見るな
怖い話やホラー映画が嫌いじゃないので、
ついつい読んでしまった「読むと危険な話」。
読んでしまうと、ナニカ危険なんだと。
わたしは、見えたりしないし、にぶにぶさんだから、ナニゴトも感じないけれど、
流石にチョット後悔した。
鈍い係でよかった……。
【そういうの】の存在は完全否定はしてない。
ま、わたしには感じられないけれど、ないこともないのだろうねー、と。
さて、「読むと危険な話」を読んだら思い出してしまった。
そういえば昔、そういうのがあったなあ、って。
せっかく思い出したのでご披露します。
こうして公開しておいてあれだけど、
これも、ひとによっては「読むと危険」なので、
なんでもないひとだけ読んで下さい。
わたしは責任取れんばー。
釣りでもないし、オチもないから。
じゃあ、なぜアップするんだろう。
わかんない。
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A子は小さい頃から、
いわゆる【そういうの】に敏感な子供だった。
他の人には「見えない」【モノ】が見えたり、
他の人が「感じない」【気配】を感じていた。
A子にしてみれば、それは至って日常的なことで、
誰もがみな「フツー」にそうなのだと思っていた。
が、自分「だけ」が「フツーではない」ということに気付き、思い知るまでにそう時間はかからなかった。
まだ幼稚園へ上がる前、
まるでそこに誰か相手がいるかのように遊んでいたり、
誰もいない空間へ向かって笑いかけたり指をさしたり手を振ったりするのは、
【そういうの】にはドン感な両親や親戚をひどく気味悪がらせた。
つい今まで、スヤスヤと昼寝をしていたのがムクッと起き上がるなり、テーブルの下へ潜り込んだ瞬間、
グラリと大きな揺れが来たり、
夜中に火がついたように泣き出したかと思えば、
一点を指差し目を見開いて大声で泣き叫んだり、
家の中でだが、歩いていこうとするのを、飼い犬が、
A子の服を咥えて必死に止めていたり、
A子に関する、両親たちにしてみれば不可解で不気味な行動は、数えだすとキリがないのだった。
ただ、母方の祖母サキだけは別で、
離れて暮らしているサキの家を訪れた時もやはり、
誰もいないのに(両親たちにはそう見える)、
A子がキャッキャと愉しそうにはしゃいでいるのを皆が気味悪がるのを見ると、
「あれは大丈夫。【悪いの】じゃないから」
と言ったりした。
「ムック(犬の名)がそばにいるから大丈夫だよ」
とも。
サキは【そういうの】に対してはかなり敏感で、
A子のそういう行動は、なるほどそういうわけかと、遺伝なのかと、
両親や親戚たちはなんとなく納得せざるを得ないのだった。
離れて暮らしているとはいえ、サキの家は、
A子の家から歩いて3分ほどの近さだった。
A子はおばあちゃん子で、母は専業主婦だったにも関わらず、
A子は朝から晩までサキの家にいた。
幼稚園へ上がるころになるとサキはA子へ、
「見えたり感じたりしても、むやみにひとに喋ってはいけないよ」
と教えた。
A子もその頃にはもうすでに、自分が「フツーではない」ことに気付いていたし、
自分に「だけ」見えるものなのか、そうでないのかの違いが分かるようになっていた。
小学生になると、
さすがに、ほかのひとは見えない【何か】に笑いかけたり一緒に遊んだりはしなくなったし、
努めて無視するようにしていたが、
見えたり感じたりすることは相変わらず頻繁にあった。
自分の部屋で机に向かって勉強していると、
タタタッと何かが部屋へ入ってきて、机の横でジィィィィィッとしている。
パッと向き直ると、そこには何もいない。
でも、またしばらくすると、タタタッと横に来てはジィィィィィッとしている。
そちらを向かないように横目で観察すると、
顔はよく見えないが、ちょうど机の背丈くらいの「おじさん」のようだった。
その「小さいおじさん」は、ただそこで、ただ、じぃぃっとしているのだった。
夜中、
なんだか騒がしい音に目が覚めると、
ベットのすぐ脇を、20センチくらいの高さの「阿波踊り」の一行が通り過ぎたこともあった。
朝起きて、そういえばあれは夢だったのか、と思ったが、
ドアの前に、なぜかひとつだけ、阿波踊りの衣装のひとつである網笠が落ちていた。手のひらサイズの。
