浄化
ドロシーとリーインベッツィは、とある古城に移り住んだ。
周辺は魔族や魔物が多数生息している地で、人間はあまり近寄るものもなかった。
はぐれ吸血鬼であるリーインベッツィと、根っからの研究者気質でひきこもりぼっちなドロシー。似た者同士の二人は、すぐに意気投合した。
ドロシーは様々な魔術についての研究をしていた。とくに転生についての研究をしていた。
リーインベッツィは酒を飲んでいた。
敵がいないわけではなかったが、問題はなかった。
リーインベッツィはもちろん、ドロシーも魔術の達人だ。戦闘経験が足りない分は、液体金属の魔法生物を作りだし、護衛をさせていた。
自然とその城は、魔族すら近寄らない、魔王の住む城として恐れられ始めた。
ただ、そんなドロシーも、病気には勝てなかった。
◇◇◇
「うう、ドロシぃー。死なんでくれぇぇ」
「なあに泣いてんのよ、ばかねえ。ごほっ。大丈夫よ」
「うあぁぁ、ドロシー、また血がぁ!」
「あらごめんなさい。汚れちゃうわよ、離れなさい」
「そんなことはどうでもいいんじゃぁぁ、ドロシぃー」
リーインベッツィは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
その泣き顔を見るたび、ドロシーの心に刺さっていたとげが、じくじくと悪魔のようにうずくのだ。
深酒のあと、吐いてしまえばどれだけ楽になるか。それがわかっていながら、我慢を続ける酔っ払いのようなものだった。
そしてドロシーは、ついに我慢できず、吐き出してしまった。
「けほっ、大丈夫よ、リーイン。私は死んじゃうけど、必ず戻ってくるから」
「ふえ? 生き返りの術かの? ゾンビーになるのか?」
「ふふ、ばかね。違うわよ。…ごほっ。 私が前に死んだときの話は覚えてる? 女神が、死んだ人たちを転生させてたって話よ」
「覚えとるぞ! それでここに戻ってこれるのか!?」
「いえ、たぶんすぐには無理ね。どこの世界に転生できるかもわかんないし」
「そう、……なのか」
しょぼんとするリーインベッツィに、ドロシーは続ける。
「リーイン、私を誰だと思ってるのよ。大魔術師のドロシー・オーランドゥよ。女神にできて、私にできないはずはないわ。ただ、時間は少しかかっちゃうかもしれないけど」
精いっぱいの強がりだったが、それを聞いてリーインベッツィの顔がぱあっと明るくなる。
「大丈夫じゃ! わしは吸血鬼じゃぞ、不死身じゃ! 1000年でも2000年でも待っておるぞ!」
ドロシーは薄く笑った。
本当はこんなことを言うつもりじゃなかった。強がってみたものの、自信はなかった。
希望は、呪いになる。こんなことを言えば、リーインがいつまでも待つであろうことは、わかっていた。
それでも、彼女の泣き顔を見ていたら、つい口に出してしまったのだった。
「ふふ、いい子ね。…じゃあね。泣き虫リーイン」
「どろしーぃぃぃ」
ドロシーは静かに瞳を閉じた。
――なんであんなこと言っちゃったんだろ。
私らしくないなあ。
あんまり待たせちゃうと、かわいそうよねえ。
そうだ、時間を戻せば、待たせなくてもすむかな。
ごめんねえ、リーイン……
ドロシー・オーランドゥ……クランベリーズのボーカル、ドロレス・オリオーダンさんから取りました。彼女は2018年に46歳の若さで亡くなっています。代表曲は「Zombie」などです、ぜひ聞いてみてください。




