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一緒に行こう、あの雲の向こうへ  作者: おぐら あん


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18/23

7-2

 もうじき砂漠を抜ける、と言うところまで来た。

 これまでに刺客らしき怪しい者達に襲われること、四度。その度にザルクルーシュとシャイラーンがマリシュを助け護り、大事に至らずに済んだ。マリシュの人相書きが相当数出回っているらしかったが、顔に薄様の布を垂らしたままで移動してきたので、はっきり見分ける者もいなかったらしい。長い旅路にあって、少し日に灼け顔色も健康的に見えるようになったことにも、その一因はあるようだった。刺客が持っていた人相書きを開いたザルクルーシュが、落ち込みがちになる雰囲気をわざと盛り立てるように明るく言ったが、半ばはザルクルーシュの心からの感想でもあった。

「見てみろよ。髪は金、瞳は蒼。肌は蒼く透き通るほど白く……だってさ。今じゃ見る影もないよな」

 確かに今のマリシュは、容貌ははっと驚くほど整ってはいたが、一見するととても高貴な身分とは思えない身なりだった。身に着けているのは質素で丈夫さが売りのものばかりであったし、髪も結い上げているとは言え、ぼろぼろに痛んでいる。頬には薄くそばかすさえ浮いていた。

「全てがよい方へ向かっているとは言えませんが、それでも恵まれている。最後まで気を抜かずに、進みましょう」

 シャイラーンが引き締まった表情で、もっともらしいことを言う。残る二人もまた真剣な面持ちで頷いたのは、遭遇する刺客が次第に強い者になっているからだった。マリシュはクポの鞍上で、ぐっと背筋を伸ばした。過酷な状況で旅を続けていると言うのに、気力も体力も増しているのが解っていた。確かに疲れてはいる。しかしその疲れは、城にいたときとは比べ物にならない、爽快感を伴った疲れだった。あの頃は、とにかく気だるかった。もちろん歴史や地理や兵法など、いわゆる帝王学を学ぶのは嫌いではなかったし、新しい知識が増えることを喜んでいたマリシュではあったが、何かが欠けている、と感じないときはなかった。その生活に新しい風を送り込んでくれたのは、他でもないリュウナであったし、そして今ではリュウナは誰よりも大事な存在の一人だった。

 ちら、と隣に視線を移すと、やはり真っ直ぐ前を見据えてクポを操るシャイラーンの姿が目に入る。リュウナにとってのシャイラーン、リュウナにとってのアドル、そして、リュウナにとってのマリシュ。三者が三様にリュウナの中では意味を持ち、大切な存在であることくらい解っていたが、それと嫉妬とは別の生き物だった。

 ――リュウナ。無事でいるに決まっているわよね?

 声に出さず、瞼の裏のリュウナに向かって声をかける。そうしたからと言って、安堵の気持ちが大きくなる訳でもない。不安がきれいさっぱり、消えてしまう訳でもない。それでもマリシュは、問わずにはいられないのだ。

 誰よりも大事な、リュウナの身の安全を。

「なぁリーシュ」

 そのままずるずると物思いに沈みかけたマリシュを救い上げたのは、ザルクルーシュの問いかけだった。

「お前、セドに無事に入って、ラディラフの陰謀を暴いて、そしてガゼッタ王国が戻ったとしたら、その後の政治はどうするつもりなんだ?」

 レギアの次期首領の立場が約束されているザルクルーシュにとっても、それは大きな関心事だった。ラディラフが軍事大国として各国に触手を伸ばすようになったら、オーギスティンも危ういだろう。今では自治区として成り立っているレギアの民らの生活も、仮にラディラフの支配下に入ってしまったら、搾られるだけ搾り取られ、貧しい砂漠民に成り果ててしまうだろうと踏んでいた。砂漠にありながらラディラフに与している者たちは、目先にぶら下げられた甘い餌に釣られているだけで、先々のことまで考えてなどいないに違いない。もしかすると「より砂漠の民は豊かになる」などと聞かされているのかもしれない。自らの身の丈を越えた富を求めれば、必ず衰亡が訪れると言うのに。

