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家出王女の冒険その5 正気に戻る私と逃げられぬ使命

「うぅ…アレはもう別人格だと思いたい…」


 謎のハイテンションが収まった私は、顔を両手で覆っていた。

 ブラックボアを一撃で倒し、ジャイアントベアすら単騎で討伐し、ゴブリンの群れを殲滅する。

 その事に脳内麻薬の分泌が加速したのだろう。

 ここ数日はエスペルにまるで犬の様に纏わりついてベタベタし、自ら彼を押し倒して発情した牝犬の様に求めまくる。本日は別行動のため、別れる寸前まで泣いて縋って甘えまくった。

 あのエスペルがちょっと引いていた。

 そして彼が居なくなって正気に戻る私。

 とても死にたくなった。


「死にたい」

「どうぞ」

 思わず呟いた言葉に応えが来る。

「ありがとう」

 私はベトレイヤが淹れてくれた紅茶を飲む。美味しい。一服盛られていてもおかしくない関係なのだが、敵意をハッキリ持っていてくれてる方が逆に安心出来る。

「美味しいわ」

「恐縮です」

 嫌味をサラリと流した私に、完璧な笑顔で応えるメイド。

 ここはロメロン商会の屋敷である。

 エスペルの後援者であるロメロン商会はバリュー市での拠点だ。

 今日はエスペルが丸一日帰って来ないので、私はこの屋敷に預けられた。


(預けられた…て、完全に犬じゃない…)

 一応、ピエール達からの襲撃を警戒しているのだろうか?

 実はギルドを通じてエスペルに抗議文が届いていた。私のパーティー脱退、移籍は不当である、と。

 しかし私自身が望んでエスペルと共に居る事は事実となっているので、これは覆せない。

 これはピエールの落ち度でもある。私の好意を受け入れなかったからとかではなく、だ。


 ピエール達はCランクなのに、何故か後援者を持たなかった。故に使えるコネが無いのだ。勿論あれこれ口を出されるのを嫌い、後援者無しで活動する冒険者も多い。しかしピエール達の様に模範的で善良な冒険者が誰からも支援を受けていないのは考えれば不自然であった。


 それとは逆に、バリュー市でも有数の実力者であるロメロン商会の後ろ盾を持つDランク冒険者エスペル。

 コレを後ろ盾無しで崩すのはなかなか骨だろう。外から見ると、昇り調子の将来有望株の男に私が乗り換えた形だ。…その言い方も甚だ不本意ではあるが…。冒険者同士で脱退、勧誘、移籍、再結成は珍しくない。

 勿論それに付随するトラブルも。


 兎に角、ピエール側が私の移籍に関して不満を持っているのは事実。直接接触は無いが、たまにこちらを覗う様な素振りをする元仲間達を見かける。

 故に、エスペルと同じく無理矢理連れ去ると言う強硬手段も有り得るのだ。

 出逢い方からしても、きっと私が意志を封じられ邪眼で操られていると思っているはず。だから強引にでも………あれ?私は操られてるんだよね?あれ?―――まぁいいか。


(ま、今の私は彼等より強いけど)

 襲われても返り討ちに出来る。


 ………返り討ち?

 囚われの私を取り戻そうとしてきた、大切な仲間のピエール達を?


(――――――そうか…もう、私はエスペルの物なんだ…)

 思考がエスペルに寄っている。

 エスペルの元を離れたくないとか、ピエール達の元に戻りたくないとかではない。

 彼の財産である私を奪おうとする輩を返り討ちにする算段を、ごく自然に立てている。

 その事実を私はあっさり受け入れていた。


「早く帰って来ないかな」

 ふと口に出してしまう。これでは完全に犬だ。番犬などではない、お留守番している座敷犬だ。愛玩犬だ。


 今日はエスペルはエマとパティと言う母娘の元に行っている。

 手料理を振る舞うんだとか言っていた。

「エスペルの料理、美味しいんだよね」

 独り言が止まらない。


 野営中に食べたらとても美味しかった。優しい味でビックリした。病気がちな母親のために家事炊事をこなしていたと語っていた。

 料理屋で仕事をしてた事もあるらしい。

 なんてことだろう。

 彼は私などよりも余程家事も料理も出来るのだ。私は昔一度、大切な残り少ない食料を消し炭にしてしまってから、パーティーメンバーからやんわりと調理担当から外される様になったと言うのに。

