すけーぷごーと
いつものダイヴ空間。ドロシーの精神が作り上げた古城の中で、イングウェイは自分の計画をドロシーに伝えた。
反応は予想通りだった。
「あなたを生け贄にしろってこと? ごめんだわ。論外ね」
「それは、俺の命を思ってのことかい? それとも、俺という道具を失うのが惜しいのかい?」
イングウェイは彼女の本心を知っておきながら、自身の思う最大限に卑怯な言葉を投げた。
じくじくと胸を突く罪悪感はあったが、彼女の長年の苦しみを思えば、大した問題ではなかった。
彼女は押し黙り、うつむいた。返す言葉を慎重に選んでいるようだった。
「悪い賭けじゃないはずだ。感情を捨てて、一度落ち着いて計算してくれ」
ドロシーの考える、精神世界を通りアサルセニアに到達する計画。それの問題点は、肉体の移動ができないことだ。
それを解決するためにイングウェイの提案したのが、ダイヴ空間内で転生術を使用することだった。
転生術はドロシーもかつて研究したことがあるが、それはあくまでも魂を別の肉体に――たいていは哀れな生け贄のそれに――移すための術であり、次元を超えるような類の術ではない。ただし、通常強く結びついているはずの肉体と精神体の接続は、切ることができる。
うまくいけば、イングウェイは新福岡に肉体を残したまま、アサルセニアに移動することができるだろう。
そこまでできればあとは簡単だ。イングウェイの肉体を灯台として、アサルセニアと新福岡に魔力の経路を作り、次元を行き来する。
デメリットといえば、一時的にとはいえイングウェイの肉体が死を迎えること。
仮にこの方法で失敗した場合、イングウェイ自身が永遠に失われてしまう。
ドロシーはイングウェイの胸に顔を埋めて言った。
「昔から戦闘魔術師とは馬が合わなかったのよ。平気で成功率の低い賭けをして、失敗したら別の賭けで解決しようとするんだもん。周りの迷惑なんて気にせず、目の前の目的さえ果たせばいいんだから、楽なもんよね」
「……すまない」
「理屈はわかるわ。確かに、成功する可能性は高いと思う。少なくとも私が試している手段よりはね」
永遠とも思える沈黙のあと、ドロシーは言った。
「信じていいの?」
「最大限の努力はする」
「いいわ、やってみましょう」
ドロシーは瞳を閉じ、手を広げ、厳かに『紫の靄』を唱える。ダイヴマシンへの、精神世界への扉を開くための術だ。
イングウェイと共に開発し、いつの間にか使い慣れるほどに使っていた術。だが、今日ほど腕が重たかった日はなかった。
ゆっくりと、紫色に濁った霧が現れる。霧は不連続な鈍い光と、酸味を含む異臭を放っていた。
「いいわよ、始めましょう」
イングウェイはドロシーの腕を取り、自身の魔力と彼女の魔力を交じり合わせていく。
ダイヴマシンのパーソナルキーを偽装するための、いつもの儀式。
最期の儀式は、普段よりもずっと丁寧に、念入りに行われた。
ドロシーはゆっくりとイングウェイのほうへ踏み出すと、軽く彼の肩にもたれかかった。
脚を絡めるように体重を預け、背伸びをし、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
イングウェイは抵抗もせず、されるがままになっていた。
時間は限られている。ひとしきり絡み合った後、二人は寄り添って『紫の靄』に足を踏み入れた。
地面は消え失せ、羽の上を歩かされているような浮遊感に変わった。
かすかに、霧の向こうに様々な世界が重なって見える。ここは様々な世界の駅なのだ。ただし、次元ではない。
科学の力で作られた芝居小屋だ。あくまでも。
イングウェイは準備していた魔法陣を展開し、その中心で呪文を詠唱した。
数秒の後、彼の精神体は、光の中に消えていった。




