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エルフの嫁入りその12 福音と受胎

(―――………ここ、は?)

 私は無意識の中を、無我のまま漂っていた。

 見えない様で見える。

 明るい様で昏い。


 これは精霊化?

 大気の精霊と私の意識が同化している。

 つまり私は―――


(死んだの?)

 悪妻との夫の引っ張り合いに負けたのだろうか?いえ、まだよ―――


(エスペルの手は私が握ってる)

 かろうじてだが、私の魂がエスペルの魂を握り締めている。これを手放さい限り、あいつにエスペルは渡さない。

(例え二人死んだとしても、必ず来世で添い遂げてやる――――――!)


「死んではいないよ。シルク………」

(ハイエルフ様!?)

 懐かしい声が聴こえ、眩しくも暖かな光が差し込んで来た。


 イメージがこの世界を構築しているのか、明るい闇の世界に、うちの里の森が生まれる。

 枯れて倒れた御神木も元通りに存在する。懐かしき、愛しき我が故郷。


「シルク、仕方の無い子だ」

 御神木から光が溢れ出す。

 その光は我が里の里守、ハイエルフ様の形となる。

「迎えに来たよ。シルク」

 ただその姿は幼く、あどけない少年の様な姿だ。あの立派なお髭と逞しい筋肉は無い。だがハイエルフ様だと解る。


(迎えに?)

 私は体が無いのに首を傾げる。

「何度か迎えに来たのだけどね。その度にその少年に邪魔をされた。今回は最後の、最大のチャンスだと思って無理矢理チャンネルを繋いだのだがね。まさか魔王姫の婿とはな。とんでもない男に引っかかったものだよ」

 ハイエルフ様は嘆息するとこちらを真っ直ぐに見てきた。


「私は死の間際に後継者を選別せねばならなかった。そしてシルクを選んだ」

(何故私を?カレイジャスとか他にも、私より強くて賢い者も居たでしょう?)

「ハイエルフに進化出来る者は、単純な強い弱いでは決まらない。才能があって、さらにタイミングも大事だ。本来君がハイエルフとなるにはあと数百年はかかるはずだった。私が死んだため前倒しするしかない状況ではあったが」


(はぁ…そうなんですか?)

 雲の上の存在に急に進化出来ると言われても、喜びよりも戸惑いの方が強い。

「そして、死に直面し精霊化しかけていた私は君の未来が大きく分かれているのが視えてしまった。ハイエルフ化し我等の仲間になる未来と、もう一つの別の未来…」

 ハイエルフ様が私の手を…今は肉体がある様な無い様な不思議な感覚だが…指差した。

 正確には私の手が握る、エスペルの手を見ている。


「ハイエルフへの進化を捨て、その人間と共に歩む事を選ぶのか?」

(はい。私はエスペルと一緒に居たい…)

 私の魂の手が、エスペルの魂の手をさらにギュッと力強く握り締める。離す気は毛頭無い。


「私の肉体が滅び、精霊へと進化する直前、君には逃げろと言ったはずなんだがな」

 確かに言ってた気もするけど…

(あの時他のエルフに押し退けられましたので)

 私の所為じゃないもん。


「ならば最後に、今一度問い直そう。本当にその少年と共に生きる事を選ぶのか?その者は覇道を征く宿命を背負いし者。シルクよりもさらに未来は不透明だ。世界を救う勇者にも、世界を滅ぼす魔王にも成れる。その者と共に居れば悪魔共と戦い続ける事になる。人間、エルフ側から恨まれる未来も有り得る。婚姻契約魔法も所詮はただの術式に過ぎない。今度こそ魂を滅ぼされ、転生も精霊化も出来ずに無に還るかも知れないよ?」


(はい選びます)


「その男はこれからもたくさんの女と子供を作るだろう。最後に君を選ぶかは解らないよ?」


(いいえ、選ばせます)


 そう言い切るとハイエルフ様は笑った。

 強くなったな。と、そうポツリと呟いた。

 里守のハイエルフ様は里皆の父親であった。私はハイエルフ様の娘だった。


「そうか。これも運命か。ハイエルフへと成れるはずの者が人間と惹かれ合い、歴史を紡ぐか」

 ハイエルフ様の姿の輪郭が光に溶けてぼやけていく。

「私の意思とはまた別…」

 懐かしき森の景色も闇に呑まれて行く。

「我等が神は我が子を見捨てない」

 消え行くハイエルフ様が、私に両掌を差し出して来た。


 揃えた両掌は少しの土を、掬い取った様に優しく包んでいる。土の中には小さな芽が顔を出していた。

「ニアハイエルフ、シルクよ。世界樹の祝福を、君に…」

 その芽を受け取った次の瞬間…


パキィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ…


 …その時、私の御神木が割れて倒れる音がした。

 運命の分岐点。

 もしも私がハイエルフ様の提案を受け入れハイエルフへと進化した際、あの芽が大樹へ育ち、新しい御神木として里を守ったのだろう。

 その未来が砕け散った。


(でも、まだ私を守ってくれるの?)

 見下ろす私の両掌の中には、土から生えた芽がこちらに笑いかけてくれてる様だ。

 この娘は私を選んでくれた。

 土に根を下ろし、森を広げる本来の役目ではなく、勝手気ままに生きる人間男と添い遂げようとする、正に不良エルフなんかと共に生きる事を、だ。


(ならせめて、貴女も一緒に暮らそう?)

