家出王女の冒険その8 尋問と拷問
「なんか邪眼邪眼うるさいよねー。そんなに邪眼が見たいなら魅せてやるよ?」
エスペルがピエールの瞳を覗き込む。
「やっ、やめ…」
一瞬後、ガクンと力無く項垂れるピエール。
「はい。かけました〜」
手をぴろぴろと振るエスペル。そして私に向かって顎をしゃくる。
「好きに命令していーよ。自害を命じてもいいし。ああ、最後こいつら同士討ちさせてもいーか。証拠残さんで消せるべー」
エスペルの適当に思いついた様な発言に、残りの四人が顔色を変える。
もしも自分達を殺せばフォーゲイル国が黙っていないとか、ギルドは冒険者同士の私闘には罰則を設けてるとか、そんな生存のための交渉を軒並み封じられた形だ。
ここから裁判に持ち込めば、もしかすればフォーゲイルから助けが入る可能性もある。切り捨てられる可能性のが高いけど。
ただ、結果的にエスペルが死んでないのなら、殺人未遂でも死刑は無いかも知れない。良くて降格や資格剥奪、悪くて犯罪奴隷か。
あまりに実力差がある場合、このまま五人を殺せば罪に問われるのはエスペルになる可能性もある。
未だにDランクだが、戦果としてはBランク。潜在的にはAランク相当だからだ。
だが、仲間同士で殺し合った死体が見つかればその限りではない。エスペルの関与は疑われない。Aランク冒険者は一人で冒険者千人分以上の働きを期待出来る。
有象無象のCランクより、一騎当千のAランク。力有る者こそが正義なのだから。
「エスペルは殴り殺すスタイルが広まってるから、水場で全員沈めれば溺死で片付けてくれるよ」
「ふーん」
彼自身は至極どうでも良さそうである。
「ひっ…嫌…死にたくない…」
震える女の声がする。カルティスだ。
カーガズン、ブマーガ、ルーザは流石に覚悟が決まっているらしい。命乞いもしない。
カルティスだけがガタガタと震えている。ジャイアントベアを何十頭も素手で殴り殺せる男を闇討ちしたのだ。返り討ちに遭うとして、ろくな死に方はしないだろう。
さて、私が用があるのは一人だけ。
「ありがとう、エスペル愛してる。んっ」
「んお?…おおう」
私がエスペルに口付けすると、そそくさと離れるエスペル。うむぅ、ちょっと控えようかしら?エスペルは直情的な愛を苦手とするのだ。あまり言い過ぎると距離を置かれる。朝目覚めたら逃げ出された後とかは嫌過ぎる。
「じゃぁ私の質問に答えて貰おうかしら?ピエール?」
そして、私からピエールへの尋問が始まる。
☆☆☆☆☆
「ああ、解ったよナハ―――」
「その名前は出さないで」
私がピシャリと言うとピエールが黙る。
「ああ、解ったよヴェーツェ」
危ない。余計な事まで喋りそうね。
「そういえば貴方本名は?」
ふと気になって訊いてみた。
「カスカータ・フォールズ」
フォールズ…確かフォーゲイル騎士団の副団長の家名だったわね。その分家か傍流の家系ね。庶子かも知れないわね。ピエールも偽名だったけど、戸籍登録してある名前も違うかもね。フォールズは本当の本当の本名ってところかしら?
