第一話 〜神様と出会う前口上〜
已己巳己 巳己という、一見普通の少女に見えるそれと知り合った七月上旬、すっかり夏めいて、蝉も元気よく鳴き始めていたあの小暑に、風田川 司という僕は、とある神社にいた。
正確には、特に参拝する気分でもそんな予定もなかったので、鳥居の斜め前、ぼろぼろの今にも崩れてしまいそうな社号標に寄りかかり、この神社近くに住んでいるのであろうハチワレ柄の野良猫と戯れていた。
◆◆◆◆
僕は、一年前から続けている喫茶店のアルバイトを午前中で終え、気まぐれで歩いて隣町まで来ていた。隣町、とはいっても歩いて二十分もかからない程度で、暇つぶしには丁度いい距離感だった。
通りがかった公園では、七夕祭りが行われていたが、人混みに入っていく気にはどうしてもなれなかった。
わざわざ公園を避け、住宅街の路地に入り喧騒を抜けると、目の前に林があることがわかった。
よく見ると、木々の隙間から鳥居らしき建造物が見えたので、たまには参拝でもしようかと、これまた気まぐれで鳥居の方向へ歩を進めた。
見ると、社号標には苔が生えていて、参道の入り口には、青々とした雑草が生い茂っている。どうやらあまり整備されていないような感じだ。
背伸びして境内を覗いていると、一匹の猫がこちらへ向かってくるのが見えた。見た感じまだ一歳位、ハチワレ柄の若い野良猫だった。
かわいい。
警戒されてしまうため、テンションが上っているのをぐっとこらえて猫を待っていると。こちらに気付いたのか、少し速歩きになった。
猫は礼儀正しく、よく言われる神社でのマナーに則って、参道の中央は通らず、わざわざ端を通っている。鳥居に差し掛かるとお辞儀をしたように見えた。
鳥居をくぐると、尻尾をぴんと立ててこちらへ向かってくる。流石に笑っているとまでは思わないが、表情からどこか上機嫌なのが解る。
「こんな警戒心薄いと、野良でやってけないぞ」
足元へすり寄ってきた猫に対し、猫を愛でる人間が人懐っこい野良猫に話しかける際の定型文を口にして、再び話しかける。
「かりかりのご飯でいいか?」
言って、頭を一撫でし、家で飼っている猫のために購入した、ドライタイプのキャットフードを袋ごとリュックから引っ張り出し、足元にあった汚れが少ない大きめの石を選び、上に出していく。
猫は、意外にもがっついた様子はなく、比較的落ち着いてゆっくりキャットフードを食べている。
やはり人馴れしているようだ。
猫は、キャットフードを食べ終えると、二度程グルーミングをした後、踵を返して鳥居の方向へ向かっていった。
鳥居の前に差し掛かると何かに気付いたのか、申し訳無さげに姿勢を低くして、逃げるように参道の脇にある雑林の中へ潜っていった。
何を見て逃げていったのか気になって、生い茂っている雑草を避けように背伸びをして、鳥居をくぐった参道の奥、拝殿の方向へ目をやった。思いの外参道は長く、猫が見た何かを視認することが出来なかったので、僕は参道の端を伝い、ゆっくりと拝殿の方向へ向かって行く。
少し歩いて、拝殿や、その奥にある本殿にある彫刻が、くっきりと見える位置に来た。
見ると、猫が何に反応したのかは一目瞭然で、かくいう僕もまた、それに見つからないように、悟られないように、姿勢を低くしていた。
こんな言い方をすると、幽霊や妖怪、若しくは、それに準ずる何か奇っ怪な物でも見たのか、という印象を与えてしまうと思うのだけれど、なんのことは無い。それというのは、一人の少女だった。
さて、僕がなぜ姿勢を低くして、あたかも猫科の動物が狩りをするときのように、気配を消そうと健闘していたかという説明をしよう。
端的に言って、見蕩れていたのだ。
その少女は拝殿の目の前、参拝時に置けるのルールであるところの、参道の中央は通らない云々を、清々しいほどに無視して、イメージするところの天女様が身に纏っている、所謂、羽衣の端を両手に持ち、くるくると廻るように踊っていた。その姿に目を奪われ、見蕩れていた。
少女は踊っていたーーー。
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