Replica
「ジャックに、ダイヴマシン。聞くのは二回目だな。変な話だ、夢くらい、まどろめばゴブリンでも見るだろう?」
「ただの夢ならね」
「違うのか?」
科学を知らない人間に、それを説明するのは難しい。だがドロシーは、彼の賢しさを信用した。
「魔術とは別の技術で、無理やり見せる夢よ。そう思っておいて」
「オーケーイだ、ダーリン。そう思っておく」
「お酒をいただいていいかしら?」
薄汚れたテーブルに酒瓶が置かれる。彼女の瞳にはすでに魔力が宿っている。力強い魔力が。
グラスに濃い飴色の液体が注がれた。瓶の中身はブランデーだった。イングウェイが一級魔術師に昇格したときにもらったものだった。
何かの記念にと飲む機会をうかがっていたら、ついに飲まないまま死んでしまったのだ。
こんなところで披露するようなものか? 自問するのもばからしい。今出さなければ、いつ出すというのだ。
ドロシーは優しく『砕氷』の魔術を使用する。小気味よい音を立て、いくつかの氷が現れる。
「酒は神の飲み物なのよ」
「ああ、同感だな」
「比喩じゃないわ。でも、まだ仮説なの。確かめるにはあなたが必要だった。魔術を使える、この世界に汚染されていない存在が」
「それが、俺のことか?」
ドロシーは頷いた。
俺はなにをすればいい? 君は何を求めている。胸に押し寄せる疑問を押さえつけ、イングウェイは女魔術師の言葉を待った。
「あなた、精神系の術は得意かしら? 『夢操り』の術は使える? わからないなら教えるわ」
「できなくはないが、得意ではないぞ」
「かまわないわ。ある程度はこちらで合わせてあげる。それで、私の夢に接続してほしいの」
こいつは正気なのか?
決まっている、正気だ。正気でこんなことを言うくらい、追い詰められているのだ。
夢は裸の精神そのものだ。魔術師である彼女が知らないはずがない。
この女は自分の首吊り紐を、イングウェイに預けると言っているのだ。
大きく長いため息。了解のサインだった。
覚悟ができている人間に、あらためて聞き直すようなマネはしたくなかった。
発した言葉は、一言だけ。
「その後は、どうするんだ?」
「向こうで話すわ」
彼女はいつの間にかベッドの脇に落ちていた太いコードを拾い上げると、先ほどと同じように長い髪の毛をかきあげる。
うなじにある穴を手で探ると、鈍色の端子を差し込んだ。
パネルを慣れた手つきで操作すると、ベッドに力無く横たわる。
「先に待ってるわね。早く来てね」
それだけ言うと、彼女は意識を手放した。
ドロシーは思った。こんなに安らかな気分で眠れるのは、何年ぶりだろうと。