 マリシュは顎に手を当て、しばらく考える仕草を見せた。

「自分の利益より民の利益を、と考えているわ。貴方にも自ずと答えは見えているのではなくって?」

 ザルクルーシュはそれをレギアにも当てはめて考えた。そこかしこで現首領に対する反発が見られるのも、世の流れ――と言うべきなのか。

「私、聞いたことがあってよ。セドもじきに大統領制を取り入れるそうね? 私がセドに入るまでは何が何でも王制であって欲しいとは思うけれど、よい制度だとは、思うわ。海の向こうにはそういう国も多いのですって。本当の意味で国を支えるのは民ですもの。政治にだけ民が関わらない国になど、未来はないのではなくって?――もちろん、民が政治に関わっているからといって、必ずしもよい国とは言えないでしょうけれどね。軍事にしか興味のない方が代表になぞなったりしたら、目も当てられませんわね」

 軍事にしか興味のない方、に独特な抑揚をつけて、マリシュは皮肉っぽく笑う。そういう笑みはマリシュには似合わないな、と、ザルクルーシュは思った。

「いずれにしても、セドの王が力を貸して下さり、そして国を取り戻した暁には、各国の代表で話し合いの場を持つことを提言しようと思っているの」

 マリシュの瞳は遥か遠くを見据えているようだった。ザルクルーシュを振り返り、今度は皮肉も曇りもない笑顔を見せる。

「もちろんレギア自治区の代表にもお越し願うわ。レギアもそろそろ、一国として独立してもよい頃なのではなくって?」

「……読まれてたか」

 ぺろりと舌を出して見せたザルクルーシュは、実際の年齢よりも幼く見え、マリシュは不思議と和んだ。これまで丸三ヶ月の旅路にあって、ザルクルーシュをこんなに身近に感じたのは初めてのことだった。

 実際ザルクルーシュは、叶うことならレギアを一国として扱ってもらいたい、と思っていた。もちろんレギアが誇れる産物と言ったら、岩塩くらいしかない。民の持つ美点と言えば、働き者で忠義に篤い、と言うことくらいか。これまで自治区として成り立ってきたのは、誠実なことに加えての外交的手段のうまさがある。各国を分断するように存在する砂漠にある地域だからこそ、他国に対しての砂漠内の添乗の仕事もあった。運輸も一部担っていた。クポとラパの繁殖にかけては右に出る存在はない。最近ではクポの改良種が各国でももてはやされてきている。豊かとは言えずとも、貧しくはない。対等な立場にあれば、もっと多くのことが自由になると思っていた。現在でもオーギスティンに属すると言うことで、徴兵は免れても徴税は免れ得なかった。半面整備は本国に大きく水をあけられている。税を取るだけ絞り摂って整備を進めない本国政府に、ザルクルーシュは反発を感じていた。

「ここは平和でいい国だわ。だけどその平和にいつまでも安穏としていたら、いつか足許を掬われてよ。そうなる前に、独立するべきだわ」

 マリシュの静かな言葉に、ザルクルーシュは決意を新たにした。ガゼッタの問題が片付いたら、次はレギアの問題だ、と。

 一行は砂漠地帯を抜け、セドとの国境付近まで来ていた。リュウナたちが捨てた進路、トトジーモから真っ直ぐ西に進んでいた。あれほどに身を灼いた日光も和らぎ、緑が近いことが解る。三人はクポの背に揺られながら陽炎のように遥かに揺れる緑を見た。

「ここまでくればあと一息だな」

 明らかにほっとした様子でザルクルーシュが言った。

「関守にリーシュの件がうまく伝わっていればいいんだがな」

 ザルクルーシュの小さな呟きに、シャイラーンは心から頷いた。リュウナたちが無事にセドの国王と接見できているなら、末端の関守にも話は通じるはずたった。

「――? 何か、おかしくないこと?」

 マリシュが目を細めて前方を見ていた。二人もそれに習う。どうやら数人の男たちがこちらの様子を伺っているように見えた。

「……セドの使い、って感じじゃあ、ないよな――?」

 ザルクルーシュは言うと、懐から剣を取り出し、構えた。シャイラーンも剣を握る。

「クポを僕の後ろへ」

 シャイラーンがマリシュに指示を出した。マリシュは黙って従う。そこで不意にシャイラーンの脳裏に小さな鉄片が閃いた。これは――矢?