「まぁ貴方の身の上話なんか今更どうでも良いわね」
さくっと済ませましょう。
「私と出会ったのは?偶然?」
私が悪漢に襲われている所に偶然通りかかったピエール達。
「いや、仕込みだよ」
悪びれもせずに普通に応えるピエール。
カーガズンとブマーガ、ルーザは気まずそうにしている。
「やっぱりね…」
あの出逢いを運命的なものだと錯覚してしまった。正に夢見る少女だわね。馬鹿みたいだ。
「偶然を装い、近付くためだ」
となると…
「ああ、私が最初に揉めた男達も…」
ずっと引っ掛かってたのよあの断末魔。『話が違う』だってさ。
「仕込みだ。ゴロツキを金で雇った。後で口封じするつもりだったけど、マウントヒヒが始末してくれた。あのモンスターは偶然だよ?山道でちょっと騒ぎ過ぎたみたいだね」
ピエールは饒舌だ。こちらが訊いてない事まで答え始めている。
「そう」
本当に今なら何でも喋ってくれそうだ。
「私を拒絶したのは、何故?」
私がその質問する。
「……………」
ピエールがパクパクと口を開く。答えたくないのか答えられないのか。
まだ洗脳し切れていない残りの自我が抵抗してるのかも知れない。
「んー?なんか長くなりそ?俺はその間こっちの娘達と遊んでるよー」
エスペルは私とピエールとの遣り取りに飽きたっぽい。それよりカルティスとルーザに目を付けたみたいね。先程文字通り唾付けてたしね。ちくしょー。
「やめっ!はなせっ!」
「ひやぁっ!やらぁっ!」
エスペルが若干うきうきしながら二人を担いで離れて行く。むむむ。あの女癖の悪さはなんとかならないかしら?まぁ仕方無い。英雄色を好むと思って目を瞑ろう。
エスペルは嬉々としてカルティスの法衣とルーザのローブを破いていく。毒霧で痺れて抵抗出来ない二人が悲鳴をあげている。
「おいおい、人を殺そうとしといて返り討ちに遭う事考えてなかったん?すっげーや」
エスペルは楽しそうだ。エスペルも一応倫理観はあるので無闇矢鱈に女を犯したりしない。彼のこういった行為は制裁や拷問の一環だ。
(そう考えると、何の脈絡も無く犯された私は本当の意味で求められたって事かしら)
「来ないでっ!そんな汚らわしい物を見せないでっ!」
ルーザの方が抵抗が激しい。ああ、それはエスペルの好みなのよ。
「あーん?俺を裸にしたのお前らじゃん。したいって事じゃね?しゃーねーから襲われてやるよー」
ケラケラ笑いながらルーザから犯し始めるエスペル。
「やめ、やめ、てっ!?ぐっ!」
「ちょっと思い出してきたわ。お前、俺を何度も焼き殺そうとしたんじゃん。一発ヤらせてくれたら服焼いた事もチャラにしてあげっから。優しいなぁ俺」
「ふっ!ざけんなぁっ!」
ルーザが憤怒の声を上げる。
「エスペルっ!?」
私がハッとなり振り返る。ルーザから魔力の高まりを感じたからだ。ルーザは魔法使い。魔法攻撃には耐性がある。毒霧からの回復も早いのかも知れない。
「『火炎放射』っ!!!」
ボゴォッ!
「エスペルっ!」
ルーザを組み敷いていたエスペルの上半身が紅蓮の炎に包まれる。
普通なら即死だ。だが―――
「ビュゴォォォォォォォォォォォッ!」
広がりかけた炎がどんどん収束し小さくなっていく。そして…
「ごくんっ…ん〜〜〜ご馳走さま〜」
エスペルが全て吸い込んでしまった。
「嘘だろ…」
カーガズンの呟きが耳に残る。
「げっぽ」
ボォッ!
げっぷと共に火を吹くエスペル。
「ひっ…な、え?あえ?」
ルーザがガタガタと震えている。あの近距離からの『火炎放射』だ。相討ち覚悟で道連れにするつもりだったのだろう。
(またエスペルに助けられたわね。ルーザ)
エスペルには独特の倫理観と価値基準がある。ルーザもカルティスもエスペルの命を狙った。そして負けた。今も追加で負けて命を助けられた。だから二人を生かすも殺すも犯すも壊すもエスペル次第。
彼の新しい玩具の誕生だ。
彼自身の常識に則って、生殺与奪の権利を行使する。
「ひっ…な、なんなのアンタ…魔族…魔王―――」
「いや人間ですわ。むしろ魔王を倒す勇者です。たぶん」
エスペルが適当に答えている。
ルーザの心は完全に折れたらしい。年齢的に十近くは年下であろうエスペルに屈服している。
「やだっ!やらぁ…」
攻撃魔法はもう放ちそうにないが、まだ微かに抵抗しているらしい。だからそれはエスペルが喜ぶんだってば。
「なんだよ?こんなん立ちションみたいなもんだろ?そんな怒んなよ?俺も怒ってないし、お相子でいこうぜ〜」
「くふぅっ!うぐうっ!」
悔し涙を流すルーザだが、段々と抵抗も弱まっていく。
炎の魔法で体を焼かれなかったエスペル。もしも殺せる可能性があるとしたら、体内から燃やす事だったのだろう。
しかし今さっき彼は、自ら炎を吸い込み完食して見せた。
もうルーザに抗う術は無い。
「くっ…殺せ…いっそ、殺してっ!」
ルーザの涙声が聴こえる。
「嫌だよ。どうせ死ぬなら俺の子供産んでくれよ。育てないけど金ならやるよー。いっぱいあるし」
え?羨ましいんだけど?エスペルから子供産んでくれなんて言って貰った事無いんだけど?
