女神たちの秘密
「あらら、女神様ー、あいつらなんか変なことしてますけどー?」
「わかってるわよ。ずっと見てるんだから」
女神は身を乗り出すようにしながら、水晶鏡を見ていた。
ジャンクの山で適当にコードを繋げたおもちゃが、再び動き出すのだ。面白くないはずがない。
次元には階層がある。高次元に位置し、世界の管理者を自負する女神たちですら、肉体のままでの次元移動には強い制限がかかる。
そんな次元跳躍の技術は、自分たちだけの技術であるべきだ。
だが、彼らは知恵と工夫でそれを成し遂げた。酒の代わりに倉庫を引っ掻き回し、機械油やメタノールを引っ張り出してきたのだ。
老人たちは認めないだろうが、女神としては満足なことだった。
女神は手元にあったバドワイザーの瓶を飲み干すと、呪文を唱える。それを媒介に、凍り付く手足をもった、霜の巨人を作り出す。
魔法生物ならば、次元移動の際の障害はぐっと減る。いつかのミリリッタ、そしてメタ梨花のように。
「頑張ってるのは認めるけど、やっぱり試練は必要よね。試練が人を強くするんだもん」
「はいはい、そうですねえ。……お酒、まだいります?」
「もっちろん! コロナがいいわ。努力する人間を見るのは、いつだってサイコーね」
◇◇◇◇◇◇
――古城――
ドロシーが紫の靄を発動すると、すぐに靄の中からリーインベッツィが現れた。
「おおお、ドロシー、待っておったぞー」
「ありがとう、リーイン。イングウェイから頼まれたんですって?」
「うむ、まさか吸血鬼であることが役に立つ日がくるとはのう」
リーインベッツィは浮かれていた。ドロシーとはすでに数回の邂逅を果たしていたが、制限付きのもの。今回、アサルセニアへドロシーが戻ってくるというのは、まったく特別なことだ。
「本当に大丈夫? 無理しなくてもいいのよ」
「大丈夫じゃ。ドロシーのためじゃからのう。よっと、ほっ! ……のうドロシー、ちょっとしゃがんでくれんか?」
小柄なリーインベッツィがぴょんぴょんと飛び跳ねるのを見ていると、微笑ましくてもっと意地悪をしてやりたくなる。
ドロシーは笑いながら椅子に座る。リーインベッツィは後ろから抱き着く。うなじに顔をよせ、匂いを嗅いでいる。
「いいわよ。早くしないと、イングウェイが待ってるわ」
「わかっておる。ちょっとだけじゃ」
急かされたリーインベッツィは、何度かためらったあと、意を決して牙を突き立てた。
ぷつりと皮膚が切れる生々しい感覚の直後、温かい鉄の味が口の中に広がった。
ドロシーの味に、嫌悪感はなかった。
そして、リーインベッツィは、ゆっくりと自らのスキルを発動した。
ドロシーは気が遠くなる感覚を覚えていた。泥酔して水を欲しがってさまよっているときのような。
椅子に座っていて正解だった。ひょっとすると、派手に倒れていたかもしれない。
「これじゃ、吸血鬼の前に、ゾンビになっちゃうわ。あれ、ゾンビになってよかったんだっけ?」ぼんやりとそんなことを考えていた。
「うえー、ふらふらするわい」
かたやリーインベッツィは血に酔っていた。ろくに使用したことのないスキルなので、手ごたえがあるのかもよくわからない。
自分で頬をパチンと打って気合を入れると、ドロシーの胸に手を当てる。
「我が眷属、ドロシーよ。われの命に従うかのー?」
ドロシーは薄目を開けて答えた。
「ええ、なんでもどうぞ」
「なんじゃ、あんまり変わらんのう」
「まあ、ね。魔術的な催眠状態なら、ある程度抵抗できるもん。スキルの効果には抵抗しないようにしてたけどね」
「よくわからんが、体の調子はどうじゃ?」
「首が軽い気がする。それと、なんだか魔力の質が変わったような気がする。懐かしい感覚ね」
ドロシーは目を閉じて、魔法陣を展開していく。
「大丈夫そう。さ、最後の仕上げね。アサルセニアまで、案内頼むわよ」
「おう、いつでも良いぞ。準備ができたらすぐに戻るのじゃ」
精神体であるドロシーの体が、うっすらと透けていく。同時に、古城全体が日食に出くわしたかのように暗くなった。肉体との最後の繋がりが断ち切られたのだ。
「急ぐわよ、リーイン」
靄は、部屋のすみで消えかかりそうになっている。
ドロシーとリーインベッツィは、手をつないで飛び込んだ。