「エスペルの料理が食べたい」


 パティを抱っこして眠ってやるとも言っていた。

「エスペルの寝顔可愛いのよね」

 彼が寝てる隙に逃げるか殺すか考えた事は一度や二度ではない。しかし、無防備に私の胸に顔を埋める姿を見ていたら…無性に抱き締めたくなっていつもそうしてしまう。

 彼の寝顔を見るのが私の楽しみだし特権だ。

 彼は他の女を抱いても、必ず私の胸の中に帰って来てくれる。なのに―――

「なんで…私だけの物じゃないんだろう?」

「ええ、本当に、そうですね…」


 応えて欲しい訳ではなかったがベトレイヤが返事をして来た。彼女も思う所があるのだろう。

 ベトレイヤも強い。だがエスペルは別次元だ。

 彼に追いつけない以上、側に居られないのだ。

(ああ…だから、私が羨ましいのか…)

 不本意だが理解している。

 彼との行為が私を強くした。

 ならば私でなくても違う女でも別に良かったはずだ。このメイド姿の女でも、きっと今の私ぐらいに強くなれたはずだ。


(何故…私は選ばれたの?)


 そう考え込んでいると扉がノックされた。私が返事をすると、一人の恰幅の良い男性が入って来た。

 彼は確か…


「ロメロン商会会長を務めさせて頂いております。ユーパロッシ・ロメロンと申します」


 丁寧なお辞儀と共に挨拶をされる。この屋敷の主にして、ここバリュー市でも指折りの大商人ロメロンだ。

 私は慌てて立ち上がり…


(ええと、どうしよう?)

 どう対応すべきか迷ってしまった。

 冒険者として対応すべきか?

 しかし愛娘の恋敵みたいな立ち位置だし?

 でもロメロンの恩人の仲間だし?

 それとも、それこそ―――


「お久しぶりでございます。フォーゲイル第一王女殿下」

 柔和な笑みでそう言われ、私は一瞬で血の気が引いたのだった。



☆☆☆☆☆



(わ、私を知っているっ!?)

「あっ!?あの―――――」

 しまった。覚えていない…いつだ?いつ会った?

 私が必死に脳味噌の記憶を掘り返していると、ロメロンが呵々大笑してきた。


「はっはっは。覚えていなくて当然で御座います。私は殿下の三歳の誕生会にお祝いの品を用意した行商人の一人で御座います。我が家は跡継ぎを外で鍛える習わしがありましてな。今息子も王都ロイヤルに丁稚に行かしてる次第。そうそう、フォーゲイルを訪れた時はまだ先代…父も元気でしてな。私は行商人として各地を飛び回っている最中で御座いました」

「はぁ…」


 王族として他人の顔や名前を覚えるスキルは高いつもりだったが、三歳の誕生会の時に押しかけて来ていた行商人全員とかまでは、流石に厳しい。

 もう十年以上前の事だし、ロメロンの方こそよく覚えていたものだ。

「よく…私だと、解りましたね?」

 私が探るような視線を向けると、ロメロンが種明かしをしてくれる。


「フォーゲイル第一王女出奔のお話はそれなりに有名で御座います」

「!?」


 なんてこと…もしかすると、お尋ね者みたいに人相書きが出回っているかも知れない。

「…コレは王女殿下には本来お話しすべきではない事柄です。なので今から話す事は私の独り言です。貴女様はエスペル殿のパーティーメンバー、冒険者ヴェーツェ。私が私の屋敷で呟いた独り言が、たまたま耳に入っただけで御座います」

 …王女殿下と言いつつ本名を言わないのはその為か。あくまで私を冒険者ヴェーツェとして扱うと言う意思表示。


「私宛に、内々にフォーゲイル行きの商隊を組んで欲しいと言う依頼がありました。そしてその護衛を、とあるCランク冒険者パーティーに依頼せよとのお話で御座いました」

 なる、ほど―――

「そう、ですか―――」

 私の中でずっと引っかかっていた違和感が、パズルのピースを嵌める様にカチリカチリと埋まっていく。


「彼等は何としても貴女を取り戻すつもりです。私を介してエスペル殿をなんとかしろとも言われました」

 …成る程。ピエール達が大人しかったのは、ロメロンへの懐柔策が走っていたからか。


「勿論お断りさせて頂きました。あの御仁に私達父娘は命を救われましたし…これからさらに価値の上がる商材を、捨て値で売り払う訳がない」

 ロメロンの瞳には侮蔑の色が濃く現れている。恩人を金で売る程度の人間と思われた事が不快なのだろう。商人は金で動くが、信用を何より重んじる。内外に命の恩人であると公言し、後援者として名乗りを上げてるエスペルを裏切る事など絶対に出来まい。

