エクスタシー
~トルピード~
俺はシードルを飲みつつ、腐っていた。
そうだ、腐っていたんだ。ヒューラにひどいことを言ってしまった自分がいやになり、酒でごまかした。
ごまかすのにシードルとは女じゃあるまいし。そう思うかもしれないが、意外とこれがバカにできない。
さわやかな甘さは、つまみ抜きでがぶがぶと飲むのに適している。アルコール度数もそこまで高くない上に、炭酸ガスが腹を膨らませる。要は、ながら酒にピッタリということだ。
さながら痛みだけをマヒさせる麻酔のように、アルコールは俺を助けてくれる。俺の脳は、ヒューラが残していった仕事を行えるように、ぎりぎりのラインを保っている。
甘さだけの酒は、シードルと呼んではいけない。呼ぶわけにはいかない。酸味があってこそなのだから。
酸味は、反省の味だ。甘酸っぱい、過去の味。
かすかなアルコールは、希望だ。希望を全身に行きわたらせるために、俺は頭を振った。
ぐるん、ぐるん、ぐるぐるぐるぐるぐる。
ちがう。これは首を回しているだけだ。
首を回せば、アルコールは回る。脳内を回る。非常によく回ってくれる。
そうだ、シードルごときと舐めていた私は、頭を振り回すことであっさりと混乱と悦楽の渦に飲まれてしまう。
仕事は手につくことはない。
だいたい、ヒューラがいかんのだ。
彼女と初めて会った時、私は感動した。なんて神々しい女性だと、尊敬の念すら抱いた。まさにキャンポーテラ様を具現化したような、ムダを極限までそぎ落とした体型。
野原で赤ん坊を干すキャンポーテラ様。玄関にかざってある絵画そのものだった。
それがどうしたことか、先日やけにウキウキしていると思ったら、あんな下品な胸をぶら下げて。
あいつも他の女たちと同じく、魔力をため込んで喜ぶ俗物だったというのか。
考えるだけで、ムカついてくる。
「ただいま戻りました」
隣の部屋で、ヒューラの声がした。俺はドアを開け、文句の一つでも言ってやろうかとした。
そのときだ。
「な、なんだ、どうした、その胸は?」
彼女の胸は、今まで私が見たことのない形をしていた。
数多の信者たちにも、今まで、こんな魔力の付き方をしたものはいなかった。
キャンポーテラ様そのものである洗濯板の上に、釣り鐘が二つ、ぶら下がっていたのだ。
魔力袋を下から持ち上げるような、その形。無駄なく無理なく優しく包み込んでいるように見えて、ぴったりと肌に張り付くようなその形は、何も隠しごとのない誠実さを体現していた。布地は清らかさを表現する白。純白。それがまた魅力的に陰影を強調させている。
ヒューラは、恥ずかしそうに言った。
「これは、そのー、乳 袋 というそうです。アサルセニアではなく、異国のファッションだとか……」
父袋だと? キャンポーテラ様は女性。むしろ母ではないのか?
初めてみるデザインの衝撃に、俺の信仰は吹き飛ばされそうになる。
「天才だ、天才の発想だ。ヒューラ、これを考案したのは誰だ? 教えろ!」
俺は思わず父袋を掴もうとする。 ――ぴしゃり、とヒューラの平手が俺の手を叩いた。
「破廉恥ですわ、トルピード様。あなたはキャンポーテラ様のような魔力が少ない女性がお好きなんでしょう?」
「あ、ああ……」
冷たい目で俺に言い放った後、ヒューラはもじもじと体をくねらせ、何やら考え事をしていたようだった。その瞳には、すでに俺は映っていない。
俺はその場に崩れ落ちた。
彼女の想い人は誰なのか、強い嫉妬を心に燃やしながら。
ヒューラとトルピード……名前の由来は、ヒューラ・トペードというノルウェーのロックバンドです。ギター・洗濯機・ガスコンロという少し珍しい構成のグループです。




