『あの人の運命はあなたじゃなくて私よ!』と言われました
ヒロインは転生者ですが、主人公に前世の記憶はありません。ザマァもほぼありません。誤字等についてはあとがきにて。
忘れもしない。あれは九の月、十三日のこと。
図書室の裏庭で侍女とはしたなくもお茶をしながら美味しいクッキーを食べていた私に、嵐の様な強風と共に金色の髪の、エメラルドグリーンの瞳をした少女が現れた。
「ご機嫌よう」
私はこれでもこの国の王太子であるアシュフォード殿下の婚約者。はしたないところを見られ、内心冷や冷やしていたものの、表面上は完璧な淑女の笑みを浮かべていたと思う。
「あなたもテンセイシャなんでしょう」
少女は可憐な外見とは裏腹に、まるで汚物を見る様な目で、意味の分からない言葉と共に私を罵り始めた。
「恥ずかしいと思わないの!?ヒロインである私を差し置いてアシュフォードの『運命の魂』とか名乗っちゃって!!あなたなんて外見だけお人形の性悪女の癖に!!」
「不敬ですよ!!第一王子殿下のお名前を呼び捨てたばかりか、シエラ様をその様な汚い言葉で…!」
ヒロインって、物語の女主人公、と言う意味かしら?だとすれば彼女は何を指して自分をヒロインと言っているのか。そして…。
「名乗った訳ではありません。私達が五つの時、儀式により選定されたものです。これに関しては私達の意思は欠片も配慮されていません」
これは王家の秘密に含まれるのに、私の唇は何かに強制されてしまったかの様にスルリと言葉を並べてしまった。
「意思が配慮されない運命なんて、ただの強制じゃない!可哀想なアシュフォード、私と出逢う前に婚約者が居るなんておかしいと思ったのよ。だって『きみささ』の悪役令嬢は婚約『候補者』しかも自称。その痛い女があなた、シエラ・リーヴス」
エメラルドの瞳には狂気が覗いて居た。唇の端は醜く歪み、私を嘲笑っている。
「……身に覚えの無い事ばかり仰るのね。それ以上は止めた方がよろしいわ。今ならまだ、」
「今なら、まだ?間に合う訳が無いだろうシエラ。私の愛しい婚約者にそんな顔をさせた相手を私が許すとでも?」
どうやら間に合わなかった様です。しかもかなりご立腹。魔王も引き攣る悪役顔になっておられます。
「アシュフォード!会いに来てくれたのね!?」
「まず一つ。私を名で呼んで良いのは両陛下とシエラだけだ」
「………え?」
「二つ。君が誰か知らないのに会いに来る筈が無い。私は私のお姫様を迎えに来ただけだ」
「だ、だから私を…貴方のお姫様は私でしょう?『愛を知らない私に君が愛を教えてくれた。君が私の運命だ。君に私の全てを捧げるよ』って、それがベストエンドじゃない!!」
思わず喉からひっ、と小さく声が出てしまった。
怖かった。だって普通じゃない。あの子、何処かおかしいもの。
「三つ。私はシエラと言う愛を知っているし、シエラだけが私の運命だ。私の全てはとうにシエラに捧げている。君は不敬を働いた。よって身柄を拘束させてもらう」
「そんな!何よ!触らないで!私を誰だと思っているの!?何でよ!『そこ』は『ヒロイン』の場所でしょう!!離しなさいよ!!この、偽物のくせに!!!」
彼女は最後まで私を罵倒しながら連行されて行った。偽物、彼女が言った言葉の中でそれが一番私の心に深く刺さった。
「泣かないでくれシエラ。俺の愛が泣いていては心が痛い」
「す、すみません殿下…いま、すぐ止めますから…」
「アシュ、だろう?あの妄言に引き摺られるな。私達は『運命の魂』だ。離れる事なんて未来永劫無いから、安心してくれ」
「…そう、ですわね。運命の魂ですもの。大丈夫…」
「…城へ帰ろうシエラ。もう、黙っては居られない」
「何が…でしょう、か」
「城へ。七の刻に、あの場所で待っているよ」
先程の女生徒の言葉の数々と、アシュの歯切れの悪い言葉に、私は胸元でぎゅっと手を握り締めた。
そう、私は、偽物。
シエラ・リーヴス侯爵令嬢は、王家にとって、あの日、丁度良い存在だったのだ。
私が五歳の誕生日を迎えた日、城で同じく五歳の誕生日を迎えられたアシュフォード第一殿下の儀式が行われた。
その時、自領で家族と、親しい親族、友人とパーティーを開いていた私がまばゆく輝いたと言う。
それがアシュフォード殿下の運命の魂の選定だったと。私は王子様のたった一人のお姫様に選ばれたのだと、両親は何処か悲痛な面持ちで泣きながらそう言っていた。
その日の内に私は城に上がる事となった。五つの子供が急に仲の良い両親と引き離されて喜ぶ筈も無く、私は連れて来られて早々に脱出を試みた。
けれど王城は広いし、兵士はいっぱい居るし、私は泣き疲れて隠れた部屋のカーテンにくるまって寝てしまったのだ。
「ねぇ、きみがおれのおよめさんでしょ」
