エルフの嫁入りその10 エスペルと結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚!
「今ある契約魔法はコレだね」
ヘラが机の上にスクロールを並べる。ちょっと嫌な感じがする物も混じってるわね。
「奴隷契約。これは一般的なヤツだね。主人に逆らえなくなるヤツだ。強く念じて命令すれば言う事を聞かせられるよ。あとは主人に害を及ぼす事は出来ないよ。楽しんでる最中に殺したり、寝てる間に逃げたり出来なくなる」
隷属の首輪と同じ効果よね。
これは…違うよね?必要無いよね?私はもう、エスペルの愛の奴隷なの。こんな物が無くても私はエスペルだけを愛するわ。
「自害は防げるか?」
自害?なんで?私はエスペルを置いて死んだりしないわ。むしろ種族的にもエスペルが先に死にそうで怖いのに。
ヘラは首を傾げている。
「どうだろうね。奴隷が主人の財産て認識なら自害は防げるかも知れないが…」
「奴隷か」
エスペルが悩んでるのが解る。
なんで悩むの?
私にこんな術式要らないよ?
私がエスペルに身を寄せる。
「奴隷に産ませた子供は?」
(子供―――エスペルとの赤ちゃん?)
「奴隷の身分になるね」
(…………………それは、嫌だ………)
私の心が昏く澱み、闇や邪に属する精霊が感応する。しかしその時―――
「!?」
(なに?………)
その時、エスペルの中で何かが決まったのが解った。
先程と面構えが違う。
「奴隷契約は無しだ。他には無いのか?」
(……………………良かった…)
私は奴隷にはならずに済んだ様だ。もしもエスペルが強く望んだなら、きっと私は拒み切れなかったろう。
エスペルに悟られないようにそっと息を吐く。
ヘラはそんな私をチラリと見た後に次のスクロールを指し示す。
「そうだねぇ」
「?」
(あれ?)
「使い魔契約」
ヘラが敢えて嫌な感じのするスクロールを除けたのが解った。
「パス」
「主従契約」
…………多分、今のエスペルが求める様な、ピッタリな術式があったのだろう。それを―――
「パス」
(………外してくれた?)
そしてヘラは、最後の最後だと言わんばかりに勿体をつけて一つのスクロールを取り出す。
「じゃぁこれならどうだい?古代遺跡のダンジョンから出土したスクロールだよ。かつて栄華を極め、そして滅んだ国の…古の契約魔法さ」
(凄い…………)
私が戦慄する。
御神木…いや、世界樹の枝葉で作られたマジックアイテム並の神聖さを感じる。ヘラの言葉が真実なのだろうと思わせるだけの凄味が、その古ぼけたスクロールから漂って来る。
「そんなん大丈夫なんかい?」
しかしエスペルは懐疑的だ。確かに良い物と思わせて偽物とか、呪いのアイテムだとかのトラップの可能性はまだある。
「安心しな。解読はされてるよ。悪魔と契約したりする訳じゃない」
ヘラの自信たっぷりの態度に、エスペルも信用する事にしたらしい。
「内容は?」
(どんな契約なのかな?)
「婚姻魔法さ」
「…………………」
私とエスペルが見つめ合う。思わず胸が高鳴り顔も熱くなる。
「婚姻…結婚かぁ…」
エスペルがぼやいているが私はそれどころではなかった。
(けけけけ結婚。エスペルと結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚!)
私の頭の中がそれ一色に染まったのだった。
☆☆☆☆☆
「結婚結婚エスペル結婚しる」
私は人間語でまくし立てる。そうだ、これだ。これしかないっ!
