The Narrow Road
――ラーメンが、食いたい――
麺の求道者、二本松 杉人として、ラーメンを求めるに理由は要らない。
日本全国、海千山千、千差万別のラーメンを食し、堪能する至福の時間こそ俺の存在意義と言っても過言ではなかった。手元には最新の評判のラーメン屋トップ300の情報を持ち、今日も俺は新しい出会いを求め店に赴いていた。
今日の店の前に立ち、待ち構える看板メニューをじっくりと眺める。メニューで期待を持たせる店には俺は好感を持てる。
さて、今日のラーメンはっと……。
『異世界背脂ちゃっちゃ系最後までこってり濃厚チート角煮マシマシチャーシューハーレム醤油ラーメン』
……長い! 名前が長いッ!!
どんなラーメンなのかは名前で全て語って分かりやすいが、中身が食う前から分かりすぎる! 角煮ドーンのチャーシューマシマシ脂オカワリーなラーメンだという事が食う前から分かるから初見にとっちゃわかりやすいが、期待の猶予というか、そういう余裕が欲しい所だ。俺の我儘なのかもしれないが……。詳細であればあるほど思ってたのと違う、なんて事は少ないからな。
しかもちゃんと異世界背脂ちゃっちゃ系と書いている。コッテリした王道を行くテンプレの脂を惜しみなく注ぎ込み、カロリーの暴力を叩き込む恐るべき醤油ラーメン……そう考えると確かに食えない客を避けるために名前で選別しているのかもしれないな……。
何はともあれ、実際に食ってみることにしよう。俺は余裕をもって店のドアを開けた。
「いらっしゃーせー!! お好きな席にどうぞ-!」
元気がいい。エネルギッシュなラーメン屋は俺の好みだ。横の席をちらりと見てみたが、ラーメンも申し分ない見た目をしていた。どうやら期待をしてよさそうだ。
「へい、異世界背脂ちゃっちゃ系最後までこってり濃厚チート角煮マシマシチャーシューハーレム醤油ラーメンお待ち!」
しばらく待ち、俺の目の前にラーメンが置かれた。非常に食欲をそそる良い匂いだ。……しかし、食べる前に従業員がラーメンの名前を全て言い切ったのが少し引っかかった。
――よく一息で全部言い切ったな……――
長すぎる名前はラーメンを呼ぶのも一苦労だ。事情は分かるが、もうちょっと短くした方がよいのではないか……?
そんな考えを振り切り、いざ実食。この瞬間がいつもたまらないのだ。
麺を啜る。悪くない。異世界背油ちゃっちゃ系の基本に忠実だ。他の同系統のラーメンと似たり寄ったりな感もしなくはないが、コレはコレで良いモノだ。角煮を口に運ぶ。うむ、味も染みている。このチート角煮をどれだけ崩壊させず、法外に盛り付けるかと言うさじ加減は店主の悩ましいところではなかろうか。
次にチャーシューを頬張る。ハーレムというからには数が多い方がロマンがある。だが多すぎるとチャーシューに個性がなくなってしまう。何枚添えるか。これもラーメンを作るものとして難しい采配を求められる。嗚呼、奥深きラーメン。
最後にスープを啜る。麺・角煮・チャーシューを全てまとめ上げるスープ、チートを全て許容するだけのスープは異世界でなければ難しい。
最近では現代ダンジョン系という塩とんこつ角煮ラーメンというのもあるが……俺は断然異世界醤油派だ。
だが、少し違和感がある。異世界ちゃっちゃ系という割には醤油感が無い……角煮・麺・チャーシューと申し分なく、スープも勿論悪いわけではないのだが、どことなく俺はスープの味わいに奇妙さを感じていた。
「ありがとうございやしたー!」
ラーメンを完食した俺は、スープの引っかかりを払拭できずにいた。まあいい、俺はラーメン遠征に出る際は必ず2、3日通う。その間に謎を解いていけばいい。満腹感に身を委ねた俺は明日のラーメンに想いを馳せていた。
しかし、次の日俺を襲い掛かったのは他でもない、昨日と同じ場所に鎮座したメニューであった。
『異世界系角煮味噌チャーシューメン』※品名を変更しました。
俺は衝撃を受けた。昨日食べていたラーメンが、今日、唐突に別物へと変貌していたのだ! 何処へ行ってしまったのだ、『異世界背脂ちゃっちゃ系最後までこってり濃厚チート角煮マシマシチャーシューハーレム醤油ラーメン』!!
俺はちょうど店の前で掃除をしていた昨日の従業員を見つけ、詳しく聞いてみることにした。中身は同じなのか、なぜあんなに大幅に名前を変えてしまったのか、そしてそもそも、昨日まで醤油ラーメンだったものが、なぜ味噌ラーメンになっているのか!!
従業員はこう答えた。
「いやぁ、名前が長いっていうのもあったけど、背脂とか角煮とか多すぎるような感じだとあまり注文されなくてね……。もともとあのラーメンは醤油と味噌のあわせスープだったんだけど、店主が味噌の比率の方が多くなってることに気づいたらしくて、醤油と言い切れなくなっちゃったそうで……」
何という事だッ!! 万人受けを狙ってしまったのかッ!! 背脂ちゃっちゃ系のコッテリ極まりない濃厚ラーメンを! 万人がおいしく食えるはずがないだろう!! 胸やけする奴が必ずいるわッ!!
