リングメーカー
翌日、俺はアリサをマリアの工房に呼び出した。
「おはようございますっ! もしかしてスターキーについて、何かいいアイデアが浮かんだんですか?」
「おはよー、アリサ。会うのはギルドに登録したときぶりになるのかな? ボクのこと覚えてる?」
「ええ、もちろん! ……でも、そんな顔色悪かったですか?」
「余計なお世話だよ、せっかく助けてあげようと思ってんのに!」
そういえばギルド登録時はまだマリアは生きていたな。彼女がゾンビになったのは、そのあとだ。
「ところで彼ぴとうまくいかなくて困ってんだって?」
「ああ、そうなんですよー。何かいい方法ないですかねえ?」
「もったいないなあ。マリアってかなりモテるんだよ。他の冒険者たち、いっつもキミのことを可愛いって言ってるもん。僕なら、振り向いてくれない男よりは、イケメンの冒険者を見つけて乗り換えるけどなあ?」
「えー、さすがにないなあ。そりゃ冒険者さんたちにはいつも助けられてますけど、あの人たちってがさつでデリカシーってものがないんですよ? お尻だって触ってくるし」
「じゃあ、冒険者たちが嫌いというわけではないんだな?」
「もう、なんなんですかいきなり? 嫌いだったらそもそも冒険者ギルドで働いてませんよ。いざというときには頼りになる人たちだってのも知ってますし。 ……あの人たちに言っちゃだめですよ、調子に乗りますから!」
へー、そっかー。適当に相槌をうちながら、俺とアリサは頷きあう。
やはり思った通りだ。これなら作戦もうまくいくはず。
「ボクは恋愛のアドバイスはできないけど、呪いの指輪の話が気になってさ。ちょっと見せてもらえないかなって」
「え? これですか?」
「そうそう。鍛冶師として興味があるのと、あとは痛みを軽減してやれないかなと思ってね。冒険者ギルドとしても、”呪いの”アイテムを放置しているのは、あまり体裁がよくないんじゃない?」
「うーん、いいけど、壊さないでくださいよ? 高かったんですから」
「大丈夫、もし壊れたらちゃんと弁償するよ。……イングウェイが」
おい、聞こえているぞ。まったくこいつは、他のギルドメンバーよりも俺に対して遠慮がない気がする。
「話はまとまったな。じゃあマリア、頼むぞ」
「ボクは仕上げくらいだよ。むしろメインはイングウェイの魔術なんだから、しっかりしてよね」
作戦は昨夜のうちに相談済みだ。
「~~という効果の指輪を使えば、アリサの気持ちも変えられるのでは?」
「なるほど。ってことは、指輪の改造が必要なわけだね。やだなー、アクセサリは小さいから神経使うんだよねえ」
「無理なのか?」
「まっさかあ! ばかにしないでよ。ボクより腕のいい魔法鍛冶師なんて、アサルセニア中探してもいないんだから!」
「ふっ、信用しているぞ」
魔道具は製造時に魔法文字を組み込むことで完成する。
単に魔術をかけるだけでも効果は発揮するが、時間の経過によってすぐに切れてしまう。それを防ぐために、文字を彫り込むと同時に特殊な魔術を織り込んでいくことで、半永久的な魔術効果を獲得するのだ。
問題はこの、『道具自体に物理的な刻印を刻み込む』という過程である。剣や鎧などのある程度の大きさがあるものに比べ、指輪というのは非常に小さい。
そこに文字を刻むというのは、かなりの技術が必要な作業だった。
「ということで、今回は前に彫ってある文字を利用しようと思うんだ。効果を反転させる方向で反転魔術を応用すればいいから、刻印も二文字くらいで足りるはずだよ」
「二文字か。ということは、魔術量をかなり圧縮しないとな」
「あー、できないのー? 仕方ないなあ。四文字くらい掘ってあげようかあ?」
「バカを言うな。簡単だ」
「ふっ、信用してるよ。――それより細かい調整をどうするかだね。気持ちよくって、具体的にどうするつもりさ?」
「そこは任せておけ。俺にいい考えがある」
魔術を織り込むにもコツがあり、一つの文字に組み込める魔術量の制約がある。とはいえそこは組み方次第だ。同じプログラムを組んだとしても、素人と熟練者に違いが出るように、術者の腕でカバーできる範囲は大きい。
ドロシーと一緒に転移魔法陣の作成をした記憶が思い出される。彼女は素晴らしい魔術師だった。彼女なら自分の半分の時間で終わらせることだろう――。
「できたー!」「ふう、ようやく完成か」
「ありがとうございました! これで痛みが抑えられるんですね?」
「ああ、おそらく大丈夫だ。今夜も行くのか?」
「いえ、しばらく冒険者ギルドの仕事が忙しいんですよ。ギルド長からちょっと用事も頼まれちゃって。じゃ、そろそろ私は仕事に戻りますね!」
「ああ、幸せにな」「うまくいくよう祈ってるよー」
彼女はぶんぶんと手を振りながら走っていった。元気な娘だ。これで性格が暴走気味でなければな。本当にもったいない。
俺たちが指輪に施したのは、想い人の拒絶に反応して激痛を与える指輪の、対象と効果を反転させる魔術だ。
つまり、アリサ自身が他人から好意を向けられたとき、気持ちよくなるという効果がかかっている。
「しっかしイングウェイ、『気持ちよくなる効果』って、えらく漠然とした魔術だね。どうやったのさ」
「事前に、『感情を操作するのはいけない』と君に忠告されていたからな。あれを思いついたのは、君のおかげさ。ありがとう」
「え? ボク? 照れるなー。で、どんなの? 早く教えてよ」
「ASMRという術は知っているか? 俺もおぼろげながら記憶にあるだけの効果だが、今回はそれをヒントに術を構築してみた」
俺はアリサの(忘れかけていたがアリサはゾンビである前にエルフである)長い耳を優しく撫でた。
「ひゃぅぅっ、い、いんぎー、だめだよ、そこはっ」
「ふっ、耳は神経が集まっているところ。誰しもが敏感に感じるところだ。今回はその中でも特に敏感な、耳の中をこそこそとくすぐられる効果を付けてみた」
「へ?」
「だから、耳の中をくすぐられる効果だ。耳かきをされるのは気持ちがいいだろう? それを応用してみた。”痛み”と”痒み”、別の感覚ではあるが、同じような神経という仕組みを伝って脳に伝わっている。つまり、指輪の痛みを与えるシステムを少しいじるだけで……」
「イングウェイ、君は思った以上に変態だったんだな。エルフの耳を勝手に触るなって、前に言ったじゃないか!」
マリアは耳を押さえて、こっちをにらんでいた。顔にいつもの青白さはなく、きれいなピンク色に染まっていた。
やれやれ、俺が何をしたってんだ。