人間で言うところの婚姻届け、婚姻誓約書等はその国やその文化圏に依存すると言う。人間の世界で結婚をしてもエルフの里では通じない。
逆にエルフ同士の婚姻が成されていても、それをハッキリ証明する書類等つくらない。人間世界には通じない。
(古の婚姻魔法。これがあれば―――)
エスペルとの魂の結び付きを、絆を確実なものに出来る。
私の心に感応した精霊達も一斉に騒ぎ出す。私の失くなった手足の代わりにドレスの裾をバサバサとはためかせ、店内の怪しげな商品類をガタガタ震わせる。
(あ…エスペル困った顔してる)
だめ。彼を困らせたくない。でも止められないこの気持ち―――!
「落ち着こうかシルクさん」
年季の入った店の柱がミシミシと音を立て始めた頃、エスペルが私をぎゅっと抱き締めてくれた。
赤ん坊をあやすように背中をぽんぽんされる。
(うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)
嬉しいがそうじゃない。
もどかしさでおかしくなりそうだ。
(早く、早く婚姻契約を!ヘラの気が変わる前に!誰かに買われちゃう前に!)
他の誰かが突然現れて、あのスクロールを横から買っ拐って行ってしまう妄想が私を苛む。
買って買ってあれ買って!
欲しい欲しい欲しい欲しい!
(お願い…通じて―――?)
私達通じ合ってるよね?愛し合ってるよね?私はエスペルが好き。エスペルも私が好きでしょう?お願いだから―――
(だいじょうぶ…よね?)
エスペルは私を安心させる様に優しく微笑んでくれているし…
「んで、内容は?」
エスペルが私の髪に口付けしてくれ、少し落ち着く。私に感応していた精霊達も落ち着く。カタカタ動いていた店内の商品の音も鎮まっていく。
「ん?ああ、ちょっと待ちな」
ヘラは辞書を取り出しスクロールを読み始める。古代語の辞書みたい。でもページの端にところどころ書いてある走り書きはエルフ文字?もしかして…
(ヘラもエルフ?)
半魔族と言うのも嘘ではないだろう。片親がエルフなのか、それとももしかして――――――
「………ふむ。ま、生涯を誓わせるものだね。あと来世…だね。未来永劫、輪廻転生した後まで添い遂げるそうだよ。古の神々の名前も刻んである」
(え?なにそれ凄く良い)
私はヘラの正体とか一気にどうでも良くなる。
「厳ちーな」
厳つい…確か人間語で凄いとか強そうって意味よね?ふふっ、エスペルにもこのスクロールの凄さが伝わったみたいで良かったわ。
(これでエスペルとずっと来世も、未来永劫生まれ変わっても一緒に居られる)
人間感覚の輪廻転生とエルフの死生観宗教観は若干どころか戦争起きるくらいに違うけど問題無いわ。
何だったら私とエスペルで一から里を作って子供達をたくさん産んで、全く新しい宗教作っても良いわよ。エスペルはエッチだからきっとたくさん子供出来るもの。
そんな夢見がちな私の妄想を、ヘラの客観的意見が抑えてくれる。
「来世だ転生だなんて確かめようもないからね。本当にそこまでの効果があるかは保証出来ないよ。ま、呪印の強力さから見ても契約魔法としては一級…特級の品だね」
「うーん…」
エスペルが悩んでる。まだ踏み切れないのかしら?少し焦れったいわね。ここまで来ていったい何を悩むと言うの?これがあれば未来永劫、私と二人ずっと一緒に居られるのよ?
エスペルの購買意欲を刺激する為だろう。ヘラがとんでもない情報を後出しして来た。
「イッヒッヒッヒ。安心しな。大分男に都合の良い内容だよ。多分これはあれだね。略奪や侵略して得た敵国の姫とかを娶る時の契約魔法さね。アンタが他に女作ったり重婚しても別に問題無い内容だよ」
は?何それ聞いてないんですけど?