さらには味噌の比率が多くなったから名前を味噌ラーメンにしただと!? 違和感の正体が分かった! 味噌が入っていたらそりゃ醤油ラーメンに思えないだろう! なぜ俺は昨日気づかなかったんだッ! 俺は昨日醤油ラーメンじゃなく味噌ラーメンを食っていたんだ!
濃厚醤油がウリの異世界背脂ちゃっちゃ系だと思って食ったら全く別物を食っていた……最初から味噌ラーメンとして食っていたら話は違う……醤油ラーメンとして味噌ラーメンを食わされていたらどうしようもない。説明じみた長い名前で騙されるなどとお粗末もいいところだ……!
その日、俺は初めてポリシーを破りそのラーメン屋に入ることを止めた。
別の日、俺は気分を改め、新たなラーメン屋にたどり着いた。
ラーメン週刊ランキング30位。
『追放後覚醒ハーレムNTR』
NTRが何の略かは言わなくてもわかるだろう。「濃厚・とんこつ・ラーメン」だ。コイツの特徴として、初めに強烈なニオイと追い立てられるような脂感を出し、食う者を追い込んでいく。そして後から隠された旨味が覚醒し、角煮チャーシューとベストマッチする。終わった後のこされたニオイと脂で後悔することになるが、そこまでがしっかりテンプレなのだ。
「いらっしゃい、お好きな席にどうぞ」
店主に案内され、席に着く俺。脂ぎるラーメンとはうってかわり清潔感のある店内だ。所々に店主の趣味の産物が並べられている。そういう所は嫌いじゃない。ラーメンの前と後の落ち着いた日常的な要素は時にラーメンを楽しむ時間を盛り上げる。
今回のラーメンは、中々期待してよいのではなかろうか。
「お待ちどう、追放後覚醒ハーレムNTR」
俺は今日NTRの前に佇んでいる。キツい匂いだ。仕事に行くサラリーマンは金曜にしか食べられないような絶望感だ。だがそれがいい。俺は絶望を食らい始めた。絶大な角煮を丼の中に秘め、俺は麺を進める。もうそろそろだ、もうすぐお前は覚醒する、あと一匹スライムを狩るだけの力があれば!
――……来たッ!!
その瞬間、俺は秘めたる角煮を最高のタイミングで頬張った! 覚醒だ! ジューシーな角煮のトロトロな食感と、一転変わって本来の濃厚な味わいをさらけ出したスープ。そしてその後に集まってくるチャーシュー。今ここから俺のチートライフが始まるのだ!!
麺を啜り、スープを飲み、肉を全てくらい尽くしたのち、残っていたのは強烈な臭い。これぞざまぁの余韻……。
満足し、腹をさする俺へ、おもむろに店主が声を掛けてきたのは完食して数分後だった。
「お客さん、今日のラーメンはどうでした?」
俺はとても満足したので、その旨を伝えた。彼はそれを聞くとにこやかに微笑み、
「もしよかったらウチを評価してくれませんかい?」
そう言ってアンケートの記載を依頼してきた。こういうのに答えるのもラーメン求道者。俺は快く引き受けることにした。
俺がそんな事を言っていられなくなって来たのは2日目だった。昨日と同じくラーメンを堪能した俺に店主はまた話しかけてきた。
「良かったら今日も評価をお願いしていいかい?」
昨日の今日で再度評価をするよう催促されると、流石に俺も少し渋る。それを見たせいか店主は追ってこう言った。
「評価が高ければ私の活力になるし頑張れるんだけどねぇ」
そう言いつつちらちらと横目で見られた私は少しラーメンの余韻を台無しにした。しぶしぶ適当にアンケートを書くと店主は、
「ありがとうございます、またよろしくお願いします」
そう言ってきた。次も書かせる気なのか。毎回言うのか。俺はラーメンの後にも関わらず、げんなりしてきた。
3日目、食後にアンケート用紙を持ってきた店主を見て、俺はもうこの店に来るのは二度とない事を悟った。追放された後古巣に戻ることは無いだろう。
前回のがっかり感が冷めやらぬ中でも俺は次のラーメンを追い求めていた。我ながら、懲りない男だ。
今まではコッテリ系ばかり攻めていた俺だが、気分を変えてあっさり目の気分になっていた。そこで選んだラーメンはランキング第10位
『さっぱり婚約破棄系悪役令嬢塩ラーメン』
異世界背脂ちゃっちゃ系が一つの王道であれば、こちらもまた一つの王道である。
きっぱりボンクラ王子に見捨てられる道を選ぶようなあっさりとした塩スープに、アクセントとして悪役令嬢じみたヒールな辛味。食後のデザートに甘々なものをいただけるくらい、少食にも優しい食べやすさ重視のヘルシー系ラーメン。コッテリに疲れた俺には今一番必要なのかもしれない。
「いらっしゃいませー! お好きな席にどうぞ-!」
ドアを開けたらよく通る女性従業員の高い声に案内され、席に着く。注文をして、水を飲みつつ辺りを見回す。こういったラーメンは女性層の人気が圧倒的で、男性陣には物足りない、といった印象があるかもしれないが、そんな事はない。店を見渡すと若い男女で店内は繁盛していた。
「お待たせしました、どうぞ!」
到着したラーメンに対面し、最初の一口。ガツンと来る辛味。一口目でショッキングにクるのが婚約破棄系のセオリーだ。そこから少しづつ口を慣らし、旨味を味わうのがまたたまらない。最後にすっきりざまぁを入れて大団円、最後までご馳走様!