「ザッシュ! 気をつけて!」

 まるでシャイラーンの言葉が合図だったかのように、三人に向かって矢が飛んできた。これだけの距離を正確に射抜くのは、至難の業。それを遣って退けると言うことは、やはり彼らもラディラフの刺客と思われた。

「おいおいマジかよ?」

 ザルクルーシュは寸前のところでさっと身をかわし、砂に突き立った矢を見下ろして呟いた。手綱を引きクポを左右に操り、シャイラーンに向かって叫んだ。

「リーシュを擁護しながら来い! 俺は先に行く」

 早駆けには向かないとは言え、やはりクポも獣だった。砂漠では人が駆けるよりも数倍の速さで駆けてゆく。ザルクルーシュは荷を捨てながら刺客の群れに突進してゆく。右手に剣を、左手には手綱を握り、その姿は鍛え抜かれた騎士さながらだった。シャイラーンは自分たちに向けて放たれる矢を剣で払いながら、大きく回りこんで進んだ。マリシュはマリシュでクポの首に隠れるように身を小さくしていた。状況に応じて的確な判断で身を護る術を選択できるマリシュを、シャイラーンはありがたい、と思う。おかげで無駄な部分に意識を逸らされずに済む。

「次期首領の身分を隠れ蓑にするとは、とんだ食わせ物だな!」

 ザルクルーシュが弓を構える刺客に肉薄したとき、そんな声が飛んできた。いつの間にばれたのか、しかし今はそんなことに頓着している場合ではない。ザルクルーシュはクポから飛び降りると剣で切りかかった。主を失ったクポは真っ直ぐに刺客の群れに突入する。

「うりゃああああ!」

 弓矢以外にはこれといった武器も持たない連中は、肉弾戦には弱かった。短剣で応戦するも、ザルクルーシュの敵ではない。ザルクルーシュは剣を躍らせ、次々に刺客に斬りかかる。ザルクルーシュの背後では変わらずにシャイラーンたちを狙って矢の雨が降っていた。どうしてそこまで矢にこだわる? 剣を振りながら考えたザルクルーシュは、ある考えに辿り着いた。

「シャラ! 気をつけろ、毒矢だ!」

 まだ射程を抜けられないシャイラーンにも、その声は届いていた。シャイラーンもしつこく放たれる矢の数から、その答えに至っていた。

「リーシュ、少し離れて僕の影に隠れて」

 すばやく指示を飛ばす。マリシュは的確な手綱さばきでシャイラーンを盾にするような形になった。シャイラーンが上げる砂煙に守られるような形で二人は進む。降り注ぐ矢を剣で弾くので精一杯で、シャイラーンは弾いた矢の行方にまで気を配っていなかった。それが不幸を招いた。シャイラーンが弾いた矢をマリシュのクポが踏みつけてしまい、クポは鋭い声を上げた。次第に足が遅くなり、立ち止まりついには蹲る。

「シャラ! クポが!」

 マリシュの叫びを聞いてシャイラーンが振り返った。かなり離れていたが、慌ててクポの首を巡らせるとマリシュに向かって戻る。

「怪我はっ?」

「ないわ」

 マリシュは答え、クポの背から飛び降りた。シャイラーンは急いでマリシュに近寄るが、無理に駆けさせたためかクポの足が鈍ってきた。クポを諦め地に立ち、走る。ザルクルーシュが叫びながらも、次々に弓を構える男たちを斬りつけていくのが見えた。マリシュがクポに隠れることができなくなった今、一刻も早く片をつける必要があった。最後の一人まであと数歩。最後に残った射手はザルクルーシュの接近にも気を取られずに、真っ直ぐにマリシュを狙う。剣の切っ先が男の背に達しようとしたその刹那、矢が放たれた。

