魂魄拳
激怒勇者ランスロットが激昂すると共に、魔力が爆発的に膨らむ。
「魔力尽きたんじゃねーのかよ」
大技連発した上にシルクの木魔法の枝で魔力吸われてるはずだ。心の拠り所の妹も寝取って丁寧に心も折った。それでもまだこんな力が出せるのか。
「これが勇者様の真の力かよ。嫌になるな」
俺はプリムを抱き締めながら心と魔力を整える。
シルクも包囲を抜け、俺の右隣にやって来る。
左側にプリムを抱き締めてるので、反対側になるな。
「………………」
「―――――」
シルクとプリムが無言で視線を交差させる。何?なんか言ってよ?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ランスロットの側に居たフォボス街の精鋭達が、火達磨になって転がり始める。
「余波だけであれかい」
怒りに任せて炎の魔力を無意識に拡散してるらしい。危ねーな。
「うおおおおっ!?オプスキュリテェっ!」
部下の精鋭達と一緒に燃やされてるライオン丸ことザハブが叫ぶ。叫びながらゴロゴロ転がってる。器用だなぁ。
「解っているっ!」
「おお?」
オプスキュリテが水魔法を操る。ドーム状に広がる水の膜が辺りを包み込み、火達磨になった連中が消化される。火の輪潜りに失敗したみたいになってたザハブも、濡れ鼠ならぬ濡れライオンになっちょる。ちょっとおもろい。
「精霊魔法と人間魔法のハイブリッドか。マジックアイテムの補助もあるな?」
己の魔力を直接水に変換しつつ、周囲の水の精霊を味方に付けていた。
あれが兎耳髭親爺の言ってたヤツかな?オプスキュリテが身に纏うアクセサリー類が光り輝いている。
「そういやシルクもそうか」
俺もチョーカーに魔宝石を組み込んだしな。いい女にはアクセサリー型魔道具が良く似合うぜ。
「邪魔を――――」
ランスロットがギロリとオプスキュリテを睨む。
「いかんっ!」
ネザーランドが大鎚を構えるが、一手遅い。
ランスロットが掌に炎の魔力を収束させている。
(早い!)
魔法構築が一瞬だ。
そうして出来上がった火魔法剣の切っ先が…勇者の殺意の矛先がオプスキュリテに向けられる。
(ラッキー)
こっちに向かって来るはずのランスロットの殺意を、勝手に引き受けてくれてありがとん。
(今のうちにトンズラしちゃいますか)
やっぱランスロット始末しなくて良かったわい。場を混乱させてくれた。
(あのダークエルフ、死んだな)
五賢人とやらも確かに強そうだった。
特にマハって野郎が底が知れなさ過ぎるが…
(怖さは感じない)
やはり勇者ランスロットの脅威度は別格だ。あの勇者は…倒しても倒しても、殺せる気がしない。
トドメを刺そうとした瞬間に、逆転の一手を仕掛けられそうな…そんな怖さがある。
実際に今も、魔力切れで心も折れて肉体もボロボロなはずなのに、まだ誰かを殺そうと頑張っている。
明らかに異常だ。形骸化した勇者ばかりのこの世界で…アイツは本物の勇者なのかも知れない。
ドンッ!
ランスロットの足元の地面が爆発した様に陥没する。
(なんつー踏み込みだよ)
そしてランスロットの姿が掻き消える。残像を残しながらオプスキュリテへと真っ直ぐに向かう。
「むっ!」
オプスキュリテは前方に…ランスロットとの間に水の盾をいくつも生み出している。しかし、その全てはランスロットの剣が触れた瞬間に爆砕して飛沫となる。
ランスロットとオプスキュリテとの間にはかなり距離があった。だが勇者の身体強化ならば刹那で駆けれる間合いだ。あーあ死んだな。はい終わり終わり。いい女が死ぬのは少し残念だが。俺達はその間に上手く逃げ………
「オプスキュリテっ!」
「ヘラ婆?」
瓦礫の陰から小柄な人影が飛び出して叫んでる。
アレは魔法屋のババアだ。なんでこんな所に…
(母娘―――か?)
