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Jump in the Fire


 その夜の事、イングウェイはきいきいという妙な鳴き声で目を覚ました。

 ぼやけた目を擦り、体を起こす。木製の廊下がきしむ音が混じる。

 ぞくりと背筋を冷たいものが通り過ぎ、思わず首筋を指で確かめる。かつんと爪が金属製のジャックに当たる。


「クソったれめ、ドラゴンの次はゴブリンか?」


 耳を覆っても、忌々しい鳴き声は止むことはない。腐ったオレンジの汁が紙袋を染みて床を汚すように、脳みそをぐじぐじと揺さぶってくる。

 納屋にあるウージーを出しておくべきだった。錆びついているだろうが、殴りつけるには十分だろう。


 目をつむっていても、声は大きくなるだけだった。

 イングウェイは、本気で耳を切り落とすことを検討し始める。


 ベッドから体を起こし、吐き気を抑えて立ち上がる。枕元に合ったウイスキーを口に含み、ゆっくりと飲み下す。

 徐々に頭がさえてくる。

 と同時に、蒸し暑さもあった。


 がたつくノブを握り、ドアに耳をつける。どぶ臭い。何重にも重なった、きいきいという高い声。ひっかくような爪音。かさかさという軽い足音。それらをミキサーの中にぶち込んだあとのジュースの臭いだ。


 引き出しに入れてあるリボルヴァーを取り、腰に突っ込む。その横には、古い鉈もあった。切れるだろうか? しかし、持っていかないという選択肢はない。


 意を決し、鉈を手に、ドアを開けた。


 そこには、はいずりまわる邪悪な小鬼たちがいた。

 ゴブリン。醜悪な外見を持つ、低級モンスター。

「ひっ」

 イングウェイは一瞬息を飲む。鉈をぐっと握りしめ。目が合った小鬼を思い切り蹴り飛ばす。


 ぎゃひっと喉がつぶれたような呻き。これで、さっきの無様に漏らした声と相殺だ。呻きを聞いたイングウェイは、少しだけほっとする。


 殺せる、これなら。


 しかし、うすら笑いはすぐに消える。

 右を向いたイングウェイは、廊下の奥がオレンジ色に輝いていることに気付いたからだ。

 ばちばちと爆ぜる音とともに、熱風がほほを撫でる。


 ゴブリンたちが我先にと、こちらへ向かってくる。いや、違う。逃げているのだ。

 イングウェイは振り返ると、部屋の中へ戻る。そのまま奥の窓をあけ、屋根から地面へと飛び降りる。


 最悪の日だった。


「どうしてこうなった? 普通でいいんだよ、普通が。それだけで良かったんだ。あの女のせいか? それとも、その前のダイヴからか? ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」


 イングウェイが外から回って確かめると、火はすでに家の東側全体に回っていた。どうしようもない。

 叫び、持っていた鉈を思い切り壁に叩きつける。べきんと鈍い音がする。刃が深く食い込んだので、柄を踏み抜くようにして、乱暴に引き抜いた。


 たいした家ではないが、失っていいものでもない。車も既に火の中だ。酒も、銃も、金も。


 ゴブリンがわらわらと燃える家から出てくる。

 移動をしなければならなかった。奴らが本格的に自分に目を付ける前に。

 思考力は酒に奪われていたが、かえって良かったのかもしれない。どうせ考えたところで、何も変わらなかったからだ。

 よろよろとよろけながら、イングウェイは走る。


 あては、なかった。


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