「阿波踊り」はそれっきりだったが、
「小さいおじさん」はその後もしばしばやって来た。
ただいるだけで、何をするわけでもないし、
なんと言っても、【悪い感じ】がしなかったので、「小さいおじさん」のしたいようにさせておいた。
この【悪い感じ】がする・しないが分かるようになったのは、
多分にサキによる影響が大きいだろう。
A子がまだまだ小さかった頃、
【悪い感じ】はおろか、自分に「しか」見えない、ということも分からなかった頃、
サキの家で遊んでいると、
やはり【何か】がやってくる、というか、気付いてしまう。
A子にしてみれば遊び相手ができて嬉しいのだが、
「ダメダメ、それはダメだよ。A子、こっちにおいで」
とサキが言うことがある。
何度かそういうことがあるうち、
サキが「ダメ」だというモノには共通点があることが分かってきた。
それは、そのモノのいる辺りだけ、暗い色をしていて、空気が淀んでいる感じがするのだった。
実際にはそんなことはあり得ないのだが、
そこだけ空気が重い、というか、濃度が高い。
さらに、そのモノの近くにいると、寒くもないのに全身に鳥肌がたつ。
A子は、サキやムックに守られているおかげで、
【悪いモノ】に出くわした事はほとんどないのだが、
強烈だったのは、
小学校3年生の頃のある日の夕方。
その日、A子が学校から帰ると、母親はムックを連れて出かけていた。
サキの家に行こうかと迷いながらぐだぐだと、
テレビを見ているうちに、横になってうたた寝をしてしまっていた。
玄関のドアがバタンと閉まった音でフト覚醒したが、
母親が帰ってきたのだろうと、そのまままた眠りにつこうとした。
母親にしては何かがおかしい、変だ、起きよう、と思った瞬間、
部屋の中に何かいる、と感じた。
――マズイ……、これはマズイ。
その【モノ】は、いままでに感じたことのない重く淀んだ空気を漂わせていた。
怖くて目を開けられない。全身に鳥肌が立つ。
その【モノ】はゆっくりと近付いてくるようだ。
――どうしようどうしよう……。
サキに教えてもらったおまじないを心の中で唱え続ける。
決してひとに話してはいけないと、むやみに唱えてもいけないと言われているおまじないだ。
一瞬、その【モノ】の気配は薄まったが、
それは一瞬の事で、むしろ先ほどより気配は強まり、
さらに近寄ってくる。
――どうしようどうしようどうしよう……。
――おばあちゃん助けて……!
その【モノ】は、すぐそこにいる。
ジッとこちらの様子を窺っているようだ。
覆いかぶさって来そうになったところで、
意を決して身を起こし、その【モノ】を見ないようにしながら、玄関へと向かうドアへ走った。
ドアを開けると、何かが脇をシュッッと通り過ぎた。
――おばあちゃんの所へ、早く……!
玄関へ向かおうとしたA子の行く手には、
廊下の幅一杯に……。
それは、今までに見たり感じた事のある【悪いモノ】の比ではなかった。
暗い空気がぼんやり霞んでいる、などではなく、
クッキリと、しっかりとした形を持っていた。
それは……。
言い表す事のできない、
いや、
言い表しては「いけない」カタチある恐ろしさだった。
しかも、とんでもないだけの「負」のエネルギー。
――危険だ……!
――早く、早く逃げなくては……!
A子は踵を返すと、もう一度居間へ戻った。
居間の隣の仏壇のある部屋へ寄り、数珠を引っ掴む。
そして部屋を走り抜ける、裏口へと。
裏口のドアが見えたところで、
裏口のドアが開いた。
そして、その向こうから、手だけが現れると、
ゆっくりと手招きをし始めた。
――家から出さない気だ……。
後ろからは、
あの【モノ】が追ってくる気配がする。
ゆっくりだがジリジリと近付いてきている。
――アレに捕まるのはヤバイ……。
A子は数珠をしっかりと握りなおすと、
あのおまじないを声に出して唱えながら、
手の方へ向かって走った。
手の脇を通り過ぎる時、
いままでゆっくりとした動きをしていた手が急に、
ぐわっと指を広げ、
A子へ掴みかかってきた。
身をよじり、なんとか捕まらずに外へ出、
裸足のままサキの家へ走った。
走りながら振り返ると、手だけが凄い勢いで追ってくる。
――おばあちゃんおばあちゃんおばあちゃん……!