「…………くっ―――!」
ルーザはローブの袖を咥えて横を向く。精一杯の抵抗だろう。しかしエスペルは許さない。
「んぐっ!?」
ルーザの顔を固定すると唇を奪う。
「!?」
私にあまりキスをしてくれないあのエスペルがキスをしてる。ずるい。なんで―――
(そうかっ!キス自体を嫌がる女にはするのかっ!男性器を咥えるよりキスを嫌がる娼婦も居るらしいし…意中の男以外の口付けは拷問もいいとこなのね…)
その通りなのだろう。キスをされたルーザはかなりショックを受けた様で目から大粒の涙を流してる。
ふーん?色々発見はあるけど、キスをして欲しい私は、やはりあまりしてくれそうにないわね。
「はぁ…でもやっぱり愛しい男が他の女を抱いてる姿見てても楽しくないわね。早く終わらせましょう」
私はピエールに視線を戻す。
「…………」
「続きよ。命を失うかも知れないのに私を助けに来てくれたのは、私が大切な仲間だったから?」
まぁ違うでしょうね。
「………」
だんまりか。邪眼の力が効いてな―――いや、違うか。多分、私が拒んでる。聞きたくないのだ。
この期に及んでまだ私は、ピエール達を何処かで仲間だと思っている。
「貴方…妻子居る?」
唐突にそんな台詞が思い浮かび、同時に口から出ていた。
「居るよ」
顔を歪め苦しそうに答えるピエール。自我と洗脳がせめぎ合っているのだろう。
己の意思に反して口が動いているのだ。
「…そう、なのね」
ようやく吹っ切れた、かな。
私のピンチを助けてくれた冒険者ピエールは居なかった。
私と旅をした大切な仲間の冒険者ピエールは居なかった。
私が恋をした冒険者ピエールは夢幻だったのだ。
「奥様と娘さん、愛してる?」
なんとなく娘と言ってしまった。勘だ。
「愛してるよ。ただ息子もいるね。二人姉弟だ」
当たらずも遠からず、か。
「そう…自分の命よりも大切な奥さんとお子さんが居るのね。私を無事に連れて帰らないと家族が不利益な目に遭うのね」
ここまで答え合わせが出来れば十分だ。
「そうだ。君の好意を受け取れなかったのは妻子が居るからだ。そして告白を未然に防いだのもそうだ。王族が求婚するのも、それを受けるのも不味いからね。焦ったよ」
私のときめきを返して欲しいかな。あの時ピエールはきっと、死刑宣告を待つ囚人の気分だったはずね。失礼な話だわ。
「あ、そう。知ったこっちゃないわ。貴方に妻子が居ようが居まいがね。ふられた時少し考えたわ。何処かに女が居るのかって。まさかフォーゲイルに妻子が居るとは思わなかったけどね」
「フォーゲイルには居ないよ。僕が貴族だって事も知らない。偽装家族さ。愛してるけどね」
訊いてもいない事まで喋るピエール。うざいな。
「そう。貴方もなかなか業の深い人生歩んでるわね」
「密偵は辛いよ」
それ言っちゃうんだ。
「知ったこっちゃないってのよ」
私は深呼吸して仕切り直す。
「何故なの?何故、今終わらそうとしたの?」
バリュー市からフォーゲイル国までの商隊の護衛依頼。エスペルに拐われなければ、それが私の冒険者人生ラストクエストになるはずだったからだ。
「王女殿下の輿入れ時期が近いのもあるけど、そろそろ潮時だと思ったのさ。Cランクに上がれば、我儘王女様も満足するだろうと思ったんだ。Cランクは本人の実力がなければ無理な領域。箔も付く。そして身の丈も解る頃合いだ。箱入り王女様にも現実が見え始めてくるはずだ。魔王を倒して勇者になるなどとバカな事を言わなくなったしね」
「我儘で箱入りで悪かったわね」
聞いた事がある。Bランクの壁。
Sランクはそれこそ伝説の勇者や英雄クラス。
Aランクは化け物。一騎当千の猛者。…恐らくエスペルはこのクラスだ。
Bも相当だ。常識の範囲内ギリギリで人間に収まっていると言った感じだ。
なればこそ、Cランクは分岐点。
冒険者の層も一番厚い。世の中で一番多いのがCランク冒険者なのだ。逆にCランクなら一人前と言って良い。
そして真の実力者はすぐにBランクに上がるのだ。Bランクに上がれず、何十年も昇格試験を受ける者も居るらしい。
だから、Cランクに到達した者は自分の天井を自覚する。このままコツコツやってBランクを目指すのか。現実を知って引退するのか。
どちらにしろ、勇者だ魔王だ英雄だなんだとは騒がなくなる。確かに丁度良い。
