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一緒に行こう、あの雲の向こうへ  作者: おぐら あん


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1/23

1-1

何年も前に某懸賞応募した小説を救い出してみました


連載として、ぼちぼち更新予定です

 初めは、小さな意見の相違。地域による実りの差。獲物の違い。僅かな不平。治める者と従う者との誕生。それが次第に大きくなり、人々は徒党を組んで互いに争うようになった。

 国は分かれ、侵略し、奪い合い、また国が変わり――そうしていつしか、いくつかの国が生まれた。目には決して見えない線が引かれ、消され、また引かれ。

 国境付近では小競り合いと駆け引きは終わらない。

 まだまだ国を大きくしようとたくらむ者。

 互いに手を取り合い、共生の道を探る者。

 さまざまな思惑を抱えて、大陸は存在していた。

 そして――現在に至っている。


― 1 ―


 リュウナは晴れ渡る空を見上げて、薄い雲が流れるさまをぼんやりと見ていた。空の青と薄い雲を映す瞳は翠色に煌いて、高いところで纏められた金茶の髪が、リュウナの動作に合わせるようにさらさらと流れる。

「最近、雲があっと言う間に流れていくと思わない?」

「ああ?……んー、そうかなぁ……?」

 隣で仰向けになっているアドルは半分寝ぼけたような声で答え、薄茶色のくせっ毛を右手でかき回した。初夏の風は僅かな湿気を含み、それが肌に纏わりつくような気がして、リュウナはそっと腕を振ってみる。腕の動きに、風が絡みつくような感触。夕方には雨が降るのかもしれない。

「ところでさー……決めた? 進路」

「んん?」

 アドルは何かを考えるように眉間にしわを寄せていたが、実はそれが何も考えていないときの癖であることを、リュウナは知っていた。アドルは小さいときからそうだった。難しい顔をしているときほど、実は何にも考えていないことが多いのだ。

「もう半年もないんだよ、あたしたちが進路を決めるまで」

 その言葉にアドルは寝転んだままでリュウナの横顔を睨みつける。とは言うものの、アドルの碧色の瞳には悪戯っぽい輝きが湛えられていた。

「オマエこそ大丈夫な訳? 簡単になれるのかよ、ヒメサマの護衛になんて」

「なれるか、じゃないわ。なるの、絶対!」

 リュウナはちょっと胸を張って見せた。

 あの姫様に護衛なんか必要あるのかね――そう続けて、アドルは笑った。

 ヒメサマ、と言うのは二人の住む村を治める国の、一人きりの正統後継者マリシュ姫の事だ。我がままでじゃじゃ馬、さらに相当な武術の使い手であると言うのは、この国では公然の秘密になっている。それを表立って口にする者は決していなかったが、知らない者は無に等しかった。

「ま、早いこと決めてお父さんたちを安心させてあげることね」

「大きなお世話だよーだ」

「はいはい」

 べっと舌を出したアドルに向かって、リュウナは溜息をついた。と、鐘の音が辺りいっぱいに響き渡る。

「ほら。授業が始まる!」

 ぱっと立ち上がって、リュウナがアドルを促す。その足はもう鐘のついた建物へと向いている。アドルものんびりと立ち上がると、リュウナについて丘を後にした。



 メルリ村。

 村人の多くは農業を営む、長閑な山村である。四季の変化に富み、ある者は情趣溢れる村だといい、ある者は生活しにくい村だと言う。リュウナとアドルは生まれてから十四年をメルリ村で過ごしていた。

 メルリ村は、ガゼッタ王国の統治下にあった。建国してから僅か二百年足らずの国ではあったが、騒乱の少ない、実り豊かな国でもあった。

 そのためであろうか、教育制度が発達しており、国内では誰もが五歳になると初等学校に入学し、五年の間基本的な読み書き、歴史や地理、算術、道徳などを教わる。その後、家業を継ぐ者は親の手伝いをし、商人や職人を目指す者は弟子入りと言う形でそれぞれの許で働く。その他さらに進学の道もあり、進学先は国のために働く役人や王族の警護官を目指す者が行く国立養成所、武術や剣術の訓練所のようなもの、医術を学ぶ医学校、また地域ごとに点在する、地域の役人や警護官を養成する養成所などであった。