「そうなん?そら良かった」
パッと明るくなるエスペルの顔を見て、私の腹の中にぐるぐるともやもやが溜まる。
自分でもブスッとした顔をしてる自覚があるが止められない。その苛立ちのままにヘラとの商談に割り込む。妻としてはしたないかも知れないが言わずにはいられない。
「…契約内容、変更希望」
一夫一妻制を希望。エルフは性欲薄いからそもそもそんな制約が無くても良いんだけど、エスペルは放っておいたらたくさん女増やしそうじゃない?ここは押さえておかねばなるまい。
「シルクさん?」
エスペルが私の顔色を覗って来るがちょっと顔を背ける。妻としてここは譲れません。
しかしヘラからは非情な回答が来る。
「無理だね。アタシはただの古物商さ」
ぐぬぬぬぬぬぬ。
「むむ〜」
ホッと胸を撫で下ろすエスペルに腹が立って胸に頭突きをしてしまう。それでも余裕そうな顔がムカつく。くそーーーっ!
「貞操の厳守。生まれた子供の親権。あとアンタが気にしてた自害の防止もある。それを包括したものとして、命の危機に瀕した際には夫に魔法的お知らせが来るらしいね」
「いいね、それ」
(確かに…いいわね)
貞操は言われなくても守るつもりだけど、わざわざ契約内容に盛り込んだ上で自害の防止か…もしも私が拐われて違う男に襲われた時、相手に呪いが降りかかる術式ね。そしてエスペルへ救難信号が送られる。
(夫側への貞操の厳守が無いのは誠に遺憾だけど、妻としては悪くない)
エスペルは強い。強いと言う事は味方も増えるだろうが、それ以上に敵も多くなる。
強い者はどう崩す?妻や子供、家族や仲間を狙うのが定石だろう。
(そっか。エスペルが危惧しているのはそれね?)
何故契約魔法を探しているのか理解したわ。
そう、全ては―――
(私を守る為―――私を愛するが故に―――)
私の胸の奥が暖かい気持ちでいっぱいになる。
かつて、かつてこれほど求められた事があったろうか?手足を斬り落としてでも手に入れられ、自死すら否定され、他の誰かに穢される可能性すらも、徹底的に潰して囲う。
(人間からすると見目麗しいと言われるエルフ…それを囲う人間も多いと聞くけど…これほどの独占欲を魅せられたら、脳が焼かれるわね…)
肉体的快楽だけではない。精神的な快楽も凄い。エルフは精霊と同調し多幸感を得る事は出来るが、男女の営みや関係性でここまで執着される事は無い。この感覚を味わってしまったら、もう人間から抜け出せなくなるだろう。
例え寿命や文化、価値観が違っても、長く人間の世界から帰って来ない同胞が多いのも頷ける。
「…エスペル、私、心配?」
私がエスペルに問いかけ答え合わせをする。気持ちが通じ合っていても言葉にするのは大切よね?
「ああ、死んで欲しくないし、殺させない」
うん、やっぱりね。
「…なら、これでいい」
私は深く頷く。
この婚姻魔法でも大丈夫。
エスペルが他の女に目を向けられなくなるくらいに、私が愛して満たしてあげれば良いだけだもの。何も問題は無いわ。
「確かにこれは、今の俺達には一番都合が良いな」
エスペルもそう言っている。
「なるほど婚姻魔法か。字面はメルヘンチックだが政略・戦略魔法だなこりゃ」
エスペルは別視点でこの婚姻魔法を考察してるみたい。これはとても神聖なものだと思うけど、やはり戦争や政略に使われていたのでしょうね。
この婚姻契約に必要なのは男女二人の生き血だけの様だからね。つまり、本当に愛し合ってるかどうかは関係無い。
極端な話、拐って来た女と自分の血を垂らせば契約完了だ。
好きでもない相手と未来永劫の結婚を確約させられるとか、もしも有り得ていたら恐ろしい悪夢だわ。死んだ方がマシ…て、死んで生まれ変わってもまた結ばれるみたいだけどね。
