表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/203

眠れない夜

 ~インストゥルメンタル~


 夜が来た。

 吸血鬼の時間だ。

 皆が寝静まる中、リーインベッツィは一人布団から起き出した。


「やれやれ、あの嬢ちゃんがこんなにも酒に強いとは思わなかったわい。さて、そろそろ動き出すかのう」


 ひたひたと、素足で廊下を歩く。石の冷たさが心地よかった。


「おい、どこへ行く?」


 後ろからリーインベッツィに声をかけるものがいた。ゆっくりと振りむくと、そこにいたのは美形の青年。

 そう、われらがイングウェイ・リヒテンシュタインだ。


「ほう、気付くものがおったか」

「ふん、レイチェルのマナの陰に隠れていれば、わからないとでも思ったか? 悪意は感じなかったから泳がせていたが、あまり好き勝手に我が家をうろつかないでもらいたいな」


 リーインベッツィは嘲るような笑みを浮かべる。

「夜のわしを止められると思っているのなら、やめておいたほうがいいぞ。酒の礼じゃ、今なら見逃してやる」


 対するイングウェイも、魔術師殺し(メイジキラー)を抜く。

「それはこっちのセリフだ」

 剣に魔力が循環していく。イングウェイが魔力を高めるのに呼応して、黒い刃が鈍く光を放つ。


「む、貴様、男のくせに魔力操作がうまいのー。あとその魔力、なんか覚えあるんじゃが」

 リーインベッツィは、素直に驚いた様子を見せた。隙だらけの姿勢を見せていた。ただしそれは実力差からではなく、イングウェイに敵意がないことを見透かしているからだ。


 イングウェイもわかっていた。レイチェルと酒で打ち解けていたのだ、悪いやつのはずがないだろう。


「俺に吸血鬼の知り合いなどいない」

「では、北の城に住む魔術師の噂とかは聞いたことないかのう?」

「北の城? 魔王城か。伝説でしか聞いたことはないな、実在したのかも怪しいが」


 吸血鬼はけたけたと屈託なく笑う。


「魔王か。愉快じゃのう、そんな呼ばれ方をしておったとは。


「知っているのか?」

「おお、知っとるし、なんなら会ったこともあるぞ。なんせわしは400年以上生きているからのう」


 どうやらこの相手はずいぶんと博識のようだ。

 イングウェイは、ふと思いついたことを聞いてみる。


「魔法を使える男について、なにか知っているか?」


「おう、知っとるぞ。転生者とかいうやつの中に、たまにそういうやつがいるのう」


 なんだと? イングウェイは耳を疑う。が、すぐに思い直した。

 この世界に来て以降、転生者という言葉を聞いたことはない。だが、自分が転生している限り、他の転生者がいない理由などない。

 むしろ、なぜその可能性を考えなかったのか、不思議なくらいだ。

 転生者が他にもいるのは、自然なことだろう。問題はそいつが敵かどうかだ。


「戦うつもりがないなら、わしはもう行くぞ。嬢ちゃんによろしくな、酒の礼を言っておいてくれ」


 リーインベッツィはばさりと音をたて、コウモリのような漆黒の翼を展開した。

 窓に足をかけ、宙に踊る。


 イングウェイはその様子をぼんやりと見ていた。

 彼女の能力(スキル)に興味はあったし、吸血鬼の同居人というのも悪くはないが、他のメンバーに迷惑がかかるのも困る。

 勝手に出ていくなら、引き留めるほどの理由はない。


 ただ、この娘とは、どこかで再び会うような予感がしていた。




 翌日、昼過ぎに起きてきたレイチェルに、事の次第を説明した。

 レイチェルは何も言わずに消えた友達のことを残念がっていたが、まあいいかで済ませた。

 ここにビールがある限り、またふらっとやってくるだろう。今度は、シャンディーガフでも作ってやろう。

 そんなことを考えていた。


 リーインベッツィは血が苦手だったため、吸血鬼だが血をまともに飲んだことはない。

 したがって、血の匂いもしない。

 誰も、彼女が吸血鬼だとは気付きもしなかった。




 リーインベッツィはふらっと勢いで飛び出したため、あてもなくさまようはめになった。

 朝が来る前に、暗い空き家を見付けてお邪魔して。また夜になったら飛び出し、今度は王都を飛び出てみた。

 探検だ。あてもない探検だ。

 数十年単位で昼寝をする吸血鬼にとって、結局あてなんてものはないのだ。


「そういえばあやつ、魔王がどうとか言ってたの。たまには古巣に顔を出しに行ってみるか」


 リーインベッツィは、レノンフィールド領のさらに北を目指し、飛んで行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