 リュウナとアドルはメルリ村唯一の武道学校に通っていた。武術を教えるシェドと、剣術を教えるディグナムが二人きりで指導している。とは言っても、生徒も全部で七人しかいない。農業が主体の、人口五百人足らずの村にしては多いといえるかもしれないが。

 リュウナが武道学校に進もうと思ったのは、幼い頃から姫の護衛をしたいと言う強い希望があったためだ。初等学校二年のときに読み書きの科で習った、姫君と護衛の話から、姫君を護る、と言うことに強い憧れを抱いたのだ。そのときは護衛が主に男の仕事だと知らずにいたリュウナは、自分はもうすっかり姫君の護衛になるものだと思い込んでいた。武道学校に進みたいと言ったリュウナを、両親は何とか思いとどまらせ、然るべき時に近くの村にでも嫁がせようとしたが、リュウナの決意は固かった。兄が一人いて、とりあえず家業を継ぐ者がいたことも幸いし、何とかリュウナは武道学校で武術を学ぶことを許された。今ではシェドも感心するほどの使い手に成長した。

 一方でアドルは、兄が二人、姉が三人の末っ子に生まれたものだから、家督を分けることも難しいと考えた両親が、望んで武道学校に進ませたのだった。本当は役人にしたかったようだが、アドル本人に全くその気がなく、成績も思わしくなかったことから、泣く泣く諦めたらしい。今では両親は、もっと本格的に剣術を学び、行く行くは指導者になってもらいと考えているようだが、当のアドルは何も考えていなかった。

 リュウナもアドルもあと半年もすれば武道学校を修了することになる。姫君の護衛を目指すリュウナは、修了後は国都ガゼルアにある唯一の養成所で二年間学ぶことに決めている。国の役人、王族やその身の回りに遣える者にはその義務があった。それを終えると任用試験があり、合格すれば晴れて護衛となれるのだ。養成所にはまず間違いなく合格するだろう、と言うのがシェドの見方である。しかし任用試験の及第率は一割にも満たぬことから、その先はリュウナの頑張り次第、と言うことになる。一方でアドルは、いまだに進路を決めかねていた。何かやりたいことがある訳ではない。そもそも武道学校へ進むつもりもなかったほどなのだから。アドルはある意味で、目的を持って学ぶリュウナを羨ましく思っていた。

 僅かな焦燥感を抱えながらも、やはり行く先を決められないアドルであった。



 季節は晩秋へと移ろいでいた。メルリ村は収穫の季節が過ぎ、冬支度に追われる日々が続いている。リュウナは間近に迫った試験に備えて、武術の稽古と記述試験の勉強に追われていた。アドルは結局、リュウナとともに養成所を目指すことに決めた。その先のことは、またそのときに決めればいいんじゃないの――リュウナのその一言で決めたことだった。

