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エルフの嫁入りその3 全滅

「く、来るなぁぁぁっ!」

 恐慌状態に陥った仲間のエルフ達が、カレイジャスの仇討ちとかでなく、単なる恐怖心から少年に矢を射掛け始める。


 だが相手は、里一番の射手であったカレイジャスですら不意打ち以外矢を当てられなかった少年だ。

 紙一重でありつつも余裕を以て矢を避けている。

 瞳は今赤くなく、黒い瞳に戻っている。

 その目が私達を品定めしているのが解った。


 冷静だ。

 実に冷静に、私達を皆殺しにする算段を立てている。

(いけないっ!このままじゃ本当に全滅するっ!)

 もう和解など不可能なのは私にも理解出来た。少年は殺されかけた事に怒った様な雰囲気はないが、報復を止めるつもりが無いのも解る。

 恐慌状態のエルフ達も無抵抗で投降したりもしないだろう。ならばせめて―――


「木々よっ!私達を守って!」

 私は大地に手を付き魔力を流す。大魔境にある瘴気を吸って育った木々ならば無理かも知れないが、この魔境の森はまだギリギリこちら側の領域だ。私の言う事を聞いてくれる。

 私は木魔法で木の根や枝を操り、少年の進撃を止めにかかる。


「■■■っ!?■■―――■■っ!」


 少年がびっくりしたのか素の顔と声を出す。恐ろしいと思った。その仕草や声は普通。人間の普通は解らないけど、見かけ通りの少年の様な可愛らしい顔と素朴な声。それが何よりも恐ろしかった。

 彼はやはり、激しい怒りに支配されたり、殺されかけた恐怖で我々に襲いかかって来ていない。


 ただ敵対したから。敵だから殺しに来ている。

(なんて事なの)

 あの時、もしもカレイジャスを抑えて少年に友好的に話しかけてさえいれば、こんな事にはなっていなかったはずだ。


「■■っ!■■■〜」

 少年は私の木魔法をすり抜けて突っ込んで来る。


「ひっ―――」

 つまらなそうなどうでも良さそうな顔をしたまま、少年がこちらに拳を振りかぶるのが見える。まだ距離はあるが、もう数秒であちらの間合いに入る。


(死ぬ――――)


 無理だ。カレイジャスすらダメージを受けた拳など、私が腹に受けたら内臓は潰れ背骨がへし折れる。

「シルクっ!」

 女エルフの声が聴こえ矢が飛んで来た。彼女も消極的ながらカレイジャスに撤退を進言していた。もっと皆と話し合えば良かった。


 私達エルフの関係は精霊魔法の構造に似ている。トップの言う事は絶対で、それに従うのが常識なのだ。討伐隊のリーダーカレイジャスが進むと言っている以上、誰も反対など出来なかったのだ。


(カレイジャスは死んだ。他の仲間もたくさん死んだ。ならば私の役目は、一人でも多く同胞を生還がさせる事―――)


 私は覚悟を決める。今この場に私以外に木魔法を操れるエルフは居ない。出発時に何人か居た木魔法の使い手達は、皆死んだり離脱したりしてしまったからだ。

 この危険過ぎる少年を抑え込める可能性があるのは私だけなのだ。


「貴女達だけでも逃げてっ!私はこの人間を足止め―――」

 私は大地に手を付き魔力を流し込み、少年の足止めの為の木魔法を使おうとした―――正にその時だった。


「(死ね)」


 少年の瞳が赤く妖しく輝き、彼から明確な殺意が伝わって来た。


「―――――――――――――――――――――!?」


 ―――――私の意識が一瞬途切れる。ここが何処なのか、自分が誰なのか解らなくなる。


「がはっ!げほっ!おえっ!げほぉっ!?」

 激しく咳込み喉が裂けて血の味がする。

 そこで漸く意識が戻る。

 何秒?何十秒意識を失っていた?


