冒険へのカウントダウン
ダンジョン。
それはただの洞窟とは明確な区別がある、摩訶不思議なマジカル空間。
貴重なアイテムに、強力なモンスター。罠もあれば、休憩所もあり、場合によっては屋内なのに太陽があったりもする。
特筆すべきは、その変化・再生速度の速さ。
ダンジョンの奥にはダンジョン核がある。それが周囲の魔素ゆがめ、変化させているという理論が一般的だが、それにしても生み出されるエネルギーは途方もないものがある。まだまだダンジョンには謎が多い。
前世の経験と知識を持つ俺にはわかるのだが、ダンジョンはとてつもない資源の山だ。
日本にもダンジョンがあったならば、あんなにくどくど原料を節約しろだとか上からせっつかれることもなかっただろうし、製品だって強気で値上げ交渉に臨めただろう。そうすれば俺だって、機械を停止させる手間を惜しんで、金型に頭を挟んでしまうことも無かったはずだ。
無念だ。
「どうしたんですの、インギー? そんな複雑な顔をして」
「ああ、すまない。ちょっと昔を思い出していた」
「ふーん、まあいいのですけど」
キャスリーはあまり気にしていないようで、ギルド内にいる冒険者たちをキラキラした目で見つめていた。
そう、ここは冒険者ギルド。俺たちは、キャスリーのメンバー登録と、ダンジョンに入るためのギルド登録申請に来たのだ。
ダンジョンは資源の山でもあるが、同時に危険な場所でもある。死亡率も高い。
というわけで、ダンジョンに入るには登録制となっている。
登録といっても、特別な試験などがいるわけではない。金はいるけど。4人以上のパーティーを組み、いくつかの書類を出すと、正式にギルドとして認められる。
冒険者ギルドと区別して個人ギルドとも呼ばれることもあるが、組織的には、王国の冒険者ギルドに所属する下位ギルドという立場だ。
受付嬢はいつものアリス。知った顔だ、話が早くて助かる。……と思っていたら。
「はいはい、これに記入したら向こうね。 え? てきとーに書けばいいじゃないですかあ。 わからない? はあ? お優しい経験者が横にいるんでしょ? あーうらやまちいですねえ、教えてもらえて。まったく、何人女の子をはべらかせば気が済むんでしょうかねえ!」
「アリス、お前、酒臭いぞ」
「そりゃあ飲んでますからねえ。この街でフローラルの香りがするのは、トイレだけですよぉ」
「……ギルドの受付って、こんな感じですの? 男子生徒用の学食だって、もう少し品がよろしかったわよ?」
「まあまあ、キャスリーさん、気にせずちゃっちゃと書類出して行きましょう」
あきれるキャスリーだったが、レイチェルに教えてもらい、ちゃっちゃかと書類を記入していく。
さすがレイチェルだ、酔っ払いへのスルー力が高い。普段から酔っぱらっているだけはある。
レイチェルは病院をきりもりしているだけあって、一般常識力もかなりのものだ。
ずぼらなだけで、やるときはやるのだ。
「ちょっとインギー、ここってどう書けばいいんですの? レノンフィールドの名を書いてよいのかしら」
「ああ、問題ないだろう。細かいことを気にしてはいけない」
キャスリーが腕にしがみつきながら質問してくる。ちょっとくっつきすぎではないだろうか。せまい、じゃまだ。
「えー、インギーさんって呼ばれてるんですか? いいなー。私もそう呼んでいいですか?」
だめだ。お前ももう少し離れろ、ジャマだ。
俺、サクラ、レイチェル、マリア、そしてキャスリー。5人の名前を記入したあと、俺は用紙とにらめっこを開始する。
パーティー名と、ホームの登録。ホームはレイチェルの家で決まりだとして、問題はパーティーの名前だ。
「ギルド名は、イングウェイさんに任せますよ。かっこいいのをお願いしますね!」
お願いしますと言われても、いったいどうしたものか。
「レイチェル、お前、何かいい考えはないか?」
「特にありませんよ。てきとーでいいんじゃないですか? ギルド『ビール党』とか、そんなんで」
そうはいってもなあ。何でもいいと言われるのが一番困る。俺にはこういうセンスはないのだ。
うんうんと唸った結果、名付けた名前。
それは――、
帰り道。
キャスリーはギルド登録用紙の控えを眺めながら、俺に聞いた。
「ねえインギー、このパーティー名の『ミスフィッツ』って、どういう意味ですの?」
「ん、ミスフィッツか? なんと説明すればいいか……。そうだな、俺たちみたいなやつらのことさ」
「俺たち、ですの?」
「ああ。俺たち、だ」
微笑む俺の横で、キャスリーは首をかしげていた。




