表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

181/203

すけーぷごーと


 いつものダイヴ空間。ドロシーの精神が作り上げた古城の中で、イングウェイは自分の計画をドロシーに伝えた。

 反応は予想通りだった。


「あなたを生け贄(スケープゴート)にしろってこと? ごめんだわ。論外ね」


「それは、俺の命を思ってのことかい? それとも、俺という道具を失うのが惜しいのかい?」


 イングウェイは彼女の本心を知っておきながら、自身の思う最大限に卑怯な言葉を投げた。

 じくじくと胸を突く罪悪感はあったが、彼女の長年の苦しみを思えば、大した問題ではなかった。


 彼女は押し黙り、うつむいた。返す言葉を慎重に選んでいるようだった。


「悪い賭けじゃないはずだ。感情を捨てて、一度落ち着いて計算してくれ」



 ドロシーの考える、精神世界(アストラルスフィア)を通りアサルセニアに到達する計画(プラン)。それの問題点は、肉体の移動ができないことだ。

 それを解決するためにイングウェイの提案したのが、ダイヴ空間内で転生術を使用することだった。


 転生術はドロシーもかつて研究したことがあるが、それはあくまでも魂を別の肉体に――たいていは哀れな生け贄のそれに――移すための術であり、次元を超えるような類の術ではない。ただし、通常強く結びついているはずの肉体と精神体の接続リンクは、切ることができる。


 うまくいけば、イングウェイは新福岡(ニューフクオカ)に肉体を残したまま、アサルセニアに移動することができるだろう。


 そこまでできればあとは簡単だ。イングウェイの肉体を灯台(ビーコン)として、アサルセニアと新福岡(ニューフクオカ)に魔力の経路(パス)を作り、次元を行き来する。



 デメリットといえば、一時的にとはいえイングウェイの肉体が死を迎えること。

 仮にこの方法で失敗した場合、イングウェイ自身が永遠に失われてしまう。



 ドロシーはイングウェイの胸に顔を埋めて言った。

「昔から戦闘魔術師(バトルメイジ)とは馬が合わなかったのよ。平気で成功率の低い賭けをして、失敗したら別の賭けで解決しようとするんだもん。周りの迷惑なんて気にせず、目の前の目的さえ果たせばいいんだから、楽なもんよね」


「……すまない」

「理屈はわかるわ。確かに、成功する可能性は高いと思う。少なくとも私が試している手段よりはね」


 永遠とも思える沈黙のあと、ドロシーは言った。


「信じていいの?」


「最大限の努力はする」


「いいわ、やってみましょう」


 ドロシーは瞳を閉じ、手を広げ、厳かに『紫の靄(パープル・ヘイズ)』を唱える。ダイヴマシンへの、精神世界(アストラルスフィア)への扉を開くための術だ。

 イングウェイと共に開発し、いつの間にか使い慣れるほどに使っていた術。だが、今日ほど腕が重たかった日はなかった。


 ゆっくりと、紫色に濁った(フォグ)が現れる。霧は不連続な鈍い光と、酸味を含む異臭を放っていた。


「いいわよ、始めましょう」


 イングウェイはドロシーの腕を取り、自身の魔力と彼女の魔力を交じり合わせていく。

 ダイヴマシンのパーソナルキーを偽装するための、いつもの儀式。


 最期の儀式(ラスト・ライツ)は、普段よりもずっと丁寧に、念入りに行われた。


 ドロシーはゆっくりとイングウェイのほうへ踏み出すと、軽く彼の肩にもたれかかった。

 脚を絡めるように体重を預け、背伸びをし、ゆっくりと唇を重ね合わせた。

 イングウェイは抵抗もせず、されるがままになっていた。



 時間は限られている。ひとしきり絡み合った後、二人は寄り添って『紫の靄(パープル・ヘイズ)』に足を踏み入れた。


 地面は消え失せ、羽の上を歩かされているような浮遊感に変わった。


 かすかに、霧の向こうに様々な世界が重なって見える。ここは様々な世界の(ホーム)なのだ。ただし、次元ではない。

 科学の力で作られた芝居小屋だ。あくまでも。


 イングウェイは準備していた魔法陣を展開し、その中心で呪文を詠唱した。

 数秒の後、彼の精神体は、光の中に消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