「み、みんな…は―――?」

 私は近くの木に寄りかかり周囲を見渡す。

「なんて、こと…」

 周りを見回して呆然とする。


 木の上に居た仲間は皆地面に落下し、痛みに呻いている。

 錯乱した仲間が泣き叫びながら矢や風の刃を放って暴れている。

 蹲って嘔吐してる者達も居る。


「じゃ、邪眼………」

 聴いた事がある呪われた力。一睨みで相手を殺せる力だと言う。これが、それか―――

(私は…症状が軽い?大地に魔力を流してたのが良かったのか…)

 拡張した魔力回路が地面と接続していたため、少年からの攻撃をも大地へと流せた様だ。運が良かった。


「下賤な、野蛮人がっ、我等に何をしたっ!?」

 カレイジャスと仲の良かった女エルフが怨嗟の声を上げている。彼女は確かカレイジャスの幼馴染。兄妹の様に育っていたはず。夫婦となる話もあった様な気がする。

 彼女はカレイジャスを殺された怒りと憎しみで邪眼の効果を耐え切って見せた。

 しかし…


「■■■■■■■〜」


 少年が石を拾う。ここで私が気付いた。彼は今の恐るべき邪眼による攻撃を、私達の動きを鈍らす為だけに使っただけなのだと言う事を。


「ウホホーイッ!」


 少年は変な掛け声をあげて―――それを投擲してきた。

(は、速っ――――)


 先程の邪眼の攻撃を受けた私達は…いえ、それが無くても避けられなかったかも知れない。


「死ね■■■■」

 少年が笑ったのが解った。


ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 少年が投擲した石礫が私達に次々に襲いかかる。ある者は顔面を撃ち抜かれそのまま絶命し、ある者は腹に大穴を開けて臓物を撒き散らす。


「痛っ!」

(た、ただの石じゃないっ!?)

 投擲された石の一つが私の足を掠めて背後の大木に大穴を開けてへし折った。少年の魔力が込められたそれは、正に弾丸と化していた。


(―――?結構外れてる?)

 即死したエルフも多いが、肩や足を負傷しただけのエルフも多い。半々くらいか。

 少年を見やると右目から血を流していた。先程の邪眼の反動?


(邪眼で右目を負傷した?だから狙いが荒かったの?)

 それは道理かも知れない。見ただけで相手を害する力だ。それなりの代償が要るのだろう。それに無制限、無条件に使えるならば、生身の拳で殴ったり石を投げたりはしないはずだ。


「■■、■■■」

 しかし少年は満足気だ。

(…なんで?)

 私達はまだ生きている。それとも、全体の数として文字通りの半殺しにしたから溜飲を下げたのだろうか?

 私のその的外れな考えは直ぐに否定される事になる。

 

グオオオオオオオオオオオオッ!


 獣の咆哮が轟き、大地を揺るがし空気を震わせる。

「ああ、あああ―――」

 これか、これが狙いか。

 私達は少年から目を離して周囲に視線を巡らせる。


「■■■■■■」

 少年がくすくすと笑っている。人間語は解らないが言っている内容は解る。


 ここは魔境なのだ。カレイジャス達はハイエルフ様の仇討ちに、私は逃げ出したい一心に囚われ過ぎた。ここは庭なのだ。彼等の庭、縄張りだ。私達は騒ぎ過ぎたのだ。


 来る。今度こそ確実な死が迫って来る―――


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 魔境に住まうモンスター達が森の木々を薙ぎ倒して現れる。


「うわあああっ!」


 錯乱した仲間達はてんでバラバラに逃げ出し始める。未だに少年に矢を射掛けてる者も居る。

 モンスターに風の刃を放つ者、死んだ仲間に縋り付いて泣いてる者…ああ、あの二人は夫婦だったっけ。

 呆然とその地獄絵図を眺めていた私は気付くのが遅れる。


「ガルルルルルルッ!」

「あっ!」

 巨大な狼型のモンスターが私に向かって突進して来た。私は足を怪我している。立ってられない事はないが、走ったり木の上に登るのは無理だ。


「グルルルルルルルルッ!」

「きゃぁっ!?」

 私はあっさりと押し倒され、顔を噛みつかれそうになる。


「このぉっ!」

 私は弓を顔の前に掲げる。間一髪でそれは巨狼の口をガードする。

 目の前を恐ろしく大きな顎がガチガチと開閉し、涎がボタボタと顔に落ちてくる。少しでも手を緩めれば頭ごと丸かじりだ。


「ひっ!」

 駄目。モンスターの牙が私の弓をバキバキと砕いていく。

「もう駄目ぇッ!」

 死の間際に今までの人生の思い出が頭に思い浮かぶ事などは無く、私はただひたすらに目の前の死に怯え続けるだけだった。

(死にたくない死にたくない死にたくない―――)

 その時だった。


ゴシャッ!


