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七つの大罪


 俺がホームに帰ると、玄関の前に人だかりができていた。真ん中にぴょこんと見える金髪は、キャスリーのものだろうか。


「ですから、わたくしの一存では決められませんの」

「でも、あのときは――」

「私だって、魔力が――」


 なにやら面倒ごとのようだ。困った顔のキャスリーが見えて、横から声をかける。


「どうした、キャスリー」

「あ、インギー」


 キャスリーはほっとしたような顔つきでこちらを見る。と同時に、回りの女性たちは目を丸くして、俺とキャスリーを見比べる。

「すごい、なにこの美形のお兄さん!」

「キャスリー、あなた、いつのまにこんなかっこいい彼氏が?」

「悔しいわ、私にもお友達を紹介してください!」


 ……なんだ、こいつら?


「ええと、実は――」


 集まっていた女たちは、キャスリーの元学友らしい。お金がなく、学校を辞めざるを得なくなった者たちだ。皆、そろいもそろって魔力が低い。たしかにこの胸では推薦も奨学金も厳しかろう。

 そして、全員が、キャンポーテラ信者だった。


 女性たちは口々に言った。


「最初は、少ない魔力しか持たない自分を受け入れてくれたキャンポーテラ様に感謝していました。つつましやかに生きるのも仕方ないのだと、自分を納得させていました」

「でも、そんなとき、ナウマンダーヴ様の噂を聞いたんです。その、胸を、大きくしてくれるとか。正直、すごく怪しいですよ。でも、他に頼れる人もいないんです、だから、一度試してみようかって……」

「私、やっぱり嫌なんです、小さい魔力しか持たない自分の体が! 自分を高めることを忘れた人が、どうして幸せになれるでしょうか。例え失敗したとしても、魔力量を増やしてくれるというナウマンダーヴ教のお話を聞いてみたい。そう思ったんです」


 なるほど、そしてここを訪れて、旧知のキャスリーに出会った。かつては頼りなかった友人が、今では立派な女性冒険者として活躍している。ならば自分も、というわけだ。


「どうかしら、インギー。なんとかしてあげたいのだけど」


 俺は少し考えた後、診察室に彼女らを招くことにした。

「まあいいだろう、全員中に入れ」

「いいんですのっ!?」

「当たり前だ、お前の友達なんだろう? ならば俺にとっても大切な人たちだ」

「インギー、あなたって人は……」


 診察室のカーテンを閉めると、俺は順番に、服の上からゆっくりと魔力を流し込んでいく。


「うんっ、あっ、はっ、すこし苦しい、ですっ」


 呻くような声。急な成長が痛みを伴ったのだろう。


「もう少し我慢してくれ。急な胸の成長に体がついていかないのだ。肉割れを起こさないように、あとで専用クリームをレイチェルに売ってもらうといい」

 こんなときのために、レイチェルには医療用のクリームを用意させてあった。

 有料じゃなくてもよいと思うのだが、レイチェルは首を縦に振らなかった。


「お前は大丈夫か?」

「はい、少し胸が熱いですけど、がまんできます」

「そうか、我慢はいいけど、無理はするなよ」


 こうして、全員の魔力強化が終了した。


「一応言っておくが、過度の期待はするなよ。これはあくまで一時的な処置だ。魔力量を増やし、かつ定着させるためには、日々の魔力鍛錬が必要だ。お風呂上りにマッサージなどもいいかもしれん」


「「「はい、がんばりますっ」」」


 うん、素直な良い娘たちだ。


「ありがとうですの、インギー」

「かまわんさ」


 そのとき、俺の脳裏にある考えが閃いた。

「お前たち、金もないと言っていたな。……工場で働いた経験はあるか?」

「「「え、ありませんけど??」」」

 ないか、まあそうだろうな。アサルセニアの物作りは、職人の世界だ。量産には向いていない。

 ナウマンダーヴ教は新しい宗教だ。洗濯機を作るにも人がいるし、売るにも組織運営にも、まだまだ人手がいる。

 彼女らは魔力が少ないが、皆、元キャスリーの学友。つまり、アサルセニアでは貴重な、教育を受けている人材だ。社員を増やすには、渡りに船ではないか。



 数日後。俺はある一軒のさびれた空き家を買い、そこをナウマンダーヴ教会兼洗濯機工場として改造を始めた。もとは商店だったようで、奥に天井の広い倉庫があるのがちょうど良かった。

 資金はマリアから、すでに売れた洗濯機や武器などの売り上げの一部から流用している。

 最初は「人件費が―」とか言っていたレイチェルだったが、経験上、人件費を削るとろくなことにならん。結局半ば押し切る形で、この教会兼工場を作ることにしたのだ。


 なにもこれは、金もうけだけを考えてのことでは無い。

 俺は手伝いならともかく、教祖として活動したりなんてごめんだからな。俺がいなくても運営できるように、組織をちゃんと作っておかねば。


「ということで、今度からはこのゾンビのマリアさんが、あなたたちのボスですの。きちんと働いてくださいましね」


「「「はーいっ」」」


「ありがとう、イングウェイ。ちょうど量産に向けて、人手が必要だったんだ。あとの教育はボクが引き受けるよ」

「ああ、よろしく頼む。給料面などの事務は、とりあえずレイチェルに任せておく。……不安だから、早めに誰かに引き継げよ。あとは――、何か工場内で決めておくルールがあれば、今のうちだぞ?」


「あら、常識的な範囲が守れるなら、それでいいんじゃございませんこと?」

「あー、それってよくないよ! 工場内は危険なんだ、事故の元だからね!」

 その点については、俺もマリアに賛成だ。常識的な、という言葉はあいまいさをはらんでいる。常識とは人によって違うからだ。

 大きく外れなければいい、と思っていたら、事故の元だ。ケガをしてからでは遅いのだ。


「インギー、あなたの昔いた国では、どんなルールが使われていたのかしら?」

 ふーむ、あまり細かい法律なんてのは、知らないが。


「そういえば、七つの大罪という言葉があったな」

「七つの罪、ですか。それは重要そうですわね。例えばどんなものが?」


「ええと、酔って暴れる、酔って愚痴を言う、酔ってセクハラをする、酔っているのにさらに飲む……」


「なるほど、確かに罪っちゃ罪だけどさあ……」


 結局、工場内の細かいルール作りはマリアに任せることになった。安全第一でお願いします。

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