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警備兵が来る前に


 広々とした校庭。その中心で、キャスリーとメアリーが対峙する。

 他の生徒たちは円を描いて取り囲み、固唾を飲んで見守っていた。


 二人が持つのは、刃引きをしてあるとはいえ、本物の鉄製の細剣(フルーレ)だ。当たり所が悪ければ、命の危険もある。

 それでも止まらないのは、酔った勢いか、真剣さのためか。その答えを知っているのは、胃の中の梅酒のみだ。


「それでは始めるか。どっちが勝っても恨みっこなしだ、いいな」


「異議ありませんわ」

「同じく」


「始め!」

 俺の合図とともに、二人はフルーレを構える。

 やりとりするのは名誉のみ。


 メアリーはゆっくりと間合いをはかりつつ、キャスリーを挑発した。

「ふん、おとなしく魔術での勝負を挑めばいいものを。剣の勝負でわたくしが負けたことがあったかしら?」


 キャスリーは答える。

「うるさい、ばーか。だいらい、うっぷ、あんたはお嬢様だからぁ、真剣に勝負することが無かっただけじゃない!」


 キャスリーの言う通りだ。学院の生徒たちは、ただの学生ではない。彼女らは個人として見られることは決してなく、常にその背景にある家、血筋がついて回る。

 それが良いことか悪いことかなんて、論じる意味はない。現実がそれを冷たく拒否するのだから。

 キャスリーのいう「真剣勝負をしたことがない」という指摘は、そういう意味で当たってもいるし、間違ってもいる。

 なぜなら、「真剣勝負をする必要がなかった」という背景もひっくるめて、メアリーという個人の力なのだから。


 対してキャスリーは、限りなく裸に近かった。

 レノンフィールド家は武家で、中央への影響力は小さい。

 あげくに今は、キャスリー本人がお漏らしという汚名を着せられている。


 キャスリーを支えているのは、意地だけだった。


 キャスリーが、猫のようにしなやかにとびかかる。が、間合いは少し遠い。

 メアリーはその瞬発力に驚いたようだが、何とかかわして反撃に転じようとする。

 きいん、と金型が閉じるような音がして、二本の剣がぶつかった。普通なら起こらないフルーレのつばぜり合いだが、二人ともお構いなしだ。

 カチカチとトルクレンチを回すような音が響く。

 さすがは武家の血筋の気迫。キャスリーがわずかに押しているように見える。しかし、単純な技量ではメアリーが少し上か。

 メアリーは力ではかなわないと見るや、素早く自分から身を引き、姿勢を崩したキャスリーに強引に突きを放った。

 腕を回しながらねじ込んでいく様は、まるでロングドライバーだ。


 まずいな、キャスリーはかわせない。

 ケガをさせるわけにはいかない。俺が試合を止めようとした瞬間だ。

 キャスリーの瞳が、ぎらりと光った。


 ずぷりとキャスリーの腕に、フルーレが食い込む。と同時に、メアリーの腹にも、一本のフルーレが突き刺さっていた。


 冷えたランナーがぽきりと折れて落ちるように、二本のフルーレは地面に落ちた。

 メアリーが崩れ落ちたのは、その直後だ。



「はあ、はあ、やりました、わ……」


 俺はキャスリーの力を見誤っていたことを、思い知らされた。剣の腕だけではない、もっと高潔な、強い意志の力を。


「そこまでだ。誰か、すぐに救護班(ヒーラー)を!」


 メアリーを抱き起し、俺は途方に暮れた。


 メアリーは、すでに死んでいた。



 王の依頼で来たとはいえ、さすがにこの展開は予想していなかった。

 この場合、責任はだれにあるのか。

 言うまでもない、俺だ。


 俺は、警備兵が来る前に逃げるべきかどうか、真剣に考えなければならなかった。


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