 狼型モンスターの頭が爆砕する。

 私の顔に血と脳漿が降って来る。

「え?」

 死んだ?なんで?

(誰かが助けてくれた?―――)

 いったい誰が?ちゃんとした力比べをした訳ではないが、カレイジャスの次に強いのは私だろう。そんな私を助けられる存在など―――


(居た―――)

 右目から血を流した少年が私の真横に立っていた。その拳は血に塗れている。

 一瞬だけ、ハイエルフ様の心臓を奪ったあの襲撃者の姿とダブる。

(助けて…くれた?)

 何故―――?


 混乱してる私を少年が肩に担ぎ上げる。

「きゃっ!痛っ!」

 彼に痛めつけられた足が痛み悲鳴を上げてしまう。


「■■■。■■■」


 少年が楽しそうに笑っている。

 少年からしたら、周囲に群がる魔境のモンスターですら敵ではないのかも知れない。


「ぎゃああああああっ!」

「助けてぇぇぇっ!ぐえええっ!」

 仲間達の悲鳴で私は我に返る。

 こうしてる間にも一人、また一人と仲間のエルフ達がモンスターに襲われ生きたまま喰われていく。

 まずい、全滅する―――


「ま、待って!お願いっ!皆を、皆を助けてっ!」

 私を担ぐ少年に訴えかける。

 虫が良いのは解ってる。

 でも頼れるのは彼しか居ない。

 通じないと解っていても、私は必死でエルフ語で語りかけた。しかし…


「■■?■■■■■?」

 通じない様で通じてしまった。彼から不思議そうな気配が伝わって来たのが解る。

 彼は自分を殺そうとした私達を許す気は無いのだろう。ならば何故私だけを………


 …戦利品…


 その単語が思い浮かびストンと納得出来た。私は懐からナイフを取り出す。勿論これは少年を害す為のものではない。


ドスッ!


「ぐふっ…」


 上手く頸動脈を切れたらしい。口に血が溜まり溢れ出し、傷口から勢い良く血が吹き出すのが解った。

(…これでも、エルフの戦士…だ。人間の辱めは、受けない―――)

 私は誇り高く自決し、最後の言葉を遺す。実際は血の泡を吹いてゴポゴポと変な音を出すだけだったけど。


 犯されるにしろ、魔法実験に使われるにしろ、魂まで汚されるつもりは無い。恐怖や怒り、憎しみに囚われた魂は精霊の祝福を受けれない…と言うより、闇の精霊に囚われてしまう。

 

(…一矢報いた…ぞ…)

 この少年がどういうつもりで私を生け捕りにしたのかは解らないが、生け捕りにしたつもりの獲物が死んでしまったならさぞや落胆するだろう。


 私は全身が冷たくなり痛みも何も感じなくなってくる。目は霞み、嗅覚も鈍る。魔力感知もぼやけてくる。

 だが耳は、聴覚は最後まで働いていた。

 獣の咆哮と仲間達の断末魔の悲鳴が聴こえる。皆、精霊界で会いましょう。

 

 ……………?


 鼻歌が聴こえる。少年だろうか?


「ふんふ〜ん。新しい■■■ゲットだぜ〜」


 ???


 少年がご機嫌に呟いた台詞の一部が解った。

 何故だろう?人間語なんて私、知らないのに。

 身体が、少し暖かい…

 何故?もう、私、死ぬ…のに―――

 息が苦しくなくなって来た…

 そうか、もう死ぬ…

 良かった。これで私の、エルフの戦士としての名誉は保たれた。


 …………………………


 ………嫌………


 やっぱり、死ぬの、怖い


 だれか、たすけ…


 だれでも、い、から


 なん、でもする、から


 たすけ、て


 死にたく、ない―――

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