直感だ。確かに似てる様な気もしないでもない。見た目は祖母と孫娘って感じだ。しかしここはフォボス街だ。隔世遺伝とかで似てない家族も居るだろう。
姉妹かも、いや友人かも知れん。
まぁいい。
別にあの婆さんとは仲良しでもなんでもない。なんでもないが―――
(シルクとの婚姻は、あの婆さんのお陰だよな)
プリムを手に入れられたのも、あの婚姻魔法を体験出来たお陰だしな。それに何より―――
(あのメンヘラと手を切れた)
まぁまたそのうち生霊飛ばして来そうだが。
「あのオプスキュリテって女の体、失うのは惜しいよな」
(ま、それで十分)
助けるには、十分だ。
俺は魂の感覚を思い出す。
シズク…あのメンヘラ元嫁からの復縁要求と、シルクとの婚姻、プリムとの奴隷契約で一応三回経験は積んだ。
「今なら、出来る」
出来る確信がある。
俺はランスロットの右手に焦点を絞る。
距離はあるが―――プリムを利用させて貰う。
ランスロットが執念を燃やすプリムへの想いを逆流させ、魂の道筋を逆探知する。
そして俺は魂の掌を………
「ぎゃああああああああっ!」
握り込んだ。
ランスロットが悲鳴を上げて転げ回る。
炎の魔法剣は消えていた。ランスロットの右手ごと。
俺の魂の掌は、ランスロットの右手を握り潰したのだ。
「成功」
俺は自分の右手を開閉する。認識する動作が遅い…いや、少しブレる。魂と精神と肉体が少しズレてる感じがする。
言い方は最悪だが、あのメンヘラ元嫁と同じ様に、俺が生霊を飛ばしてランスロットを祟った感じだな。いや、マジで最悪な表現だなオイ。
「やはりか」
あれだけぶっ刺されても、そもそもシルクのドラゴンブレスを受けても欠損しなかったランスロットの右手が粉々になった。
恐らくかかってるであろう不死身の呪いでも防げなかったのだ。
(魂の知覚と、その行使―――)
個体数は少ないのに生態系ピラミッドの頂点に君臨し続ける魔族と言う種族の理由が解る。
「魂の干渉。恐ろしいな」
だが、ものにしなければ。魔族との戦いに生き残れない。
(いや別に魔族とかと率先して戦う気無いけどね)
魔王姫は大魔境に引き籠もっている。
魔王は消息不明。
わざわざ喧嘩を売る気は無いんだぜ。
(まだあんま連発は出来ねーが)
死界とはまた違ったリスクがあるな。
魂での攻撃を行うと肉体や精神が無防備になる。
今は右手のみを飛ばして右手を攻撃した。
一瞬で終わらせたから右手の違和感も一瞬だった。
しかし、例えば遠くの相手に意識を飛ばして攻撃してる最中、本体はどうなってる?
(シズクがあの一回きりで攻撃を止めたのはそれか)
人を呪わば穴二つ。
あれだけしつこくバンバン叩いてヒステリー起こしてたもんな。肉体と精神の再接続に手間取ってるのかも知れん。
「借りが出来たな。人間」
オプスキュリテが笑みを浮かべているが、顔には冷や汗が浮いている。結構ヤバかったのかもな。
実は隠し玉があって余計なお世話って可能性もあったもん。その際はとても恥ずかしかったはず。良かった良かった。
「ふんっ!点数稼ぎか!」
鬣がチリチリになってくるくるしてるライオン丸が吠える。やっぱコイツコレが地声か。うるせーんだよ。
「そこのライオン丸だったら見捨ててたわー」
男なんて助ける価値無いしね。
「なんだとぉっ!」
吠えるがこちらに立ち向かっては来ない。ネザーランドやヴェルスタンディッヒ達と共に、勇者ランスロットの拘束に向かう。
「助けてくれてありがとう。仕方無い。今のは別件でカウントしよう。何か礼をせねばならんな」
オプスキュリテが優雅に一礼してから思案げにおとがいに指を這わせる。いちいち所作が官能的だな?何人男喰って来たんだろう?