サキの家が見えた。
と、同時に、サキが外へ出てきた。
不審げに顔を曇らせながら。
「おばあちゃーーーーーーーん!!!!!!」
サキはA子を背後へ庇った。
手はすぐそこへ迫っている。
ツッとサキが一歩踏み出した。
すると、手はビクンッとし、その場で急停止した。
そして、その場で苦しげにもがいている。まるで何かに掴まれているかのように……。
その手は、サキが何事か呟くと、徐々に動きが静かになり、
空気の中へと消えていった……。
「アブなかったねぇ〜」
サキはA子を振り返り、ニコっとすると、のんびりとした調子でそう言った。
「う、うちにまだもういっこ、ヤバイのが……!」
「うん、らしいねぇー」
「……、って大丈夫なの?! ほっといて?!」
「うん、あっちはムックに任せて大丈夫だよ」
「え、ムック?! ほ、ほんと?!」
「ウン。あ、もう大丈夫みたいだよ」
「そ、そんなの分かるの?」
「ウン。さ、ちょっと上がっておいき。足もホラ、きれいにしてかないと」
玄関先で足を拭き、
家へ上がり、居間のソファへ座って落ち着いたところで、
恐怖感がガーーーーッと蘇った。
いまごろ涙がこみ上げてくる。
「はい、お茶」
「うん、ありがと……。……、おばあちゃん、あれは何だったの……?」
「ん〜。なんだろうねぇー」
「ごまかさないで教えてよ……」
「そのうち分かるよ。さー、そろそろA子にも教えておかないとねー」
「……なにを……?」
「祓いかた」
その日以来サキに少しずつ教えられ、
A子はちょっとしたモノなら祓えるようになったし、自分の身は自分で守れるようになった。
大人になってからは、
見えたり感じたりする機会はぐっと減ったが、
それは自分でコントロールできるようになったからなのかもしれない。
――見えなければ、感じなければどんなに幸せだろう。
幾度となくそう考えた。
「気」が滞りやすい場所へ行くとすぐ【何か】がくっついてきてしまったが、
そのぐらいなら丁重にお帰り願うことはできるようになった。
自らそういう能力のことはひとに話さないのだが、
どういうわけか、時々、そのテの相談を受けるようになった。
――好きでこんなことができるわけじゃない。
初めは断るのだが、それでも結局、やはり気の毒になって、引き受けてしまうのだった。
B子から持ちかけられたその話も、
初めはいつもと同じだった。
「A子さん、相談があるんだけど……」
「うん、なに?」
「実は……、うちに何かいるみたいなの……」
「……、何か、って?」
「えっと……、誰もいない部屋で物音がしたり……、声がしたり……。 ちょっと来てみてくれないかな……?」
「……、わたし、そんなに能力ないから……」
「おねがい……! とりあえず来てみてくれるだけでいいから……! ねっ?!」
「……うん……わかった……」
B子の運転でB子の家へ向かう道すがら、
A子はざわざわと鳥肌が立ち、胸騒ぎがするのを感じた。
――行きたくない……。
その思いは、家に近づくにつれ、段々強くなってきた。
冷や汗が背中を伝う。
「もうすぐよ。その角を曲がったら」
曲がった瞬間、
A子はビクンとした。
――あれだ……。あの家だ。
家が整然と立ち並ぶ中、どれかと言われなくても分かった。
車を降り、家の前に立つ。
――いやだ……。入りたくない……。
あの小3の時の恐怖が蘇った。
――これは……。ヤバイ。
「さっ、どうぞ」
B子が玄関のドアを開けた瞬間、
ドッと中から風が、というか、
圧力が弾けた。
「フツーのひと」には感じられない感覚だ。
居間、仏間、台所、トイレ、風呂、そして2階と見て回る。
ざわざわと悪寒が走る。
ガンガンと頭痛がする。
2階に3部屋あるうちのひとつに入った瞬間、
――ここだ……。
窓際のソファに誰かがうずくまっているのが見えた。
深く頭を垂れて腰掛けている。
【それ】がそろそろと頭を上げる。
――見てはいけない……!
