自由への旅立ち
瞬く星の影に入り込んだような暗闇を、イングウェイは漂っていた。
永遠に感じる時が過ぎ、眠っているのか起きているのかもわからない。
イングウェイは目を覚ましたのは、何もかもが白い空間だった。
ひどい頭痛がして、思わずうずくまった。
頭の上から声がした。
「面白いことを考えるものね、人間って。お酒を取り上げたのに、まさか自力でここまで来るとは思わなかったわ」
かろうじて頭を上げると、女神がイングウェイを見下ろしていた。
女神はゆったりとした椅子に腰かけていた。
くつろいでいるようではあるが、その目は冷たくイングウェイを見据えていた。
イングウェイは、その瞳を見て、敵だと認識した。
敵対するものに対して、イングウェイの取った行動は単純だ。即座に高密度の火球を生み出し、ぶつける。
今までに幾度も繰り返してきた動きだ。息を吐くような自然さで、恐るべき速さで、高熱の矢が女神を貫こうとする。
火球は女神の胸元で消え失せた。まるでスリが財布をポケットにしまい込むように、音もなく静かに、最初から何もなかったかのように。
「あら、なにか勘違いしてるみたいね? 私は別に、あなたたちの行動に怒っているわけじゃないわよ。ううん、むしろ賞賛してるの。素晴らしい魔法技術に、発想力。それだけじゃなくて、努力もしてる。こうやって実行力もあるしね。そういうのはすべて、私が望んでいた魂の在り方だと思うの。――ただ、目的はどうかな。人は過去に囚われるべきではないのよ。そう思わない?」
「思わないな。人は、過去があるから強くもなれる」
「見解の相違ね。まあいいけど。あの女魔術師のほうは、まだまだ期待できそうなのよね。ここでハッピーエンドにしちゃうのはもったいないわ」
「ドロシーに手を出すな」
「だからー、勘違いだってば。私が手を出すのはあなただけ。楽しみだわ、最愛の希望を失った女性が、どうやって新しい力をひねり出すのか。きっと私たちも思いもよらない手段を生み出してくれるはずなのよ」
女神は心から嬉しそうだった。
女神の右手が白くまぶしく発光する。
「ちょっと記憶をいじらせてもらうわね。大丈夫よ、ちゃんと代わりの記憶は入れておいてあげるから。あなた、せっかく日本にいたのに、ろくに科学技術について学んでないでしょ。それってもったいないからね。サービスよ。さ、昔の女のことなんて忘れて、新しい輪廻に入りなさい」
断る、とイングウェイは叫んだが、声にはならなかった。
イングウェイは途方もない恐怖と虚無に襲われた。彼の存在は矛盾の海に突っ込まれ、無知の櫂でかき回されようとしていた。
彼が目を覚ました時、そこは果たして現実なのか、夢なのか。それとも、ダイヴという、仮初めの現実を見せられるのか。
そして、それを自分は真実だと言い切れるのか?
強い、さらに強い頭痛が彼を襲った。
脳髄を力ずくではがされているような痛みが。
 