 森を生やせる土地はあげられないが、せめて一緒に笑ったり泣いたりしたい。出来たらエスペルとも一緒に―――


(私の中においで…)

 私が両掌をお腹に近付けると、吸い込まれる様に芽が私のお腹の中に消えて行く…

 そして私は―――



☆☆☆☆☆



「…まったく、呆れた娘だよ。折角自由になれるチャンスだってぇのに。人間男にゃ惚れるなとはよく言ったもんさね。アンタも、この老いぼれみたいに独り寂しい老後を過ごせばいいさ」

 目が覚めた時、私を抱き上げているヘラと目が合った。

 私はバッと身を起こし辺りを見回す。

 エスペルが血だらけで倒れている。

「エスペルっ!」

 私は風の精霊を操りヘラの膝上からエスペルの元へ飛んで行く。


「エスペルっ!エスペルっ!」

 泣きながら呼びかける。

 私の長い金髪が垂れてエスペルの血で汚れるがどうでもいい。涙が零れ落ちてエスペルの顔の血を滲ませる。


「……………ぐっ…」

 エスペルが薄く目を開ける。

 揺れる黒い瞳と目が合う。

「エスペルっ、エスペルぅ…」

 私はボロボロ零れる涙もそのままにエスペルの顔に頬擦りする。


「ゲホッ」

 エスペルが血の塊を吐き出し、私の服を汚すが気にならない。むしろこの服でエスペルの血を拭かなきゃ。

 エスペルは顔中血だらけだ。目、口、鼻、耳からも血が流れてる。可哀想に。

 内臓や骨もやられてるのが解る。

 こんな事をする本妻なんて要らないだろう。

 離婚だ離婚。だけど―――


(くそっ――――離婚させられなかった。完全略奪、失敗………)

 悔しいが、エスペルへの愛…て呼ぶのはムカつくわね?妄執とでも形容しようかしら?…エスペルへの妄執は本物だった様だ。


 同率二位。魂の感覚で解る。

 本妻を蹴落とすのは失敗した。

 現在はエスペルの正妻は二人。

 魔王姫であるあの女と、私が様に並んでいる。業腹だが同格だ。準魔王クラス相手なら大金星だろうが納得いかない。


 が、まぁ今はこれで良しとしよう。

(必ず私が正妻の座に…子供…子供だ、早く産もう…)

 私は新たな決意を胸にする。


「魔王眼…相変わらずの高火力だな」

 エスペルがボソッと呟いている。

「いててて、体が動かん」

 続いてちょっと痛がってる。エスペルはようやくいつもの感じに戻ってた。外見も酷いし、内臓や骨も酷い。何より魂の状態がかなり酷いのに、なんだか軽い反応なのは呆れてしまう。

 けど、ホッとした。

(良かった………)


「……………た、助かった」

 ヘラも床に座り込み、改めて深く息を吐き出している。

 安堵と共に脱力が遅れてやって来たのだろう。

 部屋の中もめちゃくちゃになっている。結界も破壊されているだろう。

 エスペルはその惨状を目にして小首を傾げている。

 ヘラは汗を拭いながら呆れた様にエスペルに言ってくれる。


「良かったねアンタ。その娘は、何か大きな加護を得ていたよ。その娘を守る者が厄災を肩代わりしたんだ」 

 エスペルがびっくりした様な顔で私を見上げて来る。可愛い。

 私が微笑むとエスペルは少し照れた様に目線を外す。もぉ、素直じゃないんだから…


「この娘、死にそうな目に何度も遭ってるだろう?でも助かった。それは守られてたからさ。しかしアンタの受けてた呪いを肩代わりした所為でその加護も大分弱まったよ。失ってはいないようだけどね」


 ヘラは私達に近寄って来ると私の頭を撫でてくれる。

(…うん?あぁ、そうか。そう言う事ね―――………)

「守っておやり。アンタにはその責任がある」

 ま、後でいっか。

「責任とか一番嫌いな言葉なんだけど」

 エスペルが上体を起こしたので抱き着く。ああ、エスペルだ。良かった。取られなくて良かった。


「好き。エスペル。愛してる」

 笑い泣きみたいになりながら告白する。

「ああ、俺もだよ」

 エスペルが私の髪をかき上げて長い耳に触れてくれる。


「シルク愛してる」

 口付けを交わして愛を確かめ合う。

 この日この時、私とエスペルは結婚し夫婦となった。


 エルフ的には、妖精郷の世界樹の前での結婚式が最高とされる。

 それと比べて私の結婚式は最悪な部類だろう。

 ケイオス地方、混沌山脈の麓のフォボス街。

 アビス横丁の、ダークエルフの血を引く半魔人の営む魔法屋の地下の儀式場にて。

 出席者無し。

 サプライズゲストに魔王姫とハイエルフ様。

 里で仲良しだった、夢見がちなエルフの娘が聞いたら卒倒しそうな結婚式である。


 それでも私は幸せだった。

 絶対にこの世で一番幸せなエルフになってやる。

(必ず元気に産んであげるからね?)

 そうして私は無い腕の代わりに、精霊の力でお腹を優しく撫でたのだった。

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