

 この街は無法都市だ。詐欺を裁く法も無い。だが、怒った客が店員に暴行を働いても捕まえる機関も無い。


 我等五賢人が率いる者達もあくまで自警団の様なものだ。なので目の前のハーフエルフも部下とは言え同僚であり仲間だ。そこまで口調や関係は堅苦しくない。

(結婚相手としてはどうだろうか?)

 コイツは確かまだ百歳にもなっていないはずだ。若いし、年の差があるな。いや、若い方が良いのか?


「なんスか?オプスキュリテ」

 私の値踏みする様な視線にハーフエルフが不思議そうに訊ねて来る。

「ごねて暴れる様ならザハブにでも可愛がって貰え」

「了解っス〜」

 軽薄な受け答えは若者特有のものだろう。目くじらを立てる程の事ではない。



☆☆☆☆☆



 それから数日後の事である。

「オプスキュリテぇっ!」

 怒鳴り声と共に獅子頭の獣人が私の執務室に乗り込んで来た。

「なんだ?ザハブ」

 先日私の母の尻拭いをさせたからな。その事かな?


 ただザハブは別に怒っている訳ではない。これが地声なのだ。肉体は今がピークなのだろう。上半身は裸で剣を背負っている。

 分厚い胸板も割れた腹筋も雄々しく男らしい。

 多少喧しい所に目を瞑れば良い男には間違い無い。


(ザハブは確か二十七歳。独身で未婚。コイツと夫婦になれるか?)

 獣人族は一桁年齢でもう結婚も出産も出来る体になる早熟な種族だ。寿命も百年も無い。エルフ種は夫婦であっても発情期が来なければ百年間セックスレスになる事もある。獣人族と結婚しても、下手をすれば初夜を迎える前に未亡人一直線になるだろう。

(無し寄りの無しだな)


「な、なんだ?俺の顔に何か付いてるか?」

 ザハブが耳を寝かせ尾を股に挟んでいる。イカンイカン。獲物を見る様な視線を向けていたかも知れん。

「少し疲れててな。睨んでた訳ではない。それでどうした?」

 私は目頭を揉みほぐしてみる。実際疲れてはいた。能力が高いせいで五賢人等と担がれているが、こんな仕事辞められるなら今すぐ辞めたい。お陰で何百年も結婚出来ていないのだ。


「ああ、また魔薬をばら撒いてる奴等を捕らえた。だがまた末端だ。指示役の顔も名前も知らんらしい」

「まったく…無法都市だが犯罪都市ではないのだぞ…」

 これも頭を悩ます案件の一つだ。

 うちは無法都市等と呼ばれているが犯罪を推奨している訳ではない。


 最近は犯罪国家スカムバーグからの流れ者がよく来る。そいつらはこの街のチンピラを使って魔薬を売り捌いている。他の国では御法度だが、この街にはそもそも法律も無い。

「見つけたら捕らえろ。殺すなよ?」

「解っている」

「気を付けてな」

 私はそう言って、肩を怒らせ出て行くザハブを見送った。



☆☆☆☆☆



 それからしばらくしたある日の事。

「最近流れて来た奴隷商がエルフの売買を行っていました」

 五賢人の一人、ヴェルスタンディッヒがまた嫌な話題を振って来た。

 彼は柔和な笑みを常に浮かべているが、こちらの受け取り方でどうとでも取れる表情だ。今は暗い話題のはずなのに、それはこちらを気遣ってくれてる顔の様に見える。相変わらず不思議な男だ。


「買い取れなかったのか?」

 私はそれでも苛立たしげにデスクの上を指で叩いてしまう。彼の何倍も年上なのに、こう言う時は見た目通りの年齢差の様に感じてしまう。私もまだまだ子供なのだろう。

「すでに売れた後の様で」

 執務室の中央に立つヴェルスタンディッヒは絶やさぬ笑みで残念そうに呟く。

「そうか…」

 私も少し俯く。奴隷エルフを救えなかったのは残念だ。


「心中お察しします」

「いや、すまん」

 気遣ってくれるヴェルスタンディッヒを見やる。

 彼はこの街では珍しく生粋の人間だ。

 獣人やエルフ、亜人種との混血ではない。しかし…


(ヴェルスタンディッヒは亜人好きで有名。契れば大切にはされるだろう。だが…)

 一番の問題点。ヴェルスタンディッヒにはすでに妻子が居るのだ。

 妻と娘とも、私は良好な関係を築いている。

 略奪婚はちょっとな。


「では私はこれで」

「あ」

 柔和な笑顔で会釈してヴェルスタンディッヒがするりと出て行く。

 

