プラム・リカー
キャスリーの非道な行いについては、聞いている。
なにやらシチューに毒を入れたり、試験の妨害をしたり。
最初は個人間でやったりやられたりの可愛い仕返しだったのが、ついに派閥のリーダーであるメアリーに直接手を出したことで、本格的にクラスの怒りを買ってしまったらしい。
そしてメアリーの罠にはまり、キャシーはとある呪いを受けてしまう。
水系魔法が得意なメアリーが使った呪いとは、神経と無意識に作用する呪い。
つまり――
「おほほほ、お漏らしキャスリーが来たわ!」
「あらキャスリー、今夜はトイレが我慢できましたの?」
「よかったら、私のお古のお布団を使いますの?」
哀れキャスリーは、寝ている間、トイレが我慢できなくなってしまう。
夜も眠れず精神をすり減らしてキャスリーは、ついに不登校になってしまったというわけだ。
とはいえ、所詮は学生の使う魔法だ。数日もたつと効果は消えるはず。
実際、部屋に忍び込んで確かめた限り、変な臭いはしなかった。最近はきちんとお漏らしをガマンできているのだろう。
つまり、あとは彼女の心に残ったキズの問題である。
翌日、授業前から衝突は始まっていた。
キャスリーとメアリーは、どったんばったん取っ組み合いの大げんかだ。
「こいつ! 泥臭い辺境貴族の娘のくせに! あたくしの方がずっとうまく魔法をつかえるんですのよ!」
「なんなのよ、うぷっ。 ちょっと生まれたところが金持ちだからって、けほっ、ふざけんじゃ、ないわよ!」
「おいお前たち、何をしている」
キャスリーの顔は赤く、目は据わっていた。
「あん? インギーじゃないの、あんらねえ、ひっく、学校へ来いとか気軽に言いやがっれぇ。ふひー」
……こいつ、まさか。
「おい、もしかして昨日の薬を――」
「飲んらわよぉ。全部飲んだわ、もう残ってないわよぉ!」
キャスリーに渡した瓶には、”梅”という果実を瓶に入れ、砂糖とアルコールを足したものが入っている。今回は俺の愛飲しているウイスキーを使用した。
もちろんそのまま渡したわけではない。魔法で十分に熟成させ、短期間で一年は冷暗所で寝かせたかのような効果を出している。
結果できたのが、ウイスキーベースの梅酒だ。
甘味と酸味が程よく絡み合うが、一番のポイントはそのとろみにある。のどに絡みつくその粘度は、常温で飲むブランデーをはるかに上回る。
わざわざウイスキーを使ったのはもちろん、ベースとなる酒に、梅に負けない強さが必要だったからだ。
果肉をそのまま漬け込むことにより乱暴な旨味が溶け出し、舌の細胞を直接楽しませていく。
砂糖は多めにしておいた。これによりお酒を飲みなれない彼女でも抵抗感なく次の一杯が楽しめる上、つまみがなくとも飲めるようになる。
つまみが悪いわけではないが、体型やカロリーを気にする女性に酒を贈るときには、そういう細やかな心遣いもするべきだ。
体型の乱れを酒のせいにするのは簡単だが、それでは何も解決しない。原因の一端だと疑われるだけでも、酒と人、双方に不幸が訪れる。
今回は用意しなかったけれど、ねっとりと絡むその飲み口が苦手だと言われたら、炭酸水で割ることも考えていた。
冷たい炭酸水で割り、氷を浮かべる。
ビールにはない飲みやすさ、さわやかさと、スパークリングワインには真似のできないとろみと甘さ。
ついつい飲み過ぎてしまう場合でも、水割りなら割合を変えることで酒量を簡単にコントロールできる。
梅酒はジュースだ、という者もいる。しかし、それでも良いではないか。
飲食物において、気軽に口にできるということが悪になることがあるのだろうか。
しかし、今回はその飲みやすさが悪いほうに左右したようだ。
くそ、よほどうまかったのだろうな。俺は味見で舐める程度しか飲んでいないんだぞ。うらやましい。
「おい、キャスリー、落ち着け。メアリーも、こんな酔っ払いを相手にするんじゃない」
「「うるさいですわ!!」」
揃って叫ぶ二人。
俺は少しイラっとして、つい魔法を使ってしまった。
「お前ら、ちょっと落ち着け。≪束縛の霧≫」
もちろん威力はかなり落としてある。
もごもごと転がりながらもがく二人に、俺は言った。
「どうせやるなら、正々堂々とやれ。次の授業はちょうど私の担当だ。剣で決着をつけるんだな」
「ま、魔法ではなく、剣ですの?」
「当たり前だ。私は剣術の教師だからな」




