決められた命の価値
ゼノビアは気が付くと城の地下室にいた。
なじみは無い場所だけど知らないところに飛ばされたわけではないという事実に安心感を覚えた。
とにかく元居た場所に戻って犯人を探さなければならないと体を動かそうとすると突然腕から激痛が走った。
「……っ!?どういうことだ!?」
ゼノビアの右腕はまるで一つ一つの細胞が粒子となって消えてしまっていた。
余りの光景に動揺していると目の前にローブを被った人物が立っていた。
体格から男と推測できる人物に吠える様に叫んだ。
「貴様か!?一体何の為にこんな事をする!?」
激痛で意識が遠のきそうになってもゼノビアは物おじせず真っ直ぐに男を見つめ返した。
男はフード外して顔が露わになったが、その表情は何処までも冷たかった。
「決まっている。お前をこの世界から消すためだ。」
辺りは騒然としていた。
何故なら一瞬のうちに姫殿下が消えてしまったのだから。
今日は城に魔術に関する物は全て持ち込むことは出来ない。
魔法陣の類も全て仕込まれていないのも確認出来ていたことは私もその場に立ち会ったから確実な事実である。
そんな中で犯行が行われたのだから、困惑が大きいのも無理のない話だ。
それに、困惑しているのは姫様が消えただけではないと思う。
(魔術痕が一切ない。恐らく他の魔術師も気がついているはずだわ)
魔法陣だけでなく何であれ魔術を使えば必ず魔術痕が残る。
辿らせないように出来る限り後を残さない様には一流の魔術師なら出来るとは思うけれど、全く残さないというのは現代の魔術では実現は不可能の筈。
「何かヒントがある筈よ。見逃している何か。」
その時、先ほど聞こえた時計の音が聞こえだした。
「そうだわ、騒動が起きる前にこの音が聞こえた。」
しかし、先ほどは直ぐに止んだ音は段々と音が大きくなりだしたが私以外の人にはこの音が聞こえないのか警備兵や王宮付きの魔術師は血眼になって姫殿下を探していた。
「この音が聞こえるのは私だけなの?」
辺りを見回すと音が大きいお陰で何処からなっているのかは判断出来そうだ。
「絶対に私をおびき出すための罠よね。」
行った先で見つからなかったら問答無用で協力者として罰せられる。
正直な感想としては姫殿下への罪を着せられるのが目に見えている。
(でも姫殿下が居る確率が一番高くもある……。どうしたらいいの? )
ふと、先程の姫殿下の顔を思い出した。
私の言葉に微笑んでくれた姫殿下を思い出したら、気が付くと広間の扉に向かって走り出していた。
引き留める兵士を振り切って広間を出て時計の音がする方へ向かって行く。
「後悔なんて後でいっぱいしたらいいわ!」
違和感に気づかないふりをして、姫殿下を見つけ出す突破口かもしれなかったと悔やんでしまうよりも怖いものなんてないと、この時の私は何故かそう思っていた。
走って、走って、なりふり構わず走った。
いつもよりヒールの高い靴は早々に投げ捨て裸足で音のする方へとにかく走り続けた。
「今までの道のりと時計の音が下の方からこんなにもはっきりと聞こえてるってことは、姫殿下が消えた要因に魔術師が関わっているとみて間違いないわね。」
私が今いる場所は恐らく秘密とされる地下に繋がっている廊下だ。
今回招待された魔術師は結界や不穏な魔法陣が無いか確認するために城の構造を理解している。
それは勿論私もその一人に入るけど、こんな地下への通路は見たことがなかった。
「御大層に隠していたってことね。私どころか誰も地下への通路の認識阻害魔術を見破れないなんて。」
今更になって魔術痕だけ残すなんて性格が悪い。
それ故に、どれだけの手練れの魔術師かを察してしまって背中に嫌な汗が伝っていくのを感じた。