異世界系とはまた違う味わいを堪能した俺は会計を済ませた後、店員さんと軽く会話をする。明日もまた来る旨を伝えると彼女はこう言った。
「このラーメンは期間限定なので今日で終わりなんですよ。更に食べたいと思ったらもう一回出るかもなのでこちらでイイネをお願いしますね!」
彼女はそう言ってタブレットを手渡してきた。俺の数日前の出来事が鮮明に蘇ってきた。ココもか! こういうパターンか!!
一気にげんなりしてしまった俺は店員の話を適当に聞き流し、申し訳ないと思いながらも明日は来ないことにした。
最近、ラーメン店でがっかりする事が多くなっている。俺は欲求不満に陥っていた。
3日間、満足して帰れるようなラーメンに出会いたい、そう思った俺はついに最終手段を取ることにした。
ラーメンランキングの第1位、多くのラーメン好きから高評価を得るそのラーメンの名は……。
『なろう系ラーメン』
コッテリとしてボリュームがあるが、ある程度自分で調整が出来る、それでいてチートも十分。満足感が満点の最高峰ラーメン! それがなろう系ラーメンだ。なろう系ラーメンはその人気故暖簾分けも多く、傍流が多岐にわたる一大派閥だ。なろう系リスペクトなんて存在もあるくらいだ。
俺が天邪鬼な面もあってか、大人気にはあまり進んで手を付けたくない気持ちがあるのだが、最近を鑑みるに、ここで大人気と呼ばれるものに触れた方がいい気がしていた。
そしてやってきた本店前。狭い道に長蛇の列。これは本当に素晴らしいものが期待できた。中に入るまでの時間も素晴らしい。席に着く頃には結構な時間も経っていたが、期待感が膨れ上がった俺には苦ではなかった。今や今やと待ち構え、ついにその時が来た。
目の前にやってきたのは最高のラーメンだった。味、食感、麺とスープ、そして自分好みにトッピングした野菜とこれでもかという程の大きさの角煮。パーフェクト! 俺の追い求めていたラーメンはコレだ!! そう俺は直感していた。
ラーメンを瞬く間に完食。明日もまた絶対に来る。そう確信した俺。店を出る際も特に何事もなく、完璧な流れだった。すべてに調和がとれていた。
2日目でも俺の感動は冷めやらず、ついに3日目も満足したまま出る事が出来た。ここまで満足したのは何時以来だっただろうか。感動的なラーメンとの熱い3日間を終え、俺は帰路に就いたのだった。
帰宅し、巡回していたラーメン関連のサイトを確認すると、なんと今日行ったラーメン屋が何やらコンテストで大賞を取り、今後色々とコラボなどをを行っていくらしい。いろんな所でラーメンを振舞うらしく、俺は今日行っておいてよかったなどと思うのであった。
一か月後、俺は久しぶりにあのなろう系ラーメンを食べに行きたくなった。ひと月前に訪れた駅を降り、角を曲がり狭い路地が見えた時、俺は疑問に思った。前回は此処に至った段階で人が並んでいた。なのに今日は人が一人も見えない。あの超有名ラーメン店の前に人がいないのは明らかに異常だった。
店舗の前に着いた時、俺は全てを察した。
――店主多忙のため、しばらく営業を休止いたします。
そう、もうラーメン屋が動くことがなくなってしまったのだ。あのラーメンは今やもう超有名になりすぎた。ブランド力が付き、パーティーや番組など、イベントなどに引っ張りだこ。コンビニなどでも味を再現したカップラーメンが売られるような現状であった。
だがしかし、その大本となったラーメン屋は多忙に押され、今や忘れ去られて動かなくなってしまっていた。
それは、仕方のないことなのだろうと俺は思った。うまいと認知されたモノにはそれ相応の歓待がある。むしろ、喜ばしい事だ。
少しだけ寂しいと思うのは、俺の我儘、なのだろう。
別にラーメンが無くなった訳じゃあない。あの時のラーメンとは違うだろうが、しかるべき場所に行けば食べられるのだ。今度はそこに行こうと俺は予定を組み立てることにした。
でもそれは今日じゃない。今俺に必要なのはラーメンだ。近くで別のラーメン屋を探そう……。
ラーメン探求の道は狭く険しいのだ。炎天下の昼下がりの道路をラーメン求めて歩く俺を、横断歩道の真夏の照り返しと車のクラクションが追いかけた。