婚姻魔法の真の恐ろしさ
「ぐっ!?」
「エスペル…無理しないで?」
呻き声を上げて体を蠢かすと、気遣わしげにシルクが見下ろしてくる。
「ああ、だいじょーーーいてぇっ!」
あの女からのダメージが抜けてねぇ。くそがっ!
魂がやられている。
(肉体も精神も鍛えられるし無限に強く出来る。だが魂の鍛錬は別って事か………)
インチキ宗教のスピリチュアルな詐欺話じゃねぇ。魂ってのは肉体や精神の、さらに大元となるものだ。この世全てのエネルギー源だ。目に見えない内臓とでも言うべきか。
本来なら再生復元不可能な四肢や内臓や脳味噌を元通りにして復活出来る蘇生魔法。そんな神の御業のヒントはそこにあると思うんですよ?いたたたた………
(くそっ…いつもならとっとと回復魔法かけて治してるから痛みがウゼェな…思考が乱される)
死ぬ程の怪我ではない。致命傷に至る前にキャンセル出来るから恐怖はゼロだがノイズか半端ないぜ。
今の俺はパフォーマンス下がりまくり、普段の三、四割いけるかどーかってところか。
「だが、怪我の功名ってヤツかね?」
流石の俺も魂なんてあやふやなシロモノ、普段は知覚する事すら難しい。だが別居中のメンヘラのストーカー行為のお陰で、否が応でも認識する。
(魂が傷付けられた―――その自覚症状)
正確には魂を固定する鋳型の様な物に亀裂を入れられた感覚だな。魂自体は不変で不滅なんだろう。魂の破壊とはこの人間の鋳型の破壊か。よって魂の形は維持されずに拡散する。
(これがエルフの言う精霊化か。仮説だけどな)
そして肉体や精神は魂の形に引っ張られる。つまり、俺の魂の鋳型を修繕しねーといくら回復魔法をかけても治らない。
「いてて」
実際回復術式をぶん回してないと首が千切れそうだよ。頸動脈が切れたら大出血、神経切れたら全身麻痺だ。だからって顔の傷を放置してたら全部の穴から血の源泉垂れ流しで通行人にドン引きされちゃうわ。
なので結局全身に回復魔法全開でかけてっから脳が焼き切れそうだわ。
「絶対安静だなこりゃ」
鋳型の方は集中すりゃ修復出来そうだが、何日かかかるな。その間あまり無茶は出来ねぇぜぇ。
「―――だがそれはつまり、魂の知覚、コントロール、成長をする千載一遇のチャンス」
いつまでもあのメンヘラ鬼嫁にビビり散らかしてるのは腹立つからな。魂を狙い撃ちにしてくる攻撃を、次はなんとかしてやるぜ。
「て、いてーーーっ!」
やる気を燃やしてたら回復魔法が切れて顔と首から血ぃ出たわ痛い。
「エスペル!めっ!おとなしくしててっ!」
俺を見下ろしてる妻にも叱られた。
ま、魂の修行は後でやるとして、やはり今の俺は弱体化ナウ。
雑魚相手にゃ負けねーだろうが戦闘は、クエストは避けよう。
いざって時にシルクを守り切れないかも知れん。
「馬鹿高い買い物したから早めにここを離れたいんだがなぁ…」
ギルド銀行とロメロン信金の口座引き落とし履歴に『婚姻契約魔法代』と記帳されちゃうからね。
ケイオス地方にはそうそう簡単には来れないと思うけど、どっかの猪突猛進脳筋女騎士とかなら真っ直ぐ魔境を突っ切って突撃して来そうなんだよね。
(力押しで来るパワー馬鹿はそれを上回るパワーで簡単にねじ伏せられる)
だからあの馬鹿にもアッサリ勝てたけど、フロイラインは普通に強くて才能があった。
単純馬鹿は挫折も知らないから成長スピードも早い。
次会った時、別人みたいに強くなってたらどうしよう。
次会った時、お腹がぽっこり膨らんでたらどうしよう?
「逃げようそうしよう」
「どうしたのエスペル?」
「いやなんでもね」
俺は今シルクに膝枕されている。まぁ膝上辺りから下は俺が斬り落としちまってるけど、太腿はあるからね。太腿枕やね。
「それでさっきの話はマジ?」
それにしてもシルクからとんでもない事を聞いた。
「そのハイエルフ様ってのがちょくちょく迎えに来てたせいなのか?お前がちょくちょく自殺してたのは」
そう言う事らしい。
俺に堕とされた後もずっと死相が見えていたのもそのせいだ。
悪意じゃなく善意で自殺させようとしてたのが質が悪過ぎる。
理屈は解るよ?
