第二話 〜少女の踊りと夏初月〜
こんな清夏にはすぐに日に焼けてしまいそうな白い肌をしていた。日に当たると反射するほどの白髪、制服姿。体躯は触れれば溶けてしまいそうなしなやかさがあった。土まみれになりながらも、小柄な少女は裸足で踊っている。
僕と同い年くらい。つまりは十代半ばくらいかーーーうちの制服じゃないな…。
そんなことを考えつつ、境内に上がる間のちょっとした段差に膝を置く。
まだ真っ昼間だからいいものの、こんな状況を誰かに見られたらまずい。
段差に隠れて、それも若干見上げる形で女子高生(?)のことを凝視している男子高校生など、誰から見ても不審者でしかなかった。
しかしあんなに回転しながら踊っていて酔わないのだろうか…。
そんな僕の余計な心配をよそに、少女は回転を徐々に早めていく。
よく見ると足もフラフラに見えるけどーーー
コキッ
「コキッ?」
少女の方向を見ると、拝殿の賽銭箱までの、ちょっとした段差の下で蹲っていた。
足、ぶつけたんだな。めちゃくちゃ酔ってるじゃねえか…。
僕は鞄の中を手探りしつつ、小走りで少女がいる方向へ向かっていった。
「ーーーっっっ!」
近づくと少女は声にならない声で唸っていた。どうやら僕の足音には気付いていない様子だ。
「おい、これーーー」
言って、お茶と氷の入った水筒とタオルを差し出す。
「うわあぁぁぁ!!!!」
「うわあぁぁぁ!!!?」
びっくりした…。
少女の声に驚いて僕も叫んでしまった。
「なっ、なんだお前!!」
「い、いや、足ぶつけたんだろ?これで冷やせよ」
「うそ…見て、たの??」
「あぁーーーミテナイデス」
流石に無理があった。
人は嘘を付く際、想像力を働かせるために右脳を使うらしい。そして心理学的に、活発になった右脳の方向を見てしまう。詰まるところ、嘘をついている時は右上を向いてしまうらしいのだ。
僕もまた例に漏れず右上を向いていた。
頼むからこんな豆知識知っていないでいてくれ…。
「すごい右上向いてるけどーーー」
わあ。
知ってんのかよこの役に立たない知識…。
「ま、まあ、とにかくこれ使えよ。足ぶつけたんだろ、足の骨なんて下手したらすぐに折れちまうからな」
「ーーーアリガトウ」
一呼吸おいて、怪訝な顔をしながらも少女は水筒とタオルを受け取った。
「水筒の中身、使っちゃっていいの?」
「ああ、氷もまだ溶けてないだろうから、それで冷やしてくれ」
「うん…」
少女は腰を落とした状態で膝を立て、膝の上に顔を乗せる体勢になると、タオルに水筒の中身の氷を包み、患部なのであろう右足の小指辺りを冷やし始めた。
少女は制服姿、つまり下はスカートになるので、膝を立てるとすぐに下着が見えてしまう。
そんな危険性を察知した僕は、すぐさま後ろの鳥居の方向へ体ごと回転させた。
幼気な少女の華麗なダンスを隠れ見し、あまつさえ段差に足をぶつけるという恥ずかしい姿まで見てしまったのだ。その上、下着まで見るわけにはいかない。
これ以上罪を重ねるわけにはいかないのだった。ホント、ミテナイヨ。
「さっき叫んじゃってごめんなさい…」
後ろから少女の声がした。「何だお前」とか言ってたから、荒々しい奴なのかと思ったけど、結構素直なんだな…。
「いや、僕も同じく叫んじゃったしな、お互い様ってことにしておこうぜ。それよりも足の具合はどうだ?」
「うんーーー。折れてはないみたい、痛みも段々引いてきたし。」
「そりゃよかった。あ、タオルは別に洗濯とかしないでも大丈夫だからな。水筒もそのままーーー」
僕の気の利いた台詞を聞き終わる前に、少女は言う。
「見たでしょ?」
「い、いや見てない!パンツなんて、僕は絶対にみてないぞ!」
「パンツ…?」
しまった。尋問もされていないのに自供してどうするんだ僕は…
「あ、あのーーー」
「私の踊りどうだった?」
どうやら、僕の必死の弁明は意味をなさず、少女は僕に踊りを見られていた前提で話を進めようとしている。
「踊り??なんのことかな」
「いいからそういうの」
「…はい」
「それで、どうだった?」
僕渾身の鼬の最後っ屁を軽く一蹴し、改めて少女は聞いてくる。
謎の圧力を感じる…。怖いよ。
「正直に言って、良くわからないーーー」
「そう…」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「よくわからない感情になったんだ。端的に言ってしまえば見蕩れていたって事になるんだけど」
「それでそれで??」
こいつ、あからさまに表情が明るくなったな…。
「何というか、君が踊っている時、音が消えて、周りの空気が柔らかくなった感じがして…」
「へえ…。血走った目で私の下着を見てくるから、どんな変態かと思ったけどーーー。君、なかなかお目が高いね」
全部バレてんじゃねえか。
壷を無理やり売りつけてくる、テンプレート通りの詐欺師みたいな事を言っている目の前の少女に、僕は質問をした。
「なんでこんな所で踊ってたんだ?」
「なんでって…」
踊りを隠れ見していたときのように、音が止まった気がした。
そんな中、少女は続ける。
「私、神様だから」
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