目を開けるとそこには銀色の髪の、深い蒼い目をした綺麗な男の子が居た。
眠かった私は、ゆっくりその言葉を飲み込むと、自分と両親を引き離した原因の男の子を睨んだ。
「まいったな、きらわないで?そうだ、これをあげるから」
そう言って殿下は手の平を見せて、うんうん唸ると、ポンッと音と共に青い花が現れた。
「なんで?なんでおはなが??」
「えっと、きみもきょうたんじょうびなんだろ?ほら、プレゼント」
まだ魔法なんて知らない私は、びっくりして、わくわくして、思わず笑顔になってしまった。
「ありがとう!」
殿下はそっと私のピンクブロンドの髪に青い花を挿してくれた。
「さびしいなら、いっしょにねよう」
「…おこられない?」
「きみのことはおこらせない。おれがまもるよ。ねぇ、なまえは?」
「…シエラ」
「シエラ、おれのおひめさま」
その嬉しそうな笑顔に、私は初めての恋におちたのだ。
でも、その十年後。私は陛下から真実を教えられる。
あの頃から既に、両陛下の仲は冷え切っていて、王妃様が離宮に閉じ籠もっているのは平常。そのまま公務にすら顔を出さなくなるのも時間の問題と危ぶまれていたそうだ。
そんな自分達を見て育ったアシュフォード殿下が、愛を知らずに、絶望していくのを見兼ねた陛下はこの国の筆頭魔術師に願ったそうだ。
『この国でアシュフォードを裏切らない、一番近い年頃の女児を探して欲しい』
それが、私。シエラ・リーヴス。
殿下を裏切らない、そして、ただ、一番誕生日が近かっただけの女。
だから、この『運命』は、きっと、偽物なのだわ。
「……この世の終わりみたいな顔してる」
あの日、二人カーテンに包まって寝た部屋で、私はそれをアシュに告げようか悩んでいた。
「終わってしまったら、どうなってしまうのかしら、と思っているわ」
アシュが私の腕を掴み、そっと引き寄せると私はその腕にすっぽりとおさまる。
知らずにふっと息を吐く。緊張するけど、安心する。此処は私にとってそういう場所だ。
「何も終わらせたりしないよ。俺がシエラを手放すとでも?あり得ない」
あぁ、この愛は心地良い。でも、いつまでもこのままでいいのかしら?この愛に寄りかかりきりの私で、いい、訳がない…。
「アシュ、私はね、貴方のうんめ」
「しぃー。黙って」
アシュが私の唇にキスをする。驚いて思わず目を見開くと、アシュの目が笑った。
「ま、待って、はなしをんぅ…」
「愛は語るだけじゃないでしょ。ほら、俺に集中して」
長い、長い間唇を奪われ、息も絶え絶えになった私を嬉しそうに膝の上に抱えて座り込んだ。
これ、絶対後で叱られる案件だわ…。
「余所事」
「そんな事ないわ…」
「ねぇシエラ」
アシュが私の耳元で甘く名前を囁いた。
「俺もね、知ってるんだ。知った上で、事実にした」
「……ふぇ?」
アシュの長い指が私の指を絡め取り、私の首筋にアシュは顔を埋めた。
「俺はね、七年前だったよ。だからね、その時に生まれて初めて我儘を言ったんだ」
アシュの手が私の手を私の下腹に乗せた。
「『俺の子種はシエラにしか芽吹かない様にして』ってね」
思わず後ろを振り返ると、待ち構えていた様に唇が啄まれる。
「だから、仲の悪いあの二人がもう一度だけ子を儲ける気になったんだよ」
確かにその翌年、弟君であるクリスフォード殿下がお産まれになった。
「俺は初めて会った日から、シエラしか居ない。運命が曖昧なら、より強固にしてしまえと思った。ごめんね?」
「…いいえ。謝る事なんて、何一つ」
「今もこの城に君を縛り付けているのは俺の我儘だと言うのに?」
「お忘れですか?私、貴方を絶対裏切ったりしない女なんですよ」
「……うん」
「絶対に、嫌ったり、しません。貴方を愛してるんです、アシュ…」
「…ありがとう、俺も、シエラを愛しているよ。今はもう少し、我慢するから、ちゃんと俺の子、孕んでね?」
「はい、家族の愛も、貴方にあげたいですから」
「シエラが可愛くて理性が焼き切れそう」
数年後、国民の誰もが信じる『運命の魂』を持つ二人の腕に抱かれる小さな新しい命を、皆祝福し。
二人の仲の良さは長く歴史に語られる事になる。
『君に愛を捧げる』通称きみささの自称ヒロインはシエラの減刑の嘆願により、戒律の厳しい修道院に身を置く事になります。
誤字報告、沢山いただきました。訂正等もありがとうございます。「偽物」に関しては、そのままにさせていただきます。9/28、少し訂正しました。読みにくかったらすみません。10/2誤字報告ありがとうございました。
読んで下さりありがとうございました。
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