エスペルと出会う前の私だったら、きっとCランクで満足、いえ妥協していたろう。
「貴方達も大変ね」
少し同情した。少しだけね。
「解ってくれますか?いや解らないでしょう。我儘箱入り王女殿下様」
ピエールが皮肉めいた事を言う。
少し笑ってしまう。普段の彼ならばこんな事は言わないからだ。
「あら?辛辣ね。でも今の貴方は嫌いじゃないわ」
「光栄です。第一王女殿下」
国の密命を受け冒険者として活動する者。
それは意外にも…ある意味当然かもだが…かなり多いのだろう。
身元不明でも力さえあれば世界各国出入り自由だ。冒険者ギルドへの登録は必要だし、犯罪行為はペナルティもあるがかなり緩い。身元保証は冒険者ギルドがしてくれるのだから。
品行方正な騎士や、訓練された諜報員などが潜り込むなら格好の職業だろう。
「私の護衛任務は急だった?」
「それはもう。僕達は大慌てでパーティーを組んだんだよ。長年やってるふりしてたけどほとんど初対面だったよ」
成る程。ピエール達は元々世界各国をソロで廻り、情報収集する役目があったのだろう。
私の突然の家出の為だけに、すぐにここまでの人員を揃えられるとは思えない。
我儘王女の出奔を受け、比較的年が近い彼等が急遽王女の護衛に充てがわれたのだ。
そうか。壁を感じて当然だ。彼等は私を仲間だと思ってなどいなかった。
彼等にとって私は護衛対象で監視対象だ。
もっと言えば、自分達だけで自由に動けるのに私という負担が突然現れたのだ。
疎まれても仕方無い。恨まれても仕方無い。
「私の告白を遮ったのもそう言う理由なら納得したわ。仮にも王女から求婚される訳にはいかないものね?貴方は貴族のようだし。でも私はただ、想いを告げさせて貰えば良かっただけなのに」
あれ?また蒸し返してしまった。もうピエールなんか好きじゃないのに。これは私のプライドか。私のちっぽけな女としてのプライド。嫌われていた訳ではないと言う事。そこが大事。妻子さえ居なければ―――いえ、何を考えているのよ…
「だからそれが不味いんですってば」
ピエールも平然と被せてくる。解ってるってば。彼には妻子が居るし、そもそも任務で一緒に居て、優しくしてくれていたと解る。
「あはは、はっ!」
自然と涙が頬を伝う。
カーガズン、ブマーガ、ルーザ、カルティス。彼等も私を仲間として扱ってはくれていた。私の身を案じてくれていたのも本当だろう。
だが真実を知ればそれは必死にもなるかと思う。
安全安心に家出王女の我儘冒険者ライフを満喫させてやっていた。満足するまで遊ばせてやり、機嫌の良い私。期限付きならばなんとか耐えられる。
後少しで終わる厄介な任務。ようやく解放されるのだ。皆の安堵が解る。
しかし、何の脈絡も無く現れたエスペルが、バリュー市内の、冒険者ギルド内の、安全地帯なはずの場所にて白昼堂々私を拐っていったのだ。
ピエールが懇切丁寧に、後生大事に守ってくれていた私の純潔は、単なる性欲処理の為に散らされた。
ピエール達はその時点で死罪にすら成り得る失態だろう。
王族にとっての処女は意味が違ってくる。
だからせめて、王女本人を取り戻さねばならない。下手をすれば親類縁者すら連座で処罰されかねないからだ。
妻子を作っていたのも指示かも知れない。わざと足枷を、首輪を付けられたのだ。私が帰らねば、ピエールの妻子や他の皆の家族の身も危ないのだろう。
「だから何?私にそれ、関係ある?」
心の何処かで抱いていた、ピエール達が自分を助ける為に動いてくれているんじゃないかという微かな願望は潰えた。皆保身のため、金の為、自分の家族の為に動いていただけだった。
私は王女と言う形をした金袋なのだ。
「エスペル…」
私はルーザを好きにしているエスペルを見やる。私に性欲処理以外の価値を見出していないのはエスペルだけだ。
エスペルよりも優しく、大切に、一途に愛してくれる男はそれは居るだろう。
だが駄目だ。駄目なのだ。
フォーゲイルと言う小さいとはいえ一国家を、金と言う政治力、兵力という武力ではなく…たった一つの拳で破壊できるのはエスペルだけだ。
私を本当の意味で自由にしてくれるのはエスペルだけだ。
脅しにも金や女にも屈しないだろう。
「だって彼、強いもの」




