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202/203

キャッスル・ルーインズ


 イングウェイが戻ってきたのは、戦いから丸一日経ってからのことだった。

 ヘイムドッター医院は静寂に包まれていた。東の空がやっと白み始めたころだ、こんな時間に起きている酔っ払いなどいない。


 ぎしぎしと硬くなった体に鞭打って裏庭に出ると、惨澹たる光景が広がっていた。

 砕かれた石壁、えぐれた地面。寝転んでいる仲間たち。……と酒瓶。


「何だこれは、まったく、ただでさえ頭が痛いというのに」


 頭を抱えるイングウェイ。そこへ、サクラが声をかけた。


「あ、イングウェイさん! 起きたんですね。お帰りなさい、待ってましたよ」


 サクラはいつもの稽古着に、木刀を持って立っていた。

 見たところいつもの早朝稽古に起きてきたようなのだが。


「おい、サクラ、説明してくれ。これは一体なにがあった?」

「あ、はい。実はかくかくしかじか」


 ◇◇◇◇◇◇



「のー、本当によかったのか? ちょっとくらい抱き合ってから行けばよいではないか」

「冗談でしょ、あんな若い子たちと比べられるなんてごめんだわ! 一目でも見せたら負けなのよ!」

「ドロシーも美人だと思うんじゃがのう」

「美人とかの問題じゃないわよ。肌よ、肌! 化粧しても間近で見られたら意味ないし、手だって全然違うのよ? あんた、ずー――っと若いんだから、わかんないのよ。ちょっとその体貸しなさいよ!」

「むー」


 ドロシーとリーインベッツイの二人は、酒盛りを途中で抜け出し、夜のうちにアサルセニアを去っていた。

 レイチェルらには当然引き留められたのだが、ドロシーの決意は固かった。


「本当にありがとう、みんなにはずいぶんお世話になったわね。いつか必ずお礼をするから」

 そう言って身一つで旅立ったのだった。


 二人の行く先はもちろん、かつての故郷である、例の城跡(ルーインズ)だ。

「さっさと行くわよ。イングウェイがいつ戻ってくるかわかんないんだから、急がなきゃ」

「ん、何を急ぐのじゃ?」


 ドロシーは鈍いリーインベッツイに呆れる。

「決まってんじゃない。若返りの術を完成させるのよ」


「はあ? なんじゃそれ、聞いとらんぞ」

 そりゃそうだ、一言もそんな話はしていない。


「あんた、ばっかねえ。イングウェイのことわかってないわ。優しい彼は、絶対私のことを心配して、追っかけてくるのよ! 色々探したあとで、やっとあの思い出の城で再会するの。盛り上がるわー」

「いやでも、そもそも探さないでみたいなことを自分で言ってたではないか」

「女が探すなっつったら、早く迎えに来いってことでしょうが! 彼ならわかるわ、絶対!」

「そうかのう?」


「はー、待ち遠しいわ。あれだけ待たせたんだもん、一年くらい引きこもってイチャついたっていいわよね? ねえ、どう思う? どんな服で待ってようかなー。えへへー。あ、向こうの世界はそういうのすごかったわよ。逆バニーとかいうのどうかしら? 激しいかなあ?」


「俗っぽいのー」

「何とでも言いなさい!」



◇◇◇◇◇◇



「……という話を、おそらくしているのだろうな」

「ふむふむ、なるほど」


 サクラから事情を聞いた俺は、その後、みんなにドロシーの行先を説明していた。

 ドロシーはなかなか繊細なところがあるからな。きっと若返りの術を使う前の姿を見せたくなかったのだろう。


「で、どうするんですか? 帰ってくるのを待ってるんです?」

「ふん、決まっているさ」


 かつての姿のイングウェイならば暢気に待っていただろう。そして数か月後、忘れたころにドロシーが「なんで早く追っかけてこないのよ!」なんてキレながら言ってくるのだ。目に見えている。

 だが、今の俺は違う。ドロシーとの付き合っていた時の記憶も思い出したしな。彼女の考えていることくらいはすぐにわかる。


「少し、一人で出てきてもいいか?」


「いいですよ。それが一番です」

「まだうちの医院、空き部屋ありますから。リーインちゃんにもよろしく言っておいてください」

「早く行ってきたら? 壁なら、ボクが直しておくから大丈夫」


「ありがとう」

 みんなの温かい言葉に送られながら、俺は旅立った。


 フィッツだけはまだ寝ていた。猫だから仕方ない。

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