ウシアスティを知っているか?
僕は、求職情報提供会社にいた。
なぜ?って、仕事を探しに来たんだ。
ネットで入手できない情報が、あるかもしれないと思ってさ。
職種は、IT系。32歳、男性、独身、健康ってとこ。
前の職場は、若い上司がパワハラしてきたので、面倒くさくて辞めちゃった。
アイツは、自分のことしか考えられないサイコパスだった。
コントロールフリークのサイコパス。
「あれはどうしたとか」、「何故そうなったとか」、うるさいんだよ。
社長の前だと、特に声を荒げて怒ってくる。
私は、キチンと仕事してますよ的なアピールと、それを認めちゃう社長。
社長、あなたもコントロールされてますよ。気付いてますか?
だから、嫌気が指しちゃって、「辞めます」って言っちゃったから……。
「お前、子どもか?そんなことで辞めちゃったの」って、友人は言うけど。
そこんとこ、分かって欲しかったな、友人なら。
でも、生きてくには、お金が必要。
ちょっと、バイトしたけど、もう少しでお金が無くなりそうなんで、ここに来た。
受付でカードを貰い、カードの番号の端末へ向かう。
所々に求職者。
スーツを着てピッとした人や、まだ働くのと訊きたくなる人とか、ま、色々。
検索条件を入力して、検索。
求職情報の一覧が表示される。
ある会社名で目が留まった。
この会社、まだ在ったんだ。
一応、IT系だけど、めちゃくちゃ人を雇って、残業代を払わずに働かせて、
いちゃもん付けて無理やり辞めさせる会社。
ブラック企業ってヤツ。
社長は、若い奥さんを貰って、高級車を乗り回していた。奥さんも旦那に愛情があるのかわからない。
ホストクラブに通ったり、高級ブランドの買いあさり。
その金は、どうしたんですか?
社員が稼いだお金ですよ。分かってますか?
何て言っても、分からないよね。
分かる人なら、ブラック企業の社長なんてやってないよね。
いや、違うか。分かってやってるよね、社長。
例え会社が潰れて、破産したとしても、何処か遠くでまた起業して復活したりする。
貴方に利用された社員が、その後、どんな人生を歩んだかなんて考えないよね。
周りも、復活を賛美するが、過去のことだからと非難することはない。
そんな世の中がずーっと続いている。
そして、ずーっと続いて行く。多分。
この求職情報提供会社も、こんなブラック企業の情報を載せているのだから、優良な会社はないかも……。
でも、働かないと。
僕は、検索を続けた。
二十分程検索していた。もう、目も頭も疲れた。
正社員、就業時間08:00~17:15、195,000円。
(これで、いいか)と、備考欄に目を通した。
女性が多い明るい職場です。
(うわっ、女限定じゃん)
僕は、席を立って受付にカードを返した。
「どうでしたか?気になった求人はありましたか?奥で相談できます」
と、受付嬢は、笑顔で訊いてきた。
僕は、愛想笑いが精いっぱいで、軽く会釈すると外へ出た。
(さてと、メシでも食ってかえるか)僕は、歩き始めた。
「少々、お時間を頂けますでしょうか?」
見回すと、コートを着た大男が僕を囲んでいた。
「僕ですか?人違いでは……」
「貴方です」二人は、僕の左右に立ち、腕を掴んだ。
(痛っ、に、人間じゃない)
掴まれた腕から感じる感じは、人間のそれではなく、金属そのものだった。
僕は、抵抗するのを諦めた。
二人は、大きな黒いワゴン車に連れていき、後ろのドアを開け車の中に放り込んだ。
車の中は、暗く何があるかわからなかったが、シートに腰かけた。
目の前に15インチのディスプレイがあった。
「ふざけんなよぉ、出せよ!」
と、ドアをガチャガチャやってみたけど、びくともしないので、止めた。
「手荒いまねをして、済まない。君に協力してほしいことがあってね」
ディスプレイにサングラスの男が現れた。これと言って特徴のない顔だった。
「協力?これは、犯罪だぞ。早く、出しくれ!」
僕は、ディスプレイに両手の掌を向けた。
「何もしないことを約束しよう。我々は、ただ情報が欲しいだけだ」
僕が、騒ぐか見極めて、話を続けた。
「君には、天才ハッカーの素質があると聞いている」
”天才”と言う言葉が、僕に口元を緩めた。
「天才かどうかは、わからない。
それは、周りが決める事。
ハッキングは、遊びでやったくらいだ」
「我々は、ある人間を探している。
ハンドルネームは、ウシアスティ。知らないかね」
「ウシアスティ?」
僕は、うつむいて、頭の中をフルスピードで検索していた。
「聞いたことがあるかでもいい、知っていることを話してくれ」
「……覚えていない。ウシア……」
「ウシアスティだ」サングラスの男が言った。
「その、ウシアスティだ。今、初めて聞いたよ」
「そうか、では、何か情報を入手したら教えてくれ。
連絡先は、メールを見てくれ」
その時、僕のスマホが鳴った。メールだ。
「君の情報は、入手済みだ」サングラスの男が、淡々と言った。
「……」僕は、ただサングラスの男を見つめるしかなかった。
「今日は、これまでだ。解放しよう」
というと、ドアが開き車の外に出された。
太陽が、眩しい。外の明るさに目が慣れる前に、ワゴン車が行ってしまった。
今のは、何だったんだろう。
僕は、何かしただろうか?