「姫殿下だけでも逃がすことを考えないとね。」
いつも使っている杖も魔法具もないから簡単な魔術しか使えない。
恐らくは絶対に私よりも強い魔術師が姫殿下をさらった。
姫殿下を逃がすよりも私が先に死んでしまうという未来だけは避けなくてはと走る速度を上げてさらに地下に足を進めるように走り続けた。
そんなことを考えていると最下層に着いた。
進んで行くとやっぱりその奥の部屋からは人の気配もした。
恐る恐る近づいて見ると其処には見知らぬ男性が立っており、その横に姫殿下がうずくまっていた。
「姫殿下!」
そう言って駆け寄ろうとして私は反射的に足を止めた。
その様子を見ていた男性が少し口角をあげた。
「へぇ、そのトラップには引っかからないか。結構うまく出来たと思ったんだが。」
私の足元には砂粒程度の魔石が転がっていた。
解析してみるとこの部屋を余裕で吹き飛ばせるほどの火の魔法陣が魔石には刻まれていたので手早く水魔術の魔法陣で魔石を相殺して砕くと男と向き合う。
「一つ質問しても?」
「何?」
「貴方が仕掛けた魔術は人の命を簡単に奪えます。もし、ここに来たのが魔術師の私ではなく兵士であったなら気づかずに姫殿下に近づいて……姫殿下と一緒に命を落としていたはず。」
男の表情は依然として変わらない。その態度にどうしようもなく怒りがわいた。
「貴方は、人の命をいったい何だと思っているの!? 」
男は少しイラついた様子を見せて口を開いた。
「今俺が『命は尊いものだ』と言ったところで、君は信用なんてするのか?分かり切った事を聞くな。」
つい感情的になってしまったが、男の返答で冷静になれた。
(そうだわ、私にとって今は姫殿下の安全が何よりも大事)
そう思って姫殿下の方を向くと驚愕すべき光景が広がっていた。
「姫殿下の腕が、消えている?」
表情から察するに、激痛で意識を失ってしまっている姫殿下は右腕を押さえていたが右ひじ辺りまでが無く、未だ腕の消滅は止まっていない。
(解析が出来ない? だとしたら、この魔術はこの人が編み出したもの? いえ、構造かを理解できないなんてあり得るの? )
呆然と姫殿下を見つめていると、男が口を開いた。
「こいつの消滅は時間の問題だ。俺から逃げても皆のところに着く頃には跡形もなく消えてるだろう。」
考察していたことを口に出されて、最悪の事態になっていることを思い知らされた。
「見なかったことにして、さっさと立ち去れ。こいつの為に出来ることはない。そもそも、こいつに助けられる価値なんてない。」
この人は何がしたいのだろうか。
この現場を見てしまった私を口封じのために姫殿下と一緒に消すのが一番いい選択のはずなのに。
(彼にはこの行動も何か意味があるのかもしれないわ)
でも、彼にどんな理由があったとしてもこの人の思い通りに動くわけにはいかなかった。
「貴方がどんな考えがあって動いているかなんて私には分からないわ。でもね、ゼノビア姫殿下への言葉は許せない。」
息を整えるために深呼吸をして彼に向き合う。
「この人の命の価値を、貴方が決めないで!」
魔力を練り上げているのを感じたのか驚いた様子を見せた。
「お前……。俺を殺すつもりか。」
「貴方の息の根を止めれば術も解けるはず。」
殺すつもりはない。
ただ、姫殿下の状態が良くなるまで仮死状態にするだけだ。
そう思って一歩前に進んだと同時に辺りが光りだした。
「嘘、魔法陣!?そんなもの何処にも……っ!? 」
いや、姫殿下が消えた時だって魔法陣はなかった。
いくら気が動転していたからといってその事実を頭の片隅に追いやっていた時点で私の負けだったのだろう。
魔術が発動されるのを妨害も出来ない歯がゆさの感じながらも私は立っている事しかできなかった。