 矢は勢いに乗ってマリシュに向かう。マリシュは身をかわそうとして、砂に足を取られて転んでしまった。

「リーシュ!」

 シャイラーンが飛んだ。

 シャイラーンの身体がマリシュの上に覆いかぶさるのと、最後の刺客が放った矢がその肩先に突き立つのとは、ほぼ同時だった。

「シャラぁっ!」

 ザルクルーシュが叫ぶ。

 シャイラーンはそのまま、崩れるようにマリシュに重なった。ザルクルーシュは息も絶え絶えになった男の襟首をつかむと、激しく揺すりながら叫ぶ。

「解毒剤はっ? 解毒剤は持っていないのかっ!」

 男はにたりと笑う。嫌な笑いだった。

「……携帯してはおらぬわ。マリシュの首を――獲って、来い、と――」

 ザルクルーシュは男を捨て置き、転がるように砂の上を走った。倒れ伏すシャイラーンと、血の気を失った顔でシャイラーンを呼ぶマリシュ。マリシュは懐から布を取り出し、それを裂いて肩口をしっかり結んでいた。傷口から体内に回る毒を少しでも食い止めようと思ってのことだった。やっと傍まで駆け寄ったザルクルーシュは、熱い砂に手を突いてシャイラーンを覗き込んだ。

「ああ、ザッシュ。ちょっと失敗してしまいました……」

 早くも毒が回り始めたのか、シャイラーンの声は弱々しかった。

「喋るな、毒を……っ!」

 ザルクルーシュはマリシュが結んだ布をさらに硬く縛り付けると、さっと短剣を取り出して肩先を曝し、いまだ突き立ったままの矢を引き抜いた。迷うことなく傷に口をつけ、毒を吸い出す。吐き出しては吸い出し、また吸い出しては吐き出す。それを繰り返すうちに、シャイラーンがか細い声で言った。

「――ザッシュ、もういいですよ。大丈夫ですから、先を目指しましょう」

「大丈夫だって? ふざけんな、顔が真っ青だ!」

 ザルクルーシュは必死だった。こんなところで――こんなところで失いたくない。今やシャイラーンは、ザルクルーシュにとっても大事な友であり仲間だった。

「いつまでもつかは解りませんが、きっと、セドになら解毒剤があるはず。……今は、一刻も早く、セドに……」

 息が荒くなってきた。ザルクルーシュは治療を一旦諦めざるを得なかった。これ以上話をさせたら、毒の回りが早くなるかもしれない。

「解った、急ごう」

 シャイラーンは立ち上がると、辺りをうろうろしていたクポを口笛で呼んだ。マリシュのクポはまだ息はあったが、もう動くことはできないようだった。自分の乗っていたクポにマリシュを乗せ、シャイラーンを腹ばいにクポの背に乗せた。しかし足はぶらりとクポの脇に落ちてしまう。直射日光を避けるために自らの外套を着せ掛ける。こんなときは砂橇があればよいのだが、ないものを求めたところでどうしようもない。

「急ごう」

 ザルクルーシュがマリシュを見上げた。マリシュは真剣な目で頷いた。

 シャイラーンは薄れる意識の下で、黙々と先を急ぐ二人を感じていた。瞼に見えるのは、闇。鼻の先さえしかと判別がつかぬほどの、昏くて深い闇だった。

 ああ、ごめんよ、リュウナ――。

 心の内に愛しい名を呼んだ瞬間に、すっきりと晴れ渡る笑顔を浮かべるリュウナがいっぱいに広がった。

 そうだね、リュウナ。

 シャイラーンはリュウナの面影と言葉を交わす。

 最後まで見えていた君の笑顔は、ずっと先の笑顔だったんだ。

 僕がいなくても、君は笑っていられる。

 それが解っただけでも、僕はとても幸せだよ。

 リュウナ。僕の、愛しいリュウナ。

 幸せに――幸せにおなり。僕はずうっと――。

 ……そこでシャイラーンは意識を手放した。その先に広がるは――深淵――

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