足が動かない。
目も逸らせない。
冷や汗がこめかみを伝う。
ガンガンガンガン……キーキーキーキー……ガーガー……キャーキャー……ぐわんぐわん……
耳元でうるさく雑音が鳴っている。
【それ】の顔がだんだん上がってくる。
【それ】の顔が見え……。
――顔を見てはダメだ……!
必死で念じる。
呪縛が解けた。
すぐに目を逸らす。
「A子さん、大丈夫?!」
「下へおりましょう……」
「顔が真っ青よ……! 大丈夫……?!」
「ええ……。 とにかく外へ出ましょう……」
「おうちまでお送りするわね」
「ええ、助かるわ、ありがとう……」
外へ出、車に乗り込もうとして、ゾクッ……とした。
首筋に視線を感じる。痛いほどの。
恐る恐る家を振り返り、視線を巡らすと、
2階の、先ほどの部屋と思しき窓から、人影がじぃっとこちらを見下ろしている。
黒い影だけで、顔は見えない。
身体を貫くように、また悪寒が走る。
A子はやっとの思いで視線を断ち切ると、車に乗り込んだ。
車に乗り込むと、ぐったりとシートに沈み、
目を瞑る。
心の中でまじないを唱え、拾ってきた小さなモノを祓う。
家から遠ざかるにつれ、
だいぶ気分が良くなってきた。
「A子さん、具合はどう……?」
「ええ、もうだいぶ良くなったわ……」
「……、やっぱり、あの家……、何かいるのね……?」
「……ええ……。それもかなりのが……。わたしがどうにかできる次元のモノじゃないわ。
すぐに引っ越さなきゃダメ」
「そうなの……。わかったわ、主人と話してみる」
「うん、すぐに、早くね」
「わかった……。さあ、A子さんのおうちに着いたわ。今日はごめんね、ありがとう……!」
「送ってくれてありがとう」
A子は、そのまま家へ入らず、
真っ直ぐサキの家へ向かった。
A子が玄関の前に立つと、ドアが開き、サキが立っていた。
「なんかひどいのに会って来たねぇ」
「うん……」
「あれはダメだよ。どうにもできない。関わっちゃダメだよ」
「うん……。わかってる……」
「さ、とりあえず上がって」
A子は、家に上がると、居間のソファにぐったりと身体を横たえた。
「ほら、これ飲んで」
A子は身を起こした。
「なに? お湯?」
「飲んでご覧」
「……しょっぱッ……!」
「うん、お湯に塩を溶かしたものさ。体の中からも清めないとね」
「そうなんだ……」
「ほら、これ持って行きなさい」
サキはエプロンのポケットから何かを取り出して、
A子へ手渡した。
「……いし……?」
「うん、そう。 お守りだよ。 なるべく身につけて、眠る時は握って眠りなさい」
「うん、わかった。ありがとう」
「あの家へはもう行ってはダメだよ」
「うん……。でも、B子さんはどうなるの?」
「どうにもできないよ、あそこにいるうちは」
「そっか……」
「絶対行っちゃダメだからね」
「うん」
「さ、早く帰ってゆっくりしなさい」
「うん。ありがとう」
A子は、サキの家を出ると、
家へ帰り、風呂へ入り、食事もしないまま布団へ入った。
「いし……。石を握って眠らないとね……」
フト気づくとA子はあのドアの前に立っていた。
――開けてはいけない……!
その意志とは裏腹に、A子はノブに手をかけてしまうのだった。
そして、ドアを開くとやはり、窓際のソファには誰かがうずくまっている。
あの時と同じように……。
そして、【それ】は、ゆっくりと顔を上げる……。
――顔を見てはいけない……!