 彼は主に外部との交渉や貿易等を取り仕切っており、相手の心情を読み解くのに長けている。悟られたかも知れん。


「ううむ。どの道、人間相手では寿命がなぁ…」

 愛し合った夫と百年も一緒に居られないのは寂しいだろう。ヴェルスタンディッヒは確か四十三歳だったか?そうすると、あと五十年も生きられないじゃないか。

 しかし、そんな事より…


「エルフか」

 エルフ奴隷の売買は禁止していない。むしろ、街で買い取っている。単なる同情だけではない。中には犯罪を犯し追放され、帰る場所の無いエルフも居る。だが中には隠れ里から拐われて来たエルフも居るのだ。そのエルフを元の隠れ里に帰してやり、隠れ里から報酬を得る。

 持ちつ持たれつ、だ。


 純血、純潔を尊ぶ彼等と上手く付き合っていかねばならないのも、面倒だが必要な事だから。



☆☆☆☆☆



 そしてまたある日の事である。

「メルカトルからの素材っ!うちが全部買い取るぞっ!」

「ふざけんなっ!ロックドラゴンの素材なんて出物っ!独り占めなんてさせるかよっ!」

「魔石はっ!魔石はどうしたっ!?何故無いんだっ!?」

「はぁぁ!?仕留めた冒険者が持ってったぁ!?」

「ふん捕まえて連れて来いっ!」

「一番美味しい所持ち逃げたぁ太ぇ野郎だっ!」

 喧々囂々と喧しい。

 ドワーフ達だ。

 ドワーフはギルドは作るものの、相互協力等せず、自分勝手にやりたい様にやっている。協調性皆無で職人気質な為、それぞれが工房を持っている。そして良い素材が出ると殴り合って奪い合うのだ。今みたいにな。


「だが何故私の執務室でやる?」

 私は恨めしげに五賢人の一人、ネザーランドを睨む。彼は兎耳を生やしたハーフのドワーフだ。齢は二百三十歳。私より年下だ。

 髭も立派だがまだ未婚だったはず。

 ついさっきの話だが、フォボス街の行商人メルカトルがロックドラゴンの素材をほぼ無傷で丸々持って帰って来たのだ。


 ネザーランドは五賢人の立場を利用し、私に融通を図るように迫って来た。それに反発した同業のドワーフ達がすぐに乗り込んで来た訳だ。

 大して広くもない私の執務室が一気に暑苦しくなった。


「ワシに譲れば酒を奢るぞ!」

「なにぃっ!女も付けろ!話はそれからだっ!」

「おい、以前俺が渡してやったミスリルの貸しがあるだろう!?」

「今それを持ち出すのかっ!」

 暑苦しい。そして臭い。ドワーフだから臭いんじゃない。コイツらは一度鍛冶仕事を始めると何日も風呂に入らないからだ。臭い。凄く臭い。


「なら『アビスの美穴』貸し切ったるぞ!俺の奢りだぁっ!」

 五賢人に数えられるネザーランドは一番腕が良く、つまり一番経済力もある。

 彼の今の発言にその他のドワーフ達が目を見合わせて話し合い始める。


「むぅ」

「そこまでするか…」

「ならば仕方有るまい」

「流石は五賢人よ…」

 ドワーフ達の話が纏まった様だ。

 ちなみに『アビスの美穴』とはアビス横丁にある特殊な娼館だ。この街唯一の、ドワーフの女のみの娼館なのだ。


 ドワーフ達の美的感覚からすると、私や人間の女は細過ぎるらしい。

 彼等的には、背が低く、横幅も有り、胸より尻がデカイ女がいい女らしい。あ、あと髭が可愛いとか?

(エルフとドワーフ…美的感覚がズレ過ぎてるか…)

 流石に私も髭を生やしてまでネザーランドを誘惑する気は起きない。


「よーし!今から行くぜっ!」

「奢りだ奢りだっ!」

「女だ女っ!」

「酒ぇぇぇぇっ!」

 

「…………もう勝手にやってくれ」

 嵐の様なドワーフ達が過ぎ去った後の執務室で、床に落ちた一枚の報告書を取り上げる。

 そこにはロックドラゴンを討伐した冒険者の名前が記されていた。


「本名エスペル…冒険者…ベアナックル?」

 聞かない名前だ。まだ駆け出しなのだろうか?

(いや、ロックドラゴンを仕留めたのだ。実力はある。ベテランが新しく組んでパーティーを立ち上げたのかな?)

 兵力はどのくらいだろう?

 私はその書類を読み…


「嘘だろう?」

 我が目を、いや、書類内容を疑う。


「人間の少年が一人」

 四肢の無いエルフを連れていると言うのも気になるが………

「今この街に来ているのか」

 いったい何者だろうか?


