夢の続き
その夜は、エドワードに夕食をごちそうされた。
事情が事情なので、キャスリーと俺、そしてエドワードの三人だけだ。
「他の兄弟たちもいるんだろう? 残念だな、久しぶりの帰宅なのに、一緒に食べられないのは」
「いえ、お兄様たちは、野良魔獣の討伐などで忙しいから、家を空けることも多いんですの。それに、実は、ちょっと苦手なのです。年齢も離れていましたし」
キャスリーは気にしていないようだった。冷静に考えれば、当然かもしれない。
急に外部から娘が連れてこられ、しかも、エドワードから気を遣われて育てられる。
貴族社会で事情があるということはわかっているだろうが、人間の感情というやつはそこまで物分かりがよくはない。
ぎくしゃくした関係になるのも、仕方がないだろう。
もっとも、こちらとしても都合がいい。
三人しかいないなら、気兼ねなくこちらのことも話せるということだ。
食事は贅沢なというよりも、豪快なものだった。
ハーブや香辛料と共に焼かれたシカの肉に、濃厚な甘みのトウモロコシのスープ。固くぼそぼそとした感触のパンは、逆にメインディッシュの味を引き立てる。
エドワードは、ワングラスに一杯の琥珀色の液体を注ぎ、キャスリーに渡した。
「そろそろ誕生日だな、キャスリー」
「ええ。でも、まだお酒なんか飲めませんわ。飲んだこともないし」
法律上は飲める年齢だ。飲酒の経験のことを言っているのだろう。
「今日は特別だよ、少しだけでいいから、口をつけてみなさい。……シェリー酒だ。お前の母親が好きだったお酒だよ」
「お母さまが?」
もちろん実の母のほうではなく、育ての母、エドワードの正妻にあたる女性だ。キャスリーから話は聞いている。
実子もキャスリーも分け隔てなく育ててくれて、そのおかげでキャスリーも、自分の出自に疑問を持ったことはなかったそうだ。
数年前に病気で亡くなったと聞いている。
キャスリーは少しだけ目を見開き、ゆっくりとグラスを傾けた。
エドワードに促され、俺も酒を口に含む。
甘さよりも酸味を強く感じる。しかし、よく味わってみると、それは酸味とは似て非なるもの。踊るような軽やかさとともに、涼しい風が吹き抜ける。
シェリー酒は、香りから脳が想像する味と、実際に舌が感じる味との差が、他の酒よりも大きい。一瞬そのちぐはぐさに驚かされるのだが、すぐにそれが、独特の風味を生み出していることに気付かされる。
シェリー酒を飲むなら、食後にするべきだ。
この複雑な風味を芯から味わうには、血と肉とソースの味をゆっくりと楽しんだ後、たっぷりと胃と脳が満たされた後でなければならない。
そして甘味の裏で意外に強いアルコールが、男の本能を満足させる。
舌の上で転がる酒は、砂地にしみこむ雨のように、口内で溶けて消えていく。
一抹の寂しさよりも、恍惚が勝る。
酒は、溶けて消えたわけではない。顔の血管に直に染みこみ、活性化させるのだ。
酒を飲みなれない少女の頬は、すぐに赤くなっていく。熟れたすもものように。まるで男を誘う娼婦のように。
「うまい酒だな」
俺がつぶやく。
エドワードは満足そうに笑った。
「ところで、イングウェイ殿は冒険者だと聞いたが、専門は? ダンジョンにもぐったりもするのですか?」
「ああ、そうだ。基本は酒を飲んでいるが、気が向いたらダンジョンにももぐる。大丈夫さ、キャスリーを連れて無茶なことはしない」
「ええ、あなたの腕なら、めったなことはないと信じてはいますが」
心配になるのも仕方ない。冒険者なんて、ろくな商売ではないからな。
それでも、俺を信じて送り出したエドワードを、不安にさせるようなことはできない。
「イングウェイ殿、キャスリーを、よろしくお願いします」
「ああ、引き受けた。彼女は俺が責任をもって、幸せにしてやろう」
「えっ、イングウェイ様、それって……。ぽっ」