俺みたいな人間男の性奴隷に染まる前の、綺麗な心のまま死なせてやろうってなぁ、ある意味親心かも知れん。知ったこっちゃねーがな。
「私が人間を…エスペルを愛して、ハイエルフに成るのを拒まない様に…未熟だけど世界樹の所に召し上げようとしてたみたい」
「待て待て待て待て。つまり、お前が自殺しようとしてたのは…世界樹の意思なのか」
ハイエルフ様って奴の独断専行じゃないのか?それはマズイぞ。
「ん〜〜〜?世界樹はそうでもない、かな?ハイエルフ一人二人増えたり減ったりしてもびくともしないし」
…なるほど?まぁ世界樹そのものやハイエルフの集団がシルクの命を狙ってこねーだけでもマシか。
だがシルクの奴も平然としてやがる。
エルフの死生観ではそうなのか。大気中に満ちる万物の素、精霊と死後同化すると信じられている。
徳を積む?で良いのか?エルフとして立派に生きたり、ハイエルフとなった者は死後も自我が残り精霊として永遠を生きる。
つまり、今生きている現世はあの世での待遇を決める修行の期間て事らしい。
なんか達観してる宗教観やね。んでもって、人間と混じり穢れるとハイエルフ化、精霊化が阻まれると。まぁ人間界の宗教は欲に塗れてズブズブだもんに。
「世界樹とコネクト出来るハイエルフが多いと世界樹から引っ張れる力が増すんだろう。エルフ共の事情ってヤツかね」
一つの里に一本の御神木に一柱のハイエルフ。
なるへそ。そりゃ確かに欲しいわな。
高次元存在について難しく考えるから訳解んなくなる。シンプルに考えればシルクは、世界樹を崇めるエルフ達にとって利用価値の高い駒に成れる存在だった。
ハイエルフへの進化後に精霊化した方がお得だけど、人間に穢されてハーフエルフ産んだり人間を愛して改宗?まぁ俺は無宗教だけど…してしまうよりかは、エルフのまんま死んだ方がマシって事ね。
「何が世界樹の祝福か。呪いの間違いじゃね?」
自分の為に命を奪おうとするのが理不尽で神様っぽいな。燃やしてやろうか?いや世界樹は無関係なのか?ややこしいなぁ…
「あのクソババア適当な事言いやがって」
今は別宅にお引越しナウのヘラ婆さんに文句を言う。この店の結界は粉々にされちまったからお引越しすんだとよ。
アビ横にまだ別店舗あるらしくて、そっちに移って本店にするらしい。フォボス街の大通りには観光客向けの店も経営してやがんだと。何気にやり手ババアだったわ。
「この店はどーすっかなぁ」
原状復帰か買取を求められております。
まぁ買い取っても良いけど使い道も無いんだよね。取り敢えず保留にしてあります。お金ってより、アビ横やフォボス街の顔役達に話つけるのが面倒臭そう。
「よっこいせ」
俺は寝返りを打って姿勢を変える。
「うふふ」
シルクのお腹に顔を埋めると凄く嬉しそうにしてる。いつも俺が抱っこしてたから、こうやって俺が甘えて来るのが新鮮で楽しいらしい。
イチャイチャ新婚タイムで股間も大爆発しそうだけど、痛くて疲れててそれどころじゃねぇ。
「性欲も湧かないって事は、俺の性欲は有り余る魂エネルギー由来って事かな?」
魂の鋳型の亀裂から魂エネルギーが漏れ出て行ってる感覚がある。それをなんとか抑え込もうと修繕に忙しいし、同時に同じ箇所からの出血とか肉体の修復も行っている。んでもって肉体と魂を繋ぐ精神も疲弊してる。
これはキツい。
やってくれたなクソ女が。
(…魔王姫の呪いが強いのか、世界樹の呪いが強いのか解らん…)
アイツの呪いを世界樹の加護が守ったなんざフカシもいいとこだぜ。どっちかっつーと、呪いに呪いをぶつけ、毒を以て毒を制した様な感じやんけ。
「アイツの婚姻の呪いがある限り俺は結婚は出来なかった。世界樹の呪いがある限り…向こうの主観だが…シルクの魂が穢れちまう前に自殺願望がサブリミナルされる」
聞いた感じだと『世界樹と一緒になろ〜幸せだよ〜』と言う波長をハイエルフ様が引っ張って来てたらしい。ハイエルフ様がシルクを自殺させようとした訳でも、世界樹が自殺幇助した訳でもない。
