表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/203

夢の続き


 その夜は、エドワードに夕食をごちそうされた。

 事情が事情なので、キャスリーと俺、そしてエドワードの三人だけだ。


「他の兄弟たちもいるんだろう? 残念だな、久しぶりの帰宅なのに、一緒に食べられないのは」

「いえ、お兄様たちは、野良魔獣の討伐などで忙しいから、家を空けることも多いんですの。それに、実は、ちょっと苦手なのです。年齢も離れていましたし」

 キャスリーは気にしていないようだった。冷静に考えれば、当然かもしれない。

 急に外部から娘が連れてこられ、しかも、エドワードから気を遣われて育てられる。

 貴族社会で事情があるということはわかっているだろうが、人間の感情というやつはそこまで物分かりがよくはない。

 ぎくしゃくした関係になるのも、仕方がないだろう。


 もっとも、こちらとしても都合がいい。

 三人しかいないなら、気兼ねなくこちらのことも話せるということだ。


 食事は贅沢なというよりも、豪快なものだった。

 ハーブや香辛料と共に焼かれたシカの肉に、濃厚な甘みのトウモロコシのスープ。固くぼそぼそとした感触のパンは、逆にメインディッシュの味を引き立てる。


 エドワードは、ワングラスに一杯の琥珀色の液体を注ぎ、キャスリーに渡した。


「そろそろ誕生日だな、キャスリー」

「ええ。でも、まだお酒なんか飲めませんわ。飲んだこともないし」


 法律上は飲める年齢だ。飲酒の経験のことを言っているのだろう。


「今日は特別だよ、少しだけでいいから、口をつけてみなさい。……シェリー酒だ。お前の母親が好きだったお酒だよ」

「お母さまが?」

 もちろん実の母のほうではなく、育ての母、エドワードの正妻にあたる女性だ。キャスリーから話は聞いている。

 実子もキャスリーも分け隔てなく育ててくれて、そのおかげでキャスリーも、自分の出自に疑問を持ったことはなかったそうだ。

 数年前に病気で亡くなったと聞いている。


 キャスリーは少しだけ目を見開き、ゆっくりとグラスを傾けた。


 エドワードに促され、俺も酒を口に含む。


 甘さよりも酸味を強く感じる。しかし、よく味わってみると、それは酸味とは似て非なるもの。踊るような軽やかさとともに、涼しい風が吹き抜ける。

 シェリー酒は、香りから脳が想像する味と、実際に舌が感じる味との差が、他の酒よりも大きい。一瞬そのちぐはぐさに驚かされるのだが、すぐにそれが、独特の風味を生み出していることに気付かされる。

 シェリー酒を飲むなら、食後にするべきだ。

 この複雑な風味を芯から味わうには、血と肉とソースの味をゆっくりと楽しんだ後、たっぷりと胃と脳が満たされた後でなければならない。

 そして甘味の裏で意外に強いアルコールが、男の本能を満足させる。

 舌の上で転がる酒は、砂地にしみこむ雨のように、口内で溶けて消えていく。

 一抹の寂しさよりも、恍惚が勝る。

 酒は、溶けて消えたわけではない。顔の血管に直に染みこみ、活性化させるのだ。

 酒を飲みなれない少女(キャスリー)の頬は、すぐに赤くなっていく。熟れたすもものように。まるで男を誘う娼婦のように。


「うまい酒だな」

 俺がつぶやく。

 エドワードは満足そうに笑った。


「ところで、イングウェイ殿は冒険者だと聞いたが、専門は? ダンジョンにもぐったりもするのですか?」

「ああ、そうだ。基本は酒を飲んでいるが、気が向いたらダンジョンにももぐる。大丈夫さ、キャスリーを連れて無茶なことはしない」

「ええ、あなたの腕なら、めったなことはないと信じてはいますが」

 心配になるのも仕方ない。冒険者なんて、ろくな商売ではないからな。


 それでも、俺を信じて送り出したエドワードを、不安にさせるようなことはできない。

「イングウェイ殿、キャスリーを、よろしくお願いします」

「ああ、引き受けた。彼女は俺が責任をもって、幸せにしてやろう」

「えっ、イングウェイ様、それって……。ぽっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