「会ってみるか…」

 有力な冒険者なら繋ぎを付けておいても良いだろう。

 実際に会う前に冒険者ギルドから資料を取り寄せても良いかも知れない。


「オプスキュリテ」


 名を呼ばれる。

 振り返る。

 窓辺に天使が居た。忌々しい…堕天使。


「珍しいな。お前が起きて、私を訪ねて来るとはな。マハ」

 五賢人の一人、堕天使マハ。

 年齢は千歳を超える。

 普段は街の何処かでずっと寝てる。

 住人からは守護天使だと崇められたり、余所者からは死体だと勘違いされ通報されたりしてる。

 コイツは下手をすれば数年間寝ている事もある。

 以前起きてからいつ以来だろうか?


 私がそんな風に思い出していると…

「来たよ、勇者が」

 堕天使が妙な事を言ってきた。

「勇者?ああ、勇者ランスロットと冒険者パーティージャスティスか…」

 未確認だが、勇者ランスロットとその仲間達がキャナビスタ王国を出奔したらしい。

 となると今はアレストラ王国だろうか?

 こちらのケイオス地方…いや、魔境の方に向かった可能性もある。


「そっちじゃない」

「はぁ?」

 苛々する。ハッキリ喋らんかい!


「ハッキリ喋―――」

 マハがこちらを見つめて来る。

 空虚な、何の感情も読み取れない作り物じみた瞳だ。私はそれに若干気圧される。


「来るよ」

 また抽象的な。

 主語を言え、主語を。

「何が?」

 私が辛抱強く問い返す。


「悪魔。いや、神かな?どっちかな?」

 唐突に、それは来た――――――――


ズズズズズズズズズッ…


 地響きの様な音が鳴り始める。


「僕のせい?もしくは君の所為かな?オプスキュリテ」

「なんだ?コレは?」

 戸惑いつつもマハに問う。

「君の中に流れる魔族の血が、飛び地みたいに余波を呼び寄せてる」


 マハの頭の上に回転する光の輪が生まれ、背中から光の粒子が翼の様に放出され始める。


「君の父親とはまぁ知らない仲じゃないからね。守ってあげる」

 

 ………ィィィィィィィン………


「おいっ!なんだっ!この気配はっ!?」

 かつて感じた事が無い程の邪悪な気配。


リィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!


 鈴の音がする。

 地獄の鈴が鳴っている。

「なんだっ!?」

 物凄い悪寒と恐怖に発狂しそうになる。常人に耐えられるものではないぞ?


ドーン!ドーン!ドーン!


 何かが叩く音が空間を震わせる

「しつこいね。ヘラの魔法屋の結界で弾かれたのがこっちに飛んで来た。一応この執務室を隔離してあるんだけど。無駄みたい」

 マハは何が来ると言った?

(悪魔―――魔族かっ!?)


バン!バン!バチン!バチーン!


 この建物…いや、マハが言うならこの部屋の空間そのものを外側から平手で叩いてる奴が、居る。


―――ツカマエタ―――


「ひぃっ!?」


 聴いただけで呪われそうな恐ろしい呪詛に満ちた声を聴いてしまった。


―――火遊びは許そう。じゃが結婚は許さぬ―――


(なんだっ!なんの話だっ!?)

「あまり反応しないでよ?アメノシズクヒメは当てずっぽうで攻撃して来てる。勇者エスペルの所在を見失えば、結界の波長…ヘラ婆と魔力反応の近いオプスキュリテを殺しに来るよ」

 母か?うちの母がまた何かやったのか?

 そうやってしばらく震えて耐えていると、唐突に―――


パキィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ…


 …何かが割れる様な、そんな音がした。

 そして―――


「お、終わった?のか?…」

 何が原因で何が起こったのかすら解らないまま、危機は去った様であった。



☆☆☆☆☆



「なんとか帰ってくれたよ」

 マハが珍しく疲れた顔をしている。

 普段のほほんと構えて薄く笑っている顔が、今は少し青褪めている様に見受けられる。

「マハ、あ、ありが、とう?」

 いったい何があったのかは解らないが、礼だけは言っておく。

 苛々はさせられるが、この堕天使はやはりこの街の守護天使なのだと再確認した。


「あ、礼はいいよ。君の父親との約束みたいなもんだし」

 ふわーわ〜…と、猫の様に伸びをしたマハが、その場にゴロリと横になる。

「じゃおやすみ。疲れた」

「あ、おい―――」


 寝てしまった。私の執務室の窓辺で。

 しかも天使の力を使った後だ。


「下手をすれば何十年も寝たままだぞ…」

 堕天使だからか何なのか、たまに天使としての力を使うとしばらくは起きて来ない。回復に時間がかかっているのかも知れないが、良く解らない。


「概要だけでも話してから寝ろ」

 今の出来事の真相を聞きたいが、一度寝てしまったマハを起こすのは不可能だ。諦めるしかない。


 それよりも…

「母め。いったい何に手を出したのだ?」

 本物の魔族に襲われるなど尋常ではない。

 マハがこちらに来たと言う事は母は大丈夫なのだろうが、先ずは無事を確認せねば。

 私は身支度を整えるとアビ横へと向かったのだった。

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