メタル・ミリリッター
覚醒したミリリッ太は、ゆっくりと瞳を開ける。周囲に誰もいないことを確認し、右手の指を順に動かしてい。それが終われば、左手。右足。
全身の神経接続を確認したミリリッ太は、静かに起き上がる。体を起こし、あたりを見回す。
暗闇に、瞳を切り替える。
わずかに存在する光を何倍にも増幅し、昼間とさほど変わりないほどの視界を手に入れる。
サーモカメラを起動。同時に集音マイクの感度も上げる。
どちらも反応はない。
周囲に驚異が無いことを確認し、ミリリッ太はゆっくりとベッドから降りる。床と接触するとき、かちりと小さな金属音がした。
直立するが、バランスに問題はない。脚部の動作も。
――ミリリッ太は金属の体を手に入れた。メタル・ミリリッ太の誕生である。
再度慎重に生体反応を確認したミリリッ太は、壁に向かい適当に照準を合わせる。
「いくっす!」
ミリリッ太が睨むと、その瞳からは一本のレーザー光線が照射された。焦げ臭い匂いとともに、白煙が立ち上る。
一瞬のことだが、その威力は自分でも驚くほどのものだった。ミリリッ太は全身を狂喜に包まれた。
「やったっす! これで、この体があれば、あのクサレ魔術師を血祭にあげられるっす! そして、サクラの嬢ちゃんを……」
復讐に燃えるミリリッ太は、はっとして頭頂部に手をやる。そこにあるはずの首――飲み口は無く、丸いフタだけが残されていた。
ミリリッ太は既にスキットルではなかった。彼の現在の体は、四角い金属缶だ。中に詰まっているのは惚れ薬ではなく、無機質なモーターとギア。そしてバッテリ。
ミリリッ太は強さのために失った愛を思い、少しだけ下を向く。
彼は妄想する。仮に今の姿を愛しのサクラ嬢が見てくれたなら。
「どうしたのミリリッ太、ずいぶん大きくなって!」
「へい、サクラさん。あっしは既にミリリッ太ではありません、18リッ太と呼んでください!」
「すごいわ、18,000ミリリッ太ね!」
「ははははー」
ミリリッ太はガラスの瞳を拭いた。当然ながら涙なんて流れない。
魔法には頼らない。その覚悟はできていた。しかし失ったのは惚れ薬だけだろうか? 心まで失ってよかったのだろうか?
いいや、いいのだ。これで、良かったのだ。
後戻りはできない。するつもりもない。
そんなことを考えるくらいなら、少しでもこれからを良くする努力をすべきなのだから。
ミリリッ太はがらりと戸を開け、外へと歩き出す。
差し込む強い光が、ミリリッ太の網膜に突き刺さる。冷たい風が、モーターの熱を奪っていく。
外は、白銀の世界だった。
「くそっ、どうせ切れるのわかってんだから、近くに置いとけってんだよ」
「だいたいうちの学校くらいだぜ、こんな古いストーブ使ってんの。だからクッソさみいんだよ」
灯油係の二人の生徒が歩いて来る。
ミリリッ太は何食わぬ顔をして、通り過ぎようとする。
二人の生徒は、のけぞるようにして後ずさる。
「な、あれ、あれ、」
「ちょ、こいつ、なんだよ……」
まったく、失礼なやつらだ。それとも自分のような魔法生物をろくに見たことが無いのだろうか?
ミリリッ太はため息を吐く。
仕方ない、異世界に来て早々に、現地住民に迷惑をかけるわけにもいくまい。ミリリッ太は大人になり、自分から声をかけることにした。
「うっす、ご苦労さまっす!」
「い、い、い、」
「「一斗缶がしゃべったーっ!!」」
二人の生徒は、雪まみれになりながらも、転がるように逃げていく。
まったく、挨拶も返さないとは、失礼なやつらだ。ミリリッ太はもう一度ため息を吐いた。
180mL=1合、
1800mL=10合=1升、
18000mL(18L)=10升=一斗となります。