 そしてそれだけ高くエスペルの事を買っているのでしょう。

「そうでしょうね。強い者はそれだけで価値を産みますから」

 下手をすれば世紀の大悪党になるかも知れない危うい品だが、敏腕商人としては腕が鳴る案件なのだろう、彼という存在は。


 それにロイヤルと比べフォーゲイルは小国だ。

 小国フォーゲイルの要求など突っぱねても痛くも痒くもないのだろう。

 しかし一商人と小国ではやはりロメロンのが分が悪いはず。だがそれでもエスペルの不利益になる事はしないと言う事だろう。


「しかし、良いのですか?貴女のご息女はエスペルと…」

 気遣うふりをする私。ルピアではエスペルを満たせない。私が居ようが居まいが、彼女はどの道捨てられる。

 そう言えばルピアはどうしているのだろう?お仕事かしら…

「構いません。いずれあの方はこの市を出て行く運命です。あの方にこのバリュー市は狭過ぎる」

 ロメロンの本拠地はバリュー市だが、王都ロイヤルや他国にすら支店や販路があると聞く。あらゆる面でエスペルをバックアップするつもりなのだろう。


「ええ、そうですね」

 私も首肯する。

「エスペル殿について行ける者は、物理的な強者のみ。心の強さも大事でしょうが…先ずは武力がなければ話にならない」  

 その台詞は私に言っているのが解った。

「ええ、肝に銘じておきましょう」

 王女として扱われたからか、私の態度もそれなりのものになってしまった。

 チラリと見てもメイド姉妹は無反応だ。私が王女と事前に知らされていた?…いいえ、違うわね。

 エスペルと比べれば、生まれがどうとかなんて、どうでも良い事ですもの。彼女達の中で私は取るに足らない存在なのだろう。


 私は夕食をご馳走になり、ふかふかのベッドで眠る。朝になるとエスペルが迎えに来たので一緒に冒険に行く。

「あれ?」

 ロメロンの屋敷を見上げると、最上階の窓に女性の影があった。

(ルピアね。居たのね)

 私は自然とエスペルの腕に腕を絡めて密着する。

「歩き難いな」

「じゃぁ抱っこして」

「えぇ…」

 嫌そうな顔をするエスペル。調子に乗り過ぎたかしら?

「きゃっ」

 しかし一瞬後には私はお姫様抱っこされていた。

「えへへ」

 なんだか気恥ずかしくなり照れ笑いしてしまう。

「ん?―――くんくんくん」

 エスペルからチガウオンナノニオイガスル。

「ちゅっ!ぺろっぺろっ!」

 私がエスペルの顔にキスをして舌を這わせる。

「うええっ、唾液でベトベトになる」

 相変わらず嫌そうな顔をするが拒絶は無い。

 ああ、これ犬だわ。犬扱いだわ。

「きゅーん。ぴすぴすぴす」

 あ、駄目だ。冷静になった私サヨウナラ。正気に戻った私グッバイ。

 私は人目も憚らずにエスペルにくっついてイチャイチャしだす。

「なんなんだ。犬か」

 エスペルは困った顔をするが特に抵抗はしない。

 なんだコノヤロー。牝犬ってゆーから犬になってるんだろー…と言う気持ちを込めてエスペルの首筋に頭を擦り付ける。

 他のメスの匂いは禁止。

 上書き上書き。

「……………」

 ロメロンの屋敷の窓の一つを見上げると、負け犬の姿はもう見えなくなっていた。



☆☆☆☆☆



「最近あまり見ないね」

 私がエスペルに話しかける。ジャイアントベアの話だ。エスペルは少し偏執的な所がある。特に大した理由も無くジャイアントベアを執拗に狙い続けていた。


(私の事もそうなんだろうな。飽きられたくないな…)

 私と他の女との違いは独占欲と束縛感だろうか?

