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ライムでの失敗


「むにゃー、すぴー、すぴー。もう飲めないにゃーん」

 シリアスな話をする俺たちの足元で、アホみたいに暢気な寝言が聞こえてきた。

 ごろごろと寝返りをうつ様は、本当に猫みたいだな。


「あのー、ところで、そろそろフィッツさんを起こしませんか? いい加減かわいそーですし」


 まあ、確かに。せっかく連れてきたのに、ずっと仲間外れというのもな。

 俺はリーインベッツィに言った。

「おい吸血鬼、こいつにかけた睡眠の魔法を解け」


「おぬし、われをなんと思っとるんじゃ。人に仇なす吸血鬼ぞ」

「フィッツは人ではなく、獣人だ。いいから解け」

「いや、そういう意味ではなくての。わしにとって呪いはかけるものであって、解くものではないのじゃよ」

 なんと使えない吸血鬼だ。


「気付け薬なら持っておる、代わりにそれをやろう。ほれ、サクラ」

「え? あ、はい! ありがとう、リーインちゃん!」

「ほほほ、じゃあわしはもう行くぞよ。楽しかったぞインギー、また会おう」


「おい、これからどうするんだ?」

「わからん。じゃが、わしはわしで、ドロシーをのためにできることを探すまでよ」

「そうか。何か助けが必要な時は、言うがいい」

「ふっ、誰に言うておるのじゃ。わしは400年を生きる吸血鬼ぞ?」


 吸血鬼は漆黒の翼を広げると、そのままどっかに飛んでいった。


「ねえ、イングウェイさん」


「なんだ?」

「リーインちゃんのこと、なんとか助けてあげられませんか?」

「大丈夫だろ。あいつ、自信満々だったぞ」

「いやでもー、すっごく悲しそうでしたよ。たぶん、リーインちゃん、無理してるんじゃないかなあ」


「そうか?」

 そうかもしれない。サクラはそういうところは鋭いからな。サクラが言うならきっとそうなのだろう。

 次に会った時は、少し優しくしてやるか。




 さて、それはそうと、問題は眠りこけているフィッツだ。

「むにゃー、ぐーぐー。これでみーが、チャンピオンにゃーん。ひひー」


「いい夢を見ているようだな。これはもう、起こさなくてもよいのでは?」

「だめですよ! 早く、これを使いましょ!」


 とサクラが俺に気付け薬を差し出した。気付け、ぐすり……?


「おい、これはウォッカだぞ」

「へ? うおっか? あのずんぐりしたリスみたいなやつですか?」

「それはクォッカだ。ウォッカとは酒のことだ。主に寒い地方でよく飲まれる、アルコール度数の高いやつだな」


「へー。って、全然気付け薬と違うじゃないですか! リーインちゃん、間違えたんですかねえ?」


 確かに強い酒は気付け薬として使われることもあるが、どう考えても寝ている獣人に使うものではなかった。


「仕方ない、プランBといくか」


「ほうほう、プランBとは?」


 俺はウォッカの瓶を開け、グラスと取り出して注いでいく。


「え”、正気ですかイングウェイさん。これ飲ませるんですか? 寝てる人に?」


 ドン引きのポーズをとるサクラ。そんなわけないだろう。こいつめ、まったく常識というやつがない。

 俺はグラスをサクラに差し出す。


「こいつが起きないなら、起きるまでこれを飲みながら待てばいい。簡単な話だ」


「おお、逆転の発想! ではいただきまーす!って、あっつ! い! ひゃーっ、喉がくひーってなるんですけど!」

「そのまま飲むやつがあるか、バカめ」

「だってそのまま差し出したじゃないですか!」

 そこは俺の茶目っ気だ。飲んだことがないならば、一度やっておかねばな。お約束というやつだ。


 俺は魔法で小さな氷塊を作ると、グラスにぶち込む。ついで袋から取り出したライムをナイフで切り、果汁絞ってウォッカに注いだ。


「よし、いいぞ。飲むか?」


 サクラは真っ赤な顔で言った。

「もう、だまさえませんからねー。またふひー!ってなるんでしょう?」

「いや、今度は本当にうまいぞ」

「むー、だましてませんか?」

「ああ、だましていない」


 グラスとにらめっこするサクラ。やがて覚悟を決めたようで、ゆっくり口を付け、きゅっと半口ほど口に含む。


「うー、 ……って、あれ? 飲みやすい」


 そうだろう? 柑橘系は微妙なえぐみがあるので、酒を選ぶというのが俺の持論なのだが。ライムとウォッカの相性というのは、各種の酒の中でも飛びぬけている。

 ライムの透明な酸味とウォッカの透明さとは、ベクトルが同じなのだ。ふたつが同じ方向を向いているから、互いの味を邪魔しない。ぐびぐび。


 そして氷である程度冷やすと、そのうまさがさらに倍になる。冷やし過ぎてもいけない。このあたりの塩梅は難しいところだが、冷やし過ぎると酸味の中のわずかな甘みが消えてしまうのだ。

 ただ、氷とライムで薄めているとはいえ、もともとの度数が高いさけ、だ。うまいな。ごくり。


 ちゅういしないと、さくら、ほら、もっとのめ。


 ちゅういしないと、喉にくるからな。だが、この熱い感じがないと、酒を飲んだ気がしないのも、じじつ。

 ふう。おおさくら、ライムならあるぞ。もう一つだすか。


 うま、い、 な……。




「こらー! 起きるにゃん!」

「ふええ? あいたた、頭いたー。 あ、おはよーございます、フィッツさん」

「うう、頭が、ガンガンする。くそ、吸血鬼の呪いか? あいつめ」


「お前たち、何してるにゃん! みーがいなかったら、化け物吸血鬼にやられてみんな死んでるところだったにゃん!」


 フィッツよ、頼むから大声を出すな。頭が痛いのだ……。

UnOpened……ソナタ・アークティカの1stアルバム、「エクリプティカ」の8曲目に収録されている曲です。普段は歌詞を気にしない私ですが、この曲は聞いていて胸に来たので、すぐに私の一番のお気に入り曲になりました。ぜひ聞いてもらえると嬉しいです。


ところでクォッカはカンガルー目カンガルー科らしいですね。知りませんでした。


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