狐の花嫁行列の話
ちりーん……ちりーん……。
玲瓏な鈴の音が山の上から転がり落ちる。
鳴り響くは、穢れなき花嫁に悪戯をしかけようとする魔を退かすための魔除けの鈴だ。
幾重も連なり響き合う。
森羅の鳥居をくぐり、しゃなりしゃなりと進みゆくは、角隠しを目深にかぶり白無垢に身を包んだ花嫁。
うっすらと白粉を濡れた頬を仄かに赤く染め上げ、丁寧に結わえた髪には白牡丹の簪がちりちりと鳴る。朱をひいた唇をキュッと強く引き締め、白に身を包んだ花嫁は、数多の眷属を引き連れ、朱色の鳥居をくぐり行く。
振り返ることはないものの、慣れ親しんだ山へと別れを告げる。
ぱらぱらぱら。
頭上から雨が降る。
空がどんなに晴れ渡っていても雨は降る。
否、晴れているからこそ雨は降る。
狐の嫁入りだからだ。
通りを洗い、清めるために雨が降る。
先ゆく眷属達はしっとりと毛皮を濡らす。
柔らかな雨は、厭うほどではない。
白い毛先は、雨粒を受け、光を弾く。
けれど花嫁だけは、傘持ちがちゃんといて、その身を守る。
深紅色の大きな蛇の目傘が、花嫁も花嫁衣装も雨から守る。
「狐の嫁入りだよ」
「嫁入りじゃ、嫁入りじゃ」
晴々しくも粛々とした行列に物見遊山の者達は立ち止り、ほぉう、とため息をついた。
細く紡いだ極上の絹糸で機織られ、銀糸によって精緻で繊細な刺繍を施された美しい純白の花嫁衣装に身を包んだ花嫁の行列である。
その面は、角隠しのよって完璧に隠されているとはいえ、初々しい甘やかな雰囲気が匂ってきそうである。
お山を降り、目的地近くに着く頃には、日が落ち黄昏時と絡まり闇はそこまで忍びよっていた。
けーん。
先触れの狐がひと鳴きした。
ぽぉう。
ぽぉう。ぽぉう。
とたんに両脇の道沿いに明かりが灯った。
幾多の提灯が姿を現し、中に生まれた狐火によって、周囲は照らされる。
揺れる焔が白無垢をほのかに紅を色づかせる。
また、ほぉう、とため息が周囲から漏れた。
その中を花嫁は、静かに静かに練り歩く。
森に棲む者たちの見惚れる視線を留めゆく。
数多の眷属を引き連れた花嫁と絢爛豪華な花嫁行列を、ひと目見ようと、こぞって道を覗き込む。
「おやおや、もしやあれは伏見狐の総領姫じゃないか」
「そうじゃそうじゃ。なんとまあ、伏見の姫が嫁に行くのか」
「どこへ嫁ぐのだ」
「さて、どこへだったか」
勝手気ままな見物人の戯言に花嫁は耳を貸さぬ。
その身を謹み、縁を結ぶべき者へとただただ向かう。
「なにはともあれ、あの伏見の狐を嫁にもらうなら、相手は三国一の幸せ者じゃ」
「そうじゃそうじゃ」
「幸せ者じゃのぉう」
「まったくまったく、羨ましい」
里を下り、田畑を通り抜け、見知らぬ町を通り、深い森を抜けていく。
花嫁が向かう先は誰も知らない。
数多の提灯に灯された狐火は、遠く遥かまで連なっている。
雨はしとしと降り続く。
花嫁はしずしず歩き続ける。
ちりーん……ちりーん……。
鈴は遠く高くどこまでも鳴り響く。
「さて、その幸せ者は誰かいのぉ」
この先にいるのは――。