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イントゥ・ザ・ケイオス

 ~インストゥルメンタル~


「ふーむ、なんとかうまいことやってるみたいですねー。前回の件は事故みたいなものでしたし、まあ大丈夫っしょ!」


 女神はグラスに残っていた酒を飲み干すと、さらに盛られた葡萄を一房、摘まみ上げた。

「んー、あっまーい。やっぱり葡萄はシャインマスカットに限るわー」


 闇を抱いたような鈍い赤みを持つワイン。舌に残る軽い渋みを、明るい緑の果肉が洗い流していく。

 甘さと苦さは交じり合い、心地よい後味が残る。


 ワインは渋みを味わうのが通だ、そう思っている奴は、渋柿でもかじっているがいい。

 ボジョレーのプリムールをありがたがる奴は、ブドウ畑に埋めてしまえ。

 女にためにと、洒落た瓶の安ワインを買ってきたお前は、港でコンテナの下敷きにしてやろう。

 ワインはすぐ飲むものではない。今夜開けるつもりだったその瓶は、新聞紙にくるんで台所の奥にでもしまっておくのだ。忘れたころに出てくるように。


 若いワインを飲むくらいなら、腐ったワインを飲むほうがまだマシだ。どうせ後から、どっちも吐くことになるのだから。

 ワインの渋みは、隠し味だ。まろやかさの裏に渋みがあるから意味がある。渋みだけしかないやつは、できそこないの煮汁でしかない。そこを勘違いしたバカたちが、ワイン嫌いになっていくのだ。

 ワインに合うのは、肉かチーズだと相場が決まっている。だが私は、人の好みに口は出さない。

 ただ、ワインの真価を引き出すのは、赤い肉汁だと思っている。勘違いしないでほしい。肉ではない、肉汁だ。それを忘れてはいけない。だから、レアなのだ。

 フォークを刺すと浮かぶ肉汁をたっぷりと絡めた、牛肉。それが、ワインの渋みを輝かせるのだ。


「さあて、このまま待ってるのも退屈だし、少し引っ掻き回してみますか」

 女神が手を振ると、銀髪の女性がどこからともなく現れ、跪いた。


「例の準備、できてるわよね。お願いしていい? あ、あとお肉おかわり。和牛ね、わぎゅー」

「はい、かしこまりました。焼き加減はレアでよろしいので?」

「もっちろん!」



 魔族と人間たちの争いの歴史は長い。記録されている限りでも、もう千年以上になる。今では、きっかけが何だったかもわからない。

 いや、そんなものは最初からないのかもしれない。


 殺されるから殺す、殺されたから殺す。種族が違うから殺す。価値観が違うから殺す。殺すために、殺す。それだけだ。


 魔族は数が少ないが、単独での戦闘力は人間を大きく上回っている。人間の強みは、数による連携、そして技術の継承だ。

 数の人間と、質の魔族。

 二つの種族は、長い間、その危ういバランスを保ち続けていた。


 勇者と言われる、単騎でも魔族の上位と渡り合える人間の存在。

 魔王という、魔族を束ねる資質を持つ存在。

 そんなふたつの異物(ミスフィッツ)が、少しずつ世界の均衡を狂わせつつある。


 過去にも、他の世界にも、同じような存在がいた。彼らの足跡は伝説と虚構に彩られ、そしてじきに忘れ去られる。


 そして今、新たなる異物が戦いの渦に巻き込まれようとしていた。

 異物の名は、イングウェイ・リヒテンシュタイン。

 かつて異世界で天才と呼ばれ、最強の名をほしいままにした魔術師だった。


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