次元への旅路
「『夢操り』は、魔術により他者の精神に侵入する魔術だけど、それだけで精神世界に接続できるわけではないわ。ボンルードの論文によると、精神世界は私たちの住む次元の数段上の位相にあるとされている。そして、私たちが魔力と呼んでいるエネルギーは、そこから取り出されているの」
ドロシーの魔術講義は、互いにとって心地よいものだった。
ドロシーは(研究者にありがちな)説明好きな性格だったけれど、こんなに出来のよい生徒に教えたことはなかったし、イングウェイも他者の研究成果を披露される機会なんてなかったから。
それは肉体的接触よりもよほど上等の快楽に思われた。できることならばずっとこうしていたいと思うほどに。
だが、時は依然二人の敵だった。この世界は強く金属と電気に支配されていて、ジャックを埋め込んでいないイングウェイの魔力ですら、ゆっくりと奪われ始めていた。
「ダイヴマシンならば、精神世界に入れるんだろう?」
「ええ。ただし、金属の鎖付きでね。そこでお酒よ。お酒を使えば、その制限がなくなる。ボンルードの理論が正しいなら、――いえ、きっと正しいわ。精神世界を経由して、任意の次元に移動することが可能なの」
「君が言う、アサルセニアという世界だね。そこでインベントリの次元の経路を経由して、直接こことアサルセニアをつなぐ」
ドロシーは静かにうなずいた。
ゼロから次元の壁をこじ開けて移動する次元跳躍に比べ、すでにある『通路』を使用しての移動なら、難易度はぐっと下がる。
イングウェイは、少し考えて、質問した。
「さっき君は、自分のダイヴに相乗りさせるって言ったね?」
「ええ。マシンのパーソナルキーは、こちらで何とかするわ。私の魔力であなたの精神体を包み込んで偽装させるの。大丈夫よ、他人をだますのは得意だし、似たようなことは何度もやってるわ」
「俺が心配しているのは、そこじゃない」
他人をだますのが得意だって? 俺一人だませないくせに。そんなやつれた顔で、自分が何を言っているのかわかっているのか?
喉元まで出てきた言葉を必死で飲み込む。
ドロシーほどの腕があれば、実際にパーソナルキーとやらを偽装するのは容易だろう。イングウェイもそこの成否を問題にしているわけではないのだ。
彼女はイングウェイに、何度も自分の精神をさらけ出している。訪れるたびに荒涼としていく彼女の心は、彼を焦らせてもいた。
自分の魔力で、俺の精神体を包み込むだって? 精神体同士の接触は、肉体の接触とはわけが違う。ワインに水を混ぜるようなものだ。
彼女のことだ、自分を犠牲にして、俺への浸食を最低限にしようとするに決まっている。自分への影響なんてろくに考えずに。
それでも、すべてが終わるならまだいいさ。だが、
「この方法で移動できるとするなら、精神体だけだろう? 肉体はどうする」
「そうなのよね。次の実験はとりあえず、あなたが精神世界に接続できるかまでにしておきましょう。もし可能なら、任意の次元への扉が開けそうか確認してから、戻ってきて欲しいの」
彼女は階段を一歩上るだけのために、自分の精神の一部を支払おうとしているのだ。
イングウェイは、彼女の精神がどこまで追い詰められているのか、あらためて強く実感した。