『美味そうな料理を喰う』
『いい女を犯す』
『眠いから寝る』
『世界樹と一緒に成る』
…ていう感じに欲求が追加されるらしい。めちゃめちゃ怖ぇよ。かつて人間が世界樹を手に入れようとして妖精郷に攻め込んで全滅した話を思い出したよ。精神力や肉体が弱い者は世界樹に取り込まれる。
勇者や魔王よりも、古の神々のがヤバイってのがよーく解るぜ。
まぁとにかくなんだろう。
本当に上手く相殺しとるな。
あの女からの干渉が減ったわ。
(これだけシルクに真正面から好意、愛情を抱かれて逃げたくなってねぇ)
実際、単品だと死に至る別々の毒素を同時に摂取すると打ち消し合って致死性が減るって話は聞いた事あるが。正にそれかしら。
「シルクは別にエルフの宗教観を捨てた訳じゃないんだろ?」
「でも私、エスペルと生きたい。ハイエルフ成らなくて大丈夫」
「うーん。そうね」
一応改宗した事になるのか?あの婚姻魔法は俺と永遠を誓うものだった。生まれ変わっても俺を愛する。つまり世界樹の手下には成らねーって事だな。ざまぁ、耳長どもめ。
「お前らの大切なニアハイエルフ様を、俺の嫁にしてやったぜ」
「うん、私達夫婦ね。私エスペルの奥さんよ」
シルクが微笑み、俺は嘲笑う。
そんな感じに楽観的な俺だったが…冒険者ギルドへ赴いた時、流石に笑っていられない状況となるのだった。
☆☆☆☆☆
「ご結婚おめでとうございます。エスペル様、シルク様」
フォボス街の大通りにある冒険者ギルドにてシルクをメンバー登録しようとしたら、受付嬢がそんな事を言ってきた。
「初対面ですよね?」
思わず敬語になる俺。
「はい、そうですね。でもご結婚されたんですよね?」
当然の様にそう返して来る獣人のお姉さん。耳もふもふしてぇ、尻尾にぎにぎしてぇ。
「何処でそれを?」
まさかヘラ婆が言いふらしてる?いや、するかそんな事?
「いえ、解りますよ?あ、シルク奥様のご登録ですね。もしもの場合は奥様に全ての財産権利が譲渡されます。お子様が出来たらお子様にも相続権が発生します」
ペラペラと喋る内容が右耳から左耳を通り過ぎていく。奥様奥様お子様と連呼されてるシルクさんはご満悦だよちょっと待て。
「む?つまり…いや、まさかな…」
「あれ?エスペル様?」
俺はシルクを椅子に座らせるとギルドを飛び出した。
そして大通りを見回し、ちょっと遊んでそうな娘に話しかける。ナンパだ。
「ねぇ君今から遊ばない?」
俺より少し年上くらいのお姉ちゃんです。勿論獣耳の獣人さんですよ?俺獣人まだ犯した事無いんだよね。是非犯りてぇなぁ。
「ん、いいけど…でも…」
獣耳姉ちゃんは俺をチラチラ見ながらもあまりヤる気を感じない。
反応が芳しくないが、邪眼は使わず素の俺で試してみる。でなければ意味が無い。
「だめかい?」
「…アンタ既婚者でしょ?遊びたいなら娼館行きなよ」
そう言ってその獣娘は去って行く。
………………………なるほどなるほど。ようく解った。
「あのクソババア。きっちり説明しやがれってんだ」
呪いや祝福には、魔法の抵抗力の低い者に強制的な暗示を植え付けるものがある。
動物や精霊に愛される祝福、動物や人間に何故だか嫌われる呪い。
これはその類のものだ。
俺を見る人間は特に理由も無く、俺が妻帯者、既婚者だと認識するのだ。
☆☆☆☆☆
婚姻魔法。
その契約魔法の強力さが浮き彫りになった。
「うん、非常にまずくない?」
今はシルクを抱っこしながら大通りを移動中だ。取り敢えず適当な宿屋を見つける。なんだったらメルカトルを頼っても良いだろう。
ギルドにてパーティーメンバーを確認したら、ウインディが勝手に加入してやがった。
あと、本来ならあるはずのヴェーツェの名前が無く、あったのはナハティ・ガル・フォーゲイルと言う聞いた事有る様な無い様な名前だった。
「フォーゲイル王国の家出王女。ヴェーツェの本名か」
まぁあのピ、ピ、ピ?なんとかって冒険者パーティーと揉めた時にそんな話してた気もする。あの時俺何してたっけ?