「よし、買った。この契約魔法にすっぞ」
エスペルが凄く嬉しそうだ。私も嬉しくなる。そんなに私と結婚したかったんだぁ?うふふ、仕方無いなぁ〜エスペルは可愛いんだからぁ。
「まいどあり〜」
私達を祝福してるのだろう、ヘラも満面の笑顔だ。
「こんなよう知らん人間のガキによく商売してくれるよね?」
きっとヘラに人を見る目があるのよ。私じゃ最初は見抜けなかったけど、今はエスペルの良さを世界一知ってるもの。
「アンタが強いからね。この店にゃ好事家垂涎のお宝がたくさんある。悪意を持った者、魔力の弱い者は辿り着けない術式の契約魔法を土地に仕込んである。アンタが強盗の類か、もしくは単なる観光客なら絶対にうちにゃ来れてないよ」
「はーなるへそ」
(やっぱりね。エスペルは無自覚に結界を突破出来ていたし、メルカトルもそこは信じていたのだろうけれど)
「おっと、その前にアタシと契約だ」
ヘラが違うスクロールを一枚取り出す。特に変な感じはしない。
「いや、婆さんと結婚する気は…」
エスペルが面白い冗談を言って戯けてみせている。彼、ユーモアも秀逸よね。
「売買契約だよ。アンタ金あるんかい?」
ヘラとしては大事な事なのだろう。素で返して来る。チラリと見てみると人間語で書かれていて私には読めなかった。けれど変な呪印は無い。人間語にまぎれ込ませ、模様に見せかけ、コッソリと古代語で凶悪な契約を交わさせる詐欺もあるから要チェックだ。
(取り敢えず変なものは無いわね)
エスペルも人間語のチェックを終える。
(あらやだ。二人での共同作業だわ)
内容を読み込んだらしいエスペルがヘラに応えている。
「シルクを手放す気は無いっての。ちきんと払わせて貰いますとも」
言い回しが妙ね?お金かしら?
人間の金銭の単位や相場がサッパリだけど、もしかしなくても…このスクロールお高いの?
(お金大丈夫?)
私が疑問に思った側から、エスペルがメルカトルから貰った金貨の袋をそのまんま机に置いた。
ヘラは当然の様にそれを机の引き出しに仕舞う。それが全額ではないのだろう。それくらいは解る。
エスペルはさらに懐から何かを取り出す。金属片?板?
「ほれ、ギルドカード。全額先払いなら今すぐ下ろしてくるぞ?」
ギルドカード。冒険者の身分証だ。それを見たヘラが満足そうに笑っている。
「うんにゃ。信用するよ勇者エスペル。いや、ドラゴンキラーベアナックル。後払いで構わんよ。ロックドラゴンの素材は高値で売れたかい?」
ふむ。アレを見ればエスペルの事が全部解っちゃうのね。
「俺、そんなに有名かね?変なのに目付けられてなきゃいいんだけどなぁ」
エスペルは強いしカッコいいし優しい。…確かに変な虫が寄って来ないか心配だわ。
(だからっ!だから早く、早く婚姻魔法を―――!)
「この街で四肢の無いエルフを連れた人間のガキなんて一人しか居ないだろうよ。アンタ、目立たない様に普段着で非武装なんだろうが、この辺りで手ぶらでぷらぷら出来る奴がまともな訳がないさ。逆に目立ってるよ」
確かにそうかも。エスペルが武器を使うところを見た事が無い。エルフ達に石を投げた時くらいかしら?
ヘラはよっこらしょと掛け声を上げて立ち上がると手招きする。
「こっちに来な」
店の奥に進むと地下へと向かう階段があった。エスペルは私を抱き上げて階段を下りて行く。
ああ、もうすぐなのね…
「この地下室は結界になっとる。邪魔は入りゃせん」
地下へ行くと部屋があり、中は確かに強力な結界が張られていた。
契約魔法を行う祭壇…儀式場―――
そして、私達の…
婚姻契約を交わす…
(結婚式場―――)