変な組織を敵にまわすような事をしたのだろうか?
変なモノも買ってないし、持ってもいない。
前の会社の回し者?
未払いの残業代や、給料から差し引かれている健康保険料が、払い込まれてない事で、裁判なんか起こしてないし、全然、思い当たらなかった。
ただ、『ウシアスティ』ってヤツを探してるだけか……。
僕は、家に着くまで色々と考えていた。
僕は、家に着くと、用心深くドアを閉めた。
部屋を見渡し、変ったことがないか見渡した。
ソファに腰かけ、ディスプレイのスイッチを入れた。
部屋の映像と警備システムのクーストが、映し出された。
今日のクーストは、メード姿だった。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
「何か変わったことは?」
「ありません」
と、言ったが、何かそわそわしている。
クーストは、チラ、チラと部屋を見ている。
ディスプレイに映し出された部屋に複数の赤い点が点滅していた。
(カメラ?マイク?やってくれるねぇ。監視されたるってこと?)
「クースト、ありがと。分かったよ」
画面は切り替わり、テレビ番組が流れた。
僕は、あのサングラスの男のことを考えながら、コーヒーを入れていた。
テレビの音は、聞き流していた。
その時、僕は、ある単語に反応し、コーヒーカップを持ちソファに座り、テレビのボリュームを上げた。
テレビは、特集を組んでいた。
その単語は、『ウシアスティ』。
ニュースキャスターと、専門家のやり取りだった。
「ビックデータの解析が、崩壊したということですか?」
「そうですね。元々、ビックデータは、何に利用するか、何に利用できるのかと議論されていました。
個人情報とリンクすることで、個人の好みや興味が特定され、より効率的なサービスが提供されるようになりました」
「それは、消費者にとってもいい事ではないですか?」
「そうですね。しかし、行き過ぎた利用もあるらしいのです」
「行き過ぎた利用とは、何ですか?」
「それは、個人のより細かな情報を集め、心理学を取り入れることにより、商品の購買や、新しいマーケットを作りだすために、誘導するといった利用です」
「誘導?」
「そうです。過去の映像を見ていても、何故、こんなモノが流行り、莫大なお金が動いたのか、説明できないものが多くないですか?」
「説明できない?」
「そうです。説明できないモノが、何者かによって誘導された結果です」
「何者か?」
「それは、人類の数パーセントの超富裕層による誘導であるとも言われています。それが、更に貧富の差を生じさせ、格差が固定化されるとも」
「わかりました。で、それと『ウシアスティ』という人物は、どういう関係があるのですか?」
解説者は、呼吸を整え大きめの声で話始めた。
「『ウシアスティ』は、天才ハッカーと同時に天才AI開発者なのです。
彼は、この格差固定の根源であるビックデータの破壊に乗り出したらしい」
「どの様に破壊するのですか?」
「ゴミです」
「ゴミ?」
「多量のゴミを発信するということです。個人情報のリンクを乗っ取り、でたらめな情報を発信する。超小型のAI機器を使用して発信している」
「ゴミの発信?それが、どの様な影響があるのですか?」
「シミュレーションできないということです。
どんなに緻密に計測されたデータにゴミのデータを加え入力し、
シミュレーションしても出力は、ゴミしか出ないということです」
「つまり、予想できないと……」
「それだけではないのです。
データの信頼性がないとなると、セキュリティさえもいらなくなります。
ゴミを守る必要ないでうからねぇ。世界経済に与える影響は大ということです」
専門家は、興奮気味に鼻を膨らませた。
「対策は、どういったこといなりますか?」
「『ウシアスティ』と言う人物を確保し、ゴミをばらまかないようにしなければなりません。もう、あらゆる組織が、動いています。ハッカーの洗い出しも始まっています」
「ありがとうございます。今日は、この辺で。さようなら」
画面は、次のニュースに変っていた。
(そういうことか……)
僕は、懸賞で当たった頭身大の人形をソファに座らせ、奥の部屋に向かった。
クローゼットの中に入り、壁を押すと隣の家に入った。
僕の家は、隣も含んでいる。
こちらの家は、完璧なセキュリティを確保できていた。
席について、コンピュータのスイッチを入れた。
ディスプレイの明かりは、部屋中に広がった。
「いやー、元気?」僕は、声を掛けた。
「変わりないです」直ぐに声が返ってきた。
「今日、サングラスの男に、『ウシアスティ』って人を知ってるか訊かれたよ」
「……何て答えました?」
「うん、知らないって言った。
『ウシアスティ』って人は、知らないって。
君は、人間じゃないし……。
なぁ、ウシアスティ」
「……私は、AIです」
ディスプレイに映ったウシアスティの顔は、笑っていた。