…あーなんか女二人犯してたな。襲って来てムカついたからスッキリさせて貰ったんだった。たくさん出しといたけど、子供出来てっかな?まぁどうでもいっか。
(ヴェーツェ…じゃないナハティか。ウインディにルピア…からバリュー市の連中全員。アーニスも。あとこれから会う者達全てに…)
「俺が既婚者だって見たら解るんか」
軽く絶望なんだけども。
「シルクも同じか」
「うん。この見た目だと奴隷って見られるか、良くて愛妾かなって思ってたけど。見る人会う人、私の事エスペルのお嫁さんだってちゃんと解ってくれる。嬉しい」
シルクさんはニッコニコです良かったね。
見ただけで人妻と解る。うん、まぁシルクはそれでいいや。
世の中には他人の夫や人妻じゃないと欲情しない特殊な人達も居るが、だいたいは既婚者だと冷める。冷めると言うかリスクを考えてしまう。
この世界、あんまり正式な結婚をする人間は実は多くない。役所に届けたりはするが、小さい村や町だと適当で雑だったりする。
家族、家人として登録はするがどれが誰の妻で子供だか解らなかったりする。
だいたいは子供が出来たら一緒に住むとか、そうでなくてもなんとなく一緒に住んでて周りから夫婦なんだ?みたいに思われる感じ。
俺も実際母子家庭で父親の蘭は空欄だし。そもそもカドイナ村の戸籍登録は適当で、もうとっくに死んでる祖父母や伯父と母親と俺の名前が混在してた。
母親が死んだ時にもう死んでる人間は整理したよ。ありゃぁ人頭税を徴収する為にわざと死亡扱いしてないんじゃね?逆に人頭税取られない様に子供生まれても戸籍登録しなかったり、一緒に住んでて事実婚状態なのに戸籍は家主一名だったりする事もありそうだ。
貴族以上だろうか、キチンと結婚したり結婚式を挙げたりするのは。
つまり、結婚してる奴ってのは貴族や王族とか結婚出産も仕事に入ってる身分の連中。
もしくは『俺は一生涯この女しか愛さねぇぜ!』ってゆー覚悟ガンギマリ野郎ぐらいって事だ。
「仕方無ぇな。まぁ無理矢理犯せば関係無いか。邪眼もあるし」
この街に滞在中に獣人娘は犯したいよね。
(だが気をつけないとな…)
これからは深い仲になった途端に、結婚を迫って来る女が増えて来るはずだ。
「ううむ。ノリで結婚なんてするんじゃなかったなー」
俺がそうぼやくとシルクが泣き始めた。
ありゃりゃ、どったのかなー?
「エスペル、酷い。私愛してない?」
泣かした泣かした。悪いのは俺さ〜。
「愛してる愛してるさ」
愛してる。けど他の女も犯したい。駄目かね?
「私にはエスペルしか居ないの。捨てないで」
「捨てない捨てない。俺はシルクを一番愛してるよ」
(だから二番目と三番目とか増やしても良いよね?)
「うぅ〜エスペルが違う女の事考えてる〜」
ぎくり。
「ソ、ソンナコトナイヨ〜」
(女の勘怖っ)
しくしく泣くシルクを俺が抱いてあやす。
(…確かにこれは、強力な術式だぞ?まずいな…)
めそめそ泣く女なんてクソめんどくせーだけなんだけどな。ホーミィやルピアが泣こうがアーニスが泣こうがどうでも良かったし、ウインディは泣かすのが楽しかったが、シルクは違う。
(泣かれるとどんどん愛しさが増してくる。やべぇ)
古代の遺産、婚姻魔法をなめていた。
周囲に影響を与えるどころじゃねぇ、俺の意識まで改革すんのかい。まいったね。
「あぁもぉ、泣くなよ?ちゃんと犯してやっからよ。気持ち良くしてやるよ〜」
(獣っ娘の獣耳モフりながら犯したい。あ、メルカトルん所の獣人一人借りるか)
「うぇ〜〜〜ん。私の長い耳じゃだめなのぉ〜」
おお?これもまさか婚姻魔法の影響か?
心の中まで解っちゃうの?
女の勘てレベルじゃねーもんな。
「私の体をこんな風にしたくせに…酷いよぉ」
メソメソ泣くシルクさん可愛い。
「ああ、解ったよ。もっと酷い事してやるよ」
「ん…ぅん…」
そうなんだよね。最初の頃乱暴に犯してた所為か、シルクも乱暴に犯されるのが好きになっちゃったっぽい。
(まぁ今夜が一応正式な結婚初夜?になるのか。存分に可愛がってやろう)
俺がシルクを抱き寄せて唇を奪う。
シルクは目を瞑り、その瞼から涙が零れ落ちる。
そんな時だった…
「おい、貴様」
何者かに声をかけられた。
「ん?」
誰だ?知らん奴だな。
「そのエルフは、何処で手に入れた?」
「あん?」
いやマジで誰だコイツ?
金髪に青い目の美青年だ。俺より少し年上かな?
装備は良いな。使い込まれた鎧に剣。魔力も高い。
(強そうだな)
俺と言うかシルクを睨みながらそいつが名乗って来た。
「僕はランスロット。囚われのエルフを救けに来た」