「……なぁ」

「……何よ」

 武道学校の一室で、記述試験問題を前にしたアドルは、羽根ペンを弄びながらリュウナに話しかけた。

「ほんっとに、こんな難しー問題が出んの?」

「――さぁ? あたしにそんなこと、解る訳ないじゃない。とにかく先生がこれをやっとけって言うんだから、間違いないんじゃないの?」

 ペンで答えを書き込みながら、リュウナはアドルに顔を向けた。

「それより。アンタ、解けてるの? コレ」

 アドルもリュウナに顔を向けた。いつものように眉間にしわが寄っていた。リュウナは溜息をつくと、試験問題に顔を向けなおし、ペンを走らせた。

「あたし知らないからね。試験が駄目でも」

「んなこたぁ解ってるって」

 アドルも諦めたように試験問題に向かうが、答えが書き込まれているような気配は伝わってこない。

「これでも、おれだって何とか頑張ってるんだけどね」

 そう言いながら、適当な答えを書き込んでゆく。

「よっしゃ。おれ終わったよ」

「え?」

 ペンを置いて早々に立ち上がったアドルに、リュウナは恨めしげな瞳を向けた。

「ほんとに終わったの? ちょっと、もう帰るの?」

「うん。じゃ、また明日な」

「アドルぅ!」

 っとにもう、しょうがないヤツ――リュウナはそう呟いて、気を取り直すと、再び試験問題に向かったのだった。



「こぉら!」

 その日の夜、丘の上で寝転んで星空を見上げていたアドルの視界に、突然リュウナの顔が飛び込んできた。

「んだよ」

 アドルは面倒そうに半身を起こすと、隣に腰掛けたリュウナを見た。

「冷たっ――。アンタよくこんなとこに寝転んでいられるわね?」

 信じられない、とでも言いたげな視線を振り払うように、再びアドルは寝転がった。

「気持ちいいじゃんか」

 アドルはそう言って笑った。

「何がおかしいんだか」

 そう言いながらも、リュウナも笑って寝転んでみた。冬が近付き、空気が澄んできているせいか、星がよく見えた。随分前に習ったはずの星座の名前ももうすっかり忘れてしまった。理由も解らない物悲しさがリュウナの胸に迫って、暫くじいっと空を見ていた。アドルのかすかな息遣いが聞こえて来る。

「だいじょぶなの」

 不意にリュウナに問いかけられて、アドルはちらっと横目を使った。リュウナは勢いよく身体を起こして、アドルの瞳を覗き込んでいた。

「んー……」

「皺が寄ってる」

 リュウナはふざけてアドルの眉間の皺を人差し指でなぞった。

「皆心配してんだよ。……あたしは大丈夫だとは思ってるけど」

「――落ちた時は落ちた時、だろ」

 妙に落ち着いた声で、アドルは言った。

「今更何をどうしたって、駄目なモンは駄目だし、駄目だったら――」

「駄目、だったら?」

 言葉を切ったアドルに、リュウナが先を促した。何かちゃんとしたことを考えているんだろうか――そんな期待をも込めて。が、返ってきた言葉は、リュウナの期待を裏切った。

「旅に出る」

 たった一言、アドルはしっかりと言い切った。ぱっと身を起こすと、アドルはやっぱり眉間に皺を寄せたままで、リュウナを見つめ返した。

「オマエが心配することでもないだろーが。おれはね、別にすっげーやりたいことがあって養成所に進むんじゃねぇの。他にやることないしさ、それに皆そうしろって言うからそうしようかなーって思っただけ。駄目だったからって、別に落ち込む理由なんてこれっぽっちもない訳。解る?」

「……あんまり」

「――いろいろ心配かけてすまないなーとは、おれだってちょっとは思ってるけどさ、いいんだよ、オマエはオマエの心配だけしてりゃ」

 そうしてアドルは無邪気に笑った。小さい頃からよく見てきた、屈託のない、そしてちょっぴり悪戯っぽい笑顔。リュウナはやっと、アドルの気持ちが見えた気がした。きっとアドルは――試験に受からなくてもいいんだろう。リュウナやディグナムや、それから周りの皆が大丈夫かとか頑張れとか言うのは、アドルには意味のない言葉だったんだ、と。

「そっか」

 それきり、リュウナは口をつぐんだ。何かを言おうかどうしようか、ほんの少し迷ったけれど、これからは何も言わないようにしようと、心に、決めた。

「オマエは頑張れよな。姫様の護衛になるんだからよ」

 アドルはけらけらと笑う。リュウナも笑った。

「当たり前! あたしは試験に通ってやっと、夢に近づくんだから」

 二人は何がそんなにおかしいのかも解らないままに、暫く声を立てて笑った。笑い疲れてうっすらとにじんだ涙を拭うと、リュウナは立ち上がった。

「そろそろ帰ろ。風邪ひいちゃったらたまんないし」

「……そだな」

 アドルも立ち上がる。二人は零れ落ちそうな星の瞬く夜空を背に、家路に向かった。

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