そうは思うのだが、
やはりあの時と同じように、
体はまったく動かず、視線すら動かせないのだった。
そうしているうちにも、【それ】は徐々に顔を上げ……。
――顔が見えてしまう……!
「いやぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」
叫んで目が覚めた。
A子は自分のベッドに寝ていたのだった。
「ゆめ……」
手にはしっかりと石を握りしめている。
それ以来、
A子は毎晩その夢を見るようになった。
――眠るのが怖い……。
反面、
あれは誰なのだろう、という思いは常にあった。
見てはいけない、でも見たい、と。
B子はというと、
サキの口添えもあり、早々と引っ越した。
引っ越してしばらくしてから来た電話でB子は、
「やっぱり家のせいだったのね……。
実は、主人との仲もうまくいってなかったんだけど……、引っ越してからはなぜか、なんでそんなに二人とも神経質になっていたんだろうねー、ってお互いに話して。
体の調子も良くなくて、気が晴れる日はなかったんだけど、いまは毎日が楽しいわ!
本当にありがとう!
サキさんにもよろしく伝えてね!」
と。
にも関わらず、A子の毎晩の悪夢は終わらないのだった。
サキはそんなA子の気持ちを見透かしたように、
A子の顔を見るたび、
「あの家へは行っていけないよ」と言い、
「なぜ?」と聞いても、
「行ってはいけないよ、絶対に」としか答えないのだった。
――あれは誰なのか……。
こんなにもひとに害を与え、
自分を苛むあれは誰なのか。
何者なのか。
ついに、A子は、
もう無人となったその家の前まで行ってみた。
来てしまった、と言うほうが正しいのかもしれない。
気づいたらその家の前にいた。
――どうせ入れるわけがないんだし。
と思った瞬間、
バタン!!
玄関のドアが開いた。
――入ってはいけない。
それでもやはり、
その気持ちとは無関係に体が勝手に家の中へ入っていくのだった。
何かに導かれるように、あのドアの前へ。
夢で何度も見たあのドア。
あれ以来毎晩見たあの見慣れたドア。
――開けてはいけない。
いつも通り、
その思いを差し置いて、
手はノブへかかり、
ドアを開けるのだった。
そして、やはり、窓際のソファには誰かが。
【それ】がゆっくりと顔を上げる。
――見てはいけない……。
――でも……。今日は見るんだ……! そのためにあたしは今日来たんだ……!
【それ】の顔が見え……そうに……。
いつもならここで目が覚めるが、
今日は夢ではない。
――しっかりと、気を確かに。 何を見ても動揺しないように。
自分に言い聞かせ、
【それ】を注視する。
【それ】の顔が上がりきった。
窓を背にしているので、
逆光になってよく見えない。
口許が見えた。
歯が見える。
口を開けているのだ。
いや、笑っているのだ。
ニヤニヤと。
視線を上へずらす。
――え……。
――これは……。
「いやぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
A子は崩れるようにその場に倒れた……。
――……、っという話。
――え? で? それで、【それ】は何だったの? 誰?
――A子さんはそれからどうなったの?
――A子さんはそれでちょっと気が変になってしまったらしいよ。
――で、【それ】は?
――【それ】はね……。
――当のA子さんがそういう状態だから……、きちんとした話は聞けなかったみたいだけど……、その後のA子さんの言動から察するに……、
――察するに……?
――【それ】は「A子さんそのひと」だったのではないか、と……。
――……。
――あーあ、聞いちゃったねこの話。ヤバイよー。
――エッ……?! ヤバイって何が……?!
――……夢みるよ……。
――……、ってなんの……?!
――だから、A子さんが毎晩見た、っていうあの夢。
――えええええええっ!! いやだよ、そんなの!
――だから最初に言ったじゃん、聞くとヤバイよ、って。 それでもいいって言ったじゃん。
――だって……。
――泣くなよ……。
――まあ、俺は少なくとも大丈夫だから。
――え、なんで?!
――石を握って眠ってるから。
――……、っていまも……?!
――ああ、もちろんさ。
――この話、聞いたのいつ?
――……三年前。
っというわけでわたしも、
飼っていた犬の形見の石を握って眠っているのでした……。