 女の勘―――だが、エスペルは型に嵌めようとすると嫌がって逃げる。

 最近自分は犬っぽいとは思うが、エスペルは猫だ。気まぐれで自分勝手。あとメスを追いかけて違う土地まで行ってしまうとことかも猫だ。


「避けられてるのかなぁ」

 そんな友達と疎遠になった様な言い方だが…有り得る。ジャイアントベアに同族とコミュニケーションを取る習慣があるのかは解らないが、きっとその界隈だと自分達を付け狙う異常な人間の事は共有されてるだろう。

 趣味なのかポリシーなのか、出会った瞬間に逃げ出す個体をエスペルは追いかけないで逃がす。

 殺す快楽にも順序と手順が大事なのか…先ずは自分への殺意がないと気分が乗らないらしい。


「まぁいっか。帰るか」

「うん―――あっ」

 エスペルが私の頭を抑え、木に向かって手を付かせる。彼の手が腰の辺りをまさぐるのを感じ背筋がゾクゾクする。

「そういや最近ベアナックルとか呼ばれんだけど…」

「二つ名…ね。称号とか、免許とかではないけど…ん」

 エスペルに背後から襲われる。

 魔物が跋扈する森の中、野外で獣の様な交尾をする事に頭が興奮する。

 まるで発情した牝犬だ。


「意味は…素拳。容赦無しの拳とか。後は熊を殴り殺すところからも来てるんじゃ…んっ」

「ふーん」

 エスペルは特に興味が無さそうだ。むしろ彼の興味を引けるものが何か知りたい。

 

(………逃げられ、ない………)

 エスペルは愛を囁く事も、逆に直接暴力を振るう事も無い。

 物の様に扱われる。それこそ彼が言った様に肉便器として性欲の捌け口にされている。でもそれが…


「あうっ」

 私の心を満たす。何処まで行っても逃げられない王女という使命と立場は、彼にとっては意味が無い。勿論彼にはまだ知らせていないが、知ったとしてもあまり変わらないだろう。


「ま、どーでもいーや。今日は帰ったらアスパーシャでも買うかぁ。あ、その前にフリーシアンとも遊べるな。時間的に」

 バリュー市へ戻れば昼過ぎくらいか。酒場が始まる前までにフリーシアンを抱いて、夜になったら娼館へ行く段取りだろう。よく精力保つわねホント。

「そら、零すなよ。全部飲め」

 他の女の話をされながら私の身体を好き勝手にする男。憎い男。愛しい男。理不尽極まりない。だがその理不尽で圧倒的な力はきっと―――

「んくっ―――」

(私の運命を変えてくれる…)


 心の何処かでは諦めていた。いずれは国に帰り、誰かに嫁いで子を産み、王族の使命を全うするのだと。

 だが大丈夫だ。

(彼なら私を救ってくれる…)

 楽観して希望的観測ではあるがそう確信があった。

 そうだ。それが、他の女との違い。

 私は逃げていた。

 逃げ続ける私は、今更エスペルを連れて国に帰る気も無い。それが良かったのかな?

 他の女に行くエスペルに対してもそこまでの嫉妬は無い。

 むしろ自分に帰って来てくれた時の嬉しさが勝つ。


「おっと。犯り過ぎたな」

 殺しの高揚感からの興奮ではなく、不完全燃焼故の発散。エスペルの気の済むまで身を預けた私の足腰は完全に砕けていた。ちょっと歩けそうにない。彼は行為中に回復魔法も使えるが、それも限度はある。

 なんて乱暴で雑な営みだろうか。

「悪かったよ」

「んーん」

 お姫様抱っこされたので彼の胸元に頭を預ける。

(逃げられないよ)

 逃げ続けて来た私も彼からは逃げられない。非道い扱いをされた後に甘く優しくされると、心がどんどん彼に縛られていく。


 そしてエスペルはあまり人目を気にしない。お姫様抱っこのままバリュー市へ戻りギルドへ直行。堂々といちゃつく私達に目を白黒させるレチュリアに、書類をお願いする。


『ベアナックル』


 それが彼の二つ名であり、私達のパーティー名となった。二つ名は別に登録は必要無いが、パーティー名にした以上、これで名実共に新しい彼の名前である。そして―――


「ベアナックル―――」

 それが私の新しい居場所。

 王族でも、仮初めの冒険者でもなく、エスペルという絶対者の肉便器、穴奴隷、性欲処理係。

 凡そ人間の尊厳やプライドを一片も残さない様な立場こそが、私が長年求めて止まなかった自由を得る居場所となった。


「エスペル…好き。好きなの」

「ああ」

 その夜、フリーシアンとアスパーシャを抱いた上で私の元に帰って来たエスペル。

 そんな彼に遂に愛を囁いてしまった私を、平坦な目で見つめてくるエスペル。

 子供は欲しいが、結婚とか責任とかは求めない方が良い。

 私と彼は見えない鎖で繋がっている。ただし、その鎖は私の首に巻き付いており、その先は彼の手に握られている。彼が飽きてその手を離さない様に、私は細心の注意を払う必要があるのだった。

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