「じゃ一発犯らせて」
オプスキュリテは一瞬驚いた様に目を見開いて、それから面白そうにくすりと笑う。お、可愛いな。
高身長褐色美女のダークエルフ。
種族は違うし性格とかも違うだろうが、ちょっとアーニスに似てるな?アーニスは地黒ってより、日焼けで色が黒かったな。だってアイツビキニアーマーだし。あと腹筋バキバキだったし。
オプスキュリテはそこまで露出の高い衣服ではないが、胸の谷間や腰に深く入ったスリットから覗く絶対領域は魅力的だ。
「ふむ、命の代価か。…解った。お前の一夜の妻になろう。ベアナックル」
簡単に了承してくれたぜ。イエーイ。
「ラッキー」
俺が喝采を上げる。
「ぷーっ」
シルクが膨れるが気づかないふりをする。
人間であるプリムよりも、ダークエルフのオプスキュリテの方に対抗心燃やしてるっぽい。
別にオプスキュリテはちゃんとした妻にする気は無いんだけどな。エルフ種は孕み難いし、一発犯しても妊娠すまい。
勇者に攻撃されかけたオプスキュリテの元にヘラ婆が駆け寄る。安心させる様に微笑むオプスキュリテに抱き着いてるヘラ婆の目には涙が浮かんでる。やっぱり母娘かな?後で訊いてみよ。
そんな風に、戦闘終了の弛緩した空気の中だった。
「…やぁ…」
「おや?―――」
その男はふらりと現れた。
☆☆☆☆☆
声のした方を振り返ると、堕天使マハの胸から剣が生えていた。
「おやおや?僕の体を貫けるの?それって…まさか…」
「勇者エスペルの寝首をかこうと窺ってたけど、アンタのがヤバイしな」
剣が引き抜かれ、大量の血が噴き出す。
「えー…そんな理由?」
キョトンとした顔のマハが胸を抑える。あんなんじゃ死なんだろうし余裕そうだが、ダメージはあるらしい。
そしてマハの背後から現れたのは―――
「クリーガーっ!」
あんの野郎!そうだ!なんか忘れてると思った。絶対殺してやろうって決めてたのに…何故今の今まで忘れてたっ!?
「ぬっ!」
ヴェルスタンディッヒが見えない何かに弾かれ吹き飛ぶ。
(圧縮された風の弾丸?)
まぁ吹き飛んだ先でくるりと宙返りして着地してるけど。なんかこの世界、見た目冴えないオッサン強過ぎないか?まぁあんま目立つ気の無い俺も、年食ったら冴えないオッサンに成り果てそうな気もするが―――そんな事より。
「ぐおおっ!」
「むっ」
今度はザハブとネザーランドに筋肉の塊がぶつかり弾き飛ばす。
「勇者のピンチに駆けつける仲間達…英雄譚かよ」
勇者ランスロットの側に、エクレーラ、グレイス、クリーガーが揃う。
「すまんな。プリムは置いて行く」
「だ、だめだ…プリム…」
クリーガーが冷めた声で告げるが、ランスロットは手首から先の無い右手を伸ばして俺達を見て来る。
「……エスペル……」
そんな兄に怯えるプリムが俺に甘えて来るので、その顎を上向かせ―――
「んむ…っ」
キスをしてやる。プリムは安心した様に目を瞑る。横目でランスロットを見やると絶望した様な表情をしてる。良い気味だ。
「安心しろ。俺が守ってやる」
「うん…」
肉便器として、性奴隷として、妻としてな。
「エクレーラ」
クリーガーが促すと…
「ええ」
女魔法使いエクレーラがローブの懐から何かを取り出す。
「今度は何をする気だっ!これだけの事をしておいて簡単に逃げられると思うなよっ!」
いい感じに黒く煤けたライオン丸が吠える。コイツ出て来てから一番何もやってないくせに一番偉そうだな?もしかして声のデカさで偉さが決まるのか?獣人て。
「またな、勇者エスペル。次は死んで貰う」
「次?次なんてあると思ってるのか?」
流れは良くなってる。
五賢人とやらが出て来た時は、俺達もランスロットも同罪みたいな感じになっていた。
しかし、ランスロットが暴れてくれたお陰でオプスキュリテを成り行きで助け、なんとなくランスロット達勇者パーティージャスティスが悪者っぽくなってる。
オプスキュリテ達を手伝って、皆でボコって袋叩きにしちゃおう。いや実際俺達は被害者だもんな?
そう俺が楽観視した時だった。
「じゃあな」
クリーガーが呟くと、奴等の足元に魔法陣が展開する。
(なんだ?バフでもかけて―――)
シュッ!―――
ランスロット達が消えた。
穴の開いた風船から空気が漏れる様な音を残し、忽然と姿を消したのだ。
「空間…転移…魔法…」
誰かが呟く。
この世の常識だ。
空間を操る魔法は、奴等の専売特許。
それ即ち―――
「魔族―――魔王軍…」
空間魔法を自在に操れるのは、魔族の中でも高位の者。魔王軍の幹部クラスだと、言われている。
こうしてフォボス街で起こった戦闘は、突然始まった時と同様に、唐突に終焉を迎えたのだった。




