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インヴィジブル

 ~アントニーと魔王ロック~


三重詠唱(トリプルマジック)、≪巨人の力(ヴァンダライズ)≫・≪星の雫(ティアリングスター)≫・≪錆び落ちる棺(ラスティ・コフィン)≫!」


 連続で唱えられた補助呪文。魔力光が、魔王ロックの体を薄青く覆った。



 ぎいいー、ときしんだ音を立てて扉が開く。


 それはそのまま開戦の合図となった。


 歴戦の戦士であるジャミルでも、黒い風が吹き抜けたようにしか見えなかった。


 かろうじて受け身だけは取ったものの、ジャミルの巨体はあっさりと吹き飛ばされる。

 その程度で済んだのは、魔王ロックの興味が、単にジャミルに向かなかったというだけの理由に過ぎない。


 すでに戦闘は始まっている。


 反応できたのは、勇者アントニーただ一人。


 アサルセニア国宝の神道具(アーティファクト)、聖剣『白銀の女王(バルバレスコ)』の白く輝く刀身が、魔王ロックの持つ魔剣『虚構の黒刃(コロンビーヌ)』とぶつかり、高い音を響かせる。


「貴様ぁ、俺様の剣を受けるとは、やるじゃねえか」

「くっ、こいつ強いっ!」


 ひやっはっはーと魔王のあざけ笑いが響く。黒い刀身がぬらりと溶けたように見えた。

錆び落ちる棺(ラスティ・コフィン)≫の効果による、武器の浸食が始まるのだ。


「お前の武器も腐らせてやるよ!」


 だが、聖剣バルバレスコの美しい刀身は、浸食してくる黒い雫を弾き飛ばしていた。

 剣自身と持ち主への呪いを退ける、バルバレスコの魔法効果によるものだった。


「アントニー、すぐ補助魔法をかけますっ!」

 ところが、僧侶のニーナがかける祝福(ブレス)は、黒い光に抵抗(レジスト)されて、アントニーまでは届かない。


「うざってえなあ、無駄なんだよぉっ!」


 魔王ロックはアントニーを蹴り飛ばし、身をひるがえす。

 その背後より、一条の雷がロックを襲う。ジニーの稲妻(ライトニングボルト)だ。


「無駄じゃないよ、ニーナ。そのまま続けて。抵抗(レジスト)させてるだけでも、他の攻撃が通り安くなるから!」


 冷静に状況を判断し、アドバイスしたのはジニーだ。

 魔法のレベルは魔王に劣ると言っても、彼女は本職の、しかも凄腕の魔法使いである。

 魔力の流れや動きを観察する力は、この場の誰よりも優れている。


 それでも――、いや、そんな彼女だからこそ、ギリギリで避けられたといえるだろう。


 突如、背後で声がした。

「凍てつかせろ、≪氷結の氷柱(バリン・フローズン)≫」


 ジニーが足元にひやりとした冷気を感じた次の瞬間、無数の氷柱がジニーを襲った。

 反射的に魔法盾(マジックシールド)を展開するジニー。詠唱どころか呪文ですらない、魔力そのものを固めた即席の(シールド)だ。


「冷気属性の術? だれ!?」


「ふひー、魔王様ばっかりじゃなくて、私とも遊んでよふひー!」

 虚空から声がする。アサルセニアではろくに使い手のいない、≪透明化(インヴィジブル)≫の術だ。


 空間がうねり、裂け目から現れたのは、青白くガリガリの不健康そうな体の女魔族だった。

「私は氷結のクマー。魔王ロック様の片腕よ。よろしくねふひー」


「ふん、あたしの呪文、見せてあげるです!」



「ジャミル、早く立って!」

 焦るニーナ。片手で唱えた回復呪文(ヒーリング)が、ジャミルの右腕からしびれを消した。

「わかってる、いくぜっ!」


 ジャミルは愛用の『黒曜石の炎斧(アブソリュート)』を力任せに降りぬく。当然のようにかわす魔王だが、ジャミルの追撃も止まらなかった。

 まるで竜巻のように周囲のものを巻き込みながら、魔王に食い下がる。


「うぜえって言ってんだろうがああ!」

 魔王ロックの強烈な蹴りを、ジャミルは炎斧アブソリュートの柄で受けた。ダメージはない。

 が、数度の接触で、ジャミルは違和感を感じていた。体が鉛のように重たくなっていく。


 この感覚、似たような呪い(カース)をダンジョンの魔物から受けたことがある。


「くっそう、やってくれるじゃねえか」


 ジャミルは薄ら笑いを浮かべるが、それはいつもの戦いを楽しむときの笑みではなかった。




 アントニーは、自分の甘さを反省していた。


「くそっ、こんなはずじゃなかった」


 魔族がいるにしても、まずは話し合いで相手の腹を探ろうと思っていた。

 いきなり戦いにはならないだろうと、勝手に思い込んでいたその甘さを恥じた。



 それでもまだ、アントニーは心の奥で油断していた。

 いざとなれば、レベル65を誇る自分が本気を出せば、何とかできるだろうと思っていたのだ。

 甘かったのだ。相手も同じ、転生者かもしれないというのに。


バルバレスコ……高級ワインです。名前がかっこいいですね。

コロンビーヌ……元ネタは、シャトー・コロンビアです。安物ワインです。

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